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第31話 「インヴォーカーズ、初陣」


 深い深いダンジョンの奥。隠された財宝があるという噂を信じて訪れた勇者アンクスは(なげ)いていた。


「行けども行けども財宝なんて、影も形もねーじゃねぇかっ‼」


 アンクスの声は虚しくダンジョン内に反響する。


「アンクス、あまり大きな声を出さないで下さい。魔物に気付かれます」

「カンケーねぇよ、シャラン。どうせこのダンジョンには低級のゴブリンくらいしか居ねーよ」

「では、単純に五月蠅(うるさ)いので黙って下さい」


 アンクスのパートナーである、聖女シャラン。彼女は、心底うんざりした様子でアンクスに毒吐(どくづ)く。聖女の名に似つかわしくないシャランだが、その予想は正しかった。アンクスの大声に反応した魔物の気配が急速に高まってゆく。


「グギャギャッ!」

「ギャッギャッ!」


 二人の前に現れたのは大量のゴブリンだった。その数は30以上にも及ぶ。小さな体に浅黒い肌、長い耳と鼻に鋭い牙。そして魔物特有の紅い眼が光を放つ。


「ほら……。言った通り、魔物が寄って来たじゃありませんか」

「言った通りっつーなら、オレの言った通りゴブリンばっかじゃねーか。こんな奴ら、100匹集まってもオレの魔剣の敵じゃねーよ」


 しかしアンクスとシャランは全く動揺していない。それどころか、まるで世間話でもしているような雰囲気だ。


「私は手伝いませんよ。アンクスの所為(せい)でこうなったんですから」

「ハンっ、手伝いなんていらねーよ。この程度、30秒で片付けてやるよっ!」


 そう言ってアンクスは魔剣を(さや)から抜いて、ゴブリンの群れに突撃した。次々にゴブリンたちは魔剣によって()ぎ払われる。だが、いくら仲間が無残に散ろうとも、魔物であるゴブリンは撤退しない。そして最後の一匹も、魔剣の(さび)となった。


「どうだっ!ジャスト30秒だぜっ!」

「32秒です。残念でしたね」

「ウッソだろ⁉絶対30秒だったってっ!」

「そう思いたければ、そう思えばいいじゃないですか。どう思おうと事実は変わりませんが。さ、先を急ぎましょう」

「おいっ待てよっ!な……納得いかねーーーっ‼」



『魔剣の勇者と嘘つき聖女』より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




「ふぇーー……。なんだか少し、雰囲気が違うねーっ?」


 受付嬢から教えられた隣の部屋へと移動して、アレクは感嘆(かんたん)の声を漏らす。確かにアレクの言う通り、この部屋は……いや、この場に集まる者たちの雰囲気は他のフロアに居た者たちとは違う空気を(まと)っている気がした。

 他の部屋ですれ違った名ばかりの冒険者たちとは違い、この部屋の『冒険者』たちの多くは武装に身を包み、その瞳には「殺気」とでも言えるような強い力を感じる。

 先程までもあった3人の場違い感は、この部屋に入った途端に更に強くなった。


 周囲の視線を感じ、ユーキは警戒、エメロンは委縮(いしゅく)する。

 しかし、アレクは全く意に(かい)していない様子だった。ひょっとすると視線に気が付いていないだけかも知れないが。


「おいっ、アレクっ。いい加減、手ぇ離せっ」


「あっ! あっちに張り紙があるよっ! クエストボードかなっ?」


「人の話を聞けよっ!」


 壁の張り紙を見つけ、興奮するアレク。ユーキの苦情も無視して、2人の手を繋いだまま壁へと引っ張っていく。エメロンを見てみるが、周囲の冒険者たちの視線に怯えているのか、アレクに文句を言う事も出来ない様子だ。

 確かにこの部屋には戦闘を生業(なりわい)としている「本物の冒険者」たちが集まっている。その視線を浴びているとなれば、エメロンでなくても恐怖を感じるだろう。


「……なんだろ、コレ? クエストとかじゃ……、ないよね? 「グレートモスキート シュアープ北西約15km街道沿い 体長約30cmの巨大な蚊。一度の吸血で失血死した被害の例もあるので注意」……?」


 アレクが張り紙の1つに目を()めて内容を読み上げる。だが、その中身は期待したものとは少し違う。

 大きな紙にはシュアープ周辺の地図が描かれ、そこに赤い印が付けられている。その印と同じ、小さな紙が複数貼られてあり、そこには魔物の名称が書かれていた。ここまでは期待通りだ。だが、その先に書かれているのは、魔物の目撃地点と、その特徴などが書かれているだけだ。……依頼主や報酬などの情報は一切無い。


「こりゃ、魔物の目撃情報だよ。ここで魔物が出たから注意して下さいってな」


「注意? やっつけに行くんじゃないの?」


「普通は避けて通るんだよ。そりゃあ討伐して、その証明が出来りゃ報奨金も出るって話だが、大した金額じゃねぇよ」


 ユーキによれば、冒険者たちはこの張り紙を見て危険な場所を避けて行動する、と言うのだ。


 そもそもアレクは少し勘違いをしている。

 『冒険者』は人々の生活を守る為に生まれた自衛組織だ。……そう、あくまで「自衛」なのだ。行商人などが安全の為に雇ったり、町の近くまで現れた魔物に対して領主などが討伐依頼を出す事があっても、わざわざ自分から魔物の生息域を探し出し、討伐して回る冒険者などそうそう居ない。

 当然、人の生活圏に及ばない魔物の討伐に対する需要など殆どない為、その報酬も高額にはなり得ないのだ。魔物の素材が高級で高品質などという事も、全く無い訳ではないが、そう多いものでも無かった。


「っつーワケだからな、コレは避けて通る為のモンで、目指して行く為のモンじゃねぇよ」


「えー? でも、ここに魔物がいるんでしょ? やっつければ平和になるのに、なんでやっつけないの? お金にならないから?」


「ア、アレク……」


 ユーキがアレクに張り紙の用途を説明して聞かせるが、アレクの疑問は尽きない。

 そして気が付けばアレクの疑問はともすれば、この場にいる冒険者たちへの非難とも聞こえるものとなっていた。まるで、「金にならないから魔物を放置するのか?」とでも言わんばかりの内容だ。

 アレクの発言で、周囲の気温が一気に下がったような錯覚を覚えたエメロンがアレクを制止しようと声をかけるが、残念ながらその先の言葉が出てこない。


「あっ! ねぇ、シュアーブの南5kmにゴブリンだってっ! ゴブリンだよっ、ゴブリンっ!」


「おいアレク、少し落ち着け……」

「ボクたちでやっつけに行こうよっ! これならすぐ近くだし、今から行っても日が暮れるまでに帰って来れるよっ!」


 魔物目撃情報のボードに貼られた紙の1つに『ゴブリン』の名を見つけたアレクの暴走は止まらない。


 『ゴブリン』……。冒険物語の多くに登場する、この魔物の名にアレクのテンションが上がるのも無理はない。

 多くの物語では冒険の序盤に登場し、主人公が最初に戦う相手として描かれる事が多い。力が弱く、大した戦闘能力を持たないザコとして、主人公の活躍を見せるのに最適だからだろう。


 だが少し興奮のし過ぎだ。

 周囲の視線も、ユーキとエメロンの制止も聞かず、アレクは1人で盛り上がる。


「ね、町も平和になるし、ボクたちの腕試しにもピッタリだよっ!」


「いい加減に……」

「黙って聞いてりゃ、ガキどもが好き勝手言ってくれんじゃねーかよぉ?」


 一向に収まらないアレクの暴走を止めようとユーキが声を荒げようとした時、その背後から男の声がした。

 ユーキが振り返って見ると、そこには赤毛の男が立っていた。30代くらいの男はその背に斧槍(ふそう)……ハルバードを背負い、冷たい目線で3人を見下ろしていた。


「世間も常識も知らねぇガキがゴブリン退治だぁ? どーせ痛い目見るだけだからよぉ、大人しく「安全な」町中(まちなか)の仕事を探した方が身の為だぜぇ?」


「おじさん、だれ?」


 挑発するように語る男に、アレクが挑発をし返す。いや、アレクにそのつもりは全く無いのだが、周囲の人間はそうは思わない。

 エメロンは生きた心地がしないし、ユーキは「このトラブルメーカーめ……」と小さく呟いた。

 だが2人の心配を他所(よそ)に、男はアレクの挑発に乗る事は無く少し目を細め、1枚の紙を差し出した。


「オレは、オメェらみてぇなバカなガキに常識を教えてやる、優しい「お兄さん」だ。ホラよぉ、コレなんかオメェらにピッタリの仕事だぜぇ? 庁舎(ちょうしゃ)のトイレ掃除の仕事……。クッハッハッ……、安全でキツくもねぇ、役所からの依頼だから金払いもいいってなぁ、最高の仕事だろぉ?」


 アレクに「おじさん」と呼ばれたのが気に食わないのか「お兄さん」と強調し、3人を馬鹿にするかのように笑う男。

 だが、男が挑発しているという事実に肝心のアレクが気付いていない。鈍感ここに極まれり、といった状態だが、そんなアレクに任せる訳にはいかない。エメロンもビビッてしまって役立たずだ。

 仕方ない、といった風に軽く溜息を()いてユーキが前に出た。


「連れの無礼は謝罪する。ってなワケで、ここは手打ちにしてくれるとありがたいんだが?」


「あぁん? 手打ちだぁ?」


 まるで「何を言ってるんだ、このガキは?」とでも続きそうな雰囲気である。


「あぁ、コイツには後で言って聞かせるから、ここいらで勘弁してくれ。あんまりしつこいと、ギルド職員を呼ぶぜ? そうなりゃ、アンタも面倒だろ?」


 男の反応が(にぶ)いうちに、ユーキは畳み掛ける。

 一通りの謝罪をして、こちらの非を認め、それでも絡んでくるのなら最後の手段を取るぞ、と。これ以上ないくらい分かり易く簡潔に述べた。

 さて、もしこの男が物語に登場するような悪役ならば、それでもお構いなしに暴力行為を仕掛けてくるのだろうが……。


「そりゃ、ンなコトになるとメンドクセェがなぁ」


 少し困り顔となった、その男の態度を見てユーキは確信する。この男は暴力沙汰などを起こすつもりは無いのだろう。きっと、アレクの暴言に我慢できずに絡んできただけで、先の行動など何も考えていないのだろうと。

 男の話には着地点も見えないし、そもそも冒険者の暴力行為は規約で禁止されている。……まぁ、これは冒険者に限らず、エストレーラ王国では暴行罪は立派な犯罪だが。


 だから、ユーキは少し強引にこの場を去る事にした。


「先輩冒険者の助言は覚えとく。じゃあ、俺たちはこれで。……アレク、エメロンっ、行くぞっ」


「は? お、おいっ! 待てよテメェっ!」


 男の言葉には耳を貸さず、2人の腕を引っ張って部屋を出るユーキ。

 そのままの足で建物の外へ出る。そしてギルドの扉から隠れ、男が追ってこないかをしばらく見守る事にした。まぁ、無事に外に出れた時点で追ってくる可能性は低いだろうが。


「ふわーーっ、驚いたねーっ。あんな小説みたいなコト、ホントにあるんだぁ」


「……お前なぁ、「驚いたねー」じゃねぇっつぅのっ!」


 呑気な事を言うアレクにユーキの叱責(しっせき)が止まらない。「小説みたいな事が起きた」のではなく、「アレクが揉め事を起こした」が正しいのだ。

 まったく、これでは今後ギルドに訪れる度に「アレクが何かをしでかさないか?」「さっきの男が絡んでこないか?」と、警戒しなくてはいけないではないか。


「ったく、エメロンは役に立たねぇし、今後が思いやられるぜ……」


「それよりさ、さっきの話。どう?」


「「どう?」って、何の話だよ?」


 これからの冒険者生活に暗雲が差し込めた事に悲観するユーキを無視して、アレクが問いかけてきた。

 さっきの男を上手く()けた事と、これからの事を考えていたユーキには咄嗟(とっさ)には何の事か分からない。その時、それまで沈黙を保っていたリゼットが鞄の中から顔を出した。


「アンタ、ニブイわね。何年アレクと一緒に居るのよ? ゴブリンでしょ?」


「そうそうっ! だってゴブリンだよっ⁉」


「あー、それか……。どうする、エメロン?」


 ゴブリン退治。ハッキリ言って、ユーキは乗り気ではない。

 最弱の魔物の代名詞のように扱われるゴブリンだが、それは物語の話であり、実際のゴブリンをユーキはよく知らない。おまけに間違いなく、大したお金にはならないだろう。

 とはいえ、このアレクのやる気を()がせるのも難しい。それに先ほど受付嬢にエメロンが言っていた通り、いずれ自分たちには戦闘経験が必要だ。

 メリットとデメリットの間で葛藤(かっとう)するユーキは、頼れる知性派のエメロンに意見を求めた。


「…………」


「……エメロン?」


 だが、名前を呼んでも返事が無い。再度呼んでも反応が無い。

 3人が揃ってエメロンの顔を覗き込んでみると……、エメロンは泡を吹いて気を失っていた。……それほど先程の男に絡まれたのが怖かったのか。


「俺、コイツらと一緒に冒険者やんの、すっげぇ不安……」


「もう手遅れよ。諦めなさい」


 ユーキの(なげ)きは、容赦の無い妖精の一言で一刀の下に両断された。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 結局、正気を取り戻したエメロンと相談した結果、4人はゴブリン退治へと(おもむ)く事になった。

 エメロンの意見も(おおむ)ねユーキが考えていたのと同じではあったが、エメロンが本で得たゴブリンの特徴を覚えていたのが大きい。


 エメロンによると、ゴブリンは魔物の中で最も知能が高く、代わりに身体能力が低いらしい。物語で描かれる特徴とほぼ同じだ。

 力は人間の子供程度で、単体ならば魔物としての脅威度は底辺に位置するそうだ。ただ、群れる事が多く、数が増す程にその危険度は上がっていく。繁殖力も強く、少数の群れが気付けば数十、数百の大群に増えている事も少なくない。早期発見、早期駆除が推奨されるとの事だ。


 これらの情報から出した結論は「とりあえず、無理のない範囲で探してみよう」というもので決定した。

 もちろん、戦ってみて苦戦するようだったり、予想以上に数が多い場合は無理せずに撤退する。ユーキかエメロンがそう判断した場合は、アレクは口を挟まない。と、そう約束した上でだ。


 そうして町を出てしばらく。もう既に5kmはとっくに越え、10kmは移動していた。


「ゴブリン、いないねー」


「まぁ、目撃情報があっただけだしな。ゴブリンもジっとはしてねぇだろうしな……」


 街道を歩く3人だったが、ゴブリンはおろか人を見かける事も無い。これまでに見かけた生き物と言えば、空を飛ぶ鳥くらいのものだ。

 そもそも町を出てから、たかだか2時間弱。目撃情報があったとはいえ、そんなに頻繁(ひんぱん)に魔物と出くわすようでは町の行き来など簡単に出来ないだろう。


「ねぇ、あっちの森に隠れてたりしない? そもそも、こんな見晴らしのいい場所にいるワケないでしょ?」


「それは、リゼットの言う通りかも知れないけど……、止めとこう。知らない森に入るのは危ないし、そろそろ戻らないと……」


 日が暮れるまでに帰れない。そうエメロンが言おうとした時だった。


「あっ‼ あっちっ! 森の入り口にいるよっ!」


 アレクがリゼットの言う森を指差して叫ぶ。

 つられてユーキとエメロンもそちらを見ると、確かにそこにゴブリンと思われる姿の生物が見えた。遠目でハッキリとはしないが、恐らく間違いない。

 ゴブリンまでの距離はおおよそ50m。ゴブリンは1体しかおらず、こちらには気付いていない。


「1匹だけか……。どうする、エメロン?」


「こっちには気付いてないみたいだね。……僕かアレクが魔法で攻撃すれば、気付かれないまま倒せるかも」


 エメロンの分析は的確で模範的(もはんてき)だった。

 エルヴィスの試験で(おこな)った的当ての距離よりも遠いが、的であるゴブリンは試験で使った鉄板よりも遥かに大きい。エメロンなら難なく当てる事も出来るだろう。


「じゃ、ボクがやってみるっ」


「……大丈夫かよ? 結構、距離あるぞ?」


「ダイジョーブっ。ユーキが見てない所でも練習してたんだからっ」


 自信満々にアレクが前に出る。ユーキは少し不安を覚えるが、まぁ外したとしても危険は少ないだろう。ゴブリンがこちらに向かってきても距離があるし、なにより自分もエメロンもいる。


「よし、それじゃアレクに任せる。俺とエメロンは万が一の為に警戒しとく。いいな、エメロン?」


「う、うんっ……」


「よぉし……、それじゃ、いくよ~っ」


「アレクっ、頑張れ~っ」


 ユーキとエメロン、そしてリゼットの応援を受けてアレクが気合を入れる。そして眼を閉じ、集中を始めた。

 どうやらアレクは『根源魔法』を使用するつもりのようだ。周囲には人影が見当たらないので、それ自体は構わないのだが。


 ……アレクが集中を始めてから(はや)1分。やはりアレクの魔法には時間がかかる。これでも随分(ずいぶん)と早くなったのだが、それでも敵に気付かれてから使用したのでは遅すぎる。これでは実戦に使うためには、今回のようなシチュエーションでなければ難しいだろう。


「ねぇ。アンタたちなら、あの距離の的に当てるのにどんくらいかかるのよ?」


 ただ待つことに飽きたのか、不意にリゼットがそんな事を聞いてきた。

 どうでもいい内容ではあるのだが、確かに何も起こらない数分は長い。警戒を緩めなければ大丈夫だろうと、ユーキはリゼットの会話に付き合う事にした。


「当てるだけなら数秒で出来るぜ? ま、俺の魔法じゃ、あんな距離まで届かねぇから、当てんのは石か何かになるけどな」


「う~ん……。僕は20秒くらいかな? まぁ、僕もどんな魔法を使うかによって変わるけど……」


「……ちょっと、気が散るから黙っててくれない?」


「おぉ……、悪ぃ……」


 会話が耳障(みみざわ)りだったのか、珍しくアレクが3人に文句を言う。その内容が真っ当過ぎて、返す言葉も無いユーキは素直に謝るしかなかった。

 それからまたしばらくして、ようやくアレクの準備が整った。集中を始めてから4分弱くらいだろうか。途中で雑談をしなければ、もう少し早かったかも知れない。


 幸いというべきか、ゴブリンは多少動きを見せてはいたが、未だに視界の外へは逃れていない。相変わらず、こちらに気付いてもいないようだ。

 アレクは右手の平を前に突き出し、慎重に狙いを定める。そして……。


「≪消滅の極光(バニッシュゲイザー)≫ーっっ‼」


 アレクの掛け声と共に、その(てのひら)から白く輝く光の筋が(はし)った。光は真っ直ぐにゴブリンへと向かい――。


「ギャッッ‼」


 間違いなくゴブリンに命中した。悲鳴が聞こえた事からも間違いはない。

 アレクの魔法をその胸に受けたゴブリンは、その場に倒れた。


「やったか⁉」


 思わず、ユーキはそう叫んだ。

 疑問形で言ったが、よくよく考えれば疑問を挟む余地など無い。ユーキは、アレクの≪消滅の極光(バニッシュゲイザー)≫の威力は十分に理解している。その威力は、鉄板を易々(やすやす)と貫き、地面に撃てば深さ数mの穴が開く。ユーキの魔法と違い、アレクの魔力量であれば50mの距離も問題ではない。

 脅威度が低いとされるゴブリンがアレクの魔法をその胴に受けて、無事でいられるとはとても思えなかった。恐らくゴブリンの胸には大きな穴が開いている事だろう。


 だが……。ユーキの予想とは裏腹にゴブリンはゆっくりと立ち上がり、自身の身に何が起こったのかとキョロキョロと辺りを見回していた。

 何が起きているのか理解が出来ないのはユーキも同じだ。なぜ?直撃を受けたハズだ、と。あのゴブリンには何か秘密があるのか?と。


「ゴメン。ちょっと威力を抑えすぎちゃった」


「…………お前なぁ」


 一瞬、あのゴブリンが何か強力な個体なのでは?と考えてしまっていたユーキは、アレクの一言で一気に力が抜けた。何の事は無い、ただのアレクの出力調整ミスだ。

 ユーキが、アレクの失敗に軽く文句でも言おうとしたその時、「油断しないっ! 気付かれたわよっ!」とリゼットの声が響く。


 慌ててゴブリンを見れば50mの距離があるにも関わらず、その紅い眼と目が合った。


(見つかったっ! なら――っ!)


 行き当たりばったりでここまで来てしまった3人に、緊急時の対応策などは無い。だが、それは話し合って決めてはいないというだけで、ユーキが何も考えていない訳では無い。


「俺が前に出るっ! エメロンは後ろから魔法で対応っ! アレクはエメロンの護衛だっ!」


 これがユーキが考えていた、3人で戦う際の基本陣形だ。

 エメロンが一番『戦闘魔法』を有効に扱える。だが、それでもアレク程ではなくても魔法の使用には時間が必要だ。なら自分が前に出て、アレクがエメロンを護るのが一番だ。

 アレクは前線を任せるには危なっかしいし、一応あれでも女の子だ。危険な前線に出るのは、男で年上の自分の役目だ。


 ユーキは2人の返事も聞かず、ナイフと耐火グローブを構えて飛び出した。

 この2つは、大亀の魔物と戦った時の物と同様の物だ。その有用性は既に実証済みである。


 魔物に見つかった以上、生き延びる為には逃げ切るか、倒すかしかない――。

 もう、誰も死なせない――。そう決意を固め、戦う覚悟を決めたユーキだったが……、様子がおかしい。


 問答無用でこちらへと襲い掛かってくると思っていたのだが、ゴブリンはこちらを睨むだけで動こうとはしない。

 先程のアレクの魔法で、動けない程に負傷したのか?とも思ったが、僅かな時間で立ち上がり、こちらを警戒するその挙動を見る限り、動けない程のケガには思えない。

 しかし、動けるのならなぜ襲ってこない?魔物はその命がある限り、生存本能すら凌駕(りょうが)して人間を襲う存在ではなかったのか?


 時間にして10秒にも満たない間だったが、ゴブリンとの睨み合いはまるで悠久(ゆうきゅう)にも思えた。その10秒でゴブリンはユーキだけでなく、エメロン、アレクへと視線を向ける。

 そしてユーキが次の方針を決めるよりも早く――。


「あっ⁉ 逃げたっ⁉」


 声を上げたのはアレクだった。その言葉の通りゴブリンは(きびす)を返し、森の奥へと入っていく。


 なぜ逃げる?魔物の、人間に対する敵対衝動はどうした?

 そう疑問に思うユーキだったが、戦闘を避ける事が出来たのなら問題は無い。どうせゴブリンなど倒しても、殆どお金になりはしない。自分や親友の身の安全の方が何億倍も重要だ。

 そう考えたユーキが構えを解き、身体の力を抜いた。その時だった――。


「待てーーっ‼」


 あろうことか、アレクがゴブリンを追って駆け出した。

 あまりの予想外の出来事にユーキは一瞬、思考が止まり固まってしまう。その一瞬の間にアレクはユーキの前を通り過ぎてしまった。


「おいっ‼ アレクっ‼ 戻れっ‼」


「ダイジョーブっ! すぐに追いつけるさっ!」


「駄目だよっ! アレク、戻ってーーーっっ‼」


 ユーキとエメロン、2人の制止も聞かずアレクは森の中へと消えて行ってしまう。

 勝手にゴブリンを追ったアレクに、さしものリゼットも「ちょっと、どうすんのっ⁉」と慌てるが、もはやどうするかを相談する余裕は無い。


「アレクを追うぞっ! 森の中なら飛べるリゼットのが早ぇっ! 先に行ってアレクを止めてくれっ!」


「わ、わかったわっ!」


「エメロンっ、いいなっ!」


「うんっ!」


 ユーキは2人に手早く指示を出して、共にアレクを追って森に入る。

 こうして冒険者パーティ「インヴォーカーズ」の初戦闘は大ピンチに陥ってしまった。……そのピンチを招いたアレク自身に、その自覚は無いが。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 3人……、正確にはリゼットも居るので4人だが、彼らが森へと消えて行くのを見ている男が1人いた。

 男は不機嫌そうに眉をひそめて唇を曲げ、独り言を(こぼ)す。


「……チッ、クソガキどもがよぉ。まったく、メンドクセェ……」


 斧槍(ふそう)を背負ったその男はそよ風に赤毛を揺らし、気怠(けだる)そうな表情のまま地面を蹴った――。


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