第27話 「子供たちの内心」
レックスが死んだ日以来、ユーキはずっと考えていた。
なぜ、こうなってしまったのだろう?
どうすれば、こんな事にならなかったのだろう?
要因を作った人物は複数いる。
『下』へとやって来て、階段を消し忘れたベルという名の妖精……。
1人で勝手に歩き回り、騒動の発端となったシンディ……。
シンディたちと一緒に行動する筈が、1人別行動を取ったカーラ……。
その理由を作ったアレクたち……。
そして……、最大の被害者となってしまったレックスと……、一緒に居ながら何も出来なかったユーキ……。
何が、悪かったのだろうか?
誰が、悪かったのだろうか?
要因を作った人物は複数いる。……だが、悪意を持った人物など、誰一人いなかった。
ベルはまさか、自分の不注意がこんなに大事になるなんて思ってもいなかっただろう。
シンディは、自分の好奇心を抑えられなかっただけだろう。
カーラはただ、アレクたちの話に付き合っただけだろう。
アレクたちはきっと、ユーキの境遇を心配しただけだろう。
レックスは……、サイラスを……、その息子のユーキを許せなかったのだろう。
ユーキだって……、悪意なんてなかった……。
なら、何が悪かった?レックスは、なぜ死んだ?
全てユーキが悪い。ユーキがレックスを連れ出した。ユーキがレックスを止められなかった。ユーキが野犬たちを倒せなかった。ユーキが大亀に気付けなかった。ユーキがレックスを……守れなかった。
ハッキリと断言しよう。ユーキの認知は歪んでいる。
過剰に自分を追い詰め、他者の責任すら自分のものへと転嫁する。
それは酷く「傲慢」であり、見ようによっては「罪」を拾い集める「強欲」にも見えるだろう。もしくは、全ての「罪」を喰らい尽くそうとする「暴食」のようでもあり、他者の持つ「罪」に「嫉妬」しているようにも映る。あるいは、考える事を放棄して「怠惰」に過ごしているだけかも知れないし、「罪」という魅力に「色欲」を感じているのかも知れない。
ただ……「憤怒」――。これだけは紛れもなく、ユーキが常に抱いている感情だ。
弱い自分に……、無知な自分に……、罪深い自分に……。
自分自身に向けられる「怒り」の感情……。それはどんどん増幅する。もっと強ければ――、もっと賢ければ――、と。
しかし、ユーキはすぐに悟る事になる。「この世には、いくら強くても、いくら賢くてもどうしようもない事がある」という現実に。
それは、レックスの死とは直接は関係の無い事件だ。
「ボーグナイン紛争」――。
きっと、あの戦争が無ければサイラスは……、レックスたち3人の父親は死ななかった。父親たちが死ななければ3人は……、ユーキは孤児院へと行く事は無かった。なら、きっと……、レックスがあんな目に遭って死ぬ事も無かった。
だが……。だがしかし……、仮にいくらユーキが強くても、仮にいくらユーキが賢くても、きっとユーキに戦争を止める事は出来なかった。
1人の人間に出来る事などたかが知れている。いくら強くても、いくら賢くても、1人の人間に戦争は止められない。「世界」は、変えられない……。
ユーキの抱える「怒り」はどんどん膨らむ――。自分を越えて、理想を越えて、もっと、もっとと――。
強く、賢い。そんな理想の自分でも、どうしようもない事がある事に気付いた「怒り」の矛先は、やがて自身から溢れて「世界」へと向けられる。もっと平和な世界なら――。もっと優しい世界なら――、と。
しかし、いくら憤ってもユーキ1人に世界は変えられない。
しかし、ユーキは世界を変える可能性のある「鍵」を知っていた――。
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「なら……、その旅、俺も一緒に行く」
ユーキの宣言に、友人たちは言葉を失った。
あまりにも予想外だったから……。予想はしていたが、それでも信じられなかったから……。きっと、そうなると信じていたから……。
友人たちの内心は様々ではあったが、その反応は皆同じであった。
「何だよ……、そんなに意外か?」
「だってよ……。オメェ、アレクたちの旅には反対してたじゃねぇか」
「まぁ、俺も色々考えてな。アレクとエメロンと3人で旅ってのも悪くねぇかな……、ってな」
ロドニーの言う通り、最初はアレクたちの旅には反対していた。危険で無謀だと思っていたからだ。
しかし、レックスの死が……、1年半という時間がユーキの考えを変えた。危険があろうと、無謀だろうと、それで「世界から戦争がなくなる」のなら低いリスクだと。
……ユーキ自身すら自覚していない本心は少し違う。
ユーキは「世界」に復讐をしたかったのだ。人に優しくない「世界」に……。いや、自分に優しくない「世界」に――。
だが、自覚していない動機はもちろん、自覚している動機をも隠してユーキは答えた。
友人たちに心配をかけないように……。自分が強く在るために――。
「料理人になる夢はどうするの? その為にお父さんに料理を習ってたんじゃないの?」
「さっきも言ったけど、俺のはプロにゃ及ばねぇ素人料理だよ。それに、旅の間も料理は必要だろ? 俺は料理をするのが好きなんであって、料理を売るのが好きなワケじゃねぇし」
嘘だ。いや、嘘は言っていないが、本心はまるで違う。
確かにプロには遠く及ばない。だが、ユーキはまだ14歳だ。もっと修行をして、本当の料理人になりたい。
確かに料理を売って儲けようとか、有名になろうなんて思っていない。だが、自分の料理を「おいしい」と言って食べる人の顔が好きだ。多くの……、色んな人の「おいしい」顔を見てみたい。
料理人になりたかった。小さな店でいい。ただ自分の料理を多くの人に食べてもらい、「おいしい」と言って欲しかった。
だが、そんな夢も「世界を変える」為には些末な事だ。
「ってなワケで、俺も旅について行こうと思うんだが……、いいか?」
友人たちには「どういうワケ」なのかは分からない。
心変わりしたのは分かった。料理人を諦めたのも分かった。だが、旅に出る理由が分からない。まさか現実主義なユーキが、「友達と旅に出るのが楽しそう」だとか、「戦争を無くして英雄になる」なんてのが理由だなんて、誰一人思っていない。
ただ、ユーキの決意が固いのだけは感じ取れる。
今まで見た事が無い程の強い眼差しで、アレクとエメロンに旅の同行の許可を願い出る。
「僕は……、ユーキが一緒なら心強いけど……」
「もっちろんっ、大歓迎さっ!」
まるで予定調和のように、予想通りの答えが返ってくる。元より2人に断られるなんて思っていなかった。
ただ1人、これも予想はしていたが……。ユーキの決意に異を唱える人物がいた。
「ダメですっ‼」
「ミーア?」
「そんなの……、絶対ダメですっ! だって……、だってそうなったら……」
突然、大声で拒否の声を上げたミーア。
だが賢い彼女にしては珍しく言葉が曖昧で、何を危惧しているのか、何故ダメなのかをハッキリ言わない。ただ、子供の様にぐずり……、実際まだ10歳の子供なのだが……、しまいには泣き出してしまった。
これには周囲も狼狽え、無言で原因の発端となったユーキを見る。
流石に気まずさを覚えたユーキは、ミーアの目の前でしゃがみ、目線を合わせて頭を撫でながら、あやすように話した。
「旅に出るっつっても、まだ2年以上先だし、アレクとエメロンも一緒だ。絶対に無理はしねぇから、そんな心配すんな」
「ちが……ちがうんで……」
「何だ? ……もしかして、旅に出たっきり王都とかの都会に住み着いて、帰ってこねぇとか心配してんのか? それこそ2人と一緒なんだから、リングを集めて願い事を叶えたら、ちゃんとシュアープに帰ってくるよ」
「ホント……ですか……?」
ミーアは賢い子だ。恐らく、自分が能力的にも年齢的にも、旅について行く事が出来ない事を理解しているのだろう。
実の姉が……、兄と慕う男性が……、危険も数多い大陸を旅するのが不安なのだろう。もちろん、エメロンの事だって心配している筈だ。
ユーキはゆっくりと、ミーアの不安を溶かす様に心がけて話す。
まだ時間はある……。無理はしない……。必ず……帰ってくる……。
やがて、絶望の涙に溺れるミーアの蒼い瞳に光が灯った。
「もちろんだ。いつまでとは約束できねぇけど、絶対ここに帰ってくるさ。……何なら、神様にでも誓うか?」
「神様は……いりません……。その代わりっ、覚悟しておいて下さいっ! いつまで経っても帰ってこなかったら、私の方から迎えに行きますからっ!」
「お、おぉ……? 何か知らねぇけど、そりゃ避けた方が良さそうだな?」
「そう思うなら、ちゃんと帰ってきてくださいねっ!」
そうだ。神への誓いなんて必要ない。なぜなら、その「神」の存在こそが、3人を旅立たせる原因なのだから。
必要なのは意志と、力だ。
ミーアには力が無い。きっと2年では、大陸を旅するのに十分な力を身につけるのは不可能だろう。だがいつか……。十分な力をつけても、それでも帰ってこなかったら、その時は自分が3人を迎えに行く。
……力は無いが、ミーアの意志は強かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃね。ユーキっ、エメロンっ」
「わざわざ送ってくれて、ありがとうございます」
その後しばらくユーキの家で歓談をした後、日が暮れる前に解散する事になった。
アレクとミーアは、「3人以上で行動する」という約束があるため、ユーキとエメロンが2人を家まで送る事になった。
アレクは元より、先程まで泣き腫らしていたミーアも、今はすっかりいつも通りの調子で別れの挨拶を交わした。いや……、なぜか2人共、心なしかいつもより表情に力が湧いている気がする。
「それじゃ、俺たちも帰るか。……悪いなエメロン。俺はともかく、お前は結構遠回りだよな?」
「ふふ……。それ、ユーキが謝る事?」
ユーキの帰る孤児院は教会のすぐ側だ。対して、エメロンの家は教会を越えた先……。むしろ、ユーキの家から一番近いのがエメロンの家だった。
エメロン自身が立候補した事とはいえ、多大な遠回りをさせた事にユーキが謝るが、確かにエメロンが指摘する通りユーキが謝るのはおかしい。
「ぷっ……、確かに。謝るなら、アレクとミーアだよな?」
「まぁ、今更だよね。……それに、ユーキと2人で話したい事もあったから、ちょうどいいよ」
「……旅の事……か?」
楽し気に笑い、歩きながら話す2人。そんな空気の中、突然神妙な雰囲気で「話したい事がある」とエメロンが言った。
明らかに空気が変わったのを察したユーキは、恐らくは自分が旅に同行すると言い出した事だろうと感づいた。
2人は足を止め、互いの顔を見合わせる。
「……うん、そうだね。……ユーキは何で、一緒に旅に行こうと?」
「…………」
さっきは……、みんなで一緒に居る時には誤魔化した理由をエメロンが尋ねる。だが、ユーキは沈黙したままだ。
たとえエメロンが相手でも、全てを包み隠さず話す事は出来ない。
自分を犠牲にしてでも「世界」を変えたい、などと話せばきっと良い顔をしないだろう。なにより、自分のプライドがそんな事を話すのを許せない。
だが、親友相手に嘘も吐きたくはない。それが、自分のプライドを守る為なんて理由なら尚更だ。なにより、下手な嘘ではエメロンを誤魔化せないだろう。
「……ひょっとして……、エリザベス様との「約束」が理由?」
「……は? ……約……束?」
答えに困窮するユーキに、エメロンは神妙な表情で自身の推測を語った。だが、その推測は的外れ……というか、ユーキには一切心当たりの無いものだった。
10秒……20秒……。と考えるが、一向に思い当たらない。
そんなユーキの姿に、エメロンが慌て始めた。
「違うの? ほら、ちょうど2年前にアレクと喧嘩して……」
「ケンカ? ……あっ。あーあー、アレかっ⁉ いやっ、違ぇよっ! っつか、んな約束、すっかり忘れてたぜっ!」
「……「あんな約束」、フツー忘れる?」
ようやく心当たりに辿り着いたユーキは、全力で否定をする。エメロンは呆れているが、ユーキは本当に忘れていたのだ。
2年前、ユーキとアレクはケンカをした。その原因や、ユーキ自身も結構なケガをした事は一旦置いて、「貴族」であるアレクをユーキは殴ったのだ。しかも顔が腫れるほど何度も……。
その日のうちに2人は仲直りをしたが、その翌日、アレクの母・エリザベスと兄・ヘンリーに呼び出され、謝罪をした。……死罪をも覚悟の上で。
だが何故か……、ユーキにも全く理由が分からないが、何故か、エリザベスから「ある約束」をする事を罰の代わりとされたのだ。……その時のエリザベスのセリフがこうだ。
「ウチの娘を傷モノにしたユーキ君への罰は、「アレクが20歳になっても彼氏の1人も出来なかった場合、ユーキ君が責任を取る」ってコトで、どうかしら?」
それを聞いたユーキは当然、必死で抗議した。「真面目にして下さい」「そんな罰、聞いた事ありませんよ」、と。
だがエリザベスには聞き入れられず、ヘンリーには「こうなった母さんには、何言っても無駄だよ」と、同情の声をかけられた。
結局、その場はエリザベスに押し切られ、元々非のあるユーキは渋々ながら承諾するしかなかった。
その後、友人たちの男性メンバーにのみ、この「罰」の内容を打ち明けた。
ロドニーやヴィーノは囃し立て、エメロンは困り顔といった雰囲気だったが、物議を醸したのは言うまでもない。散々からかわれた後に、ユーキが「打ち明けたのは失敗だった」と思ったのも無理はない。
当然3人には口止めをしたが、2年経っても女性陣が何も言わないという事は、約束を守ってくれたという事だろう。
「エリザベス様との約束を守る為に、アレクと一緒に旅する気になったのかと思ったんだけど……」
「んなワケねーだろっ! あんな約束カンケーねーよっ! それに……」
「それに?」
「あの約束通りなら、俺がアレクの責任とやらを取るコトなんかねぇよ」
エメロンの懸念は分かる。だが、てんで見当違いだ。なぜなら旅に出る目的は「世界を変える」事だし、エリザベスとの約束は全く関係が無い。
そもそも、あの約束に意味なんてない。だからユーキは、知り合いとはいえ仮にも貴族との約束を、呑気にも忘れる事が出来ていたのだから。
だが、エメロンにはユーキの言葉の意味が分からない。
口約束とはいえ、仮にも貴族との約束だ。平民であるユーキが、一方的に反故など出来る筈がない。
「責任を取らないって……、どういう事? 一応、貴族との約束だよ?」
「だから、その約束は「アレクが20歳になっても彼氏が出来なければ」って条件が付くだろ?」
「確かに……そう言ってたけど……」
ユーキの考えは分かった。確かに言う通り、アレクに恋人が出来ればユーキが約束を果たす必要は無くなる。
しかし、あのアレクに恋人……?言っては悪いが、全く想像が出来ない。
アレクは、その心も外見も少年そのものだ。顔は整ってはいるが、それはどう見ても美少年としか見えない。
学校でも、男子と一緒に玉遊びや、かけっこ、虫捕りなどばかりしている。男女問わずに人気があるので、女子の輪の中に入れないという事は無いが、誰かがアレクに好意を寄せているなどという話は聞いた事もない。
というか、アレクが恋愛に興味があるのかが疑問だ。
まだ11歳……あと2ヵ月ほどで12歳になるが……、とにかくまだ子供なので、もう少し歳を重ねれば興味が湧いてくる可能性もあるが……。
しかしエメロンは、そんなアレクを想像できなかった。……いや、想像したくなかった。
己の意思を曲げず、ただひたすらに自分の道を突き進むアレク。
まるで英雄物語の主人公のように。ひたむきに……。ただ、己と仲間を信じて……。
そのアレクが、恋愛に現を抜かす姿なんて見たくない。
普通の女の子のように、オシャレがどうしたとか、彼氏がどうしたとかなんて言うアレクは見たくない。
せめて……。せめて、その相手が……。
(その相手がユーキなら……、納得できるのに……)
エメロンにとってアレクは特別だ。だから、アレクが誰を1番好きなのか分かっている。……それが恋愛感情に繋がるのかどうかは不明だが。
エメロンにとってユーキも特別だ。だから、アレクと一緒になっても不満は無い。……いや、ユーキ以外では納得できない。
それなのに、ユーキは「責任を取らない」なんて言い出した。
ユーキ以外に、アレクの相手なんて居ないのに……。ユーキ以外では、きっとアレクについて行けないのに……。ユーキ以外では、きっとアレクが変わってしまうのに……。
「なぁ、エメロン……」
「……何?」
少しの沈黙の後、ユーキの呼びかけに対するエメロンの返事は少し硬い。
それはエメロンが、まるでユーキの行いがアレクを裏切っている様に感じたからだ。もちろん、これはエメロンの勝手な思い込みであり、エメロン自身もその事を自覚している。自覚しているからこそ、悟られぬように短い言葉で返事した。
だがユーキが続けた言葉は、エメロンにとっては青天の霹靂だった。
「お前、アレクの事が好きなんだろ?」
エメロンの秘めた想いはバレていた。
バレないように気を付けていたつもりだった。特に、1番知られたくないアレクと、2番目に知られたくないユーキには。
だが、2番目の相手にはバレていた。
なぜ?どうしてバレた?と、考えるが決定的な心当たりは見当たらない。
そして、その答えが見つからないまま……、この後どう答えるかが分からないまま、ユーキが言葉を続ける。
「だからよ、お前とアレクが付き合えば、俺が責任を取る必要はねぇだろ?」
少しだけ、申し訳なさそうに笑うユーキが印象的だった。
そしてエメロンは諦めていた恋を、恋敵から応援されるという状況に困惑するしかなかった。




