第6話 「いじめっ子との決着」
ケイティ先生の指示に従い、生徒たち全員が広場に出る。ロドニーも特に逆らうような様子は無さそうだった。
遅れて広場にやってきたケイティ先生は人の頭くらいのサイズのボールと、大人がすっぽりと隠れる事が出来るくらいの板を手に持っていた。
そしてその板につっかえ棒のようなものを取り付けて、地面に立てかける。
「皆さん揃っていますね? それではルールの説明をします。」
そう言ってケイティ先生はマト当てのルールの説明を始める。その内容は子供でも理解ができる単純なものだった。
まず攻撃側と守備側に別れ、攻撃側は地面に引いた線よりも遠くから板を狙ってボールを投げる。守備側はそのボールをキャッチして止める。ボールが的に当たるか、守備側の身体に触れてキャッチできなければ攻撃側の勝利となり、キャッチした場合は攻守交代となる。
後は、攻撃側が投球ミス(ボールを投げる際に線を越える、投げたボールがマトにも守備側の身体にも触れない)を2回連続でしてしまうと守備側の勝利となってしまう。
「ルールは以上です。アレク君、ロドニー君、いいですね?」
「うん」
「いいぜ。チビ、先攻はテメェに譲ってやるよ」
(これ、圧倒的に先攻が有利じゃねぇか?)
ルールを聞いたユーキはそう思うが口には出さない。
これはアレクとロドニーの勝負だし、ロドニーは先攻をアレクに譲ったのだ。わざわざ指摘してアレクを不利にする必要はない。
「ロドニー、ボクが勝ったらエメロンに謝ってもらうよ」
「ふんっ。なら、オレが勝ったらテメェはオレの子分だ」
そう言い合って2人はそれぞれ開始位置に着く。
それ以外の生徒たちとケイティ先生は、2人を遠巻きに見守っていた。
ユーキも同様に観客と化しているところにクララが話しかけてくる。
「アレクくん、勝てるかな?」
「どうだろうな。殴り合いよりゃマシかもしれねぇが、あの体格差じゃあ厳しいかもな」
「どうしたら勝てるかな?」
「ん~。素直にマトを狙うより、ロドニーの足元でも狙った方がいいな。それか――」
「やっ‼」
ユーキとクララが話している最中に、アレクが掛け声とともに投球を行う。
アレクが放ったボールは真っ直ぐにロドニー目掛けて飛んでいく。そして”バシッ!”という音と共にロドニーが下腹でボールをキャッチした。
「アレクのやつ、意外といい球を投げるな。でも真正面からじゃダメだろ」
ユーキの感想をよそにアレクとロドニーは攻守を交代する。
そして両者が位置に着くとロドニーは間髪入れず「ふんっ!」と鼻を鳴らしボールを投げた。
ロドニーの投げたボールはアレクのものよりも明らかに威力が高い。それに対するアレクは身体こそ正面を向いてはいたが、まだ準備を終えておらず反応が遅れた。
”バシンッ!”
アレクはボールを顔面と両手で挟むようにキャッチしていた。
ボールを降ろせば、アレクの鼻から血が垂れている。
「アレクくん! 大丈夫っ⁉」
「うん、びっくりしちゃった」
クララが駆け寄り、アレクの安否を気遣う。アレクは服の袖で鼻血を拭うが新たに血は垂れてきてはいない。
どうやら大した事はなさそうだ、と安堵したユーキの視界にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらアレクに近寄っていくロドニーの姿が映る。
「降参すっかぁ? 今なら許してやらねぇこともねぇぞ?」
「ダイジョーブっ! 全然へっちゃらだから、気にしなくていーよっ」
微妙に嚙み合わない会話を交わすアレクとロドニー。
しかし何はともあれ2人の勝負は再開される。ロドニーからボールを受け取ったアレクは投球位置に立ち、再びボールを投げる。
先程の再現のように、ロドニーの身体の中心目掛けて投げられたボールは”バシッ!”と音を立ててあっけなくキャッチされる。
そしてロドニーの攻撃だ。ロドニーは相変わらずニヤついた笑みを浮かべながら投球する。
ボールの軌道はアレクの顔を目掛けて飛んでいき”バシンッ!”と、こちらも先程の再現のようだ。
違いはアレクが先ほどと違い、しっかりと身構えていたので負傷をする事が無かった点だろうか。
アレクが攻守を交代するために動き出そうとした時、物言いをかける声が挙げられた。
「おいお前っ! ワザと顔を狙ったんじゃねぇのかっ!」
「あぁん? んな証拠、どこにあんだよ」
「2度も続けて顔面目掛けてボールを投げてりゃ、疑われて当然だろうがっ!」
「だから証拠を見せろって。出来なきゃテメェの言いがかりだ」
物言いをつけたのはユーキだった。
観客と化している他の生徒たちもユーキの意見には内心賛同しているが、それを声に出す者は現れない。そしてロドニーは証拠を見せろの一点張りだ。
これでは平行線だと悟ったユーキは、助けを求めるようにケイティ先生を見た。
「ロドニー君の言う通り、故意的に顔を狙ったという証拠はありません。それに顔を狙ってボールを投げてはいけないというルールもありません。つまり、問題無いという事ですね」
しかしケイティ先生の返答はユーキの期待に添えるものではなかった。
その言葉を聞いたロドニーは勝ち誇ったようにユーキを見下す。それでもユーキは「でも……」と食い下がろうとするが、そこにアレクが口を挟んだ。
「ユーキありがとう。でも、もういいよ。ロドニー、続けよう」
結局はアレクの発言により、勝負は続行される事となった。
外野に下がったユーキは言いようのない無力感に苛まれていた。しかし、ユーキにはどうしようもないのも事実だ。
続行された勝負は、再び同じ流れをなぞっていく。
アレクのボールはロドニーの胴体目掛けて投げられキャッチされ、ロドニーのボールはアレクの顔面目掛けて投げられ、同じくキャッチされる。
(あのヤロウ、やっぱりワザとだ……)
確信したアレクはケイティ先生を見るが、ケイティ先生は無言で首を振る。
再びアレクがボールを投げるが予想通りロドニーの胴体に投げられ、あえなくキャッチされる。
しかしその時、ユーキの目に不可解な光景が映った。
(なんでロドニーのヤツ、あんな悔しそうな顔してんだ……?)
ボールを手に持ったロドニーは、まるで苦虫を嚙み潰したような表情でアレクを睨んでいた。
ユーキには何が起きているのか理解できない。アレクの方を見るが、こちらは真剣な表情でロドニーを見ているだけで特に違和感は感じない。
不意に「ふふ……」と笑みのこぼれる声が聞こえたので振り向けば、ケイティ先生が満足そうに微笑んでいた。
「ケイティ先生?」
「いえ、すみません。あの2人が予想以上に判りやすかったもので。それより、ロドニー君が投げますよ?」
ケイティ先生は2人の様子から何かを感じ取っていたようだが、それがユーキには分からなかった。
しかしケイティ先生の言う通り、ロドニーが今まさに投げようとしている。ユーキは理解できない事は一旦棚に上げて、観戦に集中することにした。
ロドニーは相変わらず歯ぎしりをしたまま、今までより大きく振りかぶりボールを投げた。
今までで最大のスピードで、アレク目掛けて一直線に飛んでいく。
”バシンッ‼”
ボールは一際大きな音を立ててアレクの胴体でキャッチされた。そう、顔面ではなく胴体で。
「いてて……。すごいね! 今までで一番速かったよっ!」
「……っち」
アレクは痺れを払うように腕を振りながら賞賛の言葉をロドニーに放つ。一方のロドニーは、アレクから目を逸らして舌打ちをするだけだった。
この時点ではユーキは、ただ単にロドニーが力み過ぎて狙いが外れただけだと考えていた。しかしその後も、2球、3球とロドニーのボールはアレクの身体の中心目掛けて放たれる。
次第にユーキを含めた周囲の生徒たちも変化に気付き、ざわついていく。そしてついには歓声を挙げ始めた。
「アレクくーんっ! 頑張れーっ!」
「ロドニーっ! 年下に負けるんじゃねぇぞー!」
ユーキには何が何だか理解ができなかった。思い返せば、最初からユーキにとっては理解できない事の連続だった。
なぜアレクはロドニーに対して真正面からボールを投げ続けたのか。なぜケイティ先生はロドニーの粗暴な行いを咎めなかったのか。なぜ有利な状況のハズのロドニーが突然悔しそうな表情をしたのか。なぜロドニーは突然アレクの顔面を狙うのを止めたのか。なぜほとんど声を上げていなかった生徒たちが応援を始めたのか。そして……なぜ今アレクとロドニーの2人は互いに笑いながら勝負を続けているのか。
なぜ、何故。考えに考えるが一向に答えが出てこない。そんな中でユーキが出した答えが1つだけあった。
(何がどうなってこうなったのか全く解らねぇが……。アレク、やっぱお前なんかスゲェよ)
自分には無いものを持つアレクに対して、ユーキは素直に感嘆と尊敬の念を送るのだった。
そんなユーキの想いとは関係なく勝負は続いていく。
疲れからか、アレクは投球ミスをするようになってきたし、ロドニーの方も球威が衰えてきている。
そしてロドニーの14投目の時だった。
「あっ⁉」
それまでと同様にアレクの胴体目掛けて放たれたボールがキャッチされた。と思った次の瞬間、ボールがアレクの腕から滑り落ちた。
”ポンポン”と音を立てながら転がるボールにその場の全員の視線が集中する。その直後、歓声が起きた。
「ロドニーの勝ちだぁーっ‼」
歓声を挙げるのとほぼ同時に、生徒たちの大半がアレクとロドニーの元へ駆け寄り称賛の声を浴びせかける。
「アレクくん、負けちゃったけど凄かったよ!」
「今度はオレと勝負しようぜっ」
それぞれが思い思いの言葉を2人に投げかけるが、2人は戸惑ってまともに返事を返す事が出来ない。
少しの間、呆然としていたロドニーはハッと我に返り、アレクの元へ歩み寄る。
「オレの勝ちだな。約束通り、今日からお前はオレの子分だぜ」
「え? やだよ?」
先の約束を果たさんとしたロドニーの言葉を、アレクはあっさりと拒否した。これにはロドニーも呆気にとられた表情となる。
しかし続けて放たれたアレクの言葉に、ロドニーは更に困惑した。
「子分じゃなくて、友達になろう? ボク、ロドニーのコト好きになっちゃったし」
そう言ったアレクはにこやかに笑いながら右手を差し出す。
その手を数秒見つめていたロドニーだが手を握り返す事もなく、そっぽを向いて言い返した。
「フ、フンっ。今日のところは勘弁しといてやるっ。……おい、エメロンっ!」
少し顔を赤らめながら小悪党のようなセリフを言い放つロドニー。
そして、まるで照れ隠しのように少し離れた場所に立つエメロンに向けて話しかけた。突然声を掛けられたエメロンは”ビクッ”としながらもロドニーを見つめ、無言で続きの言葉を待つ。
「……その……さ、さっきは悪かったよ……」
頭を下げた訳ではない。それどころかエメロンの方も見ずに顔を背けている。だが、それは確かに謝罪の言葉だった。
思いもよらない言葉にエメロンはポカンとなる。
エメロンもロドニーも続きの言葉を発さず、数秒の沈黙が流れる。
「やっぱりロドニー、意外といいヤツだ」
「う、うるせぇ! おい、お前っ! 次はテメェの番だっ! テメェに殴られたの忘れてねぇからなっ!」
「……え? 俺?」
沈黙を破ったアレクの感想に再び照れるロドニー。それを振り払うように矛先を向けたのはユーキだった。
こうして2回戦はユーキとロドニーの試合が行われた。
先程とは違い、最初から賑やかな雰囲気を出しながら……。