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第38話 「エメロンの欠点と、VSアレク」


「オッサン、頭ダイジョーブか? いっぺん医者に行っとくか?」


「テメェこそ、オレが蹴った頭はダイジョーブかよぉ? 何ともねーなら黙ってろ」


 ユーキがバルトスの正気を疑うが、逆にバルトスから昨日の怪我を心配される。だが、ユーキがこんな風に言うのも無理は無いだろう。

 バルトスは、エメロンの欠点を克服すると宣言して、その方法が料理だというのだ。


 ちなみにエメロンは料理が出来る。

 もちろん料理を趣味にして、一時(いっとき)は将来の仕事にと本気で考えていたユーキほど上手では無いが、普通の自炊程度なら問題ない。

 それが出来るのは家で料理をしているからでは無く、単にエメロンの記憶力が良いからだ。学校で何度か調理実習があったし、バルトスの勉強でも炊事があったが、エメロンはとにかく記憶力が良い。調理手順や、分量を間違う所など見た事が無い。特に、(はかり)も使わず分量を1g単位で正確に量った時など、目を疑ったものだ。


「あの……、料理が僕の欠点ですか? 一応、簡単なものくらいなら作れますけど……」


「おう、ンじゃあ作って貰おうじゃあねーかよぉ。……食材は、コレだっ」


 そう言って、バルトスは持ってきていた袋の中に手を突っ込んだ。そして引き抜いた手が掴んでいたのは……ウサギだった。


「わっ、ウサギっ⁉ コレを食べるのっ?」


「丸ごと1羽かよ。……今から解体して(さば)くのか? 結構、時間かかるぞ?」


「ンなモン、テキトーでいいんだよぉっ。食えりゃいいんだ、食えりゃ。……ホレっ、エメロン。逃がすなよ?」


「いっ⁉ ……生きて……るんですか?」


 ウサギの耳を鷲掴(わしづか)みにして、バルトスはエメロンへ腕を向ける。あまりにも動かない為に既に死んでいるものかと思っていたが、どうやら生きているようだ。よく見て見れば、鼻をヒクヒクさせている。

 恐る恐るバルトスの手からウサギを手渡されるが……、気が(とが)めるのか、エメロンは()(かか)えるようにウサギを受け取った。

 その直後、エメロンの腕の中から元気よくウサギが跳ねる。


「わっ……わっ……!」


「逃がすなっつっただろーがよぉ! ……ホレっ! いいか? ウサギは耳か、首根っこを掴むんだ。そーすりゃ大人しくなるってなぁ」


 エメロンが逃がしてしまう事を予想していたのか、バルトスがあっという間にウサギを捕獲した。

 そして、ウサギの持ち方を教えながら再度、エメロンにウサギを渡す。今度は教えられた通り、耳を掴んで受け取るエメロン。確かにウサギは暴れる事なく、ぶら下がっている。


「ホレっ、そのナイフで処理しろ。頭を落として、内臓を出して、皮を()ぐ。後はテキトーに焼けば食えんだろ。調理器具もその袋に入ってるから勝手に使え」


「…………あの」


「何だ?」


「……いえ、何でも……ありません……」


 随分(ずいぶん)適当な調理指示にユーキは呆れる。

 ナイフの切れ味は良さそうだが、刃を入れる場所と角度が分からなければ骨に当たって苦戦するだろう。内臓を出す時も、胸から肋骨を避けて股間までスムーズに裂くには経験が必要だ。皮を()ぐのはもっと難しい。上手くしないとせっかくの肉を傷だらけにしてしまう。だいたい、血抜きを忘れているではないか。それに、一番重要な調理をテキトーだなんて言語道断だ。ただ焼くにしても、最適な温度と時間というものがある。それに、肉にはその部位ごとに味わいや特徴があるのだ。全部一緒くたに焼いてしまうなんて勿体ない。どうせなら丸焼きが良いと思うが、コレは素人には意外と難しいのだ。様々な部位と複雑な形状、それらに均一に火を通すのは熟練の技が必要だ。まぁ、自分の火の魔法なら問題なく出来るのだが。それより、調味料や香辛料の(たぐい)は揃っているのだろうか?せっかくのウサギ肉だ。どうせならしっかりと料理してあげたい。あと、野菜も少し欲しい所だ。出来れば葉物の野菜……レタス辺りが良いだろうか?


 バルトスに呆れるユーキだったが、もしその脳内を知られれば呆れられるのはユーキの方だろう。料理人の道は諦めたとはいえ、料理バカは相変わらずだった。


 しかしエメロンはバルトスに何かを言いかけて、その後一向に動かない。ただ、じっとウサギと見つめ合っている。

 その姿を見たユーキは、エメロンがウサギの解体方法を知らないのだと、そう思った。


「エメロン、俺がやろうか?」


「ダメだ。……クソガキ、テメェは手ぇ出すな。バカガキもだ」


「ボク、ウサギをお肉にする方法なんて知らないよ?」


「……そーいう意味じゃねーんだがよぉ」


 ユーキがエメロンの代わりに解体をしようと申し出たが、バルトスに制止されてしまう。ついでにアレクにも釘を刺される。

 しかし、アレクに言うのは間違いだ。アレクはそもそも料理が殆ど出来ない。一応、口に入れる事が出来る程度のものは作れるようになったが……、それを料理と呼ぶのはあまりにも烏滸(おこ)がましいだろう。少なくともユーキはそれを料理と呼ぶ事は認めない。

 そんなアレクが、ウサギの解体など繊細な作業を出来る筈が無いだろう。


 だが、3人がそんなやり取りをしている間もエメロンはウサギと見つめ合って動かない。

 それを見て、バルトスが大きな溜息を()いて言った。


「やっぱりか……。エメロン、オメェ生き物を殺したコトがねぇな?」


「……はい。……虫くらいなら、何度かありますけど……」


 バルトスの指摘を、エメロンは肯定する。

 「虫を殺した事がある」とは言ったものの、それも実は故意的に殺した事は無かった。たまたま踏んでしまったり、潰してしまったりしただけだ。エメロンは生まれてから自発的に生き物を殺した事が無かった。


「それがテメェの欠点だ。命のやり取りをするにゃあ、致命的だなぁオイ?」


「…………」


 バルトスの指摘に、エメロンは沈黙する。

 確かに命のやり取りをする戦いの中で、一方だけが相手を殺す事を躊躇(ためら)っていては大きく不利に働くだろう。致命的と言っても差し(つか)えない。


「そうなの? ボクも殺したのって、前のゴブリンが初めてだよ?」


「性格の問題だぁ、性格の。テメェはゴブリンを()る時、躊躇(ちゅうちょ)したかぁ? してねーだろーがよぉ。だがコイツはよぉ、今ウサギを()るのを躊躇(ちゅうちょ)してやがる。つまり、そーいうこった」


「そう言えばゴブリンの時も、相手を傷つけるような魔法は使ってなかったな……」


 全てバルトスの指摘の通りだった。

 エメロンは他者の命を奪った事が無い。奪おうと思った事が無い。それは食料になるウサギでも、人類の敵と言える魔物でも、取るに足らない虫だったとしても……。

 それは、ある意味で言えば「優しさ」とも呼べるだろう。だが食料や天敵、害虫へすら向けるとなれば、最早(もはや)「優しさ」とは呼べない。「臆病」か「偽善」とでも呼ぶのが相応(ふさわ)しい。


 それでも、戦いや狩猟などとは無縁の生き方を選ぶというのなら、まだ良いだろう。

 だが「戦い」を避けられない、旅をする『冒険者』という道をエメロンは選んだ。それで危険な目にあうのが自分だけなら自己責任とも言えるが、エメロンにはアレクとユーキという仲間がいる。エメロンの行動1つで、2人が危険に(さら)されるという可能性だって十分に考えられるのだ。


「理解したかよぉ? 出来なきゃオメェらは昼メシ抜きだ。……それから言っとくがよぉ、そのウサギはオメェらの腹に入んねー場合は、ウチの晩メシだ。あと、こっそり逃がそーなんて、下んねーコト考えんじゃねーぞ?」


 エメロンが余計な考えを起こさないように釘を刺す事をバルトスは忘れない。

 どう足掻(あが)いても、このウサギは今日中に命を絶たれる運命にある。エメロンがやらなければバルトスがやるだけだ。きっと、その場合は明日に新たなウサギが用意されるだろう。

 そして逃がす事も出来ない。ハッキリと口に出された以上、バルトスの目を盗む事は不可能だろう。


「…………」


「エメロン、大丈夫か?」


「……うん。……わかってる」


 深刻な表情でウサギを見つめるエメロンをユーキが気遣うが、エメロンは返事を返すものの生返事だ。


「おうクソガキども、テメェらはこっちだ。エメロンは放っといてテメェの事に集中しろ」


「何だよ? 俺にも何か欠点でもあるのか?」


「ったりめーだろうがよぉ。まさかテメェ、自分には欠点が無いとでも思ってやがったのかぁ?」


 エメロンの欠点が判明したと思えば、今度はユーキへの指名だ。今度はユーキの欠点とやらを指摘してくれるようだ。

 しかし、ユーキは自分の欠点と言われてもピンとこない。


 決して自分を過信しているつもりは無い。だが、エメロンのような分かり易い欠点など自分には無いと思っていた。

 当然、ユーキは他の生き物を殺す事に躊躇(ちゅうちょ)は無い。ウサギや魚くらいなら(さば)いた事があるし、魔物も何体か葬った。……もし対象が人間だったとしても、それが悪人で、殺す必要があるのなら躊躇(ためら)いなく殺せる自信がある。

 攻撃能力だって、魔法による振動のナイフで十分だろう。いざとなれば火の魔法だって使える。……こちらは自爆必至(ひっし)の魔法だが。……強いて挙げるのなら遠距離攻撃が乏しいが、これは投石や弓矢でも使えばフォロー出来るだろう。


 数度、修羅場を(くぐ)った事もあるが、自分ながら良く動けた方だと思う。少なくとも、恐怖で動けなかったり、我を忘れるような事も無かった。


「それでシショー、ボクたちの欠点って何っ?」


「テメェは全部だ。1人で突っ込むから連携もクソもねぇし、真っ直ぐ突っ込むから動きは丸見えだ。視野が狭いから予想外の攻撃に弱ぇし、防御も何も考えてねぇ。もう少し頭使え、バカガキがよぉ」


 バルトスはアレクの欠点を一息で言い切った。これには当のアレクも呆然とするが、残念ながらユーキは納得せざるを得ない。全て心当たりのある事ばかりだからだ。

 そしてそれらの行動を取る原因は、アレクが何も考えていないからだ。アレクの欠点とは詰まる所、最後の一言の「頭を使え」に集約される。


「えーっ? でも、それじゃあ分からないよっ。エメロンみたいに、課題か何かないのっ?」


「ねーよ。バカにつける薬はねぇってな。どーしても欠点を克服してぇってんなら、常に考えるクセをつけるんだなぁ?」


 結局バルトスは、アレクの欠点を指摘はするものの、その解決策までは提示してはくれなかった。

 まぁ、これについては仕方が無いのかも知れない。何も考えずに直感で行動するアレクに、思考する事をクセ付けさせる特訓など想像もつかない。……それに、思考に(とら)われずに直感で行動するのは、アレクの長所でもあるのだから。

 どちらにしても、一朝一夕(いっちょういっせき)に克服できる欠点ではなさそうだ。


「それじゃあ、俺の欠点は?」


「そうそうっ! ユーキの欠点ってなにっ⁉ 言っとくけど、ユーキは何でもできるしスゴイんだよっ! ゴブリン以外にだって魔物を倒した事があるし、シショーは知らないだろうけど魔法だって一瞬で……」


 続いてユーキが自分の欠点を問い(ただ)すが、本人以上に食い気味でアレクが(まく)し立てる。それは自分の欠点を聞いた時より明らかに熱が入り、ユーキの自慢話に発展している。

 だがアレクがユーキの自慢を言い終わる前に、バルトスはユーキへの「課題」を宣言した。


「クソガキ、テメェはこれからバカガキとタイマンで模擬戦をしろ」


「えっ⁉ ボクとっ?」


「模擬戦?」


 聞き逃した為に確認をした訳ではない。ただ、その意義が分からなかった。アレクと1対1で模擬戦をする事が、一体どうして欠点の克服に繋がるのか?

 いや、そもそも肝心の欠点をバルトスは未だ口にしていない。


「どういうコトだよ? 分かるように説明しろよ」


「テメェの欠点は説明するのがメンドクセェし、説明してやってもきっとテメェは納得しねぇ。だからテメェで気付きやがれ」


 全く意味が分からない。エメロンとアレクには簡単に説明したではないか。……エメロンは少し勿体(もったい)ぶったが、それでも言葉にして教えた。なのに自分だけは教えずに自分で気付け?しかも、その理由が面倒くさい?


「手抜きしてねぇで、さっさと教えやがれよっ! んな理由が通るとでも思ってんのか!」


「手抜きじゃねぇよ……。それにンなコト言っても、バカガキはすっかりヤル気だぜぇ?」


 言われてアレクを見てみると……、明らかにやる気満々といった表情で、鼻息荒く目をキラキラとさせている。ユーキと模擬戦をするのが楽しみで仕方がないといった感じである。


 一方のユーキはというと、アレクとの模擬戦は乗り気では無かった。

 模擬戦とはいえ、ケガをする可能性は十分にある。実際、昨日バルトスに頭を蹴られて半日寝込んでしまった。多少なりとも危険な行為を、アレクに対して行うのは気が(とが)めた。


「ねぇっ、いつまで喋ってるのさっ⁉ 早く始めようよっ!」


「ワリィワリィ。ンじゃ、始めっ!」


「お、おいっ! ちょっと待て……っ!」


 だがユーキの思いも虚しく、アレクに()かされてバルトスがあまりにあっさりと模擬戦を開始する。まだ身体も心も、全く準備が整っていない。せめて少しでも時間を、とユーキが叫ぶが誰も聞きはしない。

 アレクは模造刀を抜き、ユーキに向かって突撃してきた。


(クソっ、どうする⁉ 真っ直ぐ来るならカウンターで……ダメだっ! ケガさせちまうっ! ナイフで剣を受けるのは無理だっ! なら……っ!)


 ユーキは刹那(せつな)の間に思考を巡らし、選んだ選択は……回避だった。

 アレクの剣が振り下ろされる直前に横っ飛びに転んで、(すん)での所で回避に成功した。だが、空振りに終わったアレクの剣筋を見てユーキは顔を青くする。


 ……アレクは本気だ。本気で剣を振った。

 本気で振れば模造刀とはいえ、骨折くらいは容易にする。アレクはその事を理解しているのか?


「さっすがユーキっ。どんどん行くよーーっ!」


「おい、待てアレ――っ‼」

「そりゃあっ‼」


 必死に制止を呼び掛けるユーキだが、アレクは全く聞いていない。


「ふんっ‼ たぁっ‼ せりゃあっ‼」


 ブンブンと模造刀を振り回すアレク。それを死に物狂いで回避し続けるユーキ。

 アレクの太刀筋はメチャクチャだ。だがその動きは素早く、手加減をしながら動きを止めるのは不可能だ。


(これじゃ、後手後手だっ! いったん、距離を取って――)


 間合いを取れば落ち着いて対策が練れる。さっきのように一直線に突っ込んでくるのなら、昨日バルトスがやったように足を引っかけて転ばす手だってある。そう考え、全力でダッシュをする。


「ダメだよっ。逃げるなんてユーキらしくないよっ」

「――なっ⁉」


 アレクはユーキの全力に軽々とついてきた。

 筋力ならユーキの方が上だ。体力でも負けない。スピードでも劣りはしない……はずだった。確かに数十m以上の距離ならばユーキはアレクと同等以上の速さで走る事が出来る。

 だが数m以内のごく短い距離に限れば、身体の小さいアレクの方が加速力は上だった。


「くっ!」

「わっ⁉ 危ない危ない。やるね、ユーキ」


 追いすがるアレクを振り払うように模造刀のナイフを抜き放った。当然、ケガをさせないように力は込めていない。苦し紛れの、しかも手加減をした攻撃など流石に当たりはしなかった。

 だが、距離は稼げた。アレクはナイフを(かわ)す為に後ろに跳び、その間にユーキは距離を取る。5、6mの距離だが、これで十分だ。


(間違いなくアレクは真っ直ぐに突っ込んでくる。そしたら足を引っかけて、倒れたアレクにナイフを突きつけりゃ終了だ)


 これから起きるであろうアレクの行動を脳内でシミュレートして、ユーキは勝利を確信する。

 それはアレクを(あなど)っていた訳でも、己を過信していた訳でもない。ただ単に、他にアレクをケガさせるリスクを冒さずに勝利する手段が思いつかなかっただけだ。


「よぉしっ、行っくよーーっ!」


 高らかに宣言をしてから前のめりになり、走り出すアレク。ユーキからすればタイミングが取り易くなるだけだ。

 アレクが1歩1歩近づいてくる。全てユーキのイメージ通りだ。……ここまでは。


 あと1歩踏み出したら、次の足を引っかけようと思っていたその寸前、アレクは踏み出した足を深く曲げ、高く跳んだ。

 アレクは大きく跳んでユーキに迫る。引っかけようとしていた足はユーキの頭より上にある。完全に想定外だ。


(バカか俺はっ⁉ 何で思いつかなかったっ⁉ ど、どうするっ⁉ 迎撃……はダメだっつってんだろっ‼ 回避……ダメだっ! アレクが着地に失敗したら……)


 そのような事を考えている間にもアレクは迫る。

 迎撃は駄目。防御も無理。回避も出来ない。……ユーキに残された手段は、アレクがケガをしないように自身の身体で受け止める事だった。


「ぐぅっ!」


 ユーキの身体にアレクの全体重が加速力を乗せて襲い掛かる。その衝撃に耐えられず、ユーキは仰向けに倒れこんでしまった。

 背中を打ち付ける痛みから回復した時、ユーキに馬乗りになったアレクは勝ち名のりを上げていた。


「やったーーっ‼ ボクの勝ちだっ! だよね、シショーっ⁉」


「確かに、どっからどー見てもバカガキの勝ちだなぁ?」


 自身の勝利をバルトスに確認し、問われたバルトスもそれに頷く。

 確かに言われた通り、どう見てもアレクの勝利としか言いようのない絵面(えづら)だ。だが、ユーキは納得がいかなかった。


 準備も出来ないまま不意打ちのように開始され、制止も効かず一方的に攻撃にさらされた。しかも、こちらはアレクの身体を気遣っていたというのに、アレクの方はそんな事はお構いなしに模造刀を振り回す。酷いハンデもあったものだ。


「よぉ、クソガキ。ちったぁテメェの欠点に気が付いたかよぉ?」


「あぁっ⁉ 今のどこに、俺の欠点があったっつーんだよっ⁉」


 バルトスが倒れたままのユーキに近寄り、そんな事を聞いてくるが全く意味が分からない。

 確かにユーキはアレクに負けた。だが、その理由はユーキが手加減をしていたからだ。決してアレクに力負けをした訳では無い。それに手加減をした理由だって、「戦いが怖い」だとか「相手を傷つけるのが嫌だ」なんて理由じゃない。ただ親友のアレクを気遣っただけだ。もし相手が、魔物や動物、悪人だったりしたなら手加減などしていない。


「ん~。ユーキ、手加減してたでしょ? それのコトじゃないの?」


「……分かってたんならお前はちょっと加減しろよ。ってか、いい加減俺の腹からどけよっ」


 指摘をされて、ようやくアレクがユーキの上から腰を上げる。続けてユーキも立ち上がり、バルトスに向き直る。先程のアレクの指摘の正否(せいひ)を問う為だ。

 手加減をしたのが欠点だというのならお門違いだ。もしも、そんな答えを出すようならユーキはバルトスの師匠としての資質を疑わざるを得ない。だが、いつまで待っても答えは無く……。


「ンだぁ? なぁに見てんだよ?」


「……いや、だから、俺の欠点って何なんだよ?」


「スカかぁ、テメェは? さっき、「テメェで気付け」っつったろーがよぉ。いっペンやっても分かんねーなら、何回でもやるしかねーよなぁ?」


 無情にもバルトスは答えを教えようとはせず、あくまでユーキ自身に考えさせる方針だ。そしてアレクとの模擬戦は繰り返される。……何度でも。


 結局その日は、エメロンはウサギを殺す事が出来ず、ユーキも自身の欠点を見つける事が出来ずに終わった。

 ただ1人だけ、気分良さそうにしているアレクの姿がやけに記憶に残ったのだった。


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