第16話 「妖精+子供=トラブル?」
「ユーキくんと、お父さんの仲? わたしはあんまり会った事無いのよね。でも、アレクくんたちは魔法の勉強でユーキくんの家によく行ったのよね?」
「うんっ。サイラスおじさんには時々会ってたし、ユーキとはとっても仲良かったよっ」
「でも姉さま、お兄さまとおじさまはしょっちゅうケンカばかりしてましたよ?」
カーラが尋ねたのは、ユーキとその父・サイラスの仲だった。
クララは自分は詳しくないからとアレクたちに話を振るが、アレクとミーアはまるで正反対の事を言う。
「あはは……。まぁ、ケンカをしてたのは本当だけど、何というか……。「ケンカをするほど仲が良い」とはちょっと違うかな……。でも、ケンカもコミュニケーションとして楽しんでた、気がするかな?」
「え~、お兄さまは結構本気で怒ってませんでした?」
「でも、ユーキはおじさんのコト大好きだったよ。でないと、おじさんが死んで、あんなに落ち込んだりしないよ」
「そうよね。ユーキくんも意地っ張りなトコあるから口では言わないけど……」
年明けの頃、ユーキがサイラスの死を知って引き籠っていたのはアレクたちには周知の事実だ。それを知る者たちからすれば、ユーキにとってサイラスという存在の大きさが窺い知れるというものだ。
「あいつ、お父さんが死んで落ち込んでたの……?」
「うん、何日も食事も摂らないで引き籠ってたんだよね。顔もこぉ~んなヒドくなってて……」
「それ、わたしたちは見てないのよね。わたしたちが着いた時にはもうボロボロだったから……」
「何それ……?」
サイラスの訃報から慰霊祭までにあった出来事をカーラに説明する。
1週間も引き籠り、慰霊祭にも姿を見せなかった事。心配して自宅に訪問するが門前払いを食らった事。それを見越して、アレクが屋根から忍び込んだ事。アレクの見たユーキが、生気の無い抜け殻の様な状態だった事。そんなユーキに喝を入れる為に、アレクが殴り合いのケンカをした事。結果、2人ともボロボロになり、特にユーキは意識まで失った事まで話した。
「ちょ、ちょっと……。その、ケンカをしたアレクさんって、そこのあなた……よね? さっき、ミリアリアが「姉さま」って……」
「うんっ、そうだよ。ボクはミーアのお姉ちゃんだよっ」
「ふふっ、こう見えてもアレクくんは女の子なのよ?」
「そうじゃなくてっ! いや、それもそうだけどっ! ミリアリアのお姉さんってコトは……、貴族なんじゃないの? あいつと、殴り合い……したのよね?」
そこまで聞いて、カーラが何を言いたいのかを理解する。
確かに子供とはいえ、平民が貴族と殴り合いのケンカをして無罪放免とは普通はならないだろう。何なら普通の貴族なら、呼び捨てや愛称で呼ぶ事ですら罰せられてもおかしくはない。
「あ~、カーラさんの言いたい事は分かるよ。本当なら死刑になってもおかしくないと思うけど……、バーネット家はちょっと特殊だよね。でも別に、ユーキはそれを見越してケンカをした訳じゃあないよ。ケンカの翌日に、アレクたちのお兄さんのヘンリーさんから呼び出されて震えてたからね」
「はぁ~っ……、それで結局お咎めなし? ……あいつも相当、運がいいわね」
「……まぁ、アレクでなきゃケンカにはならなかっただろうけどね」
カーラの疑問にエメロンが答える。しかし、「運がいい」というのはどうだろうか?
確かに本来であれば死刑になっても不思議ではない。だが、アレクが普通の貴族らしい貴族であったなら、そもそもケンカになどならなかっただろう。
そういう意味では、カーラのミーアへの態度も貴族へのものとは思えないのだが……。だがそれも、1年の学校生活でカーラなりにセーフティラインを見極めた結果だろう。
そして、実はユーキは無罪放免とはなってはいなかった。
バーネット家の母・エリザベスによって、「とある罰」を与えられていたのだ。その内容をユーキは、エメロン、ロドニー、ヴィーノの3人にのみ零していた。ユーキ自身から口止めをされている為、この場で喋る事はしないが。……いや、口止めされていなくても喋る事はしないだろう。なぜなら、その「罰」の内容はエメロンにとっては――。
「おねぇ~っ、ちゃ~んっっ‼」
その時、遠くから小さな子供の声が聞こえた。
全員が声の方へ首を向けるが、その方向には何もない。見えるのは、青い空と白い雲、そしてやや傾いた輝く太陽だけである。だが……。
「リゼットおねぇちゃ~んっっ‼」
もう一度聞こえた声は確かに「リゼット」の名前を呼んだ。全員が、姿の見えない声の主を探す。
「……あっ、あれっ!」
最初に気付いたのはクララだった。クララは己の目に映る「それ」に向けて指をさす。
昆虫の様な羽を持ち、体長が10cmちょっとしかない、幼子の姿をした『妖精』――。それがアレクたち目掛けて飛んできた。
そして、アレクの鞄の中で息を潜めていたリゼットが飛び出し――。
「――ベルっ!」
「おねぇちゃんっ!」
空中で、ベルと呼ばれた小さな妖精を抱きとめた。
妖精たち以外の全員がその光景を呆然と見つめる……。その中でも特に、唖然としながら空を見上げる者が1人いた。
「……あれ、ナニ?」
そう呟いたカーラが思考を回復させ、アレクたちからの説明を受け止める事が出来るまでに、数十分の時間を要したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ暗な森の中に光る階段を見つけ、ユーキとレックスの2人は立ち竦んでいた。
呆然と、淡く光る階段を見つめる2人だが、その胸中は全く違った。レックスはただ、その幻想的で不可思議な光景に目を奪われていただけだ。しかし、ユーキは違う。
(何でこの階段がまたここに……? リゼットの仕業か? いや、確かアレクの話じゃリゼット以外にも『妖精』20人近くいたハズだ……。そいつの仕業って線もあるか……? どっちにしろ、マズイな……。シンディも探さなきゃいけねぇのに、こんなの放っておけねぇよな……)
そう、放ってはおけない。かつてユーキは、この階段で『上』に行き、そこで魔物と出会って死にかけたのだ。
階段を渡れば、それが誰であっても……。人間でも動物でも、たとえ魔物でも、『上』と『こちら』を行き来できるのは、リゼットから確認済みだ。放っておけば最悪の場合、魔物がシュアープにやって来る可能性だってある。
「なんか……、光ってるし、階段の先がボヤけてる……?」
「待てっ! レックスっ!」
「……んだよ? オマエに命令される筋合いはねぇぞ」
ユーキの考えが纏まらない間に、レックスが階段を調べ始めた。階段に手を掛け、今にも1段目に足を掛けそうだ。
必死に制止するユーキだが、レックスは従おうとはしない。2人の関係性を考えれば当然の結果だった。
レックスとの間に信頼関係はない。だが、ここで対処を間違えると大惨事に繋がる可能性がある。正しい対処を行おうとしても、レックスの協力が無ければ不可能だ。
そう考えたユーキは、まず現状の危険性を理解させる事が重要だと考えた。
「頼むから少し話を聞いてくれ。……俺は3年くらい前にこれと同じ階段を上ったコトがある。その先で……、魔物に出会って死にかけた……」
「魔物……っ⁉」
紅い眼を持つ、人間の敵――。
たとえ子供であっても、町から出た事が無くても、魔物の脅威を知らない者など居はしない。物語で、教科書で、諺で、歌で、歴史で、新聞で、噂話で……。様々な媒体で、魔物が人類共通の天敵である事を教えてくれる。
シンディを探していたのは安全な筈の森の中だったのに、突然『魔物』の存在を知らされたレックスは戸惑った。
そしてすぐに、ある可能性に思い至る。
「……っ! もしっ、シンディがこの階段を上ってたらっ! こうしちゃいられねぇっ!」
「だから待てってっ! もしシンディが『上』に行ってて、もし魔物に襲われてたらどうする気だ?」
「んなのっ! 助けっに決まってっだろっ!」
「どうやってだ? 言っとくがな、魔物は丸腰の子供で勝てるほど弱くも、見逃してくれるほど優しくもねぇぞ? 俺が生きて帰れたのは、仲間のおかげだ」
淡々と魔物の脅威と、それに対する子供の無力を語るユーキ。
実際3年前に魔物と出会った時、アレクが居なければユーキは殺されていた。もちろん、一緒に居たエメロンも……。
だが、いくらそれが事実であろうと実際に目にしていないレックスは、ただ述べられるユーキの悲観的な意見に反発する。
「だったらっ、見過ごせってのかよっ⁉ シンディになんかあったらどうする――っ」
「俺が行く」
そうだ。結局、この階段を見過ごす事なんて出来ない。シンディが『上』に居る確証は無いが、確認は必要だ。そしてレックスには魔物に抗う術は無い。だが、「今の」ユーキなら……。
それをレックスに理解させる為、ユーキは近くの木から枝をへし折り、それを手に持ったまま装着していた耐火グローブに描かれた魔法陣に魔力を流した。
グローブの魔法陣が淡く輝き、手の平から炎を生み出す。手の中の枝は当然、炎に包まれて僅か数秒で炭化した。
「俺は『戦闘魔法』が使える。俺なら、魔物相手だって戦える……っ!」
耐火グローブをしていても尚、熱による痛みを手の平に感じながら、自らを鼓舞するようにユーキはそう宣言した。




