第34話 「バルトスの修行(体力)」
バルトスと師弟関係を結んだ翌日、学校の授業を終えた3人は冒険者ギルドに集まっていた。もちろん、バルトスに戦闘指南、冒険者の心得などを教えて貰う為である。
バルトスの到着を待つ中でただ1人、ユーキだけは内心で(来なきゃいいのに)などと考えていた。往生際の悪い少年である。まぁ表情には出していないので良いだろう、などと考えている所が、ますます性根が腐っている。
「チッ……、来てやがったかよぉ……」
「チッ」
舌打ちをしながら現れたのは当然、バルトスだ。同時にユーキも小さく舌打ちをしたのだが、きっと誰にもバレてはいない。バルトスの登場に気分を上げたアレクも手を振ってこちらを見てもいない。
「シショーっ! こっちこっちっ!」
「大声で呼ぶなっ! ったく、知り合いに聞かれてねーだろーなぁ?」
そう言いながら、辺りをキョロキョロと見回すバルトス。アレクはキョトンとしているが、ユーキとエメロンはバルトスの気持ちが理解できた。
バルトスのような強面がアレクのような子供から師匠呼ばわりされて懐かれるのは、何とも気恥ずかしいものだろう。少なくともユーキなら、バルトスのような状況には陥りたくはない。
「でっ? でっ? 何するのっ? 模擬戦? それとも、いきなり魔物退治?」
「テメェはちっと黙れ。……おぅ、確認だがよぉ。オメェらは2年後に学校を卒業したら大陸中を旅する予定だってのは間違いねぇかぁ?」
「あぁ、そうだけど?」
昨日、町に帰るまでの間にそれだけはバルトスに話していた。もちろん、リングや神様の事は秘密だ。言っても素直に信じるとは思えないが、バルトスの人となりが正確に分からない以上、不安要素は極力排除するべきだ。
当然、リゼットの事も秘密にしたままだ。この事はアレクにも、特に念入りに指示してある。
「オレは今日からしばらく、採取活動をする予定だ。テメェらはそれについてこい」
「採取活動……? 薬草とかの類ですか?」
「何でもだよ。食いモンや、色んなモンの原料……、薬草もな」
「そこいらの知識の勉強ってコトか?」
採取活動と聞いて、エメロンは真っ先に薬草を思い描いた。これはアレクも同様だが、物語で描かれる冒険者の採取活動と言えば薬草採取が定番である。
だが実際には当然だが、薬草だけが必要とされる訳では無い。人が欲する物には需要が発生し、需要があれば金銭を対価として供給される。
まず当然、食料の採取もあり、それ以外にも染料や衣服の繊維などに使う原料、鉱石や魔石の類、家畜や農作物に使う飼料や肥料なども重要な採取対象だ。稀にだが、研究資料としての採取なども発生する事もある。
アレクとエメロンはもちろん、2人と比較して冒険者に詳しいユーキだって、それぞれの詳細な知識までは持っていない。それらを勉強するのかと聞いたのだが……。
「オメェらはついてくるだけでいい。どーせ、採取なんて地味だとか思ってんだろーがよぉ?」
「いや、戦闘したいなんてバカを言ってんのはアレクだけで、俺たちは普通にやろうと思ってんだぜ?」
ギルド内を移動しながらバルトスはそんな事を言う。
ユーキは反論をするが、バルトスにとってはユーキとエメロンも同じだ。冒険者になって学校卒業と同時に大陸を旅しようなんて、夢見がちな男の子の妄言だ。実際に昨日、冒険者になったばかりでゴブリンと戦闘していたのがいい証拠だ。
「あの……、ついていくだけ、ですか?」
「あぁ、ついてくるだけでいい」
ついていくだけ、という指示に疑問を感じたエメロンが確認をする。
フィールドワークの勉強をする、というなら話は分かる。だが、ただついていくだけなど、流石に簡単すぎる。だが、エメロンの確認にもバルトスは頷くだけだ。
そうしている間にバルトスは目的地に着いたのか、足を止めた。その場所は、昨日3人が冒険者登録をした受付カウンターだった。
カウンターの奥には、昨日の受付嬢の姿が見える。バルトスはその受付嬢にカウンターから声を掛けた。
「おぅ、頼んでたモンは用意できてるか?」
「あら、早かったのね? 午前の仕事は長引くかもって言ってなかった?」
「ンなこたぁ、どーでもいいだろーがよぉ。用意は出来てんのかぁ?」
「そこにあるわよ」
バルトスと受付嬢の会話を聞くと随分親しげ……というか、気やすい間柄に見えた。強面を更に不機嫌そうに歪めて話すバルトスだが、受付嬢は怯える様子は一切無く、それどころか微笑みすら浮かべて話していた。
「シショー、受付のお姉さんと仲いいの?」
「テメェらにゃ、カンケーねーだろーがよぉ。それより……、ホレっ! テメェらの荷物だ。さっさと背負え」
物怖じせずズケズケと受付嬢との関係を問うアレクだが、バルトスは一切相手にはしない。
そして受付嬢が用意したという荷物……、リュックサックを3人の足元に放り投げた。床に落ちたリュックは”ズシャッ!”と、重そうな音を立てる。ユーキは恐る恐る手に取ると、とんでもない重量がその手に掛かった。
「ひ、ひょっとして……、「コレ」を背負ってフィールドワークに行くんですか?」
「じょ、冗談だろっ⁉ 「コレ」、一体何キロあんだよっ⁉」
「20キロだ。あと、勘違いすんなよ? 今日は採取に行くんだ。採ったモンは、テメェらが持つんだぜ? 「荷物持ち」だもんなぁ?」
ユーキとエメロンの2人は驚愕に打ち震える。バルトスは軽々しく言うが、20キロと言えばアレクの体重の半分以上もある。それを背負って野山を歩き続けるなどスパルタどころの話では無い。しかも、更に荷物は増えるというのだ。
「無理っつーなら止めとくかぁ? そんなら、約束も無効だよなぁ?」
厭らしく口元を歪めて笑うバルトスを見てユーキは確信した。これは、無理難題を吹っ掛けて約束を反故にしようとしているのだ、と。
そうと分かれば、これ以上付き合う必要など無い。元々ユーキは、この男を師匠とするのは反対だったのだ。
「……よい……しょうっ!」
「おいアレクっ、無理すんなっ。こんなムチャに付き合う必要ねぇよっ。師匠っつぅなら、他に誰かいんだろ⁉」
「ダイジョー、ブ。……このくらい、へっちゃらだよっ」
意地なのか、それとも楽観か。掛け声と共にリュックを持ち上げたアレクは笑顔でそう言った。
だが、ただ「持ち上げる」事と、「背負ったまま長時間歩き続ける」事は当然ながらイコールでは無い。その事をアレクが理解しているのかいないのか、ユーキには判断が出来なかった。
ただ確かな事は……。
「ユーキ、言っても無駄だと思うよ。こうなったら、僕たちで出来るだけフォローしよう」
エメロンにそう言われ、ユーキも諦めるしか無かった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
「ふぅーっ……ふぅーっ……ふぅーっ……」
ギルドを発って2時間後。一行はシュアープの町外れにある森を歩いていた。
一歩、足を踏み出す度に足裏に痛みが走る。整地された町中とは違い、デコボコの地面がまるで足裏に突き刺さるようだ。
「おいおいおい。ンなチンタラ歩いてっと日が暮れんぞぉ? ホレっ、追加の荷物だ。落っことすなよ?」
そう言って、バルトスがいつの間にか仕留めてきた鳥をユーキの持つカゴに放り込む。
ユーキたちとは違い、バルトスは己の武器以外に荷物を持ってはいない。それは当初の約束通りではあるのだが、不平等に感じ不愉快に思うのは仕方の無い事だろう。バルトスの物言いにも問題はあるのだが。
しかしユーキには言い返す元気は残されていなかった。内心では「サディスト」だの、「パワハラ野郎」だのと悪態を吐いていたが、今は会話に費やす僅かな体力も惜しい。
そんなユーキの代わりに声を上げたのはエメロンだった。
「あ……、あのっ……! アレクが遅れてますっ。少し……休憩にしませんか……?」
エメロンの言葉に後ろを振り返って見る。そこには、10数m遅れて前屈みになりながらフラフラと歩くアレクの姿があった。
20キロのリュックという条件はユーキやエメロンと同じだが、2人と同じ条件というのはアレクには不利だと言わざるを得なかった。いくらアレクが運動神経が良くて元気一杯だといっても、年上であり男の2人と力勝負、体力勝負で勝てる訳が無かった。
アレクのカゴには何も入れられてはいなかったが、それはハンデを帳消しにする程のものでも無い。
「あぁ? なに眠てぇこと言ってんだぁ? まぁだ予定の半分も移動しちゃあいねーぞ」
しかし、アレクを気遣ったエメロンの懇願は聞き入れられなかった。それどころかバルトスの口からは信じ難いセリフが飛び出した。
「まだ予定の半分以下」だと、そう言ったのだ。当然だが、行きがあれば帰りもある。もし同じ距離を移動するのだと仮定すれば、まだ予定の4分の1しか移動していないという事だ。
これでは町に帰るのは何時になる事か……。
「イヤんなったかぁ? だったら荷物を置いてとっとと帰んだなぁ。まぁ、この程度で音を上げんなら魔物退治も旅も止めて、定職探した方がいいんじゃねーかぁ?」
バルトスの物言いは非常に腹立たしい。腹立たしいかったが……、ここで逃げ出すのはプライドが許さない。少し短気なユーキはもちろん、穏やかな性格のエメロンまでもが同じ気持ちだった。
何よりも……、きっとアレクは諦めない。
「ゼェーッ……ゼェーッ……。ど、どーしたの……? こんなトコで……立ち止まって……」
「おぅ。いま、もう止めにするかって……」
「お前が遅れてっから待ってたんだよ。そら、さっさと行くぞっ」
バルトスの質問はするだけ無駄だ。アレクが諦めるなんて絶対にあり得ない。だからユーキはバルトスの言葉を遮って、先を進んだ。
決して……、アレクが諦めるかも、なんて思った訳では無い。そんな事は無いと信じている。だが、たとえ万が一でも諦めるアレクなんて見たくは無かった。なぜなら、ユーキにとってもアレクは昔から『英雄』だったのだから……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局その日は、町に帰り帰宅した頃には夜の9時を回っていた。
あまりにも遅い帰宅にアレクは家族から、ユーキは孤児院の先生から大目玉を喰らう羽目になってしまった。
だが、エメロンは誰からも叱られる事は無い。なぜなら……。
「ただいま……」
痛む両足を引きずるようにして、ようやく自宅へと帰ってきたエメロン。だが、それを出迎える者は誰もいない。
「そりゃ、こんな時間じゃ家政婦さんも帰ってるよね……」
家政婦もおらず、唯一の家族である父親も仕事で不在……。この広い家で、エメロンはたった1人だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから1ヵ月間、毎日毎日、来る日も来る日も同じ事の繰り返しだ。
20キロのリュックを背負ってバルトスの採取に同行する。バルトスが採取物を採る度にカゴに放り込まれ、荷物がどんどん増えていく。
最初は息を切らしながら歩き、毎日収まる事の無い筋肉痛に悲鳴を上げていたが、最近は慣れてきたのか、筋肉痛も無く、体力にも余裕が生まれてきた。
「それじゃ、エメロンは帰りが遅くなってもお咎めなしかよ?」
「うん……、まぁね」
今ではこうして歩きながら雑談をする余裕まである。1ヵ月前とは大違いだ。
話題は、「帰りが遅い事による叱責」だ。エメロンは帰りが遅くなっても怒られる事は無いらしく、非常に羨ましい。
ユーキには既に家族は居ないが、孤児院の先生方による叱責が待っていた。門限を大幅に超える帰宅に有難いお叱りを受けたが、この1ヵ月の間の説得で冒険者として必要な勉強だと、何とか納得させた。
「こっちは先生たちを説得すんのが大変でよ。特にケイティ先生がしつけぇのなんのって……。そういや、アレクは? エリザベス様に何て言って許可取ったんだ?」
「えっ? 言ってないよ?」
「言ってないって……。それじゃあ、アレクは帰りが遅くなる理由は何て言ってるの?」
「2人と一緒に天体観測をしてるって言ってるからダイジョーブだよっ」
すぐ隣を歩くアレクは、あっけらかんと言い放った。その表情には罪悪感の欠片も感じない。
アレクのあまりにも無邪気な様子に2人は唖然としてしまう。
「リゼットの案なんだよっ、「こう言えばバレない」ってさ。アッタマいいよねーっ」
「でしょーっ。バカ正直に話すなんて、バカのする事よねーっ」
「リゼット……、お前なぁ……」
純粋なアレクを悪の道に引き込んだのは邪悪な妖精の仕業だった。
全く悪びれる様子の無いリゼットは、透明になるフードを被って顔だけしか見えない状態で3人と会話する。バルトスは離れたばかりなので、しばらくは戻ってこないだろう。
「でもアンタたち、ずいぶんと体力がついたんじゃない? 初日なんて、みんなヒーヒー言ってたのに」
「ヒーヒー言ってたのはアレクだけだろ? 俺たちは初日から余裕だったぜ?」
「ボクだってそんなコト言ってないよっ」
リゼットに対して強がってみせるが、余裕なんて感じは一切無かった。確かに「ヒーヒー」とは言ってはいないが、息を切らせて会話も儘ならない状態だったのは事実だ。
それに比べると、体力がついたのは間違いないだろう。歩くペースも上がっている。
「でも体力がついたのは事実だよね。師匠も悪い人じゃなさそうだし……」
「エメロン……、お前まで……」
バルトスの事を「師匠」と呼ぶエメロンにユーキは嘆きを隠せない。
たった1ヵ月程度の付き合いで、あの男の一体何が分かるというのか?実はとんでもない悪党かも知れないではないか。仮にそうでなかったとしても、アレクが貴族という事を知れば豹変する可能性だってある。
ユーキは「たとえエメロンが陥落したとしても、自分だけは気を抜かない」と、決意を新たにするのであった。




