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第22話 「合流、そして帰還」


「ユーキっ‼ ユーキが向こうにいるっ‼ あとっ、大きな音もするんだっ‼ 危ない目にあってるのかもっ‼」


 突然、大声を上げて尻餅をついたアレク。その後、不自然な大声でユーキの存在と、その危機を示したアレク。


「アレクくんは一体どうしたんっすか?」


「……わかりません。でも……、ユーキが居るのは本当、だと思います」


 エメロンはブローノに嘘を()いた。アレクが何をしたのか、今どういう状態なのかの察しは付いている。

 きっと、アレクは『根源魔法』を使って……、恐らく聴力を強化したのだろう。……そして、必要以上に音を拾い、聴力機能をマヒさせてしまった。アレクの反応から、耳が聞こえていないのは明白だ。


 だがアレクが『根源魔法』を使える事は、ブローノに教える訳にはいかない。

 『根源魔法』は、主に魔族が使用する魔法としてヒト族には忌み嫌われている。ブローノがアレクを迫害したり、『根源魔法』の事を言い触らしたりするとは思えないが、それでも黙っていられるなら黙っていた方が良い。


「……一旦、『下』に戻ろうっス。ユーキくんが居るにしても人手は必要っス」


「でもっ、アレクの話では危ない目に()ってるのかもってっ!」


「安心するっス。戻るのはキミたちだけっス。オイラはこのままユーキくんを探しに向かうっス」


 ブローノの目的は、子供たちの捜索と安全確保だ。そしてもちろん、守るべき子供たちの中にはアレクとエメロンも含まれる。

 魔物が居る森で危ない目に()っている可能性があるのなら、当然シュアープを守る兵士の1人として向かわなくてはならない。そして、その様な場所に子供を連れては行けない。


 今日、散々繰り返された同じようなやり取り。……どこまで行っても、子供たちは子供としての扱いしか受けなかった。


「自分が直接行きたい気持ちは分かるっスけど、ここはオイラに任せるっス。ここでモメてるとユーキくんを助けに行くのが、どんどん遅れるっス」


「……はい」


 全てブローノの言う通りだった。

 親友が……、ユーキが魔物に襲われているかも知れない。今すぐにでも駆け出して助けに行きたい。でも分別(ふんべつ)のある大人は、子供である自分たちのそんな行動を黙って見過ごす訳にはいかない。そして、大人に反発して逆らえば、ユーキを助けに行くのがその分だけ遅れる。

 (さと)いエメロンはその事を理解し、自分の気持ちを押し殺して頷くしかなかった。


 だがその時、目の前のアレクが突然立ち上がり叫んだ。


「エメロンっ‼ 行こうっ‼」


 一瞬だけこちらを見て、森の奥へと駆け出すアレク。

 そうだ……っ。こんな時アレクは考える前に行動する。ユーキは、考えた末に行動する。……考えるだけで行動できない自分とは大違いだ。だから……、だから2人は……、2人の事が大好きなのだ。


「ちょ……っ⁉ アレクくんっ⁉ エメロンくんもっ⁉」


「ごめんなさいブローノさんっ! 僕たち、行きますっ!」


 一言だけブローノに謝罪し、エメロンもアレクを追って走り出す。

 同年代の中でアレクの脚は速い。大人が相手でも負けない程だ。それが『根源魔法』で無意識に脚力を強化してのものかどうかは分からない。少なくとも本人に自覚は無いそうだ。

 だが、エメロンもアレクに負けてはいない。大人しい性格から誤解されがちだが、エメロンの運動神経は非常に高いのだ。

 2人に遅れて後ろからブローノが追ってくる気配がするが、その距離は一向に縮まらない。それどころか差は開く一方だ。


 やがてアレクに追いつくと、こちらを向いて「来ると信じていた」とでも言わんばかりに、エメロンに対してニコリと笑った。その反応が嬉しくて、恥ずかしくて、自分の単純さに呆れてしまう。

 だが、走行中によそ見は危険だ。エメロンは耳の聞こえないアレクに伝わるように、手振りで前を向くように指示をした。幸い、その意図は正しく伝わったようで、アレクは前を向き更に加速していく。


 走り始めて1、2分、エメロンの耳に「シンディ‼」と叫ぶ声が聞こえた。その前にも何かを言っていたがよく聞き取れない。だが、重要なのは人の声が聞こえたという事だ。そして、さらに重要なのはその声が聞き慣れた、親友の声だという事だ。


 声の位置はエメロンたちの進行方向から僅かにズレている。エメロンはアレクの肩を掴み、急停止した。驚くアレクが戸惑いの表情でエメロンを見る。エメロンはアレクに説明をするように、声の聞こえた方向を指差した。

 指差す先にはユーキと……、それを取り囲む3匹の野犬がいた。


「ユゥゥゥーーー、キィィィーーー‼」


 エメロンとほぼ同時にユーキの姿を確認したアレクは、すぐさま駆け出した。それを追ってエメロンも走り出す。

 次第にユーキの姿がハッキリ見える。激しく疲弊(ひへい)しているようで、前傾姿勢(ぜんけいしせい)で何とか立っているという様子だ。左腕がダラリと不自然に下がっている。ケガをしているのかも知れない。

 だがアレクの声でこちらに気付いたユーキは、生気を取り戻したかのように大声で叫んだ。


「俺の事はいいっ‼ シンディをっ……、シンディを頼むっ‼」


 そう言って、視線をエメロンたちとは別の方向へと向ける。その先を見てみれば倒れている子供と、今にもそれに襲い掛かろうとする1匹の野犬が見えた。確認は出来ないが、倒れている子供がシンディに違いない。

 だが、アレクはユーキの声が聞こえていないだろう。自分が何とかするしかない。


「僕に任せてっ‼」


 とは言ったものの、シンディまでは少し距離がある。走っていたのでは間に合わない。投石なども効果があるか分からないし、立ち止まって手頃な石を探す時間も惜しい。なら、魔法を使うしかない。


 エメロンは、自身が学んだ『象形魔法』の様々な魔法陣をノートに書き記している。

 その中で攻撃に使えそうなものもいくつかある。だが、それらの殆どはシンディを巻き込む危険がある。巻き込まないように完全にコントロール出来る魔法はスピードが遅い。シンディの救出に間に合うかは微妙だった。それになにより……、緊急事態とはいえ、野犬の命を奪うような事はしたくなかった。


 命の懸かった場面で何を甘い事を……、と他人がエメロンの心情を知ればそう思うだろう。だが虫も殺した事の無いエメロンにとって、大型の生き物の命を奪う事は多大なストレスだったのだ。


(なら、これしかないっ‼)


 シンディを助け、野犬の命を奪わない。その為の魔法を決めたエメロンは、素早くノートを取り出しページをめくる。自分で作ったノートだ。どこに何を描いたかは全て覚えている。

 目当てのページに辿(たど)り着いたエメロンは、すかさずノートに魔力を送る。その直後、魔法陣が輝き、”ドォンッ‼”と空気を震わすほどの轟音が鳴った。


 エメロンの使った魔法……、それはただ、空気を震わせ大きな音を出す。それだけの魔法だった。

 だがその音は凄まじく、目論見通(もくろみどお)り野犬は驚き、シンディを襲うのを中止してエメロンの方を警戒している。……それどころか、ユーキや他の3匹の野犬、聴力がマヒしている筈のアレクですら、エメロンの方を振り向いた程だ。

 その隙にエメロンはシンディの元へ走り、野犬から守るように立ちはだかった。


「ユーキっ! シンディちゃんは大丈夫っ! 僕が守るからっ!」


 魔法の発生源に近いエメロンの耳は、自身の魔法のダメージを受けて……いなかった。

 この魔法陣には「音を出す」効果と同時に、「術者の周囲の音を遮断(しゃだん)する」効果も描かれている。そのおかげでエメロンの耳は無傷……どころか、音が鳴った事さえ聞こえていなかった。


 エメロンの状況を察したアレクは再びユーキの元へ駆け、数秒と置かずに辿(たど)り着く。そしてその勢いのまま、ユーキを取り囲む野犬の1匹に向けて蹴りを放った。


「ギャンっ‼」


「ユーキはっ‼ ボクが守るっ‼」


 アレクの蹴りを受けた野犬は悲鳴を上げて後ろへ下がる。

 アレクとエメロン。2人の増援を確認した野犬たちは、自分たちの不利を悟り始めた。そして、それは更に決定的となる。


「グギャッ⁉」


「大丈夫っスか⁉ 2人共っ‼」


 アレクとエメロンを追ってきたブローノが自身の槍を、エメロンと対峙(たいじ)する野犬に向けて投げたのだ。

 槍は正確に野犬の胴に突き刺さり、悲鳴を上げた野犬はその場に崩れ落ちた。当たり所が悪かったのだろう。血を吐き、痙攣(けいれん)している。致命傷だ。

 野犬は最後にエメロンを見つめ、何かを(うった)えるような眼差しを向けた後、息絶えた。


「エメロンくん、大丈夫っスか⁉ さっきの音……いや、その子は……?」


 エメロンの近くに駆け寄ったブローノは、既に息の無い野犬から乱暴に槍を抜き取り、エメロンを気遣い……、先ほどの魔法による轟音やシンディの存在など、自身の思うままに口にする。


「……ぁ、助かりました……。いやっ、ブローノさん! すぐそこにユーキがっ! それに野犬もまだ3匹っ!」


「あーーーっっっ‼ どーしたのっっユーキっっ‼ そのケガっっ‼」


「うるっせぇっ‼ んな叫ばなくても聞こえるっつーのっ!」


 エメロンが、まだ脅威が去ってはいない事をブローノに告げるが、それと同時にアレクの叫び声が聞こえた。それに文句を言うユーキの声も。

 振り向き2人の方を見ると、重傷のユーキに(まと)わりついて騒ぐアレクがいるだけで、野犬の姿はどこにも無い。仲間が死んだ事で逃げたのだろうか?……代わりに、たった今気づいたが巨大な亀の死体があるのが確認できた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……サンキュ、おかげで命拾いしたぜ。アレク、エメロン。それと……」


「ブローノっス。ユーキくんのお父さんには散々世話になったっス」


「ブローノさんは、ヴィーノのお兄さんなんだよ」


 全てを諦めていた、その時に現れた3人の救世主に感謝を述べる。もし、3人が現れなければシンディはもちろん、ユーキも死んでいただろう。

 だが、シンディの安否の確認をするまでは安心できない。シンディが無事でなければ全ては無意味なのだ。

 ユーキは覚悟を決めて、恐る恐るシンディの様子を見るブローノに尋ねた。


「シンディ……は……?」


「医者に()せないとハッキリした事は言えないっスが……、気を失っているだけっぽいっスね。呼吸も安定してるし、きっと大丈夫っスよ」


「そっか……、よかった……」


「それよりユーキくんの方が重傷っスよ。早く病院に向かった方がいいっス。ホラ、オイラが負ぶってくっスから……」


 そう言ってユーキに背を向けてしゃがむブローノ。

 まだ油断は出来ないが、ひとまずシンディの事は一安心だ。傷ついた身体を気遣ってくれるのもありがたい。体の小さなシンディは、アレクかエメロンでも運ぶ事は可能だろう。だが……。


「俺は、大丈夫です……。それより……、申し訳ないんですけどブローノさんにはレックスをお願いしたいんです……」


「レックス……。やっぱりあの子もユーキと一緒にいたんだね? 彼はどこに……? シンディちゃんみたいにケガをしてるのかい?」


「……あぁ。……そこに…………」


 エメロンの質問に答えるのが気が重い……。だが、黙っている訳にはいかない。ユーキは疲労や負傷とは違う身体の重さを感じながら、レックスの遺体に視線を向けた……。


「「「うっっ‼」」」


 大亀の死体に隠れて気付かなかったのだろう。血の匂いも、大亀や野犬のものに混じって嗅ぎ分けはつかない。

 3人は、頭部の失ったレックスの……、無残(むざん)な姿を目にして(おのの)いた。


「こ、これは……。ヒデェっス……」


「……さっきまで……生きて…………。なんで……」


「ねぇっっ‼ あれ誰っっ‼ なんで死んでるのっっ⁉」


「うるせぇっ‼ 後で説明してやるから、ちょっと黙ってろっ! お口にチャックだ。分かるか?」


 あまりの惨状(さんじょう)にエメロンは元より、兵士のブローノですら言葉にならない。

 アレクが1人叫ぶが、耳の聞こえないアレクに説明するのは難しい。ひとまずアレクを黙らせようと、口を閉じるようにジェスチャーする。どうやら伝わったようで、不安気な、不満気な、何とも言えない表情をしながらもアレクは黙った。

 ただ、まるで抗議するかのように、ユーキは右腕をアレクに強く掴まれた。


「……俺の……責任です。俺が……レックスを連れ出して……」


 ユーキは自分の罪を告白すべく口を開く。

 レックスはケイティ先生の指示通り、待機しているつもりだった。決して強要した訳ではないが、殆どユーキが連れ出したようなものだ。その事実は変わる事は無い。

 結果、レックスは9歳という幼さでこの世を去る事になってしまった。……しかも、こんな無残(むざん)な姿で。

 全てユーキの責任だ。


 本当は、そんな事はないのだが。

 ベルが『下』に来た事。階段を消さずに放置した事。

 シンディがその階段を見つけ、上ってしまった事。

 レックスがシンディから目を離した事。ユーキについてきた事。ユーキの指示に従わなかった事。道を間違えてしまった事。

 なにより、野犬の存在と、直接レックスの命を奪った大亀の事……。


 客観的に見るならば、ユーキの罪はこれらを踏まえた上で断ずるべきだろう。

 だが、ユーキは他の全ての因果(いんが)を無視して、全ての責任を自分が負うつもりでいた。


「……分かったっス。詳しい話は、病院に行った後に聞くっス。エメロンくん、シンディちゃんをお願いしても大丈夫っスか?」


「……は、はいっ」


 しかし、ブローノはユーキの告白を最後まで聞く事はなく、撤退の指示を出す。

 確かに今するべき事は、責任を追及する事でも、断罪をする事でもない。今優先するべき事は、一刻も早く町に帰り、シンディを医者に()せる事だ。

 その事を理解したユーキは口を閉じた。


 一行は無言で帰路につく。

 ふらつくユーキを支えるようにアレクが腕を持ち、エメロンが意識の無いシンディを負ぶり、4人を見守るようにレックスの遺体を()(かか)えたブローノが歩く。

 これにはレックスの遺体を、なるべく子供たちの目から遠ざける意図もあった。遺体は布で巻かれて直接見えないようにしているが、それでもあまり子供に見せたいものではない。


 幸いというべきか、流石というべきか、階段までの道程(みちのり)はエメロンが覚えていた。

 エメロンのおかげで迷う事無く進むが、道中(どうちゅう)の気不味い沈黙がユーキの心を締め付ける。エメロンは先導して顔が見えない。振り向けばブローノは、警戒を(おこた)らずに周囲を見渡している。そして、隣のアレクはじっとユーキの顔を見つめていた。


 その表情からは、アレクが何を考えているのか読み取れない。

 無表情のようにも見えるし、怒っているようにも見える。何かを決意しているようにも見えれば、何も考えていないようにも見える。

 何も言わずにただ顔を見つめる、その碧瞳(へきどう)に責められている様な気がして、ユーキは目を()らした。


「ユーキ……」


 小さく、本当に小さく呟いたアレクの声はユーキの耳に届く事なく、アレクの口内(こうない)にのみ木霊(こだま)した。


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