第33話 「安請け合い」
「よっ、ほっ、はっ!」
多数のゴブリンに囲まれて、絶体絶命のピンチに陥ったアレク……。と、思われたのだが、実際にはそこまでのピンチとは呼べなかった。
なぜならゴブリンたちは武器を手にしてはいるものの明らかに練度が低く、とても戦い慣れている風には見えない。更にその動きも鈍く、図体のデカいロドニーの方が素早いくらいだ。
ただ、とはいえ10匹以上の数である。
次々に攻撃され、反撃の隙が中々できない。幸いなのは弓を持っているゴブリンが同士討ちを恐れてか、その弓を射かける事が出来ないでいた事だ。
ただやはり、四方八方から攻撃され続ければ、いつ被弾してもおかしくは無い。棍棒はまだしも剣で斬りつけられれば、防具の1つも身に着けていないアレクは致命傷を受ける恐れもある。
「アレクっ、何してんのっ! 逃げるわよっ!」
「えーっ、逃げるの~っ? おっとっ!」
リゼットが撤退を提案するが、アレクは露骨に不服を漏らす。
ゴブリンたちの戦闘能力が自分よりも低いからか、アレクに危機感は見られない。
「それより、見物してるだけのデカいヤツ。たぶん、アイツがボスだと思うんだ。なんとかアイツをやっつければ形勢逆転できると……わっ!」
「何言ってんのよっ! こんなに囲まれて、そんなコト出来るワケないでしょっ⁉」
確かに戦闘には参加せずに、ただアレクの戦いを眺めているだけのゴブリンが1匹いた。アレクの見立て通り、恐らくゴブリンたちのリーダーだろう。身体はひと回り大きく、巨大な斧を携えている。
その姿はまるで、部下に戦いを任せて自分は安全地帯に居座る悪党のようでもあり、新兵の戦いを見守る上官のようでもあった。
どちらにしてもアレクの言う通り、リーダーを倒せば他のゴブリンたちの統制は崩れ、形勢を逆転できる可能性は高い。だが、それが可能かどうかは別問題だ。
10匹のゴブリンの攻撃を躱してリーダーに接敵するのは不可能に近い。出来たとしても、一撃で倒さなければゴブリンたちの反撃を受けるだろう。不可能を可能にするためには、魔法の力を使う他には手段は無かった。
「よぉし、こうなったら……」
「やめなさいっ‼ アンタ、魔法を使う気でしょっ⁉ さっきのはたまたま上手くいっただけなんだから、ヘタをすると死ぬわよっ‼」
リゼットの見立ては概ね正しい。
アレクが魔法を使おうとしたのも、この混戦で魔法の制御をまともに出来ないのも、その反動如何ではゴブリンの手を煩わせる事も無く自分の魔法で自滅してしまう可能性が高い事も。
しかし、リゼットは1つだけ見誤っていた。それは、アレクが説得されたくらいで魔法の使用を思い留まると考えていた事だ。
(リゼットの心配は分かるけど……、他に手は無いし。ダイジョーブ、さっきだって上手くいったんだから)
アレクは既に魔法を使う覚悟を決めていた。いや、あまりにも楽観的で、他の可能性を模索しようともしないそれを覚悟と呼ぶのは烏滸がましい。
アレクはただ、「自分の手で魔物を倒したい」だけだった。あまりにも幼稚なその願望は、自身の危険やリスクを考慮する事は一切ない。
アレクの使用する魔法は、先程と同じ『根源魔法』による『身体強化』だ。強化された脚力なら、リーダーの位置まで一足で跳べる。
ただ、殆ど制御をしないとはいっても、魔力を溜める時間は必要だ。ほんの1秒か2秒……。その僅かな時間を作る必要がある。
(よぉし……っ、だったら……)
アレクは自身に群がるゴブリンを振り切って、そのまま駆けだした。ゴブリンたちはアレクの急な動きについてこれない。そしてそのまま走るアレクは、ゴブリンたちと十分に距離を取れたのを確認して立ち止まった。
「なんで止まるのよっ⁉ 逃げるんじゃないのっ⁉」
アレクが逃走を選んだと勘違いをしたリゼットは困惑する。心配するリゼットを他所に、アレクは振り返りゴブリンのリーダーを睨んで魔力を溜める。身体中に流れる魔力をその場に留め、増幅する。ゴブリンたちはまだ遠い。リーダーも動いていない。時間は十分だ。膨らんだ魔力を爆発させて――。
「避けろっ‼ バカがっ‼」
突然聞こえた人間の男の声。だがアレクはその言葉を認識する前に、男の足で蹴られて横に吹き飛んだ。
「いってぇ~~っっ‼ 突然、なにするのさっ⁉」
大げさに吹っ飛ばされたアレクだったが、幸い大したケガはしていない。いや、男の放った蹴りがアレクに対する攻撃ではなかったからだ。
「テメェこそ何してんだっ、バカガキがっ‼ 中途半端な位置で立ち止まりやがってっ‼ 「狙い撃ちにして下さい」って言ってるようなもんだろうがっ‼」
「狙い撃ち……?」
男にそう言われて、その視線を追えば、その先には地面に刺さった矢があった。正確な射線などはアレクには分からないが、それが自分を狙ってゴブリンが放った物だろうという事は理解できた。
男の蹴りが無ければ、その矢はアレクの身体に命中していたかも知れない。
「クソっ、とんだ貧乏クジじゃねぇか。メンドクセェ……っ‼」
「えっ、えっ……⁉」
誰へともなく悪態を吐いた男は、その背の斧槍を抜き放ちゴブリンたちへと突撃した。
男の戦いは凄まじく、斧槍の一振りで2、3匹のゴブリンをまとめてなぎ倒す。弓矢も男に向けて放たれたが、男は難なくこれも躱す。あっという間に10体のゴブリンは屠られ、最後に残ったリーダーは男の戦いを見て逃げ出した……が。
「逃がっすかよォッ‼」
「ギャッ……ギ……」
男は巨大な斧槍を振りかぶり、まるで投げ槍のようにリーダーへ向けて放り投げた。斧槍は、まるで吸い込まれるようにゴブリンのリーダーの背を貫いて地面に刺さり、串刺しになったリーダーは呻き声を上げて、絶命した。
「……すっごいや」
あっという間……、ものの十数秒で10匹以上のゴブリンを葬った男に対して、アレクは感嘆の声を漏らす。
自分では、ゴブリンの攻撃を躱し続ける事しか出来なかった。起死回生の一手には大きなリスクがあった。それを使った時、隙を突かれて危機に陥る所だった。だが男は圧倒的な戦闘能力で、ゴブリンの群れをまさしく一蹴したのである。
明らかに、男はアレクより……、ユーキやエメロンよりも強い。恐らく3人が一緒に戦っても勝ち目は無いだろう。
「ったく、バカガキがよぉ。テメェのせいでクソメンドクセェ目にあったじゃねぇか? どうしてくれんだよ、オォッ⁉」
自身の武器を回収した男がアレクの元へ歩いてきて、悪態を吐くと同時に凄んでくる。
大人の男がこのような物言いをしてくれば、普通の子供なら委縮してしまって何も言えないだろう。……普通の子供、なら。
「おじさんっ、ボクを弟子にしてよっ!」
「誰がおじさんだボケェッ! オレはまだ24……テメェ、今なんつった?」
男は「おじさん」呼ばわりされた事に真っ先に反応をした。24歳とは言うが、その見た目は実年齢よりも老けて見える。30過ぎでも通用しそうな貫禄だ。まぁ12歳のアレクから見れば、24歳でもおじさんと呼んでもおかしくは無いのだが。
そんな事よりも、重要なのはその後に続いた言葉だ。
あまりにも突飛なその内容に男は耳を疑い、聞き返す。だが、聞き直しても同じ内容の繰り返しだった。
「だから、ボクを、おじさんの、弟子にしてよっ」
「誰がするか、ボケェ~~ッッ‼」
一言ずつ区切って、自分と男を順に指差して丁寧に説明するアレクに対して、男の絶叫が日の落ちた森の闇に木霊した――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで? アンタ、一体何者だ? ギルドで絡んできて、こんなトコまでつけてくるなんてよ……、そんなに俺たちの事が気に障ったか?」
「ユーキ、そんな言い方は……。アレクを助けて貰ったんだし……」
「そうだよっ、このおじさん凄かったんだよっ! こう、ゴブリンをバッタバッタ倒してさ」
ユーキとエメロンは、突然聞こえた叫び声を頼りにアレクと合流した。叫び声は男の声だったが、距離と方角からアレクと無関係では無いだろうと推測したからだ。その勘は当たっていたが、叫び声の主が問題だった。
叫び声の主……、それは昼間に冒険者ギルドでユーキたちに絡んできた男だった。
その原因はこちらにも非があるのは事実だが一応謝罪はしたし、少々強引ではあったが終わった話の筈だ。多少関係が悪くなるのは仕方ないにしても、わざわざこんな町からも街道からも離れた森の中まで追いかけてくるというのは少し異常だ。
何か理由があるなら知っておく必要がある。理由なく追いかけてくるような男を放置は出来ない。
どちらにしても、ハッキリさせておく必要をユーキは感じていた。
「コイツを助けてくれたってのには礼を言う。だけど、こんな場所で偶然再会したってのは無理があんだろ? ……理由を話せねぇっつーなら、ギルドに相談するしかねぇよな?」
ここまで話すとエメロンはユーキの意図を悟ったのか、口を挟まなくなる。……アレクはきっと分かっていないが、ユーキの雰囲気を察知して余計な口を出すのを止めた。
「昼間とおんなじ脅し文句かぁ? 何度もおんなじネタばっかだと飽きられちまうぞぉ?」
「そりゃどうも。で、話すのか? 話さねぇのか?」
「けっ、可愛げのねぇクソガキがよぉ。メンドクセェが教えてやるよ。教えねぇと余計にメンドクセェ事になりそうだからなぁ……。昼間にオメェらが会った受付の姉ちゃんが居ただろ? その姉ちゃんに頼まれたんだよ。「テメェらが心配だから見ててくれ」ってなぁ」
ユーキは、昼間にギルドで対峙した時と同じ手段で、男から情報を引き出そうと試みた。男からは軽い非難を受けるが、そもそもユーキには他に打てる手立ては無いに等しい。
会話で交渉するにも相手の情報が乏しいし、金銭での解決が出来るほどの財力は無い。というか、簡単に金を渡すのは悪手だ。相手がどんな手合いかも分からないのに金を渡せば、ずっとタカり続けられる可能性だってある。
アレクの、貴族という立場を振りかざす手は最悪の手段だ。それをすれば今後どんな悪影響があるか予想もつかない。
結局、冒険者ギルドという権力に縋るのが一番効果的で穏当な手段と言えた。
結果は正解だったと言える。男は文句を言いながらも、素直に理由を話した。
それは3人が予想もしていない、だが聞かされれば納得のいく話だった。
昼間に出会った受付嬢……。子供であり経験の乏しい3人にも、彼女が職務以上に親身に接してくれていたのは理解できた。
その彼女が、魔物退治に興味を示す3人(正確にはアレクのみだが)を見て不安になるのも当然だろう。実際、「もう少し大きくなってからにしなさい」とも言っていた。
男の言う事が事実なら、という前提ではあるが、彼女が熟練の冒険者に3人の安全を依頼するというのも理解は出来た。
「ひょっとして、昼間の件も絡んできたんじゃなくて……?」
「いや、ありゃどう考えても絡んでただろ。言動なんかチンピラそのものだったじゃねぇか」
「口調はそうかもしれないけど……、この人の言った事を思い出してみなよ」
エメロンに言われてユーキは、昼間の男の言動を思い返す。
確か、アレクがゴブリン退治をしようと言っていた時に割り込んできて、「痛い目を見るだけだ」と言ってバカにしてきた。その後、「トイレ掃除の仕事」を見せてバカにしてきた。そしてユーキが強引に話を畳んで、逃げるように去った。
「やっぱ、チンピラじゃねぇ?」
「おい。本人目の前にして、ケンカ売ってんのかぁ?」
「ちょっと、ユーキっ! すみませんっ、悪気は無いんですっ」
あまりにも素直なユーキの感想に、この男の反応も当然だ。エメロンは慌てて謝罪するが、この件に関しては全面的にユーキが悪いだろう。というか、悪気が無いなら余計にタチが悪い気もする。
「あ……、悪い。そんなつもりじゃ無かったんだ」
「ケッ、ジョーダンだよ。誰がガキのケンカなんざぁ買うかよ」
ユーキも自分の非を認め、素直に謝罪をする。
男の方も謝罪を受け入れた、とは言わないが、乱暴をするつもりは無いようで一安心だ。
「……ねぇ。話、終わった?」
そこで発言をしたのは、会話に参加せずに黙っていたアレクだった。
話が終わったかというと……、終わったといえる。そもそも知りたかったのは、男が3人の後をつけてきていた理由だ。
その理由は一応納得のいくものだったし、その後の会話を考えてもこの男、口は悪いが悪人では無いように思える。ギルドの受付嬢が、子供3人の様子を見るように依頼した事も、その裏付けと言えるだろう。
「まぁ……、一応、話は終わった……かな?」
「うん。知りたい事は知れたし、この人も悪い人じゃ無さそうだしね」
「ケッ……」
アレクの質問に肯定するユーキとエメロン。だが、男はエメロンの評価が不本意だとでも言うように、そっぽを向いた。
まぁ、自分の年齢の半分くらいの子供からこの様な評価を受ければ、複雑な心境になる男の気持ちも分からなくはない。
「じゃ、次はボクの番だねっ。ねぇ、おじさん……」
「しねーっつっただろーがっ! このバカガキがよぉっ!」
アレクが最後まで言い終わる前に、男が怒声を上げた。
突然の事にユーキは身構えるが、どうやら怒鳴っただけで、それ以上の事をするつもりは男には無さそうだ。というか、身を竦ませたエメロンはともかく、全く動じていないアレクを目にすると、警戒した自分が馬鹿のように思える。
「しねぇって何の話だよ? 俺たちにも分かるように説明しろよ」
「カンケーねーよっ。このバカガキが勝手に言ってるだけだっ」
「そーだっ! ユーキとエメロンも、このおじさんの弟子になろうよっ!」
説明を求めるユーキだったが……、アレクの言葉を聞いてもさっぱり意味が分からない。
まるで名案を思い付いたかのように嬉々として話すアレクだが……。「弟子」とは一体……?やはり弟子とは、師弟関係の弟子の事だろうか?それとも、自分の知らない「デシ」という単語でもあるのだろうか?
「ユーキ? どうしたのさ、ボーっとして」
「オメェがあんまりバカだから呆けてんだろ。誰が、今日会ったばっかの知らねー男の弟子になんてなるかよ。だいたいオレは、しねーっつってんだろーがよぉ」
「えーっ⁉ なんでさーっ⁉」
混乱しているのはエメロンも同様だった。
思考の停止した2人を置いて、アレクと男は「弟子にしろ」「しない」と、やり取りを繰り返す。その様子を見て、ようやくアレクの言う事に理解が追い付く。
アレクの言う通り、この男の腕は立つのだろう。少なくとも自分たちよりは。男が決して悪人では無いという事も、これまでのやり取りで理解は出来る。
だが、男を師事するというのは別問題だ。この件に関しては、親友のアレクよりも男の言う事の方が常識的だ。今日会ったばかりの、名前も知らない男を師と仰ぐなどバカげている。
「おい、アレク……」
「お願いっ、このとおりっ! 師匠になってくれるなら、何でもするからさっ!」
ようやく思考が回り始めたユーキが暴走するアレクを諌めようとした時、アレクの口からとんでもない発言が飛び出した。
「アレク、それは……!」
「……今、「何でもする」っつったよなぁ?」
エメロンもアレクの発言に危機を感じて訂正をしようとしたが、それより早く男が追認を求めてきた。
不味い。早く訂正させなければ。ユーキとエメロンの2人の気持ちは1つだった。だが、その2人よりも早くアレクが返事をしてしまう。
「うんっ、ボクに出来る事なら何でもいいよっ。シショーになってくれるのっ⁉」
「なら……まず、オレが仕事をする間は荷物持ちをしてもらう。それから、オメェらの報酬はゼロだ。最後に、オレの命令には絶対服従だ。……この条件を呑めるっつーなら、教えてやってもいいぜぇ?」
男は厭らしい表情で口元を歪めて条件を提示した。それらを聞いたユーキとエメロンは「あり得ない」と、同時に思った。
荷物持ちは、まぁいい。冒険者の業界に限らず、弟子が師匠の荷物持ちをするというのは別段、珍しい事でもない。
だが、報酬が無いというのはあり得ない。そもそも3人は、学校卒業後の旅立ちに向けて旅費を稼ぐのが目的の筈だ。仮に、男の弟子になる事にメリットがあるとしても、そもそもの目的が果たせないなら意味は無い。
最後の絶対服従など、絶対に呑める条件では無かった。ユーキとエメロンはまだいい。だがアレクは……。アレクは貴族だ。その素性を知られれば、どんな無理難題を言い出すか分かったものでは無い。しかもアレクは女だ。きっと今は気付かれていないと思うが、もしこの2つの事実に気付かれてしまった場合……。
ユーキとエメロンの脳裏には最悪の事態が想像されていた。
逃げられる状況なら逃げればいいが、もし逃げる事も出来ない状況に陥ったら……。最悪、アレク個人だけでなく、バーネット家にまで累が及ぶ可能性も考えられた。
だいたい、この男がマトモに戦闘技能や冒険者のイロハを教える保障などどこにも無い。
タダ働きでこき使われるだけで終わる可能性も、それどころか犯罪行為に巻き込まれる可能性だって十分あるのだ。……それでもアレクの秘密に気付かれてしまうよりは、そちらの方がマシだというのが既にあり得ないのだが。
「そんな条件、呑めるワケ……」
「そうだろぉ? 呑めるワケねぇ……」
「いいよっ。じゃあ、今からおじさんはボクたちのシショーだねっ」
「「「はぁっ⁉」」」
ユーキの言葉を言い終わるより前に男が発言し、それが言い終わる前にアレクが条件を快諾した。
ユーキは、男の条件を突っぱねようとした。男は、それを予想していた。当然だ。マトモな思考能力があれば、こんな条件を呑むバカは居ない。これでは弟子などでは無く、まるで奴隷だからだ。だが……、アレクはいともアッサリと、男の条件を受け入れた。
思わず、アレクを除いた3人は驚きの声を重ねてしまう。
「だ、駄目だよアレクっ! 僕たちの目的を忘れたのっ⁉ 卒業までに旅費を稼がなきゃっ!」
「そうだぜっ! だいたい、このオッサンの面をよく見て見ろっ! どう見ても悪人面だろうがっ⁉」
「誰が悪人ヅラだっ、テメェのツラも大概だろうがっ! いや、オメェ正気かっ⁉ よく考えろよっ! これじゃ、まるで奴隷じゃねーかっ⁉」
3人が怒涛の勢いでアレクに思い直すように詰め寄る。
……その中の1人が、条件を提示した男だというのが滑稽だ。しかし、この場にそれを指摘する者は誰1人としていない。
「エメロン、ボクは目的を忘れてなんかないよ。こうするのが1番いいと思うんだ。ユーキは……、おじさんの言う通り、人の事あんまり言えないと思う」
「アレク……」
「ぬっ……ぐ……」
アレクの返答に、ユーキとエメロンは返す言葉が無い。
ただの悪口を言っただけのユーキはともかくとして、エメロンの疑問に対してはハッキリと言い切った。アレクは目的を履き違えてはいない。
ただ、3人は冒険者として、大陸中を旅をするにはあまりにも未熟だ。旅立ちまでの2年で、この男からそれを学ぼうというのだ。
旅費に関しては、きっと何とかなるだろうと、楽観視している感は否めないが。
「アレク、分かったよ。僕はもう反対しない。その代わり、弟子入りするなら僕も一緒だよ?」
「もちろんっ! 2人とも一緒だよっ」
「エメロンっ⁉ お前まで何言ってんだっ⁉ んなコト言って、何かあってからじゃ遅せぇんだぞっ⁉」
「どうせ、こうなったらアレクは言う事を聞かないよ? アレク1人を知らない人に預けるなんて、それこそ出来ないだろ?」
「そりゃあ……」
ユーキにも分かっていた。アレクは突飛で破天荒な性格だが、比較的物分かりはいい方だ。ユーキやエメロンが止めれば、大体はすぐに言う事を聞く。
だが、1度思い込んだら梃子でも動かない頑固さも持ち合わせていた。そうなったら周囲が何を言っても聞く耳を持たない。リング探しの旅の件がいい例だ。
「はぁ……、しょうがねぇな……」
「おいっ! 話が纏まったような風を出してんじゃねーぞっ! オレはまだテメェらを弟子にするなんて……」
「ウソつくの?」
「……おい、言葉を選べよ? バカガキがよぉ。だぁれがウソ吐きだぁ?」
「だって、条件を呑むなら弟子にしてくれるって言ったじゃないか。ボクたちは条件を呑むって言ってるんだから、弟子にしてくれなきゃウソでしょ?」
ユーキが諦めた時、男が割り込んで食い下がる。
だが、アレクの「ウソつき」呼ばわりに男が青筋をたて、剣呑な雰囲気が広がる。
正直なところユーキは本心では、男の方を応援していた。
嘘でも反故でも何でもいい。いくらアレクが弟子になると言って聞かないとはいっても、男が師事してくれなければどうしようもないのだ。
ユーキ=アルトウッド……。実に度量の狭いの少年であった。
「ぐぐ……。そ、そりゃぁ……」
だがユーキの応援も虚しく、男の旗色は悪い。どうも、「ウソつき」呼ばわりされるのが嫌なようだ。この男も、悪人面をしているなら小さな事に拘らなければ良いのにと、自分を棚に上げてユーキは思う。
「どうなのさ? 約束通り、ボクたちを弟子にしてくれるの? それともウソをつくの?」
「わ……かった……」
結局、男は自分のプライドを選び取った。だがそれは断腸の思いだったようで、大きな身体を丸めて歯を食いしばっている。……見ている方が哀れになりそうな姿だった。
「やったっ! それじゃ、今日からおじさんはボクたちのシショーだねっ! あ、シショーの名前も知らないやっ。ねぇ、シショーはなんて名前っ⁉」
「バルトス……」
「ボクはアレクっ! これからよろしくねっ、シショーっ!」
喜びはしゃぐアレクとは対照に、バルトスと名乗った男の声は消え入りそうだった。何も知らない者がこの光景を目にして、2人が師弟関係だと思う者は1人としていないだろう。まぁ、今決まったばかりの師弟関係なのだが。
「……何でこんな事に……メンドクセェ……」
「子供の様子を見守る」などという安請け合いなどしなければ良かったと、地面に向かって1人愚痴を零すバルトスの声は、はしゃぐ弟子の耳には届かない。
だだ、その姿を見て他の2人の弟子は(心配は杞憂だったかも……)と、心を同じにしていたのだった。




