第28話 「職業の選択」
「お前よ、もう少し考えろよ。カネの事とか、食事の事とか……」
「む~っ、そういうユーキはどうなのさっ⁉」
放課後の昼下がり、教会近くの広場でいつものメンバー勢揃いで昼食会の最中だ。
先日、ユーキがアレクたちの旅に同行する事を宣言した事で、具体的に計画を練ろうとしたのだが……。ユーキはアレクの、あまりの考えの無さに呆れていた。
「でも確かに、ユーキのいう事は正論っスよ。お金に食事、他にも服や寝具、武器防具に医薬品とか衛生用品なんかも、旅をするなら必要な事っス」
「衛生用品ってなんだよ?」
ヴィーノの言葉にロドニーが疑問を挟む。
確かに男の、しかも子供のロドニーに、衛生用品の一言では何の事か分からないだろう。まぁヴィーノも、あとユーキとエメロンも男の子供なのだが。
「旅に出る時にゃアレクも14だろ? だから……」
「ユーキくんっ! 言わなくていいからっ!」
せっかくヴィーノが言葉を濁したのに、ユーキの所為で台無しになる所だった。
寸での所でクララが制止しなければ、気恥しい空気になった事に違いない。ユーキは頭がいいのに、こういう所で気が利かない。
「まぁ、旅をするには色々必要という事ですね。エメロンさんは何も考えてなかったんですか?」
「一応、考えてはいたけどね……。僕たちの歳で大きな収入を得るのは難しいし、旅をするとなると安定した収入も難しいんだよね」
「行商なんかは? エメロンの家は商人でしょ? 町と町を旅しながら商売をしてリングを集める。ボクはいいと思うけど?」
目下のところ、必要なのは金策だ。旅の準備をするのにも、旅の最中にも、とにかくお金は必要だ。
だがエメロンの言う通り、子供が大金を得る手段など殆ど無いし、旅に出てからでは長期の仕事は難しい。アレクが名案とばかりに行商を提案するが……。
「アレク、オメェ商売をナメてねぇか? まず行商をしようと思うなら、最低でも商品と、それを運ぶ馬車が必要だろ? そのカネはどーすんだよ?」
「そうね……。それに物を売るなら、ちゃんとしたツテが無いと買い叩かれるって聞いた事があるわ。そうじゃなくても、ちゃんと市場調査をしないと利益が出ないって……。まぁ、本の受け売りなんだけど」
「いや、それに何より、旅の目的はリングだろ? それ、下手すりゃリングに向かえば利益が出ない。利益を求めればリングに辿り着けないってコトにならねぇか?」
「まぁ、地図によると、エルフ領や魔族領にまでリングがあるみたいっスからね。エルフはともかく、魔族と商売なんて出来るんっスかね?」
ロドニー・クララ・ユーキ・ヴィーノの順で批判を受ける。アレク1人に、ここまで言わなくてもいいのではないか?
アレクは泣きそうな顔でエメロンを見るが……。
「ゴメン、アレク。僕もみんなと同意見だ。僕の父さんの伝手は使えないと思うし、僕たちだけで利益を出すのは難しいよ。行商に専念してる人たちだって大変な思いをして僅かな利益しか出せないんだ。僕たちみたいな若造が……、しかもリング探しの片手間に出来る仕事じゃないよ」
「えーっ、じゃあどーすんのさ?」
「片手間……。ってーコトは、やっぱエメロンにも他に思いつかなかったか?」
助けを求めたエメロンに、無慈悲にも止めを刺されるアレク。自身の考えを完膚なきまでに否定され、八方ふさがりとなったアレクはただ嘆く事しか出来ない。
だが、エメロンの発した「片手間」という言葉に反応し、若干諦めたような口調でユーキが話した。
「うん。まぁこの際、仕方ないんじゃないかな?」
「っはぁーー……っ。ぜってぇなるまいと思ってたんだがなぁ……」
「はは……。ユーキは昔から「なる気は無い」って言ってたもんね……」
2人だけで話すユーキとエメロン。だが、他のメンバーには話が見えない。
ただ分かるのは、2人には何かしらの案があるという事と、ユーキが大きな溜息を吐いたところから、その案は決して喜ばしいものでは無いという事だけだった。
「おいっ、2人だけで話してねぇでオレたちにも説明しろよっ」
「そうだよっ。それにボクだってカンケーシャなんだよっ!」
「悪ぃ悪ぃ。でもなぁ……。正直、あんま口にしたくねぇーんだよなぁ……」
「そうだね。口に出すと、「それ」で決定しちゃいそうだしね……」
痺れを切らしたロドニーとアレクの抗議にユーキが謝るが、それでも内容を教えない。
ユーキだけでなく、エメロンまでが渋るのを見ると、よほど酷い苦肉の策なのか……。しかし、ここまで話して内緒にするというのは通用しない。
「お2人の気が進まないというのは分かりましたけど、話してくれないと話が前に進みませんよ?」
「それはそうだね。……ユーキ?」
ミーアに促され、エメロンも納得する。
そしてエメロンは、恐らく「その案」を自分よりも嫌がっているユーキに対して、意志の確認を込めて名前を呼んだ。
「っはぁーーっ。わぁーったよっ。……さっき、エメロンが行商の事を片手間に出来る仕事じゃないっつっただろ?」
「え? ……うん、言ってたね」
「つまり、リング探しが主目的の俺たちにゃ、片手間で出来るような仕事しか出来ねぇっつーコトだよ」
「あぁ、なるほどっス」
明らかに嫌々ではあるが、ユーキも話す事を承諾した。しかし迂遠な言葉でハッキリと口にはしない。それほど喋るのが嫌なのか。
しかし迂遠な説明ではあるが、ヴィーノが真っ先に答えに辿り着き、納得の声を上げた。
「ヴィーノ、正解が分かったの?」
「おい、ユーキがメンドクセェから、オメェがさっさと教えろよっ」
「冒険者っスよ」
別にロドニーが急かしたからではない。ただ、ヴィーノには答えを渋る理由が無かっただけだ。
ユーキとエメロンが、あれほど口ごもった答えをヴィーノはあっさりと口にした。
「冒険者っ⁉」
真っ先に、ヴィーノの出した答えに反応したのはやはりというか、アレクだった。
『冒険者』――。
それは今から千年以上も昔、魔物の脅威から人々を守る為に発足した組織に属する者たちである。
当時、ブラムゼル大陸においては、クライテリオン帝国が最大にして唯一の国として統治していた。しかしその為か、人口と権力は首都に集中しており、地方の生活と安全は蔑ろにされていた。
その為、地方の自治は自警団などがその役目を担っていたのだが、当然それでは無理の出てくる場所もある。最初はそんな弱小勢力の寄り合い所の様な組織だった。しかし、そんな弱小勢力も数が集まれば巨大になる。
その勢力の巨大化に伴い、活動範囲もより広範囲へとなっていく。大陸各地を飛び回る彼らは、いつしか自警団という名から『冒険者ギルド』、そこに所属する者たちを『冒険者』へとその呼び名を変えていった。
当時の皇帝は、地方の自治組織が力を持つ事を嫌ったが、気が付いた時には無視出来ない程の勢力となっていた事、地方民の味方として皇帝以上の人気を誇っていた事、中央政府に地方全ての治安を維持する力が無かった事などから、『冒険者』の大陸における活動の権利を認めざるを得なかったという。
そしてこの権利は、その数百年後に帝国が分裂し数々の国が生まれ、更に時の経った現在となってもなお、全ての国が認めている。
ただし現在の『冒険者』の実態は、当時とは随分とその役割が変わってはいるが……。
とにかく、そんな『冒険者』は物語の中でも頻繁に登場する。
過去の『冒険者』を題材にした、史実を基にした書物があれば、荒唐無稽な英雄物の創作物も数多い。ただ一部例外を除いて、『冒険者』を「正義」として描いた物が多いのは事実だ。
……アレクが目を光らせるのも当然だった。
「そっかっ、そうだよっ。冒険者っ! なんで思いつかなかったんだろっ? 冒険者なら旅をしながら仕事が出来るじゃないかっ!」
興奮気味に誰へともなく語るアレク。その勢いにドン引きする者は……この場に居なかった。みんな、アレクの反応は予想済みだ。むしろ、あまりに予想通りの反応に呆れている。
「やっぱり、こうなったね……」
「まぁでも、仕方ないんじゃないっスか? アレクならこうなるっスよ。それに、他の案は無いんっスよね?」
ヴィーノの言う通り、代案など存在しない。あればそちらを提案しただろう。
だが旅の目的がリングである以上、3人の行先は殆ど決まっている。それに合わせて都合よく職場を変える事など不可能だ。……『冒険者』以外では。
最寄りの『冒険者ギルド』に登録し、仕事の斡旋を受けるだけの『冒険者』ならば、行先を自分たちで自由に決める事が出来る。
アレクたちの条件にこれほど合致した職業など、他には無いだろう。
「ずいぶん渋ってたけど、ユーキくんは冒険者はイヤなの?」
「ったりめーだろっ? 冒険者だぞっ? 好き好んで冒険者になるやつなんて、そうそういるかよっ」
「えーっ! なんでさっ⁉ 冒険者、カッコイイじゃんっ!」
クララの質問に、ユーキは「何を当たり前の事を」とでも言わんばかりに肯定する。
だが、好き好んで冒険者になりたがるアレクは不満を漏らす。冒険者になりたい理由が「カッコイイから」というのは、なんともアレクらしいが……。
「あのな、冒険者なんて本みてぇに格好いいモンじゃねぇぞ? あんなのは食い詰めモンがする仕事だ。ちゃんとした仕事に就けねぇから、冒険者になってんだよ。貰える報酬もスズメの涙だ。あんなの奴隷とそう変わらねぇよ」
「……そうなんですか?」
「……いや、さすがにユーキの説明はちょっと悪意がないっスかね?」
ユーキのあんまりな『冒険者』評に、ミーアが疑問を感じる。それにヴィーノが答えるが、どうやら流石に酷評が過ぎるようだ。
どうにも判断の付かないミーアは、この中で1番の知識人のエメロンに視線を向けた。
「そうだね……。確かにユーキの感想はちょっと行き過ぎかな……。でも、そこまで的外れって訳でもないよ? 確かに、低賃金で安く使われる事も少なくないし、急に仕事が無くなる事もある。仕事の内容も、資格と実績が無いと下働きみたいな仕事しかない事もあるらしいね」
「なんだそりゃ? そんなんじゃ誰も冒険者になるワケねーじゃん」
エメロンの説明に、ロドニーが呆れる。
低賃金で、安定が無く、下働き。これだけ聞いて、誰がそんな仕事に就きたいと思うのか。
だが、この世の様々な事柄に言える事だが、デメリットしかないのものなど、そうは存在しない。エメロンは『冒険者』のデメリットについて話しただけだ。
「その代わり、冒険者は最低限の条件で誰でもなれるよ。なるだけなら何の資格も要らないし、冒険者ギルドに登録するだけだね。それに仕事の内容は自分で選べるし、依頼人次第じゃ交渉も自由だよ。気に入らない仕事なら辞めるのも自由。まぁ、そんな事を繰り返してたら信用を無くすだろうけど」
「……仕事を自分で選べるなら、信用が無くても問題なくねーか?」
「冒険者の評価はギルドで管理しているらしいよ。信用や評価の低い冒険者は、良い仕事を回して貰えないだろうね。それどころか、あんまり酷いと除名処分とか受けるかも」
だからエメロンは、次は『冒険者』のメリットについて話した。そうでなければ、正当な判断を下せない。
しかしなるほど。エメロンの説明によれば『冒険者』という仕事は、「仕事を斡旋してもらう自営業者」という表現が1番しっくりきそうだ。
「……あのさ、魔物退治とかの依頼ってないの?」
「……そうだね。アレクだもんね、そこは気になるよね……。一応、今も魔物退治をやっているよ。新聞とかによれば、最近の冒険者は魔物退治とかの危険な仕事は避ける傾向にあるらしいけどね」
「……それって、冒険してないわよね?」
「まぁ、成り立ちから慣習的に続いた名前っスから……」
エメロンの話によれば、昔の自警団時代の様な……、あるいは物語の『英雄』のような、戦う『冒険者』は減少傾向にあるらしい。確かにクララの言う通り、これでは『冒険者』というより「何でも屋」だ。
しかし、無くなった訳ではない。アレクには、それが何よりも重要だった。
「だったら、冒険者でいいじゃんっ! ボクたちは旅をしながら仕事が出来て、魔物を倒して平和になって、リングを集めて戦争を無くすっ! すごいっ、一石三鳥だよっ!」
「お前、何でそんなに楽観的なの? 俺とエメロンの話、ちゃんと聞いてたか? だいたい、魔物の危険性とか分かってねぇの? 俺、何回か死に掛けてんだけど?」
あまりにも前向きなアレクの反応に、ユーキは少しうんざりする。
アレクが『冒険者』と聞けば、この様な反応をするのは予想していたが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
それに魔物退治など、わざわざ自分からしたくは無い。それが人々の役に立ち、平和に繋がるのは認めるが、ユーキは2回も魔物に殺されかけたのだ。トラウマになってもおかしくない……というか、実際トラウマになっている。出来れば2度と出会いたくない存在だ。
「ユーキはなんでそんなに悲観的なのさ? ユーキは1人でデッカイ亀の魔物を倒したんでしょ? ボクとエメロンが一緒なら、怖いものなしだってっ!」
だが、アレクは何も考えていないのか、無慈悲にもユーキのトラウマを抉ってきた。
レックスの死……。何も出来なかった自分……。心を閉ざしたカーラとシンディ……。
一瞬、気が落ち込みそうになるが、それを表には見せずにユーキは前を向く。
「考えなしっ!」
「アンポンタンっ!」
言いたい事を言い終えて、それでも平行線を辿る2人はただの悪口合戦に移行した。
そこまでを見届けた他の面々は、付き合ってられないとばかりに2人を放置して話し合いを続ける。
「それで、結局どうするんっスか?」
「まぁ2人がこの調子じゃ、一旦保留かな? どうせ冒険者になるにしても、後2ヵ月は無理だしね」
「2ヵ月? 何でですか?」
「冒険者にはね、12歳以上じゃないとなれないんだよ」
結論の先延ばしを宣言したエメロンは、その理由をミーアに答えた。
アレクは現在11歳……。12歳になる3月まで、あと2ヵ月以上の時間があった。
まだ時間はある……。そう思っていたのだが、2ヵ月という時間はあっという間に過ぎて行った――。




