第5話 「ケンカで始まる登校初日?」
不味い昼食を終えた後に4人が雑談をしていると、公園からクララの父親が呼ぶ声が聞こえてきた。4人はクララの父親の元へ行き、クララとアレクの2人はクララの父親と共に帰路につく。
その際にユーキは、アレクが迷子であった事実を知って呆れていたが。
エメロンの身体を心配したユーキは送っていこうとしたのだが、なぜかエメロンはこれを固辞した。ひょっとすると家を見られたくないのかも知れないし、万が一ロドニーたちと出くわしたら面倒だと考えたユーキは、1人で帰るエメロンを見送る事にした。
この後アレクは、家を飛び出して迷子になった上、服を汚して擦り傷だらけになった事を母に叱られた。
ユーキは、父から貰った食事代が4人のパスタに変わってしまい、晩御飯を保存食で済ます事となってしまった。
そしてエメロンとクララは、おかしな2人との出会いを思い出しては自宅で微笑むのだった。
そして彼らは再開する事なく1週間の時が流れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アレクー! そろそろ起きなさーいっ!」
ベッドで眠るアレクの耳に遠くから母の声が聞こえる。
アレクはその声に反応はするが、僅かに身じろぎをして「う、みにゅ……」と呻くだけで全く起きようとはしない。
いつまでたっても返事がない事に埒が明かないと考えた母は、直接アレクの部屋へ向かう事にした。
「アレクっ! いい加減に起きなさいっ!」
部屋に入ってきた母はアレクの布団を”バサッ”と音を立てて剥ぎ取った。
「ひゃぁうっ!」
「ほらっ、身体を起こしてさっさと顔を洗いなさい! 今日から学校でしょっ」
その言葉を聞いたアレクはようやく目を覚まし、洗面所へ向かう。
学校……。それは正確には「教会学校」であり、このブラムゼル大陸において最も普及しているブライ教の、教会が行っている教育事業である。
今から250年以上前に開始されたこの事業は、国や地域によって多少の差はあるが5~16歳程度の子供に7~10年程度をかけて無償で教育を施され、ここエストレーラ王国でも200年ほど前から国内のほぼ全ての地域で行われている。
もちろん国立などの、教会以外の学校へ通う者や家庭教師を雇う者、逆に貧しく日々の生活に追われて教育を受ける余裕のない者もいるが、それ以外の子供たちの殆どはこの教会学校に通っていた。
ここシュアーブの町では6~8歳の子供が入学し、それから8年の間、学校へ通うこととなっている。
今日はアレクが教会学校へ通う、初登校日だ。
「父さん、おはよー」
「おはよう、アレク。昨日は良く寝れたかい?」
「うんっ! ミーアは?」
「ミーアはまだ寝てるよ。アレクは今日から学校だね。教会まで1人で大丈夫かい?」
「心配しなくてもダイジョーブっ! 学校へ行ったらユーキたちに会えるかなぁ?」
「はは、前に言ってた子達か。会えるといいね」
「ほらっ、喋ってばかりいないで早く朝ご飯を食べちゃいなさい。初日から遅刻しちゃうわよ?」
父と朝ご飯を食べながら雑談をしていると母から注意をされる。時計を見れば確かに、ゆっくりとしている時間は無さそうだ。
アレクは慌ててパンを口に押し込み、水で流し込む。
「ごちそーさまっ! んじゃ、行ってきまーすっ!」
「知らない人について行っちゃダメよーっ! あと、馬車に轢かれないように気を付けて行きなさい!」
駆け出すアレクに対して、母が注意を叫びながら見送る。
この日、アレクの家・バーネット家の朝は慌ただしく過ぎていった。
教会へ向けて歩くアレクの足取りは軽い。
学校そのものにも興味があったし、きっと友達も出来るだろう。それに、ユーキと再会できるかも知れないという期待感がアレクの胸を膨らませていた。
そんな事を考えながら歩いていると、あっという間に教会に着いていた。
アレクが中に入ると、すでに10数人の子供たちが集まっている。そして見覚えのある顔を見つけ、一直線に駆け寄った。
「ユーキ、おはよーっ! やっぱりユーキも同じ学年だったんだ!」
「あ? あぁ、アレクか」
元気よく挨拶をするアレクに対して、一方のユーキはテンションが低い。
不思議に感じたアレクが「どうしたの?」と尋ねると、ユーキは顎で離れた席を指す。そこには3人の少年、ロドニーとエメロンたちがいた。
残念ながら最後の1人・ヴィーノの名前は、アレクとユーキの2人の頭には残ってはいなかったが。
「ロドニー結構しつこいから、気を付けた方がいいかも」
ユーキとアレクの横から、クララが小声で話しかけてくる。
アレクとクララが挨拶を交わすのを横目に、ユーキはロドニーをチラリと見た。
確かにロドニーは先ほどから睨むような視線を送ってきている。アレクが来てから……いや、クララが話しかけてきてからは、視線がより険しくなった気がする。
(半分はクララのせいじゃねぇかなぁ……)
ユーキは、自分とアレクに責任の半分がある事を自覚しながらも残りの半分をクララに責任転嫁していた。
「皆さん、揃っていますね。席に着いて下さい」
数分後、多数の子供たちが他愛のない雑談をしている教室に修道服を着た女性が入ってきた。
彼女は新入生たちに着席を促し、教卓の前で立ち止まると自己紹介を始める。
「皆さん初めまして。私は今後、皆さんの担任を受け持つシスター・ケイティです。ケイティ先生と呼んで下さい。」
その女性、ケイティ先生は子供たちに対してずいぶんと堅苦しい喋り方をする女性だった。このような喋り方に対して耐性のある子供は少なく、多くの生徒たちがポカンとしている。
だがケイティ先生は、特に気にする様子もなく話を進めた。
「ではまず、皆さんに自己紹介をして頂きましょう。そこの君からどうぞ」
ケイティ先生に指名されたアレクは、躊躇する事も無くスックと立ち上がって自己紹介をする。
「ボクはアレク。みんな、ともだちになってくれるとうれしいな。よろしくねっ」
「はい、とても元気の良い自己紹介でした。では隣の君、どうぞ」
「ユーキ=アルトウッドです。先週レゾールという町からシュアーブに引っ越してきました。今後ともよろしく」
「とても丁寧な良い挨拶ですね。では次の———」
こうして新入生たちの自己紹介が進んでいった。
ケイティ先生は自己紹介の後に1人1人丁寧に感想を述べていく。中には「もう少し大きな声を出せるように頑張りましょう」などの手厳しい意見もあったが。
一通り自己紹介を終えると授業が始まる。
最初の授業は文字の読み書きだった。もちろん最初の授業という事で初歩的なものであり、ここで躓く子はいない。アレクもユーキも読書をするので、既知の事ばかりで少々退屈ではあったが。
そして2時間の勉強が終わると休憩時間になり、ケイティ先生は次の授業の準備の為に一度教室を後にする。それを切っ掛けに教室内が騒がしくなると共に、昼間の部の生徒たちが登校してくる。
生徒の中には子供とはいえ家の仕事を手伝っている者もいる為、午前の部の生徒と昼間の部の生徒の2種類がいる。
午前の部の生徒は朝から昼までの4時間、昼間の部の生徒は昼前から昼過ぎまでの4時間を授業時間としている。そして昼前からの2時間の授業は両方の部の生徒が同時に受ける事になっているのだ。
「わわっ、どんどん入ってくるね」
「全員で30人以上らしいな」
一気に倍ほどになった人口密度が、教室内を更にガヤガヤと騒がせる。集中していないと、すぐ隣にいる人の声も聴き取れなくなりそうなくらいだ。
その時、そんな喧騒をかき消すほどの大声が教室内に響いた。
「このオレに逆らおうってのかっ⁉ あぁっ⁉」
一瞬で教室内は静まり返り、その場の視線が大声の主に集中する。
大声を上げたのはロドニーであり、その声を向けられたのはエメロンだった。ロドニーはエメロンの胸倉を持ち上げるように掴んでいた。
「ぼ……僕は、そんなつもりじゃ……」
「んじゃあ! どーいうつもりだっつってんだっ‼」
(またアイツか……)
その様子を見たユーキは呆れていた。何も入学初日からトラブルを起こす事もないだろうに、と。
エメロンは一応見知った仲ではあるが、それだけだ。わざわざ仲裁にいく程の仲とは言えないし、仮にユーキが仲裁したとしてもロドニーはさらに激昂する可能性の方が高い。
ここは黙って静観し、ケイティ先生が帰ってきて事態を収めてくれるのを期待しよう。と、そう考えた時だった。
「何してるんだっ‼ エメロンは友達じゃないのかっ⁉」
「あぁん? チビ、テメェにゃ関係ね……いや、そもそもテメェが……っ!」
アレクが、ロドニーとエメロンの間に割って入ろうと声を上げた。ロドニーはエメロンを投げるように突き飛ばし、アレクと対峙する。それを横目にユーキは(あぁ、そういえばアレクはこういう奴だった)と頭を抱えた。
ロドニーの表情を見れば明らかに先ほどより頭に血が上っており、いつアレクに殴りかかってもおかしくない。ここでユーキが口を出しても更に火に油を注ぐだけだろう。
ならば自分がケイティ先生を呼びに行くしかないかと考えて席を立とうとした時、そのケイティ先生が教室に現れた。
「何をしているんですかっ!」
ケイティ先生は騒ぎの原因であるロドニーたちに歩み寄り「一体何が原因なんです?」と問いただす。
アレクはケイティ先生の質問に答えようとするも、要領の得た答えが出ない。当然だ。アレクは横から口を挟んだだけで、恐らく現状で事態を把握しているのはロドニーたちだけだろう。
しかしロドニーは元より、ヴィーノもエメロンも口を開こうとしない。
1人1人、彼らの様子を見てみれば、ヴィーノは狼狽えながらもケイティ先生の質問には正しく答えている。騒動の原因については口籠っているが。
エメロンは突き飛ばされた時のケガは無さそうだが俯いていて、心ここにあらずといった雰囲気だ。
そしてロドニーは、ケイティ先生の登場により先ほどよりは幾分落ち着いて見えるが、ずっとアレクを睨みつけている。
そのアレクは、ロドニーから視線を逸らす事なく睨み返していた。
「ふぅ、これでは埒が明きませんね。次の授業は、予定を変更してレクリエーションとしましょう」
話が一向に進まないのを見て、まるで諦めるようにケイティ先生が言う。
その場の生徒たちがケイティ先生の言葉を測りかねているが、ケイティ先生は続けて言った。
「全員、外の広場に出て下さい。アレク君とロドニー君は……そうですね、マト当てで勝負をしてもらいましょう」
そのセリフを言った時、ケイティ先生は今日一番の笑顔をしていた。