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第26話 「決心」


「明けましておめでとう、ユーキくん」


「おめでとうございます、おじさん」


「新年早々悪いね。ウチも人手不足でなぁ。ユーキくんが手伝ってくれて本当助かってるよ」


「いや、こっちこそ料理の勉強をさせてもらって、おまけに給料まで……」


「何言ってんだ。ユーキくんはもう十分に戦力になってくれてんだ。タダ働きなんてさせちゃ、カミさんにどやされちまうよ」


 クララの両親が営む弁当屋。そこでユーキは料理を習うと共に、店の手伝いをしていた。

 週に1、2度ではあるが、既に5年近く通っている。その甲斐あってか、最近ではユーキの作った料理が商品として並べられる事も多くなり、決して大金では無いが給料も支給されるようになっていた。


「んじゃあ、明日の慰霊祭用の弁当、50食の注文だ。大変だけど、よろしくなっ」


「……いつもこんなに多くを1人でやってるんですか?」


「いやぁ、いつもなら30で注文を打ち切るんだけど……、ユーキくんが手伝ってくれるならと思って、ついな。おっと、その分給料は弾むから勘弁してくれよ?」


「いえ、頼りにされてるみたいで逆に嬉しいですよ」


 クララの家の弁当屋は、クララの両親とクララの3人で切り盛りしている。通常の販売も行っているのだから、祭りの日のように特注が入る場合は大忙しだ。

 現在、店の方はクララとクララの母が販売を行っており、クララの父とユーキは厨房で弁当の調理という配置だ。


 下ごしらえは昨晩の内に済ませていたようで、後は調理と盛り付けだけとなっている。……とはいえ50食分を2人で作るとなれば大変な作業だ。

 もたもたしていては今日中に終わらない。そう感じたユーキは、一心不乱に調理を進めた。

 包丁の扱いも、火の扱いも既に慣れたものだ。狭い厨房の中、2人は互いの邪魔にならないように(せわ)しなく動き回る。


「学校の方はどうだい? あと2年ちょっとで卒業だろ? そろそろ就職先を考えなきゃ、いけないんじゃないか?」


「……そうですね」


 クララの父は、作業中もこうして雑談をしてくる事が多い。しかし口を動かしてはいても、目は食材に向けたまま、手も動かし続ける。ユーキはクララの父の、この大らかな性格が好きだった。

 仕事中でも楽しく雑談をし、しかし仕事の手は抜かない。この姿勢を尊敬していたし、見習いたいと思っていた。


「何度か言ってるけど、卒業したらウチで働かないか? ユーキくんなら即戦力だし、なんならクララも付けてやるよ?」


「それ、クララが聞いたら怒りますよ? 俺を巻き込まないで下さいよ」


 クララの父は冗談めかして、そんなことを言う。

 本当に冗談だけにしてもらいたいものだ。そんな話が友人たちの耳に入れば怒るのはクララだけではない。ロドニーは憤慨(ふんがい)するだろうし、アレクやミーアも何と言うか……。ヴィーノとリゼットは部外者気取りで笑っていそうだが……。


 1年半ほど前に起きたレックスの葬儀でのケンカ以来、少しロドニーとの関係はギクシャクしたが、すぐに元通りの関係に戻った。

 やはり大ケガが原因で心配をかけ過ぎたのだろうと、ユーキは結論付けていた。


(けど、就職か……。ホントは料理の道に進みたかったんだが……。また、みんなに心配かけちまうかなぁ……)




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「では、これで第3回ボーグナイン紛争犠牲者を(いた)む慰霊祭を終了したいと思います。お帰りの際は大変込み合っておりますので、順序良く、お足元に気を付けてお帰りください」


 拡声器で司会進行役の声が会場中に届けられ、慰霊祭の終了を知らせる。参加者たちの多くは、それを合図にそれぞれ帰路へと着く。

 そんな人波の邪魔とならないように、会場の端でユーキたちは集まっていた。


「ふぃ~っ、やぁっと終わったぜ。なぁ、今からどうする?」


「ちょっとロドニー、だらしないわよ?」


「いいじゃないか。もう慰霊祭は終わったんだし。それよりボク、お腹すいちゃった」


 緊張が解けた……というよりは、ただ退屈な時間が終了したと言わんばかりのロドニーにクララが注意をする。それを(いさ)めながらも、自身の空腹を訴えたのはアレクだ。

 慰霊祭は午前で終了する。とはいえ、確かに時間はそろそろお昼時だ。アレクでなくても育ち盛りの子供たちが空腹を訴えるのは不思議な事ではない。


「んじゃあ、ウチに来るか? 簡単なモンなら作ってやれるぞ?」


「ウチって……、孤児院っスか?」


「いや、倉庫にしてる方だ。 一応、干物とか乾物とか、あと缶詰なんかは置いてあるぞ」


「保存食ばっかじゃねぇか。まともなモン作れんのかよ?」


 ユーキは友人たちに昼食を振る舞おうと自宅へと誘った。

 そう、住んでいる孤児院では無く、その前に住んでいた自宅。今は倉庫代わりにして、月に1度だけ掃除に戻るだけの家へ。孤児院へなど、友人を招待できるわけがない。なぜなら……。


「……ユーキ。まだ、カーラさんたちとは……?」


「あぁ……。あれ以来、口を聞いてねぇな……」


「そうか……。難しいね……」


 ユーキとカーラの関係は相変わらずだった。レックスが死んで以来……、正確にはレックスの葬儀以降、1年半もの間、ユーキはカーラと話す事が出来ずにいた。

 話しかけても徹底的に無視をされ、それはレックスの生前よりも徹底している。先生などの目が合ってもお構いなしだ。ユーキの作った食事も、再び口にしてくれなくなった。いつまで経っても食事をしない為、現在ではユーキは孤児院の食事を作っていない。


 実は1度だけ、カーラの居ない時を見計らって、シンディに話しかけた事がある。

 しかし、ユーキに話しかけられたシンディは震え、怯え、「ごめ……んなさい……」とひたすら謝りながら(むせ)び泣いた。それを見たカーラが駆け寄り、ユーキを殴った。この時ばかりはカーラから怒鳴られ、罵声を浴びせられたが、それ以降、2人の声を聞いていない。


「でも、アレクくんとミーアちゃんは保護者同伴じゃないと外出できないんじゃないの? 誰か一緒に来るの?」


「へっへーんっ。ボクももう、今年で12歳だからねっ。もう1人で外出オッケーさっ!」


「姉さま、1人は駄目ですよ? えっと、3人以上一緒ならという条件で許可されたんです。私も姉さまと一緒ならと、許可を頂きました」


「けっこうモメたのよ。特にこの子たちのお兄さんが反対してね……」


 ユーキの家……、住んではいないが家と言っていいだろう。とにかく、そこへ向かう道中でバーネット姉妹の保護者無しでの行動許可を得た顛末(てんまつ)を聞かされる。

 リゼットが言うには、どうもアレクから願い出て、ヘンリーの反対を押し切った形で許可を得たそうだ。そこで終わりと思いきや、次はミーアが「なら私も!」と言い出したので、もうひと悶着(もんちゃく)が起きた。と、いった騒動があったらしい。

 結果は今しがた述べた通り、姉妹の完全勝利と相成った。ヘンリーの苦労も推し量れるというものだ。


 そのヘンリーだが、正式に子爵位を叙爵(じょしゃく)し、このシュアープの町とは別にいくつかの村を領地として拝領したらしい。

 今は王都から来たと言われる代官と共に、領主として忙しい毎日を過ごしている筈だ。


「んじゃあ、俺は飯を作るから、その辺で適当に(くつろ)いでてくれ」


「あ、ユーキ。僕も手伝うよ」


「私も手伝いますっ!」


「いや、エメロンだけで十分だよ。ウチの台所も、そんな広くねぇし」


 そう言ってユーキはエメロンと共に、ミーアを残してキッチンへと移動した。

 アレクたちは、(ほお)を膨らませるミーアを連れて居間のソファへと腰を下ろす。


「む~っ。私だってお手伝いくらい出来るのに……」


「はいはい、そんなにむくれてちゃ可愛い顔が台無しよ?」


「そうそう。それに話なら、こっからでも出来んじゃねぇか」


「ロドニーさんは分かってませんっ。お兄さまと一緒にお料理したかったのに……」


「ミーアのユーキ好きも筋金入りっスねぇ……」


 ユーキの家のキッチンと居間は、壁も無く繋がっている。その為、友人たちのそんな会話も丸聞こえだ。

 少しだけ、ミーアに「悪い事をしたな」と罪悪感を感じたエメロンはユーキに提案した。


「やっぱり、ミーアと交代しようか?」


「放っとけ。どうせすぐに出来るしな。エメロン、大皿1つと人数分の食器を出してくれ」


「え、あ、うんっ」


 そんな話をしている間に、ユーキはテキパキと料理を作っていた。コンロを2つ同時に使い、1つには鍋で湯を沸かし、もう1つにはフライパンで魚の干物を焼き始めた。そして鍋に粉末スープを入れ、フライパンの中に調味料をかける。


「もう出来っから、大皿に棚の中の乾パンを乗せてくれるか?」


「えっ、もう?」


「簡単なモンだって言ったろ? 保存食ばっかで出来合いなんだから、味に文句言うなよ?」


 本当にあっという間にユーキは6人分の食事を作ってしまった。エメロンが手伝ったのは、食器を出した事と乾パンを乗せた事だけだ。思わずエメロンは、ユーキの手際に見惚(みと)れてしまった。


「おう、お待たせ」


「お待たせって、オメェちょっと早すぎねぇ? パスタ茹でるだけでも、もうちょっとかかんぞ?」


「だから出来合いだって。魚焼いて、スープとパン付けただけなんだからこんなモンだろ?」


 ユーキの調理の速さには秘密があった。

 実は使っていたコンロ……。通常は『一般魔法』が描かれている筈のそこに描かれていたのは『戦闘魔法』の魔法陣だった。『一般魔法』なら、ただ鍋やフライパンの底から火で(あぶ)るだけだ。しかし『戦闘魔法』なら、火力も、火の位置も、火の動きさえも術者の思うがままだ。


 ユーキは、水の内側から湯を沸かし、魚の内側から均等に火を入れたのだ。

 これは誰にでも出来る事ではない。むしろユーキ以外に出来る者は殆ど居ないだろう。ユーキほどの魔力制御の力を持ち、その能力を料理に使う者など、そうは多くないのだから。


「んっ、おいしいよっ! ユーキっ!」


「ホントですっ! 特にこのお魚なんて、ふっくらして、臭みもなくて……」


「あぁ、少しハーブの葉を入れたんだ」


 殆ど手抜き料理と言って差し支えない物だったのだが、どうやら友人たちにユーキの料理は好評らしい。バーネット姉妹だけではなく、他の3人も舌鼓(したつづみ)を打っている。


「ちょっとっ、アタシの分はっ⁉」


「リゼットのサイズの魚なんてねぇからな……。しょうがねぇ、俺のを少し分けてやるよ」


 スープの方も、魚ほどではなかったが(おおむ)ね好評だった。

 まぁ、こちらは温度くらいしか調整する事が無かったし仕方ない。乾パンに関しては言わずもがな、である。


 食事を終えた友人たちは、満足気にユーキの料理を褒め称えた。


「お兄さまのお料理、久しぶりに食べましたけど本当に美味しかったですっ」


「確かに美味かったっスね。もう一人前の料理人なんじゃないっスか?」


「よせよ。俺なんかプロの料理人と比べりゃ、素人さ」


 自分の料理を褒められるのは素直に嬉しい。だが、一人前というのは流石に言い過ぎだ。

 レシピの種類も、食材の知識も自分は乏しい。それは、本物のプロであるクララの父と一緒に過ごせば身に()みて感じる事実だ。自分など、少し火の扱いの上手い素人だ。


 ユーキは使い終わった食器を洗いながら、そんな話を友人たちとする。


「そんなコトないよ。ウチの母さんより、ユーキの方が料理上手だよっ」


「……エリザベス様が料理をしてるのが、そもそも普通じゃないんだけどね」


「でもホント、美味しいし、手際もいいし……。お父さんがユーキくんを欲しがるのも分かるわ……」


 次々に送られるユーキへの賛辞(さんじ)……。ただの出来合い料理に対する過剰な評価にユーキが少し気恥しい思いをしていた時、クララの呟いた一言で空気が変わった。


「ク……、クララの親父さんがユーキを欲しがるってどういう事だよっ! オメェ、ウチの製麺所に来るって約束はどうなったんだっ⁉」


「……いや、そんな約束した覚えねぇぞ?」


「はぁ~、クララが余計なコトを言うから……。また始まったっスよ?」


「えっ? わたしのせいっ⁉」


 ロドニーの暴走……。まぁ、このメンツでは見慣れた光景である。

 きっかけを作ったクララにヴィーノが非難の目を向けるが、当のクララは心当たりが無いかのようにとぼけてみせる。だが、いくらとぼけようともクララが原因であるのは誰の目にも明らかだ。


「だったらっ! オメェは卒業後は一体どっちに行くつもりなんだよっ⁉ ハッキリしろや、オォッ⁉」


「……あ~、その事なんだけどよ……」


 ロドニーは更にヒートアップし、乱暴な口調でユーキに詰め寄る。一方のユーキは煮え切らない様子で、続きの言葉を言い難そうにしている。

 (はた)から見れば、大柄なロドニーが一方的にケンカを吹っ掛けているようにも見える。が、誰も止めようとはしない。こんな光景は日常茶飯事なのだ。


「ンだよっ⁉ ハッキリ言えよっ!」


「……そうだな。なぁ、アレクっ」


「はぇっ? ボクっ?」


 完全に傍観者となっていた所に、不意にユーキに呼ばれた。予想外の事に戸惑い、間抜けな声を漏らしてしまう。

 だが驚きに目を丸くするアレクへ向けて、ユーキは真剣な眼差しで言った。


「前に言ってた、リング探しの旅。……本当に行くつもりか?」


「へ……? リング……?」


 ユーキの口から出てきたのは、料理とも進路とも全く関係の無い単語だった。その為、アレクはユーキの質問を理解するのに(しば)しの時間を要した。


 そもそも、最近はリングの話題を出す事は無くなっていた。

 エルヴィスが町を去って、2年近くの時が経っていた事。出発予定の卒業までは、まだ2年以上の時がある事。なにより、旅に反対していたユーキがリングの話題を口にしなくなった事が大きい。

 そのユーキが唐突に……。本当に何の脈絡(みゃくらく)も無く、リング探しの旅を口にしたのだ。アレクが戸惑うのも仕方がない。


「学校を卒業したら、エメロンと一緒に旅に出るんだろ? どうなんだ? まだ、気持ちは変わってねぇか?」


 一向に返事が出てこないアレクに、ユーキは再度質問をする。

 ユーキは真剣だ。眼が……声が……、その事をアレクに伝える。伝わったのはアレクにだけではない。友人たちは皆、ロドニーでさえもユーキが真剣に話をしているのを感じ取り、一切口を挟まない。

 ならば、アレクも真剣に答えねばならない。


「うん。ボクは卒業したらリング探しの旅に出るよ。リングを集めて、神様に「戦争を無くして下さい」ってお願いするんだ」


 アレクの答えを聞いたユーキは、短く「そうか……」と言って目を閉じた。


 アレクの決意は2年前から変わっていなかった。

 分かっていた事だ。英雄願望の強い……、殆ど英雄病と言っても過言ではないアレクがこんな、それこそ御伽話か英雄譚のような目標を簡単に諦める訳が無い。きっと、学校を卒業した後は本当に旅に出てしまうのだろう。


 ユーキはこの1年半、さんざん考えた事を思い返し、決心を固める。

 そして「なら……」と、そう言いながら目を開いた。


「なら……、その旅、俺も一緒に行く」


 ユーキの決心……。それはアレクのリング探しの旅への同行だった――。


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