第15話 「カーラとレックス」
時刻は昼の1時過ぎ。アレクの号令で、エメロンたちは教会の敷地内でカーラを探す事になった。
幸いというべきか目的のカーラはすぐに見つかり、探し回る必要もなかった。
「それで? たくさんお仲間を連れて、さっきの仕返しのつもり?」
「違いますっ! それに、そっちだってレックスさんが一緒じゃないですかっ!」
「ちょ……、オレを巻き込むなよっ⁉」
カーラはレックスと一緒だった。
レックスは他人事のような事を口にしているが、ミーアにとってはレックスもまた「お兄さま」をイジメる憎い相手だ。
「ミーアちゃん、落ち着いて。カーラちゃんもお願い。わたしたちはあなたに聞きたい事があってきたの」
「ふんっ、あたしに話すことなんてないわよ。さっき、あたしがミリアリアにした質問も答えてくれなかったじゃないの」
クララが2人を宥めるが、ミーアはともかくカーラは敵対的な態度を崩そうとはしない。
そんなカーラを見てか、レックスはオロオロと挙動不審だ。まぁ、人数比で2対4。ミーア以外は全員上級生とくれば、不安になるのも致し方ないだろう。
「じゃ、キミの質問に答えたら、こっちの質問にも答えてくれる? それなら、いいよね?」
「……ふんっ。大人数で囲んでおいて、よく言うわね。殴ってでも聞き出せばいいんじゃない?」
「おいっ、カーラっ! よせってっ!」
アレクが対等の条件ならば聞き入れるだろうと提案するが、カーラはあくまで強気の姿勢を崩さない。……今この場で一番必死なのは、間違いなくレックスだろう。
「僕たちはケンカをするつもりは無いよ。ただ、本当の事を知りたいんだ」
「……本当のこと?」
「君が……、いや君たちが、何でユーキを目の敵にしているのかを、だよ。ユーキは僕たちの友達だからね」
「「……っ」」
エメロンの言葉を聞いて、カーラだけでなく先程まで狼狽えているだけだったレックスの表情にも緊張が走る。
他人事面をしてはいたが、事の原因がユーキであるならばレックスも当事者だ。
「どうかな? 君たちが質問に答えてくれるなら、こっちも何だって答えるよ? 場合によっては君たちに協力したっていい」
「エメロンさんっ⁉ どういうつも――」
「ミーア、どうどう。ここはエメロンに任せよう?」
情報の交換、ここまではいい。しかしエメロンは、事もあろうに協力するとまで宣言した。
ミーアはこれを看過できずにエメロンに食って掛かろうとするが、すかさずアレクに止められる。
「……どういうつもり? 友達なんじゃないの?」
「コイツら、オレらを騙そうとしてんだっ! そうに決まってるっ!」
「そんな事は考えてないよ。君たちの話を聞いて、もしユーキに非があるなら、それを正すのは友達の役目だと思う」
「「…………」」
エメロンの言葉を聞いて2人は黙り込んでしまう。
それを見たエメロンは自分の仮説が正しい事を確信した。黙るという事は、「ユーキには非はない」という事を理解しているのだ。そうでなければ、ユーキの事を声高に非難する事だろう。
それをしないという事実が、ユーキへのイジメの原因をエメロンに確信させた。そもそも初対面で、しかも当のユーキに心当たりも無く、暴力に訴えられるほど複数人に恨まれる理由など、そうは無いのだ。
「なるほど、分かったよ。君たちはユーキのお――」
「レックスちゃーんっ、カーラちゃーんっ!」
「……シンディっ⁉」
カーラたちがユーキを敵視する理由、それを確信したエメロンが自論を述べようとした時、小さな女の子が2人の名前を呼びながら走ってきた。女の子は走る勢いそのままに、カーラに抱きつく。
その際にカーラが名前を呼んだ事で、エメロンはこの女の子が例の孤児の3人目だという事に気が付く。
「2人ともおそいよーっ。……この人たちだぁれ? おともだち?」
「いや……、コイツらは、その……、違くて……」
シンディの無邪気な様子に、一気に空気が弛緩していく。いや、カーラだけはより緊張を高めているのを感じるが。
「この人たちもいっしょに行くのー?」
「いや、そうじゃなくて……」
「……レックス。あんた、シンディと先に行ってなさい」
「……はぁ?」
シンディへの対応に困っているレックスに、カーラは淡々とした声で指示をした。
その内容を理解できなかったのか、レックスは一拍遅れて間抜けな声を出す。
「あたしは、この人たちと話をしてから行くわ」
「ンなコトできっかよっ! お前1人だけ置いて、何かあったら……」
「大丈夫よ。この人たちは、あんたみたいな単細胞じゃなさそうだし」
「カーラちゃん、いかないの?」
「後で行くから、シンディはレックスと一緒に先に行ってて」
シンディに話しかけるカーラは、それまでの険悪な雰囲気が嘘のように優しげだ。
そして、このやり取りを見たエメロンは、更に1つの事実を確信した。
それから僅かなやり取りの後、レックスはシンディを連れて何処かへと去って行った。
途中でミーアが口を挟もうとしていたが、それはアレクとエメロンに制止される。
「エメロンくん、2人を行かせてよかったの?」
「うん。……多分、ユーキをイジメるように先導した主犯は彼女だからね」
「……っ! それは本当ですかっ⁉ ……カーラさんっ‼ 何で……っ‼」
エメロンは、この僅かなやり取りの間にもカーラという少女の性格を分析していた。
彼女は口調は少し乱暴だが、理性的な考え方をしている。プライドが高そうな面も目に付くが、それ以上に仲間を大事にしているのが良く分かる。
恐らくは、主犯の自分が矢面に立ち、2人を遠ざけようとしたのだろう。
「……そうよ。あたしがあの2人を、そそのかしたの。よく分かったわね?」
「君が、優しい子だったからさ」
「エメロン、すっごいや……。まるで探偵みたい」
断片的な情報から事実を推理して犯人を追い詰め、自白させる。そんな推理小説の探偵のようだと、アレクは呑気に感想を零していた。もし、推理でも披露していたなら完璧だ。
「それで、どうするの? 先生に言いつける? それともあたしに復讐する?」
「そんな事はしないよ。何せ、当のユーキはそんなに気にしていないしね」
カーラは、あくまで挑発的な態度を崩さず強気の姿勢だ。だが、この場の空気は間違いなくエメロンが支配していた。
主導権を握るエメロンは僅かに瞑目し、取れる手段、取るべき手段を模索する。
「エメロンさんっ! そんな事より……」
痺れを切らしたミーアが、エメロンに先を促そうとする。
目の前にユーキをイジメている主犯が居るのだ。何よりもまず優先するべきは、イジメを止めさせる事だと、そう考えるミーアが訴えかけようとした。
「……まずは、君の質問に答えよう。ユーキの事だったよね? なら、この2人に聞くのが一番だよ」
「ちょっとっ、エメロンさんっ⁉」
「ユーキのコトを話せばいいの? まっかせてっ!」
しかしエメロンは最初にカーラの質問に答える事が、後の話をスムーズに進めるのに必要だと考えた。
そもそもユーキは、イジメを苦にはしていない。助けて欲しいなどと思っていないだろうし、復讐なんて以ての外であろう。
今必要なのは、相互理解を深める為の話し合いだ。とりわけ、ミーアとカーラの2人のだ。正直ユーキは放っておいても、いずれ1人で解決するだろう。でも、この2人は……、きっかけが無ければ仲直り出来ないように思えた。
ユーキには悪いけど、2人の話のネタになってもらおうと、そして1人では話し難いだろうから、アレクと一緒に話させるのが得策だと、そう考えたエメロンが、アレクとミーアの2人に会話を促す。
案の定、ミーアは拒否感を示すが、アレクは乗り気で前に出た。
「……あんた、何考えてんの?」
「君との仲直り、かな? 2人とも、僕とクララもフォローするから、好きに喋るといいよ」
「うんっ! えっと、それじゃボクが初めてユーキに会った時なんだけど――」
エメロンの主導によりユーキの話をするという事になってから、しばらくの時が経っていた。
最初こそ少し(特にミーアは)ぎこちなさがあったものの、すぐに賑やかな雰囲気になり、今となってはただの雑談だ。
カーラは、その雑談の中に自分の求める情報がきっとある。と、ひたすら黙って聞いていた。
「――でですねっ、お兄さまがこのリストバンドをプレゼントしてくれたんですよっ」
「でもミーアちゃん、それの生地に文句言ったでしょ? ユーキくん、ショック受けてたわよ?」
「もっ、文句なんて言ってませんっ! ただ、生地もお兄さまとお揃いが良かったなぁ……って」
「ユーキ、ちょっと泣いてたよ?」
「えっ⁉ う、うそっ⁉ ……ですよね?」
「う~ん、泣いてたかは分からないけど、間違いなくショックは受けてたよね?」
「……」
カーラの求めた情報はあった。知りたかったのはユーキの人となりだ。
カーラには……、レックスにもシンディにも、ユーキを恨む理由があった。しかし、それはユーキ個人を恨んでいた訳ではなかった。だが、それでも恨みの、怒りの感情を向ける矛先が無ければ耐えられなかった。だからユーキに暴力を、嫌がらせを、イジメをしていたのだ。
「そういえばユーキ、初めて会った時は泳げなかったんだよね」
「あ~、そういえばそうだったね。何でも、前に住んでたレゾールには泳げる場所が無かったらしいよ?」
「そうなんですか? でも、今は泳げますよね?」
「それがね、1人だけ泳げないのが悔しくて隠れて特訓してたのよ? それはそうとアレクくん。もうあの頃みたいにパンツ1枚で泳いじゃダメよ?」
「…………」
しかし、孤児院でユーキと過ごした3ヵ月が、カーラの感情に変化をもたらしていた。
ユーキは何をしてもやり返してこない。怒りはするが、本気の怒りではない。孤児院の先生にも告げ口しない。それどころか、こちらの世話を焼いてくる。今では週に3度、ユーキが晩ご飯を作っている。最初は口にも入れなかったが、レックスとシンディが空腹に耐えられず口をつけ、なし崩しにカーラも食べてしまった。掃除や洗濯も、いつの間にかやってくれている。女物の下着も一緒に洗うのはデリカシーに欠けると思うが。
「それにお兄さまの作る料理、どれも美味しいですよねっ?」
「あ~、そっか。ミーアは、ユーキが料理を始めたころのコト知らないんだ?」
「最初にユーキくんの作ったパスタ、不味かったわよねぇ」
「うん……。あの日、アレクとユーキに出会ったんだよね」
「えっ、何ですかそれっ⁉ 聞かせてくださいっ!」
「………………」
だんだん……、だんだんと、ユーキを恨むのがバカらしくなってきた。
いくら嫌がらせをしても堪えやしないし、世話ばかり焼いてくる。よく怒ってくるが、それは物を壊したり、食べ物を粗末にしたり……。後は、カーラたちがケガをしそうになった時ばかりだ。
「それでね、この後がケッサクなん……」
「あーっ、もーいいわよっ! あんたたち一体いつまで話してんのよっ!」
長い間、4人のお喋りを黙って見ていたカーラが、とうとう我慢できずに大声を上げた。
「ぁ……、カーラさん」
「「ぁ……」じゃないわよっ! 今まであたしのこと完全に忘れてたでしょっ⁉」
カーラが怒るのも無理はない。なにせ、ユーキの話題で話し始めてから既に2時間以上が経過していた。むしろカーラが怒るのが遅すぎるくらいだ。
しかし、それも仕方のない事だった。
カーラが知りたかった「人となり」というものは、これを聞けば十分、というものではない。情報は多ければ多いほど良かったのだ。ただ、そのせいで止め際を見失ってしまった。
とはいえ、まさかこんなに延々と喋り続けるなんて思いもよらなかったが。
「ゴメンゴメン。……それで、君の知りたい事は知れたのかな、カーラさん?」
「……っ、どーでもいいでしょっ」
「いや、よくないわよ。それじゃ、わたしたちはただ雑談しただけじゃないの」
ついそっぽを向いて、すげない態度のセリフを吐いてしまう。が、それはクララに咎められた。
一応、成果はあったと言える。
やっぱりカーラ自身が感じていた通り、ユーキはいい奴だ。決して「理由なく」嫌われたり、嫌がらせを受けても仕方の無いようなロクデナシではない。
「……1こだけ、聞いていい?」
「ユーキのコト? ん、何でもいいよっ」
「あいつ……。お父さんとは……、仲、良かったの……?」
だからカーラは、ユーキを嫌う「理由」の、その「原因」との関係を問い正した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「シン……、シンディが……。いなくなっちまった……!」
カーラがアレクたちから、ユーキの話を聞いてから更に2時間ほど。
孤児院に駆け込んだレックスがケイティ先生に伝えた言葉を聞いて、ユーキは調理の手を止め振り返った。
「オイッ、どういうコトだっ!」
「……テメェにゃあ、関係ね」
「んなコトぁ、どーでもいいっ‼ シンディがどうしたんだっ‼」
この期に及んでもユーキに反発するレックスだったが、ユーキは意に介さずレックスの両肩を掴む。が、レックスも、あくまでユーキに頼る気は無いのか、そっぽを向いてしまう。
「レックス君、事情を話して下さい」
見かねたケイティ先生が尋ねると、レックスは一度ユーキを見て軽く舌打ちをした後、ポツポツと話し始めた。
「今日は、カーラとシンディと3人で西の森で遊ぶ約束をしてたんだ。だけどカーラが来れなくて、仕方なくシンディと2人で森に行ったけど、気が付いたら……」
「シンディが居なくなってたってコトか……っ! シンディを見失ってどのくらいだっ⁉」
「…………」
「レックス君、今は意地を張っている場合じゃありません。シンディさんと別れてどのくらい経ちますか?」
「……3時間くらい」
シュアーブ西の森には危険な動物や魔物は棲息してはいない。ユーキたちも、たびたび遊びに行っているのでその事は十分に承知している。だが5歳の女の子が3時間の間、森で行方知れずになっているとなれば悠長にはしていられない。
「先生は神父様に相談してきます。場合によっては青年団や衛兵の方たちに協力して頂くかも知れません。あなたたちは院内に居て、絶対に外へは出ないように」
「でもっ、先生っ!」
「いけません。もうすぐ日も暮れます。後は大人に任せて、大人しくしていなさい」
ケイティ先生はそう言って、足早に教会へと向かっていった。残されたのはユーキとレックスの2人だけだ。
ケイティ先生の言った事は理解できる。大人が捜索するのなら、子供が一緒では足手纏いになる。ましてや、勝手に行動するなど言語道断だ。2次被害の可能性だってあるのだ。それはレックスはもちろん、ユーキだって同じだ。結局、ケイティ先生の言う通り、大人しく留守番をしているのが一番なのだ。
だがしかし、それではレックスの気持ちはどうなる?シンディが見つかるまでの間、一体どれだけの後悔と自責の念に苦しむ事になるのだろう?
シンディを見失ったのは確かにレックスの落ち度だ。だが、挽回する事も、そうする為に行動する事も出来ずに、ただ待つだけ……。これほどの苦しみはそうは無いのではないだろうか?
幸い、シュアーブ西の森に危険は少ない。最悪の事態が起きたとしても、迷子がもう1人か2人増えるだけだろう。
ならば、とユーキはレックスに向き直った。
「どうした? シンディを探しに行かねぇのか?」
「テメェ、先生の話を聞いてなかったのか? オレたちゃ留守番だよ」
「ケイティ先生の話なら、もちろん聞いてたぜ? 俺が聞いてんのは、その上でお前はシンディを探しに行かねぇのかっつーコトだよ」
「……オメェ、バカなのか?」
ユーキは、レックスに焚きつけるようにシンディの捜索を促すが、一向に動こうとはしない。ただユーキに反発しているだけか、それとも思っていた以上に良い子ちゃんだったか。
だが、レックスが行かないというのなら別にそれでもいい。レックスの心の心配は杞憂だったようだが、それとは別にシンディの事だって心配だ。
ユーキは既に、シンディの捜索に向かう気でいたのだ。
ユーキは出かける前に一度自室へ戻り、ナイフと耐火グローブを持ち出した。
シュアーブ西の森に危険な動物は居ない。が、一応用心の為だ。そうそう無いと思いはするが、過去に人浚いに遭った経験もある。油断大敵というものだ。
準備が整った所で、孤児院の外へと向けて歩き出したその時、レックスが声をかけてきた。
「おい……。お前、先生の言いつけを破る気か?」
「ん? あぁ、シンディが心配だしな。あ、悪いけど晩メシは無しだ。ハラが減ったらパンでも食うか、乾燥パスタでも――」
「ふっざけんなっ‼」
まるでレックスを見くびっているかのようなユーキの態度。それに我慢が出来ず、レックスは怒声を上げた。……実際にはユーキは、レックスの気持ちを真摯に考え、シンディの問題に冷静に対処しようとしただけで、レックスを見くびってなどはいないのだが。
だが、レックスにはそうは映らない。
シンディから目を離して、先生に泣きつき、大人に頼り、先生に逆らう気概も見せず、シンディよりも晩メシの心配をする、そんな迂闊で無能で無責任で根性無しで食い意地の張ったヤツだと……、そうユーキに思われていると思うと我慢が出来ない。
……重ねて言うが、決してユーキはそんな事を思ってはいない。
「オメェなんかに、シンディを任せられっかよっ! オレが行くっ!」
「んじゃあ、一緒に行くとするか」
ユーキはレックスを見くびったり、バカにしたりはしていない。ただ、そう受け取られるような物言いはしたが。
直情傾向で素直な性格のレックスは、見事にユーキの手の平の上で転がされてしまっていた。
この時の行動を、後にユーキは激しく後悔する事になる。
ユーキがレックスと一緒に孤児院を出てから30分後。日はすっかり沈み、西の森は暗闇に包まれていた。
だが、2人の目の前の「物体」が、森の闇を、そして2人の身体を煌々と照らしていた。
「なんだ……? コレ……?」
「な、んで……、また「コレ」が、あるんだよ……?」
2人の瞳の中には、森の中には場違いに、そして幻想的に溶け込む、「階段」がキラキラと光を放っていた――。




