第30話 「冒険者になろうっ!」
「あと、規約事項は読んで「同意します」ってトコにサインしとけ。それが済んだら、受付に申請に行くぞ」
「なになに……冒険者規約、第1条…………。……ユーキ、文字が多いし、よく分かんないよ」
後は規約事項の確認と同意のサインだけだ。しかし規約事項を読み始めたアレクは早々にギブアップしてしまう。
なぜ、この手の文章はやたら読み辛く、理解し難い表現をするのだろうか?小説なら1日中でも読んでいられるアレクだが、規約事項を理解するのは早々に諦めてしまった。
「しょうがねぇな……。掻い摘んで言うぞ――」
溜息を吐きながら、ユーキはアレクに規約事項の説明をする。
とは言っても、そんなに難しい事は書かれている訳ではない。殆どは当たり前の事ばかりだ。
「活動地域における法律・条例を遵守します」だの、「有事の際を除いて、戦闘行為を行いません」だの「冒険者としての立場を利用して、詐欺・恐喝等を行いません」だのだ。……詐欺や恐喝が、法律で禁止されていない地域なんてあるのだろうか?
「この「冒険者は冒険者ギルドに帰属せず、また冒険者ギルドは冒険者の身命・財産を保護するものでは無い」ってのは?」
「そりゃ要するに、冒険者ギルドはただの仲介で、自分の命や金は自分で守れってコトだ」
そう、冒険者ギルドとは、ただの仕事の斡旋業者だ。冒険者に対する色々なサービスは提供するものの、あくまで冒険者とは個人事業主であり、冒険者ギルドは冒険者の身の安全や生活の保障、財産の保護などに関与する事は基本的に無い。
これが「冒険者は底辺の職業」と言われる由縁の1つである。
「……結構厳しいんだね」
「そう? 自分の身は自分で守るってフツーじゃない?」
その意味を正しく理解して、冒険者の現実を見たエメロンと、恐らく理解できていないであろうアレクの意見は真反対だった。
ただ、アレクの考えも間違っている訳では無い。
戦闘行為を行わず、町から出る事も無い多くの冒険者とは違い、「インヴォーカーズ」は大陸中を旅する予定だ。その中には『エルフ領』や『魔族領』といった、いわゆる秘境も含まれる。恐らく魔物との遭遇など、戦闘行為を避ける事は出来ないだろう。そんな時にギルドなど当てに出来る訳が無い。
「……まぁとにかく、もう分かんねぇトコはねぇな? んじゃ、サインして受付に行くぞ」
一通り、アレクに規約事項の説明を終えたユーキは2人を伴って、受付に移動した。
受付のカウンターはまだ子供の3人にはやや高く、特に背の低いアレクは背伸びをするようにして受付のギルド職員と対峙した。
「いらっしゃい、新規の受付ね。登録用紙に書き漏らしはないかしら?」
「えっ? お姉さん、どうしてボクたちが新規だって分かるの?」
「うふふ……。だってボク達、すっごく目立つもの」
カウンター前に立った途端、待ち構えていたかのように話しかけられたアレクは驚いた。
だが、考えてみれば当然だろう。受付の女の人が言うように3人は目立つ。主に年齢的な意味で。
特に、受付カウンターのすぐ横で長々と喋りながら用紙を書いていれば、新規の冒険者希望だという事くらい誰でも分かるだろう。
「それじゃ3人の登録、お願いします。ほら、お前らも用紙を出せ。あと住民票もな」
「はいはい。ユーキくんに、エメロンくん、アレク……サンドラ……くん……?」
余計な雑談はゴメンだと、ユーキはさっさと済ませようと登録用紙と、身分証明の為の住民票を提出した。ユーキに促され、2人も続けて提出する。
それを受け取った受付嬢は、クスリと笑いながら3人の名前を読み上げた。……が、アレクの名前に違和感を感じる。アレクの名前……、「アレクサンドラ=バーネット」。どう聞いても女性名である。しかもバーネットといえば、この町の領主と同じ性だ。
受付の表情の変化にいち早く気付いたユーキは、慌てて誤魔化す事に決めた。
本当の事を話してもメリットは無い。むしろデメリットの方が多いだろう。
一番のデメリットは、アレクが貴族である事が知られる事だ。仮にも貴族のアレクが、底辺職の冒険者になるなどと知られれば風聞が悪いし、良からぬ事を考える輩が寄ってくる可能性も否めない。
「あ、あー、そうなんだよ。コイツの名前、女みたいだろ? だからみんな、「アレク」って略称で呼ぶんだよ」
「え? ユーキ、ボクお……」
「あっ、アレクっ!」
「……むぐっ?」
「へぇー、そうなんだ? それじゃ、私もアレクくんって呼んでいいかしら?」
「……ぷはっ。……へ? うん、いいよ」
ユーキの誤魔化しは、それを理解しないアレクによって台無しになる寸前で、エメロンの手でアレクの口を塞ぐ事で阻止された。
幸い、受付嬢の視線はユーキに集中していたようで、2人の不審な行動は目に入らなかったようだ。ついでに住民票には性別が記載されていなかったのも幸いした。
「それじゃ、説明に入るわね。記入順とは逆になるんだけど、まずは規約事項から……」
受付嬢は気を取り直して、冒険者の説明を開始する。なぜか登録用紙の記入順とは逆に説明するようだ。わざわざそれを言うという事は、何かそういうマニュアルでもあるのだろうか?
受付嬢の説明は、基本的にユーキがした説明と変わりが無かった。同じ内容を聞く事になるのなら、ユーキの説明は必要なかったのではないか?と、アレクの鞄の中のリゼットは思った。
「……と、ここまではいいかしら? ちなみに規約事項を破ると何かしらのペナルティ……、仕事の紹介をされ難くなるとか、あるいは罰金……。あんまりヒドイと除名処分なんかも有り得るから注意してね」
「……それって、何か線引きはあるんですか?」
「う~ん……。一応ある程度の決め方はあるんだけど、冒険者の人には教えられない事になってるの。まぁ、国によって法律も違うし、やむを得ない事情があったりしたら情状酌量されたりもするから、「コレをしたら除名っ!」っていうのは無いかもね」
ユーキの説明では分からなかった、規約を破った際のペナルティについてエメロンが質問をする。が、残念ながら詳しい事は秘密らしい。まぁ、受付嬢の話では、よほど酷い事をしなければ重い処分にはならないそうだ。
「じゃあ、次に行くわね。パーティ名は「インヴォーカーズ」。代表者はアレクくんね。パーティを組んだなら……」
同じく、ユーキがした説明とほぼ同じ内容の説明が、受付嬢の口からされる。
これにはアレクも、ユーキの説明を疑問に感じ始めた。ただ、1度ユーキから説明を受けた事で、受付嬢の説明がより理解できているのは事実だ。
説明の最後に、パーティ名義の口座を作るかを聞かれ、ユーキが即答した事で口座を作る事が決定した。ユーキと受付嬢の話では、口座を作らないデメリットは殆ど無いらしい。
「それじゃ次は資格の確認ね。とりあえず、持ってる資格の取得証明書は持ってきてるかしら?」
「あぁ、それなら……」
「僕もここに……」
ユーキとエメロンの2人が、鞄から証明書を取り出し受付嬢へと見せる。
1人だけ資格を持っていないアレクは僅かな劣等感と共に「やっぱりボクも何か取ろう!」と、小さな決意をするのだった。
「はい、確認しました。それじゃこれで、冒険者登録はひとまず完了よ。……これが3人の冒険者カードになるから、無くさないようにね。再発行には手数料がかかるわよ?」
受付嬢はそう言いながらカウンター奥から3枚のカードを取り出し、手渡してきた。随分と長く説明をしていると思っていたが、登録手続きも並行して行っていたらしい。
受け取ったカードには名前や生年月日、有している資格や所属パーティなどが記載されていた。
目をキラキラさせながらカードを見るアレクだったが、不意に首を傾げ、受付嬢に疑問を投げた。
「冒険者ランクは? 最初はEとかFとかから始まるんじゃないの?」
「……アレク。お前なぁ……」
「すいません。アレクはちょっと、勉強不足で……」
「ふふっ……、いいのよ。そういう子、たまに来るのよねぇ」
冒険者の登場する物語で定番の設定が、アレクの口にした冒険者ランクだ。
物語ではランクはアルファベットで記載され、Aから順に下へ下がり、EやFが最底辺……、つまり最初のランクとされることが多い。これは実在しない設定では無く、かつては実際に冒険者ギルドで用いられていた階級システムだ。
だが、冒険者の存在の在り方に変化が訪れ、戦い以外を行う冒険者の増加により廃止された制度でもあった。
ちなみにAランクを越えたSランクが存在する物語も多数存在するが、そちらは完全に創作だ。
「それじゃ、戦闘能力の判断ってどうやるの? 初心者が危険な依頼を受けたりしないの?」
「そいつは『戦闘技能検定』とかって資格があったハズだ」
「それに、冒険者は基本的に自己責任だからね。危険な仕事をして、怪我をしたり死んでも自業自得……ですよね?」
「まぁ……、その通りだけど、私たちも危険だとか、無理だと思ったら忠告はするわよ? あと、戦闘能力の判断については資格の有無だけじゃなくて、実績も参考にするわねぇ」
アレクの質問にユーキとエメロンが答え、足りない部分を受付嬢が補足する。
2人のおかげで受付嬢は仕事が非常に楽だ。そうでなくても、希望に満ちた若い男の子たちの相手は、普段相手にしているむさ苦しいオッサンや、死んだ目をして訪れる浮浪者モドキとは違って楽しいものだ。……欲を言えば、もう少し3人が歳を重ねていれば、より楽しいものだったのだろうが。
「これで3人は冒険者になったわけだけど、最後に斡旋希望の仕事の質問に入るわね。それで、3人はまだ学生よね? 午後から出来る仕事を希望という事だけど……」
「問題がありますか?」
「ううん。そのくらいの条件ならいくらでも仕事はあるわよ? ただ、やっぱりキミたちみたいな子供だと、少し敬遠される事もあるかしら。……やっぱり仕事は3人一緒の方がいい?」
仕事選び……。そこで障害となってくるのは、学生という身分や時間の制限では無く年齢だった。しかし、こればかりはどうしようもない。
そこに受付嬢が更に質問を重ねる。仕事は3人一緒の方が良いのか、と。
恐らく、「友達同士で一緒に仕事をしよう」という感覚で冒険者に登録しに来たのだと思っているのだろう。あながち間違ってはいない。間違ってはいないが、3人は只の仲良しが軽い気持ち来たのではなく、「リング集め」という目的を持ってやって来たのだ。
「いえ、3人一緒にはこだわりません。全員バラバラの職場でも構いませんよ」
「あら? そうなの? なら仕事の候補なら結構あるわよ。新聞配達とか、郵便配達……、ユーキくんなら調理師補助とか、エメロンくんには事務や御者の仕事も紹介できそうね」
きっぱりとそう断言したユーキに、受付嬢は意外そうな声を上げる。
3人も同時に雇ってくれる仕事を探すとなると、更に候補は絞られてしまうだろう。そんな事にこだわるよりは、3人がそれぞれの仕事を請けた方が効率が良いのは明白だ。
まずは、旅立ちの予定である学校を卒業するまでに、旅費を出来るだけ多く稼ぐのが重要なのだから。
受付嬢が順に仕事の候補を羅列する。まぁ何の実績も無い、初めて仕事をするような子供に紹介できる仕事といえば配達員などが多いのだろう。資格を持っているユーキとエメロンに関しては他の候補も幾つかありそうだが。
「ねぇ、魔物退治の依頼とかは無いの?」
だが、そこでアレクが口を挟んだ。
『冒険者』といえば魔物退治だ。……事実はともかく、アレクの認識においてはそうなのだ。だが、仕事内容の話になったのに、一向に魔物の話題が挙がらない。現代の『冒険者』が物語とは違うというのはユーキから聞いてはいたが、受付との仕事の話になれば出てくるものだと期待していたのだ。
「う~ん……、無いわけじゃあないんだけど……。アレクくんは魔物退治をしたいの?」
「えっ、だって『冒険者』だよ? 他にも色々やるのは知ってるけど、魔物退治が本当の仕事でしょ?」
屈託のないアレクの返事を聞いた受付嬢は少し困り顔になってしまう。
確かにアレクの言う通り『冒険者』の本来の仕事は、行政では手の回らない治安維持、主に魔物への対処が役割だ。それは、『冒険者ギルド』が発足して1000年以上経った現在でも、確かに残っているギルドの理念だ。
だが現実のギルドは、仕事を探す者たちへの斡旋業者としての役割が強い。その為、戦闘行為を行わない、行うつもりのない一般人もギルドへ訪れて冒険者へとなっていく。だからこそ、子供のアレクたちも大した審査など無くとも冒険者になれるのだ。
もし『冒険者』の仕事が、本来の戦闘を伴う危険な仕事ばかりであった場合、……そんな仮定は無意味ではあるのだが、もしそうだったなら、恐らく3人は簡単に『冒険者』になる事は出来なかったであろう。
なぜなら、誰だって……、例え相手が見知らぬ子供でも、危険だと分かっている仕事に就かせようという大人など、そうはいないのだから。
「……ユーキくんは「若干の魔物との戦闘経験あり」って書いてるけど、どういった魔物かしら?」
「……犬の魔物と、亀の魔物です。犬の方は9歳の時……。戦ったってより、ただ襲われて運よく助かったって感じかな? 亀の方は12の時。コイツは一応、1対1で倒したけど……。俺も大ケガしたし、ほとんど相打ちかな?」
「他の2人は? スキル欄には『戦闘魔法』って書いてあるけど、戦闘経験はあるの?」
「僕たちもその犬の時一緒に居ましたけど、やっぱり襲われただけで、戦ったとはちょっと言えませんね。攻撃に使えそうな『戦闘魔法』は使えますけど、戦闘経験と言えるものは他には無いです」
「ん~、ボクもエメロンと同じだね」
3人に、魔物との戦闘経験を聞いて回る受付嬢。答えを一通り聞いて出した結論は「この3人を放置しては危険だ」というものだった。
ユーキは多少の戦闘経験があるらしいが、シュアープ周辺で見る亀の魔物と言えば、グリーンタートルかミズガメが魔物化したものの事だろう。この2種は体長が最大でも30cm程度の亀で、例え魔物化したとしても危険度は低い。魔物の例に漏れず攻撃性は高く、噛みつかれれば最悪、指を失う事も有り得るが、それ以外では水を口から吐き出すくらいの事しかしてこない。爪で引っ掻かれても重症になる事は無いだろう。
それと対峙して大ケガをしたという、ユーキの戦闘能力はたかが知れている。恐らく大ケガというのも、実は大したケガでは無いのだろう。
3人の証言から戦闘経験は元より、まともな戦闘能力を有していない事が推測できた。「攻撃に使えそうな『戦闘魔法』」というのも実際はどうなのか怪しい所だ。
たまに、本当にたまにだが、こういった小説などの物語に憧れて冒険者になろうとする若者が訪れる事はある。
そういった若者の殆どはロクな戦闘経験も無く、自身の能力を過大評価して、周りの制止も聞かずに魔物の生息域に近づいて、そして帰って来ない……。
受付嬢の目には、3人がそんな若者たちと同様に映った。
「あのね、余計なお世話だと思うけど、魔物退治みたいな危険な仕事は止めておいた方がいいと思うの。せめて、もう少し大きくなってからにしなさい」
「大丈夫だよっ! ボクたち結構強いし、ユーキなんてデッカイ亀を1人でやっつけたんだからっ」
「……心配して下さってすみません。でも、僕たちは学校を卒業したら旅に出るんです。その時に初めて魔物と戦うより、今のうちに経験しておいた方が良いと思うんです」
受付嬢の説得は予想通りというか、受け入れられる事は無かった。
アレクの反応はあまりにも楽観的なものだったし、エメロンの反応にしても同様に感じる。冒険の旅に出ようなどと、いかにも冒険物語に影響を受けた子供の思考そのものだ。
しかし受付嬢は立場上、これ以上強く止める事は出来ない。
あくまでも『冒険者ギルド』とは『冒険者』のサポートをする組織であり、その行動を制限や抑制する権限は持たないのだ。一介のギルド職員である受付嬢であるならば尚更である。
「一応、隣の部屋に魔物の目撃情報なんかを取り扱っている部署があるけど……」
「ホントっ⁉ ユーキっ、エメロンっ! 見に行こうよっ!」
「あっ⁉ おいっ!」
「す、すいませんっ! ありがとうございましたっ!」
受付嬢の言葉を途中で遮り、アレクが2人の手を引いて隣の部屋へと向かう。ユーキは文句を、エメロンは謝罪をしながら3人は隣の部屋へと消えて行った。
その場に残された受付嬢は1人、「大丈夫かしら……」と呟いたのだった。




