第29話 「神に祈る者たち」
「……結局、こうなるのかよ」
「気持ちは分からなくも無いけど、ここまで来たらしょうがないよ」
「ユーキ、往生際が悪いよっ! さっ、中に入ろっ!」
散々話し合った結果、他の代案はとうとう見つからなかった。
一応、他の仕事で卒業までの2年間で旅費を貯める等の意見も出したが、子供に出来る仕事では大したお金が貯まらないだろうと予想出来る上、旅の途中で資金が尽きた場合、結局仕事を探さなければならない。
ならばサイラスの遺品を整理して旅費に当てようとも意見をしたのだが、それは絶対にダメだと2人に拒否された。まぁユーキとしても、父親の財産に頼るのはあまり良い気分では無い。……決して父親に未練があるとか、そういう話では無い。
あとは、「エルフ領や魔属領に『冒険者ギルド』があるとは思えない」という理由で反対意見も出したのだが、そもそもその2つの地域ではお金の概念があるのかすら不明だ。2ヵ所とも、ヒト族との交流が殆ど無いという話だからだ。
現状では対策の取りようが無いという事で、その2つの地域に関しては後回しにして、旅の途中で情報収集をしようという話で終わってしまった。
そんなこんながあって、2ヵ月と少しの時が経った。そして先日、アレクは12歳の誕生日を迎えた。これで晴れて『冒険者ギルド』に登録をして、『冒険者』となる資格を得てしまった。
代案が見つからないまま『冒険者』になる条件が満たされてしまった今、ユーキにこれ以上抵抗する道理は無かった。
そして今日、ユーキとアレク、エメロン……、あと一応アレクの鞄の中のリゼットの4人は、シュアープの町中にある『冒険者ギルド』の建物の前にやってきた。
明らかに浮かない表情のユーキと、それを宥めるエメロン。それとは対照的に、意気揚々とギルド内に足を踏み入れるアレク。
そのアレクの背には、先日の誕生日にプレゼントされた剣が背負われていた。その剣は皆でお金を出し合い、男性陣で見繕った物だ。
刃渡りは50cmほど。分類的にはショートソードというのだろう。両刃の直刀で、やや分厚め。装飾は無く、安物の剣だという事は分かる人が見ればすぐ分かる。だが予算の関係もあったし、子供で小柄なアレクが初めて扱う武器としては、こんなモンだろうとユーキが判断した為だ。
プレゼントされたアレクは大いに喜び、その場で背負い紐を用意して背中に背負って見せびらかした。……本来はそんな場所に装備する物ではないと思うのだが。
正直な所、ユーキは剣をプレゼントするのは気乗りしなかった。
『冒険者』になるとは言っても、必ずしも戦闘行為をしなければならないという事は無いし、なによりアレクに刃物を渡すというのに不安を禁じ得ない。
そう言ったのだが、他の面々が口を揃えて言った、「でもアレクは絶対に魔物退治とかしようとするよ?」という言葉には一切反論の余地が無かった。
「アレク、中に入っちゃったよ? 放っといたら、お話みたいにガラの悪い冒険者に絡まれるかも知れないよ?」
「んなワケねぇだろ。……ってか、俺は逆にアレクがちょっかい掛けねぇか心配だよ。……っはぁーーっ。しょうがねぇ、腹ぁ括るかっ」
いつまでも動こうとしないユーキに、エメロンが冗談交じりに急かす。
確かに、『冒険者』を題材とした物語の中には、主人公が冒険者になる際にガラの悪い冒険者に絡まれる、といった展開がよく使われる。物語序盤のアクシデントを演出するのに適している展開と言えるが、実際にそんな冒険者は滅多にいない。
冒険者は、確かに低所得者や社会的弱者の吹き溜まりと言える。だが決して、無法者の集まりなどではない。むしろ、定職に就けないながらも真っ当に働いて生きようとする、真面目な人間の方が多いくらいだ。
……それにそもそも彼らの多くは、わざわざ他人に絡んで因縁をつけるような余裕は無い、というのが悲しい現実だ。
そんな冒険者たちよりも、先に中に入ったアレクの方が、よっぽど突拍子も無い事をしでかしそうだ。と、そんな風に考えたユーキは、深い溜息と共にエメロンと並んで、アレクの待つ『冒険者ギルド』の建物の中へと入っていった。
「おいっ、勝手に先に行くなっ。はぐれても知らねぇぞっ」
「ふぇーーっ。思ったよりスゴイ人だねーーっ。……でもなんか、ヘンな匂いするね?」
ギルドの内部は大量の人々で溢れていた。年齢も、身なりも様々だ。若者から老人まで、戦士のような防具を身に着けた者が居れば、町人の普段着のような者、まるでボロキレのような物を身に纏った者までいる。
恐らくアレクの言う「匂い」とは、人の体臭……、特にボロを着ている者の臭いだろう。
しかし若者がいるとは言っても、3人の年齢はやはり少し異質だ。
ユーキとエメロンは14歳、アレクはたったの12歳だ。まだ成長期を終えていない3人はどう見ても子供であり、特にアレクの高い声は騒がしいギルド内でも良く響く。
多くの視線が自分たちに向けられている事に気付いたエメロンは慌ててアレクを引っ張って、ロビーの隅へと移動した。
「ちょっとアレク、あんまり失礼な事を言わないでよっ。これじゃ、ホントに絡まれちゃうよっ」
エメロンの危惧も尤もだ。
いきなり見知らぬ子供が入ってきて「臭い」と言えば、誰だって良い気はしない。「ケンカを吹っ掛けに来ているのか?」「礼儀知らずの子供に教育してやろう」なんて考える人間が出ても不思議では無い。
冗談で言った自分のセリフが現実になる可能性を考えてエメロンは震えた。これではユーキに「アレクの方が心配だ」と言われるのも無理はない。
「まぁ、これ以上変なコトしでかさなきゃ大丈夫だろ。……見ろよ。もう周りは俺たちを気にしてないぜ」
ユーキに言われてロビー内を見渡せば、確かに先程までと違ってこちらを見ている者など居なかった。いや、よく見れば数人の視線を見つけるが、エメロンと目が合うとそそくさと視線を逸らす。
みんな自分の仕事で忙しいし、トラブルに巻き込まれたくないのだ。実際、先程の視線も「非常識な子供がやって来た」程度のものだったのだろう。
「ボク、なんかヘンなコトした?」
「さぁ? 事実を言っただけじゃない? それよりココ、臭いが鞄の中にまで入って来てキツイんだけど。さっさと用事を済ませて出ない?」
「アレク。ここは人が多いんだから、あんまりリゼットと話さない方が良いと思う」
「エメロンの言う通りだ。それと、ココにゃしょっちゅう来るコトになるんだからリゼットは慣れろ。でなきゃ、ミーアと留守番してろ」
全く自分のしでかした事に自覚の無いアレクが鞄の中のリゼットに質問するが、聞く相手が悪い。リゼットも全く悪びれなく、アレクの言動を肯定し、自分も臭いと言い放つ始末だ。
これは言って聞かせるのは難しいと判断したのか、エメロンとユーキは、リゼットとの会話を注意した。
「ふんだっ。アタシを除け者にしようったって、そうはいかないわよっ! 臭いくらい、ガマンできるんだからっ!」
「はぁ……、そうしてくれ。あと、ココじゃいつもより慎重にな。んじゃ、新規登録の受付に行くぞ。こっちだ」
留守番が嫌なのか、それともただ反発しているだけなのか。判断の難しいリゼットへのこれ以上の追及を諦め、ユーキは冒険者の登録窓口カウンターの方へと歩いて行く。
カウンターの近くのテーブルには新規登録用紙が積まれており、ユーキはそれを3枚取り、アレクとエメロンに手渡した。
「その用紙に必要事項を書いて、カウンターに提出するんだ。あと、裏面に規約事項が書かれてるから、一応ちゃんと読んで「同意します」ってトコにサインしとけ」
「ユーキ、随分と詳しいね?」
「一応、下調べくらいはな。冒険者になろうとして、「やっぱムリでした」とか嫌だろ?」
こういうマメさや、準備の良さはユーキの長所だろう。
ただ「それなら前もって言ってくれれば一緒に調べたのに」と、アレクとエメロンは思う。思うが、同時に「1人で何でもやりたがるのもユーキらしい」とも思うのだった。
「とにかく、この用紙を書けばいいんだよね? 名前……、年齢……、出身……、資格と、スキル……? ねぇ、この「資格」と「スキル」って何書けばいいの? あと、「斡旋を希望する仕事の種類」ってのもよく分かんないんだけど」
「資格ってのは、国とか団体とかが認定してる試験に合格したら貰えるモンだ。スキルってのは……、まぁ自称だな。「自分はこういう事が出来ますよ」ってアピールする項目だ。デタラメ書くと後々メンドーだから、テキトー書くんじゃねぇぞ?」
「「斡旋を希望する仕事の種類」はそのままの意味だよね? 僕たちはどうする?」
「何でもいいけどな……。とりあえず、学校あるし「午後から出来る仕事」とでも書いとくか?」
アレクがよく分からない項目について尋ねるが、ユーキの説明を聞いてもいまいちよく分からない。
資格……は受けた覚えが無いので空白で良いのだろうか?しかしスキル……?ユーキが自称だと言ったという事は、好きに書いて良いのだろうか?しかし適当に書くなと言われれば、やはり何を書いて良いものか分からない。
困ったアレクは、すぐ横で記入する2人の用紙を見て参考にする事にした。
「なになに……? エメロンは、『暗算検定1級』に『御者免許2種』……『魔法陣技師』……? んでユーキは『調理師免許』に『食材識別検定2級』と……、『キノコ検定3級』ってナニっ⁉」
「食えるキノコを見分ける資格だよ。つっても、簡単なのしか分からねぇけどな。……それよりエメロン、『魔法陣技師』の資格なんて持ってたのか? 難しいんだろ?」
「せっかくエルヴィス先生に教わったんだからと思ってね。ユーキなら、頑張れば取れると思うよ?」
書けるような資格を持たないアレクとは違い、2人は色々と資格を取っていたようだ。この辺は性格の違いだろうか?
若干の疎外感を感じたアレクは「ボクも何か取ろうかな?」と呟くのだった。
続けて、スキルの項目を記入する2人の用紙を横見する。
2人の内容はほぼ同じで、『教会学校在学中 聖歴1364年卒業見込み』、『戦闘魔法』の2つ。ユーキだけは、そこに加えて『若干の魔物との戦闘経験あり』と記入していた。
「ふ~ん、そんな感じでいいんだ。……じゃあボクは学校と『戦闘魔法』、あと『根源魔法』かな?」
「ソレは書くなっ!」
「書いちゃ駄目だよっ!」
自身の書けるスキル……、能力を羅列したアレクだったが、突然2人からの制止を受ける。
『根源魔法』は、別に禁呪だとか邪法だとかいう訳ではない。ただ魔族が使う、それだけの事だ。
だが、ただそれだけの事が非常に厄介だ。
およそ7~80年程前、紅い眼をした者たちが突如として現れた。魔物を連想させるその瞳に恐怖した人々は彼らを『魔族』と呼び、そして忌み嫌ったのは仕方の無い事だろう。
だが魔族と呼ばれた彼らは急速に数と勢力を拡大し、少数種族であるエルフ族やドワーフ族はともかく、ヒト族との接触は避けられなくなっていった。
そんな、互いの境界線を維持しつつも緊張の続いたある時、『魔人戦争』が勃発した。
聖歴1338年に起きた、この戦争の原因は未だに分かっていない。ヒト族が原因だとも、魔族が本性を現したのだとも言われている。
ただ紛れもない事実なのは、この戦争で数え切れない程の多くの人々が犠牲となり、魔族はヒト族が寄り付かない大陸北部の『オリゲネス地方』へと移住し、ヒト族の領域へは滅多な事では姿を見せなくなったという事だ。
『魔人戦争』は3年後の聖歴1341年に集結したが、まだそれから21年……。人々の魔族への怒りや恨み、恐怖が風化するには時間が足りなかった。
当然、3人には今まで魔族との接点など無い。戦争にしても生まれる前の出来事だ。
しかし一方で、学校で『魔人戦争』の歴史は当然習ったし、魔族の危険性なども教えられた。その過程で思い知らされる。世間一般の認識では、魔族とは悪辣で危険な、魔物と大して変わりの無い存在とされているのだと。
「だから、アレクのソレは隠しておこうって言ってたじゃない」
「えーっ。でもさ、カッコよくないっ? 悪の力を振るう、正義のヒーロー!」
今度はどんな小説に影響を受けたのか、何やらポーズを取るアレク。その姿は幼い少年の様で、実年齢よりも更に幼く見える。
あまりにあんまりな親友の姿に、ユーキはまともに説得する事を諦めた。
「ダークヒーローならよ、一般人には正体を隠さなきゃな?」
「あっ、そうだねっ! こういうのは秘密の方がカッコイイよねっ! さっすがユーキは分かってるぅっ!」
あえてアレクの話に乗る事で、ユーキはスムーズに『根源魔法』を隠匿する方向に話を持って行った。
だがその代償として支払われたユーキの心労は計り知れない。というか、『根源魔法』を秘密にするという話は何年も前に決まっていたハズなのに。その理由もエルヴィスが説明したハズなのに。……なぜ今さら蒸し返すのか?
ユーキは深い溜息を吐いて、記入項目を進める為に話を続けた。
「書き漏らしはねぇな? んで、オレたち3人でパーティ申請もしとこうと思う」
「パーティっ⁉ やっぱり冒険者といえばパーティだよねっ!」
「僕はあんまり詳しくないんだけど、パーティを申請するとどうなるの?」
パーティという単語を聞いてアレクのテンションがまた上がる。だが、それとは対照にエメロンは現実的な質問だ。
ユーキは一旦アレクを無視して、エメロンとの会話に専念した。
「パーティでの活動をサポートするサービスが使えるな。伝言サービスがあったり、仕事の時間や内容を調整しやすくなったり、あとパーティ名義で口座が作れたハズだな。まぁ、詳しくは受付の人に聞いた方がいいな」
「そっか……。そういう事なら、パーティを作った方が良さそうだね」
「ねぇっ、パーティ名はどうするっ⁉ ボク、カッコイイ名前がいいなっ!」
真面目な話をしているというのに、アレクがやたら喧しい。
しかしパーティを作るのなら、名前は当然必要だ。アレクの話も完全に無視できる話でもなかった。だが……。
「名前? 俺は何でもいいからお前らに任せる」
「僕も……名前にこだわりは無いかな。アレクが好きなのを付けて良いよ」
パーティの名前に2人は全く頓着が無かった。
他人に知られる事もあるので、あまりヘンな名前を付けられても困るのだが。まぁ、アレクの考える程度の名前なら問題ないだろう。
パーティ名は結構いい加減に決められる事も少なくなく、「ドラゴンスレイヤー」だの「カエルの王冠」だの「愛犬家たちの集い」だの、ワケもセンスも分からない名前が数多くある。これらの中で異彩を放つ程の奇妙な名前と言えば、「○○様ファンクラブ」だとか「貧乳同盟」だとか、性癖を匂わせるものくらいだろう。……かつて聞いた、「ああああ」というパーティ名だけは本当に意味不明だが。
「ボクが決めていいの? じゃあ……、「インヴォーカーズ」……って、どうかな?」
「インヴォーカーズ……。「神に祈る者たち」……か。神様に願いを叶えて貰うつもりの僕たちにはピッタリかもね。良いんじゃないかな?」
「あぁ、アレクにしちゃ、マトモな名前じゃねぇ? 俺も異論無しだ。……ってか、アレク。お前、事前に考えてたろ?」
「えへへ……。バレた?」
冒険者という提案がされた2ヵ月前から、こんな事もあろうかとアレクはずっと考えていた。カッコよくて、意味が通り、それでいて自分たちに関係する名前を。
3人の名前の組み合わせや、神話に因んだもの、小説の名前なんかを捩ったものなんかも考え、最後に決めたのがこの名前だ。それまでの過程には、ユーキが危惧したような「あまりにもヘンな名前」も複数あったのだが、それを言う必要はもう無いだろう。
「代表者って、どうする? ユーキがいいかな? 一番冒険者に詳しいし」
「いや、俺よりアレクのがいいだろ。そもそも旅に出る切っ掛けを作ったのはアレクだしな」
「えっ? ボクよりユーキのが良くない? パーティのリーダーでしょ?」
パーティの代表者。その候補に挙げられたのはユーキだった。だが、ユーキ自身はアレクを推す。
なぜならパーティの代表者とは、本当にただの代表であり、大した意味は無いのだ。ならば「インヴォーカーズ」の動機を作った張本人であり、名付け親のアレクこそが相応しい。
その事を説明したユーキは、エメロンの同意を取り付けた。
「そういう事なら、僕もアレクで良いと思うよ」
「んじゃ決まりだな。代表者はアレクだ」
「なんかユーキ、ボクに押し付けようとしてない?」
「んなコトねぇよ。気のせいだ」
とにかくこうして、パーティ名は「インヴォーカーズ」。そして、その代表者はアレクに決定した。
彼らの願いは、果たして神に届くのか?その願いが叶ったら……、あるいは叶わなかったら……。彼らはその後、一体どうするのか?
「神に祈る者たち」……。彼らの未来と、その行く末は、まだ誰も知らない。そう、「全てを知る能力」を持つエルヴィスでも……。あるいは、神でさえも……。




