第23話 「聖女と謝罪」
ブライア神は聖女メディナに言った。
「私の声を人々に届けなさい」
聖女メディナはブライア神に言った。
「わたしの声は生まれつき出す事が出来ません」
ブライア神は再度、聖女メディナに言った。
「私の声を人々に届けなさい。そうすれば、あなたは声を出せるでしょう」
聖女メディナはブライア神に言った。
「ならば、わたしは貴方の声になりましょう」
そう言った聖女メディナの声は大気を震わせ、全ての人々に届いた。
全ての人々は涙を流し、乾いた大地に大いなるラディル川を作った。
『ブライ教 聖誕記 第一章』より一部抜粋
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「偉大なる神よ。ブライア神よ。私の願いが届くならどうか、この者の傷を癒す奇跡をお見せ下さいっ!」
「おっ、おぉーーーっ!」
「アレクっ、静かにっ……!」
法衣を着た女性――『聖女』が両手を天に掲げ、祈りを捧げる。『聖女』の全身は眩く輝き、その光は天まで昇って行った。
その神秘的な姿を目にしたアレクは歓声の声を上げ、隣のエメロンに注意される。
「――っ‼ 神よ……、感謝いたします……。≪彼の傷を癒し賜え≫っっ‼」
『聖女』が掲げた両手を患部に突き出し、呪文を叫んだ。
すると患部――ユーキの左腕が光に包まれる。それと同時にパンパンに腫れ上がった腕が正常なサイズへと萎んでいく。ジンジンと、断続的に続いていた痛みが和らいでいく。
「おぉ……。すげぇ……」
光が収まり、自身の腕の様子を確認する。肘を曲げて、肩を回し、指を動かす。
動かすとビリっとした痛みが走るし、皮膚や筋肉が引っ張られるような違和感もある。だが、じっとしている分には痛みは無いし、動かすどころでは無かった先程と比べれば雲泥の差だ。
「ふぅ……。どうでしょうか? 大分マシになったとは思うのですが……。申し訳ありませんが、私の力ではこれ程の重傷を完全に治すのは難しく……」
「いや、とんでもありませんっ! ほらっ、おかげさまでこの通り……痛てっ!」
「無理をしないで下さいっ。まだ骨も完全に繋がった訳ではないのですから、あんまり調子に乗ると、またすぐにポッキリいっちゃいますよ?」
「男の子ってイヤね。美人の前じゃ、すぐにカッコつけようとするんだから」
「お兄さまに限ってそんなハズは……。いや、でも……」
完全に治す事の出来ない事を詫びる『聖女』に、自身に使ってくれた『神聖魔法』の成果をアピールするユーキだったが、逆に注意を受けてしまう。
その様子を見て呆れていたのはクララとミーアだった。
ユーキの左腕を『神聖魔法』で治療した『聖女』・セラピアは、クララの言った通り相当の美人だ。
年は若く、15、6に見える。瞳と髪は深い青で、腰まで伸びる美しい長髪。未だ幼さの残る顔をしながら、その肢体は法衣の上からでも分かる程グラマラスだ。
なるほど、一度は否定したミーアが疑いの眼差しでユーキを見るのも頷ける。
1時間ほど前、無事に階段を降りて『下』へと戻ってきたユーキたちは、その足で町の病院へ担ぎ込まれた。
シンディはブローノの見立て通り大したケガは無く、そのうち目覚めるだろうという事でカーラと共に別室のベッドで寝かされている。
問題はユーキのケガだった。
肋骨なども折れてはいたが、特に左腕は酷いものだった。肩は脱臼し、腕と手首、指を含めて9カ所を骨折。前腕の半ばから指先にかけて重度の火傷。更に前腕には、大亀の牙で6カ所の咬創が空いていた。
医者の診断では「現代の医療技術では完治は不可能」と決断された。同時に「治っても日常生活は困難、感染症の恐れなどを考えると肘から先を切断する事をオススメする」とも言われたのだ。
諦観するユーキと青ざめる友人たちを、存分に眺めた医者は「本当なら、だがな」と性格悪そうに笑った。
『聖女』……。
ブライ教が掲げる『神聖魔法』を使用する事の出来る神職者たち。男は『聖者』、女は『聖女』と呼ばれるらしい。
彼らの役目の1つとして、大陸各地への巡回が挙げられる。国を問わず各地を巡り、ブライ教の教えを広め、更に自身の徳(経験?)を高める、というのだ。そんな理由で、特に『聖者』になりたての若い者は優先的にこの役目を負うらしい。
その『聖者』の巡回は、年に1、2度くらいの頻度でこのシュアープの町にも訪れ、ブライ教の信者や学校の生徒たちは『聖者』の「ありがたい」講演を聞く事になる。
その『聖者』……今回は『聖女』の巡回が、ユーキの大ケガに合わせたかのように都合よく重なったのだった。これも『奇跡』と呼ぶべきだろうか?
「今回、私が居合わせたのは本当に運が良かったんですよ? もう、こんなケガをしないように注意しなさい」
「……なるべく、そうします」
好きでケガをした訳じゃない。ケガせずに済む方法があったなら、迷わずそちらを選択していた。だが、そんな選択肢は無かった。戦わなければ、捨て身で挑まなければ、自分もシンディも既にこの世にはいなかった。
……捨て身に関しては、あの時、時間稼ぎに徹していればアレクたちと合流出来て、より安全に危機を乗り切る事が出来た可能性もあるが、そんなものは結果論だ。
事情を知らないセラピアの注意に、ユーキは僅かに反発を漏らしながらも頷いた。
「ふぅ、あなたには少しお説教が必要なようね……。大体こんな大ケガ、私だって初めて……」
「ユーキっっ‼」
「痛っでぇっっ‼」
ユーキの反抗心を感じたセラピアが、ユーキに対して説教を始めると宣言した。その直後、アレクが大声でユーキの名を呼びながら飛びついた。
先のセラピアの言葉の通り、ユーキの左腕はまだ完治した訳ではない。少し動かしただけで痛みが走る程度には重傷なのだ。
「ユーキっ‼ もう治ったのっ⁉ 腕、切らなくてもいいんだよねっ⁉」
「痛てぇっつぅのっ‼ エメロンっ、助けてくれっ‼」
だが、そこにアレクが遠慮する事無く飛びついた。しかもその後、ベタベタと腕を触って確認してくる。
アレクは未だに耳が治っていない。ユーキの腕の切断が必要だ、などの診断はエメロンが筆談で説明してくれた。だが今、筆談をする余裕など無い。必死で痛みを訴えるユーキだが、アレクには全く通じていない。
泣き喚く程ではない。だが痛いのだ。ユーキは堪らずエメロンに助けを乞うが……。
「……『聖女』様に素直に謝れば、助けてあげなくもないよ?」
エメロンの反応はやけに冷たいものだった。それどころかクララは元より、ミーアまで積極的にユーキの味方をしようとはしない。
みんな、ユーキの行動に思う所があったのだ。
あわや、片腕を失いかねない大ケガをしたという事実。共に行動していたレックスが死んでしまったという事実。そして、アレクたちの合流が遅れていれば、ユーキとシンディも命が無かっただろうという事実。
彼らはユーキが間違った行動をしただとか、責任がユーキにあるだなんて考えてはいない。ただユーキの身を案じているだけなのだ。
なのに当の本人のユーキに、自身のケガに対する反省が薄い。「少しくらい痛い目を見た方がいい」と考えてしまうのも無理の無い話であった。……少しどころではなく、吐く程の痛みをユーキはとっくに味わっているのだが。
「『聖女』様の治療は終わったっスか? そろそろ、キミたちも家に帰るっス。もう遅いっスし、オイラが家まで送るっスよ」
「ブローノさん。そっちは、もういいんですか?」
「肝心の階段が消えちゃったっスからね。ひとまず報告と引継ぎは済ませたっスから……って、キミたちに言っても分かんないっスよね。……それにしても、オイラたちが『下』に降りた途端に階段が消えるなんてビックリっス。降りる前に消えてたらと思うとゾッとするっスっ」
『妖精の森』へと続く階段……。今回のそれは、ベルという名の妖精が出現させたものだった。
ベルはリゼットと共にアレクの鞄の中に潜み、『妖精の森』から帰還する直前に鞄の中から抜け出した。そして、アレクたちが全員階段を降りるのを見送った後に、『妖精の森』に残ったベルが階段を消したのだ。
これは元々、大人たちに見つかった階段をどうするかを、アレクとエメロンの出発前に相談して決めていた事であった。
おかげで階段や『上』の調査もままならず、かといって簡単に警戒を解く訳にもいかない。結果、何もない森の中を兵士や自警団が警備するという、事情を知っているユーキたちからすれば無意味な事をするハメになった。
「今回の件、ヘンリーさんに話さないとな」
「ユーキは休んでて。僕が明日にでも話に行くよ。新しく分かった事もあるしね」
今回の件は人死まで出ている以上、誰かに報告する必要がある。そして、その相手に真っ先に思いついたのはヘンリーだ。
アレクの兄・ヘンリーは妖精の存在を知っている。信じているかどうかは分からないが、3年前の事件の説明で妖精の件は話したし、「妖精がいる」前提で話を進めたレクターに反対もしなかった。
町の新たな領主である事も踏まえると、これ以上の適任者は居なかった。
「いや、俺も行くよ。こっちの方の視点での話もした方が良いと思うし」
「いや、でも……」
「頼む……」
ユーキの身体を気遣うエメロンだったが、そのユーキは「自分も行く」と言い出した。渋るエメロンに、短く、縋るように……。
今回の件、……レックスが死んだ事に関して自分の責任は重い。それを人任せにして、自分1人がのんびり休んでなど居られない。
迷惑を掛けたのは目の前の友人たちだけでは無い。捜索隊に加わってくれた教会関係者や青年団、自警団や兵士の人たちに加え、ヘンリーなど行政の人間にも今後の対策という形で労力を掛ける事になるだろう。
それなのに元凶とも言える自分が、例えケガをしていたとしても、ゆっくりしているなんて許せなかった。
「……あの子は、いつもあんな感じなのですか? そのうち大ケガ……は、もうしてるわね。……取り返しのつかない事になるかも知れませんよ?」
「すみません、聖女様。わたしたちも、なるべく注意します」
「…………」
ユーキたちのやり取りを見て、セラピアが呆れながらクララとミーアに話しかける。クララは無難な返事を返すが、ミーアは返す言葉が出てこなかった。いつもなら「お兄さまなら大丈夫ですっ」とでも言うだろうに。
ミーアにだって分かっていたのだ。今回のユーキのケガが、笑い事で済まされない程の大ケガだという事を。たまたま『聖女』が来訪していなければ、彼女の言う「取り返しのつかない事」がユーキの身に起きていた事を。そして「取り返しのつかない事」は、既にユーキ以外の身には起きてしまったという事を……。
「さ、そろそろ帰るっスよ。早くしないと家に着く頃には日付が変わってしまうっス」
「そうですね。さぁ、行きましょう姉さま」
「えっ⁉ なにーっ⁉ 帰るのっ⁉ ユーキはーっ⁉」
「お前、近所迷惑だから今晩はもう喋んな」
そうしてアレクたち子供は、ブローノに引率されて自宅へと帰って行った。
セラピアも程なくして教会へと引き上げていく。病室を出る直前に「自分を大切に出来ない人間は、周りの人を不幸にするわよ」と説教めいた事をユーキに言い残して。
だが、その言葉はユーキの心には響かない。
なぜならユーキには、自分を蔑ろにしているつもりなど全く無いのだから。出来る事、やるべき事をやっただけで、ケガをしたのは結果論なのだから。なにより、まだやるべき事があるのだから、このような事に心を割いてはいられない。
そう……。日付も変わろうという深夜。大ケガの治療を終えたばかりで、満身創痍の身体。それでも、ユーキにはまだやるべき事が残っていた。それを為さねば、今日という日の「けじめ」がつけられない。
だからユーキは、悲鳴を上げる己の身体に鞭を打って病室を後にした。
「なに……しに来たのよ……っ」
シンディの病室に来たユーキに、開口一番にそう言ったのはカーラだった。
カーラは、剝き出しにした敵意を隠す事もなくユーキにぶつけてくる。が、それは覚悟の上だ。既にカーラも、レックスが死んでしまった事を知ってはいるが、それでも自分の口から説明しなければならない。
それがユーキの「けじめ」だった。
「レックスの、事だ……」
「……っ」
レックスの名前を出した瞬間、カーラが息を呑んだ。そして数秒間の沈黙が訪れる。
カーラは何かを言うでもなく、ユーキを追い払うでもなく、ただその場で立ち尽くす。これをユーキは、話を聞く気があるのだと解釈した。
そしてユーキは今日あった、レックスとのやり取りをカーラに聞かせる。
レックスは最初、ケイティ先生の言う通りに孤児院で待機しようとしていた事。それをユーキが半ば誘導する様な形で、シンディ捜索に連れ出した事。階段の『上』が危険だと知っても、シンディを助ける為に上って行った事。シンディを襲う野犬に恐怖しながらも、勇気を振り絞って気丈に振る舞っていた事。そして、ユーキの不注意から大亀に気付かず、その所為でレックスを死なせてしまった事……。
「……なによ、それ……?」
ユーキは嘘は言っていない。見ようによっては事実ではある。だが、真実からは程遠いと言わざるを得ない説明だった。
実際にはレックス自身の落ち度も多分にあったのだが、ユーキはそれを一切伝えず、逆にレックスの不手際を自分の責任として覆い隠した。
「なによそれっ⁉ 全部っ! 全部っ、あんたが悪いんじゃないっ‼」
「……そうだ。……全部、俺の責任だ」
「……っ‼」
”バチィンッ‼”
病院の廊下にカーラの絶叫と、ユーキの頬を叩く乾いた音が鳴り響く。遅れてやってきた頬の痛みを感じると同時にユーキは胸倉を掴まれ、そのまま廊下の反対側の壁へと押し付けられた。
年下の女の子の力とはいえ、今のユーキに抵抗する力は無い。……あったとしても、抵抗する気は無かっただろうが。
「やっぱりあんたっ、無能の指揮官の息子よっ‼ あんたの父親が無能だからパパも死んだのよっ‼」
「……そうだ。俺はサイラスの……「無能」の息子だ」
”バチィンッ‼”
再度、ユーキの頬が叩かれる。
身体はもちろん、言葉でも抵抗する気は無い。
「「無能」の息子は、やっぱり無能じゃないっ‼ 無能のクセに偉ぶって、人を巻き込まないでよっ‼」
「そうだ。俺は無能だ……。俺が、レックスを巻き込んだんだ……っ」
3度目のビンタは飛んでこなかった……。
代わりにカーラの目から大粒の涙が零れ、潤んだ瞳がユーキを見つめる。その青い眼には、ユーキを攻撃するような強い意志は既に宿っていなかった。
「……レックスを……返してよ…………パパを……返して……」
「……ゴメン」
震える手と眼と声で、カーラは懇願する。
だが、ユーキはそれに謝罪する事でしか、返す言葉を持たなかった……。




