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第18話 「捜索と撤退」


「シンディが見つからないっ⁉ レックスっ、あんた何してんのよっ⁉」


 シンディと(はぐ)れてしまった事実を伝えたレックスに、カーラは激しく詰め寄った。

 自らの非を理解しているレックスは、それに何も答える事が出来ず、ただ(うつ)いてしまっている。


「カーラちゃん、落ち着いて」


「そうだよ。今は彼を問い詰めるより、シンディって子が心配だ。西の森に居たんだよね? もう日が暮れるし、あんなに小さい子じゃ1人で帰ってこれないかも知れない」


 憤慨(ふんがい)するカーラを、クララとエメロンが(なだ)める。

 今するべき事はレックスを責める事ではない。エメロンの言葉に気付かされたカーラは湧き上がる怒りを押し殺し、それでも押し殺しきれない怒りを(にじ)ませながら、頼りない年上の男の子に対して指示を飛ばした。


「~~~っ。レックスは教会の先生に事情を説明してきなさいっ‼ あたしは一足先にシンディを探しに行くわっ‼」


「だったら、オレも一緒に……」

「先生に伝えるのが先でしょっ‼ シンディに何かあったら一生許さないわよっ‼」


 カーラのあまりの威勢にレックスがたじろぐ。すぐに動こうとしないレックスにカーラは苛立(いらだ)ち、「早く行けっ‼」と更なる罵声(ばせい)とも取れるような大声を張り上げた。

 これに怖気(おじけ)づいて、レックスはまるでカーラから逃げるように孤児院の方へ向かって走り出した。それを確認したカーラもシンディを探す為、この場を後にしようとアレクたちに声を掛ける。


「それじゃ、そういうワケだからっ!」


「待ってっ! ボクたちも探しに行くよっ!」


 足早に去ろうとしたカーラをアレクが引き留める。

 小さな子が1人(はぐ)れて迷子になっている。その事実を知って何もせずに帰る事など、アレクには出来なかった。


「そうよね。知っちゃったら放っておけないわよね」


「それに、人手は多い方が良いと思うしね」


「私も賛成ですっ。姉さま、行きましょうっ」


 それは、アレクの友人たちと妹のミーアも同じ気持ちだった。

 全員の気持ちが一丸となったその時、まるで子供たちの気勢(きせい)()ぐような、上品な女性の声がその場に響いた。


「あら、ミーア。アレクと一緒にどこへ行くつもりかしら?」


「か……、母さま……っ!」


 声の主はアレクとミーアの母・エリザベスだった。




「そう……、そのシンディという子が迷子になってしまったのね? それはカーラさんも心配でしょう?」


「だから母さんっ、早く探しに行ってあげなくちゃっ」


 手早くエリザベスに事情を説明し、シンディ捜索へと向かうべく()かすアレク。しかしエリザベスは、そんなアレクに対してゆっくりと首を左右に振った。


「そうね……。でも、あなたたちはダメよ。もう暗くなるし、子供を森になんて連れていけません。シンディさんの事は大人に任せなさい」


「なんでっ⁉ ボクたちが貴族の子だからっ⁉」


「違います。アレクとミーアだけでなく、カーラさんたちも森へ行く事は許可できません」


 それは、子供に対する大人の対応としては当然の結論だった。危険な動物や魔物が居るかどうかとか、誘拐事件などの被害に()う可能性とかの話ではない。夜の森を歩く行為そのものが危険なのだ。

 だが、子供たちはそれでは納得できない。


「あたしもっ⁉ 何でっ……、です、か?」


「当たり前でしょう? 夜の森に入ろうとする子供を止めない大人が何処(どこ)にいるんです?」


「でもっ、母さまっ! それじゃあ、シンディさんは……」


「だから、それは大人に任せなさい。まずは教会の神父様たちに話をして、その後に青年団や自警団、必要なら衛兵や冒険者にも知らせましょう」


 エリザベスの行動指針は、淡々として、そして的確だった。

 なるほど、これなら子供が5、6人で探すなどよりよっぽど多くの大人が動く事だろう。そうなれば数人の子供など、役立たずどころか足手纏(あしでまと)いになりかねない。

 しかし……、しかしそれでも、だ。


「エリザベス様のお話は理解できます。ですが、どうか僕たちが捜索する事を許可して頂けないでしょうか? 大人の方に随伴(ずいはん)する形でも構いません。決して離れず、迷惑を掛けない事もお約束します。……聡明なエリザベス様であれば、ご理解を頂けると思いますが?」


 エメロンはそれでもしつこく食い下がり、最後の一文に妙な含みを持たせて捜索への参加を願う。

 ただ頭を下げられただけなら一蹴(いっしゅう)しただろう。慇懃(いんぎん)な物言いも、利口なエメロンならば違和感も感じなかったかも知れない。しかし最後の一文が、エリザベスに即答を躊躇(ためら)わせた。


(何と言われてもダメに決まってるでしょうに……。…………? そんな事くらい、賢いエメロン君なら分かってるハズよね……? だったら何でここまで……?)


 エリザベスが考えている通り、エメロンは「子供が何を言っても大人が許可しない事」を理解している。理解して、その上で捜索参加の許可を願ってきた。しかも、例の最後の一文の念押し付きでだ。


 ダメ元で願ってきたようには見えない。皮肉で言ってきたのなら根性が曲がっている。

 直感で、そのどちらでもないと感じたエリザベスは真剣に、エメロンの言葉の意味を考えた。そして、すぐにある可能性に気付く事になる。


(もし、このまま子供たちを帰らせたとして、素直にじっとしているかしら……? カーラさんはシンディさんと姉妹同然みたいだし……、ウチの子たちも大人しくしてくれるかしら……?)


 その可能性に至って、最悪の事態を想像する。

 最悪は、子供たちがそれぞれバラバラに行動し、大人の目の届かない場所で二次被害に()う事だ。そんな事になるくらいなら……。


「……ふぅ。それならいっそ、目の届く所で監視下に置いておいた方が良い。……そういう事かしら?」


「はい。ご理解頂けたようで幸いです」


「……エメロン、何の話?」


 エメロンとエリザベスの会話は、(はた)から聞いていても理解できないものだった。2人だけで理解してくれても周りは困る。

 特にカーラは、可愛い妹分を自分の手で探しに行けるかどうかの瀬戸際なのだ。……しかし大人で、しかも貴族のエリザベスが相手では、流石のカーラも口を挟むのを(はばか)られる。

 そんなモヤモヤした気分の時に、エリザベスの娘であるアレクが質問をしてくれたのはありがたかった。


「僕たちも、シンディちゃんの捜索に加われるかも知れないって話だよ」


「あんたっ、その話ホントっ⁉」


「まだ、エリザベス様にハッキリとは許可して貰っていないよ? ……で、どうでしょうか?」


 アレクの質問にエメロンが状況を説明する。が、詳しくは話さず、希望的な状況を述べるに(とど)める。

 それを聞いて興奮するのがカーラだった。そしてエメロンが、エリザベスに向けて結論を問う。当然、子供たちの視線はエリザベスに集中した。


 これは……、エメロンの策略だろうか?

 一度期待を持たせた以上、ここで突っぱねれば子供たち……、特にカーラの制御が効かなくなる恐れが高い。好き勝手に動く子供たちを監視し続けるのも難しいだろうし、最悪、逃げ出す恐れもある。

 たかが12歳のエメロンに、()い様に操られている様な気がしたエリザベスは、呆れの溜息を()きながら結論を出した。


「……はぁ、仕方ありません。貴方たちも一緒にシンディさんを探しましょう。ただしっ、条件がありますっ! 絶対に知っている大人の人と一緒に行動する事! 大人の言う事には従う事! そして、絶対に勝手な行動はしない事! いいですねっ⁉」


「もちろんです。みんなも、いいよね?」


 最早エリザベスには、他に手段は無かった。いや、強硬手段を取れなくは無いが、失敗する可能性と失敗時のリスクが高い。結局、エメロンの提案に乗るのがベターな選択だった。

 最後に条件が付けられるが、こんなものはハッキリ言ってお飾りだ。大人と子供が共に行動する際には当然の、改めて宣言する必要の無いような当たり前の事だ。

 だが、僅かながらプライドを傷つけられたエリザベスは、声高にこれを叫ばずにはいられなかった。


「呆れた……。エメロン、あなたよくそんな手を使おうと思うわね……」


「結果が出ているのは良い事ですが……、尊敬は出来ませんね」


「クララ、ミーアっ。エメロンがどうやって母さんを説得したのか分かるのっ?」


「歩きながら説明してあげる。エメロンはね……」


 エメロンの取った手段は、クララとミーアの2人には理解されていたようだ。もちろん、それが分かったのは途中からではあるが。

 2人はやや非難気味にエメロンを評価する。まあ、それも仕方の無い事かも知れない。エメロンの取った手段は、「自分たちを人質にして脅迫した」というようなものなのだから。

 何はともあれ、こうしてアレクたちも大人に混じってシンディ捜索に加わる事となった。


 そして数時間後、シュアープ西の森でシンディを捜索する数十人の大人たちの中に、アレクたちの姿もあった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ユーキは素早く状況を確認する。

 自分のすぐ横にはレックス。10mほど前方の木の上にシンディ。そして、シンディの居る木の根元に4匹の野犬。

 場所は『妖精の森』の中。日はとっくに落ちて真っ暗だ。『下』へと降りる階段までの距離は……、正確ではないが2~300mといったところか。走って階段まで逃げ切るのは不可能だろう。

 武器は、炎を出す魔法陣を描いた耐火グローブと、サイラスの部屋にあった遺品のナイフの2つだけだ。


「……ゥルルルゥゥゥ……」


「れ、レックスちゃん……」


「スすぐ、すぐた助けてやっから……」


 (うな)る野犬に、シンディが不安げにレックスを呼ぶ。レックスはシンディを安心させようと声をかけるが、残念ながらその声は震えている。

 残念ながらレックスを戦力のアテには出来そうにない。最初からアテにしてはいないが……。


(まず、優先するべき事はシンディの確保だな……。一気に切り込むのは、無謀か……。4匹もいるし、レックスがついてこれるとは思えねぇ……。不幸中の幸いってヤツか、野犬どもは魔物じゃねぇ。それなら……)


 やるべき事、事を()すための障害、それを乗り越える為に出来る事。それらの方策を練り、方針を固めたユーキは自身の右手にナイフを握り、左手のグローブに魔力を込めた。

 同時にグローブに描かれた魔法陣が淡く輝き、空中に炎が噴き出る。それを見たユーキを除く、2人と4匹に緊張が走った。


「レックスっ! この火で牽制(けんせい)して犬どもを散らすっ! ゆっくりシンディのトコまで移動するから、俺の後ろについてこいっ!」


「な、ナななんで……オお前……」


「つべこべ言うなっ‼ ついてこなきゃ、置いてくぞっ‼」


 最早、ユーキにレックスを説得する余裕はなかった。この策が取れなければ、無謀を承知で突っ込む他に手段は無い。

 だが、ゆっくりと歩き出したユーキの背に隠れるように、確かにレックスがついてきているのを、野犬を(にら)む視界の(はし)(とら)える事が出来た。


 ユーキは少しだけ安堵しながらも、野犬たちの動きを見逃さぬよう、左手の炎を向けながら注視する。もし、一斉に飛び掛かられれば非常にマズイ。そうなってしまったら、ユーキとレックスの2人は無傷では済まないだろう。最悪、命を落とす可能性だって(いな)めない。

 だからユーキは、野犬たちが飛び掛かるそぶりを見せないか、目を皿のようにしてその予兆を探した。


 幸い、野犬たちが2人に飛び掛かる事はなかった。ユーキが徐々に近づき、一息で襲い掛かる事の出来る距離まで来ても、むしろ野犬たちの方が後ろへと下がっていく……。明らかに、ユーキの炎を恐れている。

 そしてシンディの居る木まで後3m程まで近づいた時、蜘蛛の子を散らすように野犬たちがその場を離れた。


「レックスっ、シンディを頼むっ!」


「ぉおオォおうっ‼ ……シし、シンディっ‼」


「レックスちゃんっ‼」


 それを確認したユーキは一気に木の元へ駆け、レックスにシンディを託す。シンディは木の枝から飛び降り、レックスに体当たり気味に飛びついた。

 ここまでは完璧にユーキの作戦通りに事が進んだ。それが可能だったのも、野犬たちが魔物でなかったのが大きい。


 魔物には必ず、2つの特徴がある。燃えるような紅い瞳。そして、異常なまでの人類に対する敵対心だ。

 魔物と一口に言っても、その姿は多種多様だ。獣の魔物も居れば、爬虫類や鳥、魚や虫の魔物だっている。元となる生物が居ると思われるものも居れば、ゴブリンなどの魔物固有の種族もいる。

 だが、それらの基本的な性質や特徴は、魔物でない普通の動物と大差はない。ただ1点、人を見かけると問答無用で襲い掛かるという点を除いて。


 この人類に対する敵対心は、生物が生来持っている本能すらも凌駕(りょうが)するとされている。例え、相手が100人いようと、自分が餓死(がし)寸前だろうと、手足が千切(ちぎ)れ飛んでいようと、目の前の人間を襲わずにはいられないというのだ。


 もしも野犬たちが魔物であったなら、ユーキの炎くらいで(ひる)んだり、ましてや退(しりぞ)いたりはしなかっただろう。

 この不幸な出来事の中の、僅かな幸運にユーキは感謝した。


「あの……、おにいちゃん……。助けてくれてありがとう……」


「シンディ……っ! こんなヤツにお礼なんか……っ!」


「レックスちゃん、めっだよっ! 「ありがとう」と「ごめんなさい」はしっかりいいなさいって、パパがいってたもんっ!」


「……ぬ……ぐっ」


 ユーキが誰とも知らぬ何者かにした感謝は、あっという間にシンディから言葉と共に自分の元へと帰ってきた。

 未だにユーキへの反発が収まっていないレックスがそれを(とが)めようとするが、シンディの「父親からの教え」という正論で、返す言葉を失ってしまう。


「シンディ、ありがとうな。でも、安心するのはまだ早ぇぞ。犬どもはまだ諦めてねぇみてぇだ」


 ユーキの言葉にレックスとシンディが森の奥に目を()らすと、確かに散り散りに逃げた筈の野犬が4匹、数m程度離れた位置でこちらの様子を(うかが)っている。


「つ……つってもよォ。お、オマエの火がありゃ、びビビッて襲って来れねぇダろ?」


「すまねぇけど、俺は魔力が少なくてな。……とても階段のあるトコまで火を出しっぱなしにゃ、出来そうもねぇ」


 慎重に、ゆっくりとした移動ではあったが、たった10mほどの距離を移動する間、炎を出し続けただけで2割ほどの魔力が減ったのを感じる。もちろん威嚇(いかく)するのが目的だったので、火力を……、魔力を抑えた状態でだ。

 走って移動すれば、階段まで魔力が()つかも知れないが危険すぎるし、もし魔力が切れてしまえば本当に戦う術を失ってしまう。


「それじゃあ、まりょくがあるうちに、その火でワンちゃんたちをやっつけちゃうのは?」


「それも魔力が少ないのが問題でな。俺の魔法の射程はいいトコ3mだ。この火で確実にダメージを与えるなら、(つか)みかかるくらいじゃねぇとな」


「んじゃ、どうスんだよっ⁉」


 どう見ても手詰まりの状況にレックスが悲鳴を上げる。

 確かに確実に、安全に、という前提ならば打つ手は無い。しかし、(わず)かにリスクを受け入れれば無傷で帰還する事も不可能ではない。そしてそれは、決して分の悪い賭けではないとユーキは考えていた。


「そう(わめ)くな、レックス。見ろ、犬たちはお前の言う通り、火にビビッて襲ってこねぇ。遠巻きに見てるだけだ。その間に階段まで行って『下』に降りる」


 魔力の温存を考え、既にユーキは炎を消している。にもかかわらず、犬たちが襲ってくる気配は一向に無い。

 犬という動物は賢い。ユーキがその気になれば再び炎を生み出し、自分たちにそれを向けてくるであろう事を理解しているのだ。


「だけどゆっくり、歩いてだ。こんな暗がりの森を走ると危ねぇし、犬を刺激するかも知れねぇからな」


「それでワンちゃんたちから、にげられるの?」


「階段まで辿(たど)り着きゃ、多分な」


 ユーキにも確信は無い。だが、階段まで無事に辿(たど)り着けば何とかなると、そう考えていた。

 野生動物は自らの縄張りから出る事を嫌うという。それは縄張りの外が「未知」だからだ。野生の「本能」は「未知」を「恐怖」に変える。ましてや階段の先は謎の空間により『上下』に別れている。野犬たちが自らの「本能」に逆らってまで、階段の『下』にまで追ってくる可能性は低いと思えた。


「俺は犬を警戒しながら後ろを歩く。レックス、お前が前を歩いて先導してくれ。階段までの道は分かるか?」


「ばっ、ばばババカにすんなよっ!」


「よし、シンディは俺たちの間だ。何かおかしなコトがあったらすぐに声を上げてくれ」


「う、うん……っ」


「それじゃあ、行こう。急がなくていい。足元に気を付けてゆっくりと、だ」


 そうしてユーキの号令で移動が開始された。3人の歩みは、その指示の通り牛歩(ぎゅうほ)(ごと)く遅い。

 ユーキは野犬への警戒の為、殆ど前を見ずにレックスたちの足音を頼りに後ろを見ながら歩いていた。


「なっ、なぁ……っ。犬はっ、ついっ、ついて来てっ、んのか……?」


「あぁ、しっかりと距離を取ってな」


 移動の開始から少しして、不安からかレックスが尋ねてきた。

 野犬たちは距離を保ちながらユーキたちの後を付けてきている。だが、その動きはユーキの魔法を警戒しているのが明らかだ。こちらはユーキの想定内だ。


 想定外なのはレックスの方だった。

 しゃっくりをしているかのように詰まり詰まりに喋って、浅く荒い呼吸が聞こえる。恐らくは恐怖による緊張の為だろう。

 まだ階段まで、少なくとも100m以上はある筈だ。この速度では数分以上はかかる。その間ずっとこれでは、レックスの精神が()たないかも知れない。


「安心しろ、犬がついてくるのは想定内だ。それにもし襲い掛かってきても、また魔法でビビらせてやる。お前が怖がってると、シンディも不安になんだろーが」


「こっココっ、怖がってなんかねぇーしっ!」


「ほんとぉ? レックスちゃん、こわがりだしなぁー。……こわいなら、てつなぐ?」


「ナな、何言ってンだシンディっ! バッカ、オメェー、オレは…………」


 レックスを気遣い声を掛けたユーキに続き、シンディも会話に参加した。

 最初はまだ声に緊張が残っていたが、シンディのセリフでレックスの声から硬さが消えた。……どもりは相変わらずだが。


(シンディにゃ、感謝しねぇといけねぇかもな)


 そう考えたユーキの耳に「……ヒュ」と、息を呑む音が聞こえた。それと同時に、レックスの足が止まっている事に気付く。

 ユーキは少しだけ振り向き、レックスに声を掛けた。


「どうした、レックス? 何かあったか?」


「レックスちゃん?」


 ユーキに続き、シンディも問いかける。しかしレックスは動きもせず、何も答えない。先程までの浅い呼吸も無く、何も聞こえ……、いや、カチカチカチと何かを打ち鳴らすような音が断続的に聞こえる……。


「おいっ、レック……」

「おにいちゃんっ、まえっ‼」


 身体を揺すろうとレックスの肩に触れた時、シンディの声が聞こえた。

 その声に反応し、前方を見る。が、何も見えない。あるのはただ夜の暗闇だけだ。……いや、おかしい。暗いとは言っても、何も見えない程ではない。そうでなければ数m離れた野犬たちを見張る事など出来ないのだから。だが、前方は黒一色だ。

 その時、ユーキの顔に生温かい風が吹いた。湿(しめ)()を帯びたそれは顔に(まと)わりつくようで不快極まりない。


”ギィ……ギィコ……”


(なん、だ……? 何か、ヤバい……)


 ノコギリを引くような、不気味な音に危機感を感じたユーキは右手に掴んだレックスの肩を引き寄せ、左手でシンディの頭を抱えて倒れ込んだ。

 それとほぼ同時に”ヴォゥンッ‼”という轟音が空気を震わせた。「何か」がユーキたちの立っていた空間を通り過ぎた音だ。


 地面に倒れたユーキの目に映ったのは、自分たちを見下ろす(あか)双眸(そうぼう)、そして――。


「ぁ……あ……、ク、クソったれ……」


 黒一色の暗闇だと思っていた「ソレ」は、あまりにも巨大な亀の魔物だった。

 そして……、そしてユーキの掴んだレックスの肩の先……。そこには在るべき筈の頭が、無かった――。


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