表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/159

第20話 「作戦通り」


「階段の先は別の森と繋がってて、そこには魔物もいるって……、ホントっスか⁉」


「ホントだよっ! 昔、ボクたちも大ケガしたんだっ!」


「3年ほど前です。当時、レクター様にも説明しましたし、その時何か対策をすると(おっしゃ)っていました。ブローノさんは何も聞いていませんか?」


 ユーキたちが階段を(のぼ)っているのか、いないのか。その如何(いかん)に関わらず、階段への対処は必要だ。そしてその為には、階段まで直接(おもむ)く必要がある。そう考えたアレクたち。

 その為の手段として、ブローノに事情を話して協力を取り付けるという結論に至った。

 既に大人たちに階段が見つかっている以上、秘密にしたまま行動するのは難しいし、危険性を伝えた上で協力した方が良いだろうとエメロンが判断した為である。


 もちろん、妖精の事は秘密にしたままだ。後々(あとあと)不具合が出る可能性は否めないが、妖精の存在を話さなくても魔物がいるという事実だけで危機感を伝える事は出来るし、何より軍人であるブローノは3年前の事件の事を知っている可能性もあったからだ。


「3年前……? う~ん……、そういえば隊長から「不審な階段」がどうとか聞かされたような……」


 だが、ブローノの返事はいまいち(かんば)しくない。何らかの形で話は聞いたようだが、あまり記憶には残っていないようだ。


「それだよっ! お願い、ボクたちをその階段まで連れてってっ!」


「ちょちょちょっと待つっスよっ! その話がホントだとして、魔物がいるかもしれないような危ない場所に子供を連れてけないっスよ!」


 何とか過去の記憶を思い出そうとするブローノに、アレクが掴みかかり同行を願う。だが、その願いはあえなく却下された。

 ブローノの判断は当然だ。危険な場所に、わざわざ子供を連れ歩く大人は居ない。正常な思考をする大人であれば同じように考えるだろう。もし、それをする事があるとするならば、正常な思考の持ち主でないか、それをするだけの理由がある場合だけだ。


「この2人は、3年前に階段を上って魔物に襲われた経験があります。連れて行けば、何かの参考になるのではありませんか?」


「キミは……、ミーアちゃんだったっスね。……それでもダメっス。やっぱりキミたちは、ここで待ってるっス」


 ミーアがブローノに、アレクたちを連れて行く「理由」を提示する。だが、それでもブローノを説得するのは不可能だった。

 だからミーアは、更なる「理由」を突き付ける事にした。


「貴族の頼み……、いえ、「命令」でも聞けませんか?」


「き……、きぞく……っス?」


「はい。私の名前はミリアリア=バーネット。レクター=バーネット子爵の末娘です」


 ミーアはブローノに、自身が貴族である事を告白する。『ボーグナイン紛争』で戦死し、男爵から子爵へと陞爵(しょうしゃく)したレクターの娘であると。


 バーネット家の者と付き合っていると忘れがちになるが、エストレーラ王国では……、いや、ブラムゼル大陸のどこの国でも、平民が貴族の命令に逆らう事など許されない。例えそれが、どんなに理不尽な命令だろうと。

 権力という分野において、真っ向から貴族に逆らう事が許されるのは同等以上の貴族か、王族や皇族だけだ。もちろん、現実はそんな単純な構造ではなく、貴族でも軽々しく手を出せない相手……、例えば、大商人や宗教人なども存在するが。

 だが、ブローノがそのような大物で無い事は誰の目にも明らかだ。


「ミ、ミーアちゃんが、領主様の……娘……?」


 ミーアの告白に、ブローノは明らかに動揺をしている。

 確かに貴族の命令ならば断わる事は出来ない。断るのならば自分のみならず、家族・親族全ての命すらをも賭ける必要がある。それほど、貴族の命令というものは重いのだ。


「どうです? それでも無理だとおっしゃいますか?」


「…………無理っス。ミーアちゃんが、領主様の娘と知ったらなおさらっス。オイラは『ボーグナイン紛争』で領主様を助けられず、逆に助けられたっス。そのオイラがミーアちゃんを危険な目に()わせるなんて、死んでも出来ないっス」


 だがブローノは逡巡(しゅんじゅん)の末、それでも命令は聞けないと、死んでも出来ないと言い切った。

 これは完全にミーアの誤算だった。もちろんミーアには最初からブローノを罰する気など無い。ただ、こう言えば平民はいう事を聞かざるを得ない事を利用しただけだった。それが、レクターへの忠誠が高すぎるが為に、逆にミーアの命令を拒否する事になろうとは……。

 だが、ブローノがそう言うのなら次善の策を用意するだけだ。


「ブローノさんの、父への忠義はよく分かりました。なら、連れて行くのがこの2人だけならどうです? どうせ私は役に立てないでしょうし、ここで待ちます」


 そう言って、アレクとエメロンの2人を指す。これにギョッとしたのはカーラだ。アレクとミーアは姉妹……、つまりアレクもレクターの娘ではないかと。

 その様子に気付いたミーアは、今にも口を挟みそうなカーラを(にら)みつけて黙らす。


「どうですか? 先程も言った通り、2人の意見が助けになる可能性もあります。連れて行く価値はあると思いますけど? それにあなただって、こんな事で不敬罪で裁かれるのは本意ではないでしょう? そうなれば家族にも迷惑が掛かりますよ?」


 ダメ押しで家族の話まで持ち出す。(あん)に、「命令に逆らえば、裁きを受けるのはお前1人ではないぞ」と。

 ……ミリアリア=バーネット。9歳にして末恐ろしい女児だった。


「……ふー。分かったっス。エメロンくんと、そこのボウズだけは連れてくっス」


 とうとう観念したブローノが、アレクとエメロンを連れて行く事を承諾する。と同時に、子供たちの(ほお)(ゆる)む。

 だが直後にブローノの口から「けど……」という言葉が聞こえた瞬間、再び緊張が走った。


「けど、ミーアちゃん。ハッタリで大人を脅すのは、あんまり感心しないっスね」


「…………え”」


「最初っから不敬罪なんて考えてないっスよね? 子供の頃からそんなコトばっかりしてると、ロクな大人になれないっスよ?」


「う……。はい……」


「うんうん。やっぱり子供はスナオが一番っス!」


 ブローノはミーアの真意に気付いていた。それに明確な根拠なんてものは無かったのかも知れない。

 尊敬するレクターの娘である事実が根拠なのかも知れないし、「ミーアちゃん」と呼び続けても(とが)められなかったからかも知れない。ただ、何となく不敬罪などを持ち出して平民を裁くような事はしないだろうと確信していた。


 そして身分差を気にする事もなく、ミーアの駆け引きを(とが)め、謝るミーアを見て屈託(くったく)なく笑う。

 呆気にとられる子供たちを尻目に、ブローノは自身の武器の槍を手にしてアレクたちに声を掛けた。


「どうしたんっスか? 行くっスよ。急いだ方がいいハズっス」


「うんっ、そうだね。エメロン、行くよっ?」


「え、あ、うんっ」


 即座に反応したアレクと、やや返事が遅れたエメロン。ブローノは2人を連れて森の中へと消えて行った。

 残された3人は呆然とそれを見つめたまま言葉を放った。


「ヴィーノのお兄さん……、なんかスゴイ人だったわね……」


「はい……。でも、何だか憎めない人ですね……」


「……はっ。それよりあんたっ! お姉さんの事、良かったのっ⁉ ウソまで()いて……」


「あら、噓なんて()いてませんよ? ただ、姉さまの事は黙ってましたけど」


 先程までミーアの素性を知らなかったブローノが、アレクの事を知っている訳がない。

 さっき「ボウズ」と呼んでいた事から、性別を勘違いしているのも間違いないだろう。もし、バーネット家の家族構成を知っていれば、アレクがその長女だという事など、言われなければ絶対に気付かれないだろう。いや、言われたとしても信じられないかも知れない。


「あ、あんたって……」


「この子はこういう子なのよ。それより大丈夫かしら……」


 ブローノに対するものとは違う意味で、ミーアに呆れるカーラ。それを諦め混じりに(さと)すクララが放った言葉は、懸念(けねん)の言葉だった。

 それが何に対する懸念(けねん)なのかは明言していない。恐らく、色んな意味が(こも)っているのだろう。

 それを噛みしめ、ミーアが祈るように言った。


「大丈夫ですよ。お兄さまと、姉さまならきっと……」


 ミーアの言葉に根拠は無い。ただ2人への……、名前を出してはいないが、2人とエメロンへの信頼だけがそこにはあった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




”ズゥゥゥンッ‼ ズゥゥゥンッ‼”


 大亀の、極太の脚が動く度に大地が揺れる。もちろん、本当に地面が揺れている訳ではない。ただ、あまりの重量感がそう思わせる。

 ゆっくりと脚を持ち上げ、小さな人影に向けて一気に降ろす。その度に轟音が鳴り響いた。


(思った通り、動きは(のろ)いっ! これなら正面に立たなきゃイケそうだっ!)


 大亀の周りを走る小さな影。ユーキは常に大亀の正面を避けるように立ち回り、時折(にぶ)く光るナイフで脚を斬りつける。

 近づく際は脚の動きにも注意が必要だ。あの太い脚に蹴られればひとたまりも無いだろうし、意外と爪も鋭い。だが、頭に比べて脚の動きは単調だ。


”ギィコ……”


「っ! それはもう知ってんだよっ‼」


 ノコギリを引くような音が鳴ると同時にユーキは身構える。音が聞こえて、大亀が口を開ける。そして、大亀の(のど)が膨らんだ瞬間、ユーキは横に跳んだ。

 その直後、ユーキの居た空間に石弾が放たれ、地面に着弾した石は”ドゴォォォンッ‼”と爆音を上げる。


 ユーキは大亀の攻撃を全て見切っていた。

 脚と頭、それらの動きに注意しつつ、隙を見つけてヒット&アウェイを繰り返す。


 これまでに大亀からの被弾は無い。逆にユーキは何度となく亀の脚を斬りつけた。

 同じ事の繰り返し……。それが1分以上経った頃、ユーキに疑念と不安が浮かび始めた。


(クッ……。もう10回は斬ってるってのに、まったく(こた)えてる様に見えねぇ……っ)


 確かに大亀の脚は傷だらけだ。血も大量に流れ出ている。その脚を動かす度に血飛沫(ちしぶき)が舞っている。人間だったら……、他の生き物だったなら、とっくに戦意を喪失しているだろう。そうでなくても動きが(にぶ)る筈だ。なのに、大亀の動きは全く収まる気配が見えない。

 これが、魔物という生き物だという事なのか。それとも、ただこの大亀が異様にタフなのか。


 ただ1つ言える事。それは、仮にこのまま同じ事を繰り返して、大亀を倒す事が出来たとしても、それには多大な時間を要するだろう、という事だった。

 それを実感したユーキは、一瞬だけ大亀から視線を外し、倒れているシンディをちらりと見る。


(さっきから動かねぇし、声も聞こえねぇ……っ!)


 ユーキの目的はシンディの救出だ。大亀を倒しても、シンディに何かがあっては意味が無い。

 ただ気を失っているだけならいい。だが、もし重傷を負っていたら……。それが一刻を争うような傷だったら……。もし……、既に手遅れだったら……。


 しかし、今のユーキにそれを確かめる事は出来ない。

 もしシンディの元へ駆けよった時に、例の石弾を撃たれたら(のが)れる(すべ)はない。シンディの安否を確認する為にも、大亀の早急な討伐が必要だった。


(……こんなチマチマ斬ってたんじゃ埒が明かねぇっ。だったら――)


 ――急所に攻撃をする必要がある。

 ユーキは亀の生態などに詳しい訳ではない。だが、殆ど全ての生物の急所は同じだ。それは心臓か……、脳だ。それは例え魔物であっても変わりは無い。

 心臓は、分厚い甲羅に覆われている。ナイフが甲羅を貫けるかどうかは試していないが、そもそもリーチが足りない。あの巨体では、仮に甲羅の底面から攻撃したとしても、心臓まで届くかは難しいだろう。


「だったらっ! 頭しかねぇよなぁーーっ‼」


 そう叫んでユーキは、狙いを脚から頭へと変更した。

 この短いナイフでは頭を斬り落とすことは無理だ。狙いは眉間(みけん)に……、脳に直接ナイフを突きたてる事だ。


 危険は、ある。脚に比べて頭は動きが速いし、パターンも多い。それに……、あの凶悪な(あご)に捕まれば無事では済まないだろう。

 しかし、やる必要がある。やらずにもし、シンディを死なせてしまったら……、レックスに顔向けできない。


 ユーキは大亀へと向けて真っ直ぐに走る。一直線に、馬鹿正直に。

 大亀はまだ動きを見せず、微動(びどう)だにしない。だが、間違いなくその紅眼はユーキを(とら)えている。ユーキが攻撃の射程に入れば、即座に動きを見せるだろう。だが――。


「先手はっ、俺だぁーーっ‼」


 大亀の頭まであと3m。ユーキは突進を続けながら、左手に魔力を集中した。左手に着けたグローブの魔法陣がユーキの魔力に反応し、輝き始める。そのまま左手を大亀に向けて突き出し、炎を浴びせた。

 人を眼前(がんぜん)にした魔物は、炎くらいでは(ひる)まない。だが、夜の闇の中で突然顔に向けて炎を浴びせられれば、例え(ひる)む事は無くても、目が(くら)みはするだろう。そう考えたユーキの作戦だった。


 ユーキの作戦は成功した。

 炎を浴びせてからコンマ数秒。ユーキと大亀の距離は1mを切った。それでも大亀に動きは無い。


(イケるっ‼ もらったーーっ‼)


 ユーキが逆手に持ったナイフに魔力を流し、高速で振動するナイフを大亀の眉間(みけん)目掛けて思い切り振り下ろす――。

 ナイフの切っ先は、確かに大亀の眉間(みけん)に吸い込まれ、大きな抵抗なく刃の根元まで呑み込まれた。


「や……っ‼」


 「やった」と、歓喜の声を上げようとしたその時、ナイフが突き刺さったままの大亀の頭部がユーキの胴を、下から思い切り突き上げた。


「ぁが……っ‼」


 突き上げられたユーキの身体は、その勢いのまま真上へ打ち上げられ……、宙を舞う。


 ユーキの誤算は、大亀の脳はその巨体に見合わず非常に小さく、僅かにナイフから()れて無傷だった事だった。

 もちろん無傷だったのは脳の話で、その近くに重傷を負ったのは間違い無い。だがそれでは、この大亀は止まらなかった。


(な、んで……。コイツ……不死身か……?)


 そんな事実を知らないユーキは打ち上げられたまま、そんな事を思う。


 1回、2回……。空中で回転しながら上昇し、頂点まで行けば今度は落下する。

 周りの風景が全てスローモーションに見える……。自分の身体も、周りの光景も、全て手に取るように分かる――。


 今の攻撃で、あばらが3本折れてしまった。当分、全力で動くのは無理だろう。

 一瞬、シンディが動くのが見えた。少なくとも、まだ生きている。

 野犬どもは、まだしつこくこちらの様子を(うかが)っている。


 そして……、大亀が大口を開けて上を見上げているのが見える。まるで、ユーキの落下を待ち望むように。

 実際、落下を待っているのだろう。その大亀の顔は……、無機質で無表情な筈の爬虫類のその顔は、まるで勝ち誇って(わら)っている様に見えた――。


「……っ! なに……、笑ってんだっ、テメェーーーっ‼」


 本当に大亀が笑っていたのかは分からない。恐らくは口を開けた顔が、その様に映っただけだろう。だが、自分を笑っているのだと、そう見なしたユーキは激昂(げっこう)した。

 そして待ち構える大亀の口の中に、落下すると同時に自らの左腕を突き入れた――。


 魔力を送る――。(あご)が閉じられる――。

 魔法陣が光る――。歯が腕に食い込む――。

 炎が、噴き出す――。骨が、砕ける――。


「……ぅっだらあぁぁぁーーーっっ‼」


 ほんの数秒の、僅かな時間の出来事だった。

 全ての力を絞り出すように……、あるいは身体を襲う激痛に耐えるように、ユーキが()えた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ