第24話 「純粋な子供たち」
「突然の訃報に、我々教師陣も驚き、また心を痛めております。レックス君は9歳という若さでこの世を去り……」
事件の翌日、レックスの葬儀が教会で執り行われた。
学校の授業は急遽中止となり、レックスと交流のあった友人たちなどの希望者は家に帰らず、葬儀に参列している。
突如襲ったレックスの死の報に、クラスメイト達は驚き、また涙を流した。
「ユーキ、身体は大丈夫なのっ?」
「あぁ、そういうアレクこそ耳はもういいのかよ?」
「うん、一晩でバッチリっ」
もちろんユーキも参列している。アレクたちも同様だ。
ユーキは強がっているが、実際は医者からも葬儀の参列は止められていた。いくら『聖女』の『神聖魔法』で治療を受けたとはいえ、あれ程の大ケガが一晩で完治などする訳が無い。
一方で、アレクの耳が治ったというのは間違いないだろう。周囲を気にしてヒソヒソと小声で話すが、問題なく聞き取れているようだ。
「しっかしオメェも懲りねぇなぁ。しょっちゅうケガばっかしてんじゃねぇか?」
「全くっスね。もう12だし、いい加減周りの心配ってものを考えた方がいいっスよ?」
そして参列者の中には、昨日は居なかったロドニーとヴィーノも一緒だった。2人はレックスとは面識がない筈だが、ユーキのケガを気遣っての参加だろう。
昨日の事件を口伝えでしか知らず、またユーキの姿も元気そうに見えるからか、その態度はやや呆れ気味というか、からかうような口調だが。
「……あぁ、本当にそうだな」
「ユーキ、本当に大丈夫っスか? やっぱ病院に戻った方が良くないっスか?」
「いや、大丈夫だ。心配かけてワリィ」
ユーキの反応がおかしい事に気付き、ヴィーノが本気で心配しだす。
しかし、身体の方は平気だ。いや、全然平気では無いのだが、立っている位なら問題ない。……問題なのは、心の方だった。
決して友好的な関係とは言えなかったし、知り合った時間も3ヵ月と長くはなかったが、レックスとは同じ孤児院で暮らした仲間だ。
その仲間が死んだ。しかも、自分がもっとちゃんとしていれば……、いや、余計な事をしなければ死ななかった命だ。
もはやレックスと仲直りする事も、分かり合う事も出来ない。死んでしまったのだから……。いや、自分が殺してしまったのだから……。
実際にはユーキが動かなかった場合、高い確率でシンディの命は無かっただろうが、その事にユーキは目を向けない。目を向けたとしても、そこに意味を見出さない。そんな「もし」は、絶対に訪れる事は無いのだから。
残るのは仮定ではない、結果だけだ。
ユーキが動かなかった場合にシンディが無事だったかどうかの検証など、しようが無いし無意味だ。ただ、ユーキが動いた事が原因でレックスが死んだのが、結果だ。
ひたすらに自分を責める事を止めないユーキがするべき事……。その1つが、レックスの葬儀に参列する事だった。
自分の行いに責任を持ち、「そこからは」目を逸らさない。……どころか、過剰に責任を背負い込むその姿はある意味、ユーキらしいと言えるのかも知れない。
そのユーキの目に、不意にカーラの姿が映る。彼女とは昨晩、物音を聞きつけた看護師に引き離されてそれっきりだ。
一瞬だけ目が合ったが、カーラはすぐに目を逸らす。
「カーラちゃん……、やっぱり元気ないね」
「無理もないわよ。レックスくんとは仲良かったんでしょ?」
「あぁ……、そうだな。幼馴染だったってよ……」
ユーキの視線に気付いたのか、エメロンとクララもカーラの姿を見つける。
ケイティ先生から聞いた話だが、レックスとカーラの2人は『ボーグナイン紛争』で父親が居なくなる、ずっと前から知り合いだったらしい。
仲良しだったのかと聞かれるとユーキの目には、カーラに頭の上がらないレックス、といった関係しか見えなかったが、それが2人の関係だったのだろう。いや、ユーキの目には映らない、もっと別の関係があったのかも知れない。
どちらにしても、もう知る事は無いだろうし、知ってもどうしようも無い。
「隣にいる子、確かシンディだよね? もう起きて大丈夫なの?」
カーラの隣にいる幼女を見て、アレクがユーキに尋ねる。
「さぁな……。無理してなきゃいいんだけどな……」
しかしユーキにに尋ねられても、シンディとは病院に到着して以来会っていない。医者にも尋ねたが、「夜中に目を覚ました」「大きなケガはしていない」の2つしか知る事は出来なかった。
ただ、こうして葬儀に来ているという事は、少なくとも立って歩くのに問題は無いのだろう。
「「さぁな」って……。そりゃオメェ、ちょっと冷たくね?」
「…………」
「今、一緒に住んでんだろ? だったら家族じゃねぇのかよ? 心配じゃねぇのかよ?」
「……ちょっと、ロドニー」
ユーキの反応にロドニーが噛みついてくる。ユーキを冷たいと、薄情者だと。
返す言葉が見つからないユーキに、ロドニーは更に追い打ちをかける。クララが咎めるが、お構いなしだ。
しかしロドニーは分かっていない。今、誰の葬儀をしているのかを。ロドニーの言葉を借りれば、カーラの、シンディの、そしてユーキの家族が死んだのだ。
ユーキにとっても……、レックスは他人ではないのだ。
「家族が死んじまったんだろ? 一番年上はオメェだろ? なんでオメェが元気づけてやらねぇんだよっ?」
「ロドニー、ホントに不味いっスよっ」
「……うるせぇ」
小さくユーキが呟くが、聞こえていないのかロドニーに反応は一切ない。ヴィーノの制止も全く聞こうとしない。
ロドニーは分かっていた。家族の1人が死んでしまった事を。
しかしロドニーは分かっていない。その原因を作ったのが、他ならぬユーキだという事を。諸悪の根源とも言えるユーキが、被害者のカーラとシンディを元気づけるなどと、ちゃんちゃらおかしい。
「どーせまた、ヘンにカッコつけて悲劇のヒーローでも気取ってんだろっ! 俺が全部悪いんだぁ~っ、俺がコイツを殺したんだぁ~っ! ってなぁっ‼」
ロドニーは分かっていない。俺は恰好をつけようなんて思っていない。悲劇のヒーローなんて気取ってない。俺が悪いのは事実だ。俺が居なければレックスは死ななかった。俺が殺したのも同然だ。ロドニーは分かっていない。分かっていない、分かっていないっ、分かっていないっ!
しかし、ロドニーは分かっていた。ある意味、ユーキよりもユーキの事を。
だが、ユーキはそれを認められない。認める訳にはいかない。なぜなら認めてしまえば、自身の根幹と思える「何か」を否定する事になる気がするから。
「ロドニー、一旦外に……」
「黙れっ‼」
クララやヴィーノの制止を聞かないロドニーに、エメロンが外に出ようという提案するが、それに被せてユーキが怒声を上げた。
これ以上は……、聞くに堪えられなかったのだ。
「今、オレに「黙れ」っつったか? 頭のいいオメェが? 反論もせずに? ……ぷっ、だぁ~っはっはっはっ‼ 図星っ‼ 図星だよっ、コイツっ‼ クヒィィ~~っ‼」
「だ……っ‼ 何が可笑しいんだっ‼ 笑うのを止めろっ‼」
教会にロドニーの笑い声が響く。ユーキの怒声が響く。参列者たちの視線は全て2人に注がれていた。
「何がおかしいのかって? そりゃあ、オメェがマヌケだからだよっ!」
「俺の何が間抜けだって……」
「そこまでですっ! 2人とも、いい加減にしなさいっ!」
2人の間に割って入り、ケンカを止めたのはケイティ先生だった。
その後は当然、ユーキとロドニーの2人は葬儀場から締め出され、今はケイティ先生からの事情聴取を受けている。
1人ずつ話を聞く、という事でわざわざ教会の告解室を利用するという徹底ぶりだ。
ロドニーは既に聴取を終え、今、部屋にはユーキとケイティ先生の2人きりだ。
「それで、ケンカの原因は?」
「ロドニーは何て言ったんです?」
「ユーキ君、今はあなたに聞いているんです」
「……分かんねぇっすよ。いきなりロドニーが挑発してきたんです」
分からない……。ユーキには本当に原因が分からなかった。ロドニーがなぜ急にあんな事を言い出したのか分からない……。
だからケイティ先生に原因を尋ねられた時、ユーキはまず、ロドニーの言い分を聞きたかったのだ。
数分の間、狭い室内に沈黙の時が流れる。
いくら粘られようとも、ユーキには自分から話す事など無い。ロドニーの挑発に、まんまと乗ってしまっただけなのだから。
「……ふぅ。ロドニー君はね、「悪いとは思ってない。何も話す事は無い」ですって。何で話せないのかを聞いても「話す事は無い」の一点張り。ユーキ君はどう思いますか?」
このままでは埒が明かないと感じたのか、ケイティ先生は切り口を変えて質問する。
なるほど、ロドニーが「話す事は無い」で、ユーキが「分からない」では、判断の下しようが無いだろう。ケイティ先生の困り顔も納得だ。
「ロドニーは……、単純だし、思った事をすぐ口にします……。それで、よくクララなんかに注意されて……謝って……」
ケイティ先生の質問で、ユーキも考え方を変える。
なぜロドニーが「挑発してきたのか?」それは、いくら考えても分からなかった。
しかし、なぜ「悪いと思っていないのに、何も話さないのか?」ならどうか。
(そうだ……。ロドニーはいつもクララに注意されてすぐに謝ってる……。もし悪いと思っているならちゃんと謝れるんだ……。じゃあ、「何も話さない」のは何でだ? ロドニーは、自分の主張はハッキリ言う。「悪いと思っていない」なら、その理由を言わないのはおかしい……)
考えてみた結果、結論は「分からない」だった。それだけを見れば「挑発してきた理由」を考えても「分からない」のと一緒だ。何も進展はしていない。
だが、ユーキは違和感を感じた。それは、「人を挑発する」のがロドニー「らしい」のに対し、「悪いと思っていないのに、何も話さない」のがロドニー「らしくない」からだ。
「何か思い当たりましたか?」
「……いえ。……でも、もう一度ロドニーと話をしてみようと思います」
きっと、この問題は自分1人で考えても答えは出ない。だからロドニーと話す必要がある。
しかしユーキに、ケンカをしたばかりのロドニーに対する「嫌悪」や「緊張」は一切無かった。なぜならロドニーも間違いなく、ユーキの親友なのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
告解室でのケイティ先生の聴取を終えたロドニーは、そのまま教会の外までやってきた。ケイティ先生から、「今日はもう帰るように」と指示されたからだ。
まぁ、あれだけ注目を浴びたのだから中に戻れる訳もない。
「あっ、ロドニーっ! こっちだよっ!」
そんなロドニーに声を掛けたのはアレクだった。その周りにはいつものメンバーも勢揃いしている。
「んだよ……。出待ちか?」
「ロドニー。ケイティ先生に叱られたんだろうけど、そういう皮肉は止めにしよう?」
「フンっ……。オメェらも説教かよ?」
エメロンの言葉に、ロドニーはウンザリしたように返す。
説教なんてコリゴリだ。反省ならとっくにしている。もっと上手く出来れば良かったのに……、と。
「そうですよっ! 傷心のお兄さまに、あんなヒドイ事を言うなんて……」
「ミーア、ちょっと黙って」
プリプリ怒りながら、まさしく説教を始めようとするミーアだったが、すかさずそれを制止したのはアレクだった。
「ボクたちはロドニーを叱ろうなんて思ってないよ?」
「……あぁっ?」
「まぁ、そうっスね……。どっちかというと問題があるのはユーキっスし……」
予想外の言葉が友人たちから放たれ、ロドニーは戸惑う。
もっと、全員から非難を受けるものと思っていた。みんな、ユーキの肩を持つと思っていた。だが、掛けられる言葉は全くの真逆だ。
「オメェら……、オレが悪いと思ってねぇのか?」
「いや、ロドニーは悪いわよ。場所を考えなさいよ」
「……ぅぐ。そりゃ……悪かったよ……。でもよ……」
友人たちの予想外の理解に疑問の言葉が出るが、クララの手によりズバリと切り捨てられてしまう。
素直に自分の非を認めるロドニー。確かに場所は悪かった。
しかし、タイミングというものがあるのだ。あの時、あの場所での、あの話の流れでしか言えなかった言葉というものがあるのだ。次の機会……、などと言っていては、言いたい事も言えやしない。
「まぁ、それはロドニーも悪いけど今回はしょうがないよ。それにロドニーじゃなきゃ、あんな風に言えないし……、アレクなんかだと殴り合いになっちゃうしね」
「えーっ。エメロン、その言い方だとボクが乱暴者みたいじゃないか」
「まぁ、それもそうよねぇ」
「クララまでっ⁉」
「アレク……。アンタ、半年前にユーキと殴り合いしたの、忘れたの?」
ロドニーが言い訳をしようとした時、エメロンからのフォローが入る。
そのエメロンの言い方にアレクが不服を唱えるが、即座にクララが肯定してしまう。更に、鞄の中から顔だけを出したリゼットが、動かぬ前科を突き付けた。これには流石のアレクも返す言葉を失ってしまう。
「しっかし、ユーキの悪癖も何とかなんないモンっスかねー」
「無理じゃない? アレは死ぬまで直んないわよ、きっと」
「自責思考、って言うのかな……。責任感が強いのは、良い事だと思うけど……」
友人たちはみんな、ユーキの問題に気がついていた。ユーキの抱える問題……。ヴィーノの言う通り「悪癖」とも呼べるそれは、確かに「自責思考」と呼ぶのが最も相応しいだろう。
エメロンの言う通り、無責任よりはよっぽど良い。適度であれば美徳とも呼べるだろう。だが、今回のそれは少し度を超えている。
昨晩の事件の顛末は、今朝早くからユーキに事情聴取をしたブローノからヴィーノへ、そしてアレクたち全員に周知された。その聴取内容は酷いものだった。
レックスに関係する事柄の殆どがユーキの責任となっており、ユーキが関係ないのは、シンディが迷子になった事と、階段の出現の2つくらいのものだった。まるで、ユーキがレックスを殺したとでも言わんばかりである。
そして、それを自供したのがユーキ自身だというのだから始末が悪い。
「いくら何でも異常だぜ。アイツ、何考えてんだ?」
「責任でも感じてんじゃないっスか? 一応、死んだレックスってのと一緒にいたのは事実なんっスよね?」
「……うん。みんなは見てないけど、酷かったよ……」
レックスの遺体を直接見たのは、この場ではアレク、エメロン、リゼットの3人だけだ。頭部を跡形も無く失い、胸部の一部まで抉れた姿を、1日やそこらで忘れる事は出来ない。
ヴィーノの言う通り、例えユーキに一切非が無かったとしても、守る事が出来なかったと責任を感じてもおかしくはなかった。
「つっても、いくら責任を感じたからって全部おっ被るかぁフツー?」
「私は……、少し違うと思います。責任を感じたのは事実でしょうけど、カーラさんとシンディさん、それとレックスさんの為なんじゃないですか?」
「ミーアちゃん、それってどういう意味?」
「私の推測なんですけど――」
ミーアの知るユーキは、頭が良くて、魔法も使えて、勇敢な、頼りになる「お兄さま」だ。若干持ち上げ過ぎの気もするが、そこはミーアなのだからしょうがない。
そのユーキが、自分はともかく他人を危険に晒すような迂闊な行動を、そうそう取るとは思えない。恐らく一緒にいたレックスとシンディに、この事件における多分の過失があるのではないか?そしてユーキは、それを庇っているのではないか?
そして2人と仲の良いカーラの怒りを買う事で、その事実から目を逸らさせようとしているのではないか?
「2人を庇うっつーのは何となく分かるけどよ、何でカーラってヤツの目のカタキにされる必要があんだよ?」
「それは……。たぶん、事件の原因の多くがレックスさんにあったんじゃないですか? でも、レックスさんは亡くなってしまいましたし……」
「そうね……。死人相手に怒りようもないもんね……」
恐ろしい事に、ミーアの推測はほぼ100点満点だった。
流石に具体的な詳細までは分からなかったが、凡その事実を言い当て、ユーキの動機までもが白日に晒された。全くもって恐ろしい幼女である。
あえて事実との違いを述べれば、ユーキは無意識にこれを行っており、自分自身でも「自分が全て悪かった」と思い込んでいる点だろうか。
だがここに、ある意味ミーアよりも恐ろしい人物が居た事を誰も知らない。
その人物は友人たちが話す様子を見ながら、こう思う。
(みんな、なんでそんな当たり前のコト話してんだろ? ユーキなんだから当然なのに。だってユーキは、『英雄』だもんね)
『英雄』は戦う。例え相手が自身よりも巨大な大亀でも。
『英雄』は守る。戦う術を持たない弱い存在を。
『英雄』は闘う。どんな窮地に陥っても、例え仲間が斃れても。
『英雄』は護る。自分自身を犠牲にしても、例え嘘を吐いてでも。
そして、『英雄』は勝つ。他の何を犠牲にしても、最終的に勝利する。
全て、当然の事だ。『英雄』であるならば。
そして『英雄』は起つ。『物語』が終わるまで、何度でも……。
その碧瞳は、この場に居ない『英雄』の姿を映し出していた……。




