第13話 「エメロンの宣言と魔法の地図」
「先生のリング、ボクにくれない?」
「おい……」
「んん~? リングってコレの事かぁい?」
「うんっ。エルヴィス先生……、ダメ?」
「ちょっと待てよ……」
「う~ん、どうしても駄目ってコトは無いんだけどねぇ」
「おねがいっ! 何でもするからっ!」
「おいっ、アレクっ‼」
エルヴィスにリングをねだるアレク。2人のやり取りの合間にユーキが口を挟むが、全く聞いていない。痺れを切らして大声を出して、ようやくアレクがユーキの方を振り向いた。
「どうしたのユーキ? 急に大声出して」
「どうした? じゃねぇだろっ! 何で進路の話でその腕輪が出てくんだよっ⁉」
「……? 前に言ったでしょ? ボク、リングを集めるんだって」
「そりゃあ、そう言ってたけど、よ……」
ユーキは忘れていたのだ。年明けにアレクがリングを集めると宣言してから3ヶ月近く、その話題が1度も挙がらなかったから。いや、元々アレクのリング探しには反対だったユーキは思い込みたかったのだ。アレクが思い直したのだと。
それが突然、不意打ちのように再度宣言された。
自分勝手な思い込みではあったが、リング探しは諦めたのだと、そう思っていたユーキは想定外の衝撃を受けた。
「ボク、学校を卒業したらリング探しの旅に出るんだっ。んで、7つ集めて神様に「戦争を無くして下さい」ってお願いするっ」
「お前、エルヴィス先生の与太話を信じんのか?」
「ユーキくぅん、与太話ってぇのは酷くないかぁい?」
ユーキの物言いにエルヴィスが文句を言うが無視される。ユーキにとって、今重要なのはアレクの事だ。
エルヴィスの話が本当か嘘かは問題ではない。問題は、アレクが大陸中を旅するつもりだという事の方だ。
世間知らずのアレクが1人旅をするなど無茶に決まっている。楽しげに旅に出るなどと言っているが、現実を知らないが故に夢を見ているだけだ。
町の外では魔物が出る事もあるし、盗賊なんかの噂も聞く。無事に町に入っても外国人の1人旅など、騙されたり、ぼったくられるのがオチだ。
「旅に出るったって、お前、旅費とかはどうすんだよ? それに旅をナメてんじゃねぇか? 町の外は魔物も出るし、大人だって1人で夜を過ごしたりしねぇぞ?」
ユーキは4年前に、サイラスと2人でシュアープまで旅をした経験がある。その時だって、夜営をする時はユーキも見張りに立っていたのだ。当時8歳の子供に野営をさせるなど無謀だと、今のユーキはそう思うが、今重要なのはサイラスのイカれ具合ではない。
「町の外で1人でケガなんかしたら無事じゃ済まねぇぞ? それに食事はどうすんだ? お前、料理なんか出来ねぇだろ?」
懸念は魔物などの外的脅威だけではない。生きていれば食事が必要なのは当然だ。最悪、携帯食料などで済ます方法もあるが、ただでさえ過酷な旅を、食事すらまともに摂れずに何ヵ月も、何年も過ごせる筈がない。
「病気になったらどうすんだ? 悪ぃヤツに騙されるかも知れねぇし、何かあっても誰も助けちゃくれねぇぞ?」
「……僕が、助ける」
思いつく限りの不安や問題点を列挙するユーキに、口を挟んだ者が現れた。
ユーキの話に注目していた友人たちの視線が一斉にその声の主、エメロンの方に向く。
「僕が、アレクを助ける。……さっき言った「考えてる事」っていうのは、アレクの旅に僕も付いていく事なんだ」
「……エメロン、お前マジで言ってんのか?」
「うん。……もちろん、アレクが良ければだけど」
ユーキは愕然としながらエメロンに尋ねる。
エメロンはアレクの旅に反対すると思っていた。先も話題に上がったが、エメロンは賢くて現実的だ。ユーキの懸念はエメロンも理解しているだろうし、アレクのような英雄願望もない。だが、そのエメロンはアレクの旅に同行すると言う。
「うんっ、エメロンが一緒ならすっごく助かるよっ」
エメロンの同行をあっさりと了承するアレク。それを見たユーキは自身の考えを纏める。
ユーキが先ほど挙げた問題は、子供が2人になったからといって簡単に解消される問題ではない。だが、それがエメロンならばどうだ?
エメロンは賢く、理性的だ。暴走しがちなアレクの歯止めになるだろうし、旅に必要な準備もしっかり考えられるだろう。『戦闘魔法』だってユーキやアレクよりもずっと上手いし、度胸が無いと言っていたが、そんなものは場数を踏めばどうとでもなる。
必死に反対意見を出そうとするユーキだったが、エメロンへの信頼が高すぎるが故に反論する術を失ってしまっていた。
結果、助け舟を周りに求めるという情けない姿を晒す。
「おいっ、お前らも黙ってないで何か言えよっ」
「っつってもなぁ……。少し心配のし過ぎじゃねぇ?」
「そうっスねぇ。なんだかユーキ、過保護な親みたいっスよ?」
「わたしは、エメロンと2人だと別の心配しちゃうな……」
残念ながら友人たちからはユーキが求めた返事を得る事は出来なかった。
ロドニーは楽観のし過ぎだし、ヴィーノは余計なお世話だ。クララに至っては真面目に答えろと言いたい。
「アタシもアレクに付いていくから2人っきりにはならないわよ? ユーキもそれなら安心でしょ?」
「これ以上、心配事を増やしてんじゃねぇよっ!」
最初から期待をしてはいなかったリゼットが、更に問題をややこしくする。
その存在そのものがトラブルの元である『妖精』が同行するなど、一体どこに安心できる要素があるというのか。
「まぁキリが無いし、ユーキ君の事は置いておこうかぁ。学校を卒業するまで後4年あるんだから、そんなに嫌なら卒業までにアレク君を説得するんだねぇ」
結局、この場にユーキの味方は1人もいなかった。いつもユーキの味方をしてくれているミーアも、今は自室のベッドの中だ。いや、この話ではミーアですらもユーキの味方をするとは限らない。むしろ、ミーアもアレクの旅に同行すると言いかねない。というか、3ヶ月前に既に言っていた。
「それでぇ? 誕生日プレゼントに、このリングが欲しいってコトだったよねぇ?」
「うんっ。……ダメ?」
リングは7つ集めなければ役に立たない。ならば、エルヴィスが持つリングも手に入れる必要がある。もし、ここでエルヴィスがアレクの要求を拒否すれば、アレクが旅に発つ理由がそもそも無くなってしまう。
そう考えてしまったユーキは自己嫌悪に陥る。そして自分の考えが分からなくなってしまった。
(俺はアレクの旅を止めさせたいのか、止めさせたくないのか、どっちなんだよ?)
ユーキは自身の感情の、根本的な問題を全く理解していなかった。
アレクが危険に陥るのは嫌だ。アレクの願いは成就して欲しい。この2つに矛盾点など全く無い。
だが、「願いを叶える」=「旅をする」=「危険に陥る」という図式が、ユーキに矛盾を感じさせているに過ぎなかった。
「さぁっきも言ったけどぉ、別にあげちゃってもいいんだけどねぇ……」
「じゃあっ……」
「でぇも、あ~げない」
十分に間をもたせ、一度喜ばせてから譲渡を拒否する。エルヴィスが子供たちから嫌われる原因だった。
なお、一度自己嫌悪に陥ったユーキは、このやり取りを見た自分の感情の起伏にすらも嫌悪を膨らませている。
「オッサン……、性格悪すぎんぞ?」
「さすがに今のはフォロー出来ないっス」
「先生っていうなら、生徒の見本にならなきゃいけないんじゃないの?」
「リゼット、世の中には反面教師っていう人もいるのよ?」
散々な言われようである。だが自業自得とも言える。
しかし、先のやり取りで既に当事者とも言える立場となったエメロンは、文句を言うよりもその真意を問い質す事を優先した。
「理由を聞いてもいいですか? ただの意地悪ではないんでしょう?」
「鋭いねぇ、エメロン君。本当は、人の心を読む能力でも持ってるんじゃあないのぉ?」
「そんなの無い事は、先生の能力を使えば分かるんでしょう? それよりも理由を聞かせて下さい」
「やぁれやれ、揶揄い甲斐もないねぇ。アレク君にリングをあげない理由は、「約束」をしたいと思ってねぇ」
子供たちは「全てを知る事が出来る」能力を持つエルヴィスが言った事で、一瞬本当にエメロンが人の心を読めるのかと期待した。しかし、その期待はエメロン本人にすぐさま否定される。その後のやり取りからも、本当にエルヴィスが揶揄おうとしただけだろう。
「約束? 誰と?」
「君とだよぉ、アレク君。いつか、君が他の6つのリングを集めたら、僕のこのリングも君にあげる事にしよう」
「何でそんなまどろっこしいコトすんのよ。今あげればいいじゃない」
「約束」の内容を聞いてリゼットが文句を言う。が、この意見には子供たちの大半が賛成していた。
どうせアレクに渡すつもりであるのなら、今渡そうが関係ない筈である。
「……いつか大陸中を旅して逞しく成長した教え子と再会の約束をしたいと思うのは、そんなにヘンかなぁ?」
だが、そう言われてしまえばリゼットですら返す言葉を失ってしまう。
「なぁに、僕には「全てを知る事が出来る」能力があるからねぇ。定期的にアレク君の状況を知ってリングが6つ揃ったら、僕の方から会いに行くよぉ、これが」
そして更に、こんな事を言われてしまえば、益々何も言えなくなってしまう。
しかし子供たちは何だか煙に巻かれたような、釈然としない気分に陥ってしまう。結局、「約束」の時にリングを譲り受ける事にはなったが、今アレクの手には何もないのだ。
「そぉんな顔をしないの。代わりに「いい物」をアレク君にプレゼントするからさぁ」
しょぼくれたアレクを、エルヴィスは慰めるようにそう言って、丸めた紙を手渡した。
訝し気に首を捻りながら、アレクは受け取った紙を広げた。
「これ、大陸地図? なんか、光ってるし……、文字が浮いてる?」
エルヴィスが渡した紙は、ブラムゼル大陸の地図だった。ただ、学校の授業で見慣れた地図とは違う点が2つある。
1つは、地図上に光る紅点がある事。もう1つは、その紅点の上に、文字が紅く浮いている事だ。
「なになに……。グラ? アベ、アヴェ……」
「あ、シュアープにも点があるわよ?」
「地名じゃないっスね……。シュアープの上の文字、スペル……ビアっスかね?」
ロドニーたち3人が、アレクの後ろから地図を覗き込み、解読(?)を始める。3人は口々に感想を述べるが、それを聞いたエメロンはハッとなりエルヴィスに向き直った。
それに少し遅れて、ユーキも地図を見て紅点の意味を察する事が出来た。
「『スペルビア』……っ! エルヴィス先生、これは……」
「紅点の数は7つ。で、1つはシュアープ……。こりゃあリングの位置、だよな?」
「2人とも、せぇ~かいっ! いやぁ、問題にするには少し簡単すぎたかなぁ?」
大仰に拍手をするエルヴィスだが、今ユーキはそれを喜ぶような気分ではない。……エルヴィスに褒められて喜んだ事があったかどうかは定かではないが。
とにかく、アレクに渡した地図がリングの在り処を示す物だという事は、エルヴィスはアレクの旅を支持しているという事だ。いや、エルヴィスが支持しているかどうかはどうでもいい。
問題は、こんな物を手に入れたアレクに旅を止めるように説得するのが更に困難になったという事実だ。
「エルヴィス先生、この文字は何? ちょっと地図が見にくいんだけど……」
「アレク。それは多分、リングの内側に彫られている文字だよ。ほら、覚えてない? 先生のリングの内側に『スペルビア』って彫られてたでしょ?」
「そうだっけ?」
「エメロン君、よぉく覚えてたねぇ。その文字は、それぞれのリングに彫られた文字だよぉ。更に更にぃ、その紅点は「常にリングの現在地を示し続ける」優れモノなんだなぁ、これが」
エルヴィスが自慢気に語る内容は、ユーキにとっては最悪の情報の連続だった。
ただ、ペンなどでリングの現在地を記した訳ではない。「常に現在地を示し続ける」ときたものだ。
地図のどこを見ても魔法陣も無いのにこんな、それこそ魔法のようなアイテムをどうやって入手したというのか……。そう疑問に感じた次の瞬間、ユーキは考えるのを止めた。「全てを知る事が出来る」能力を持つエルヴィスに対して、このような事を考えるだけ時間の無駄だ。
余計な物を、とエルヴィスに文句を言いたいユーキだが、目をキラキラと輝かせて喜ぶアレクの手前、舌打ちをする事しか出来なかった。
「エルヴィス先生、いいんですか? 貴重な物じゃ……」
「べぇつに貴重でも何でもないよぉ? なんせ、僕の自作だからねぇ。いやぁ、こんなに喜んでもらえると夜なべして作った甲斐があるものだねぇ」
「うんっ。ありがとうっ、エルヴィス先生っ!」
「いやぁ、実は5分で作ったんだけどねぇ、これが」
(誰も聞いてねぇよっ! ってか、作ったのはテメェかっ! 余計なコトしやがってっ!)
心の中でエルヴィスに対する文句を絶叫するユーキ。だが当然、その声は誰の耳にも届かない。
アレクの旅を止めさせたいユーキだったが、リングを集めるのに最も適した道具を手にしたアレクを止める自信は……、無かった。
結局、ユーキは人知れず悪態を吐く事しか出来なかったのである。
「さぁて、目的の物もプレゼント出来たし、試験の方も無事に合格したコトだしねぇ。そぉろそろ、退散の時期だねぇ」
「もう家に帰んのか? まだ料理は残ってるぜ、オッサン?」
「いやいやぁ、ロドニー君。僕は「この部屋」からじゃあなくて「シュアープ」から出ていくんだよぉ、これが」
まるで散歩にでも出かけるような気軽さで、シュアープから出ていくとエルヴィスはそう言った。
まったく予想の出来なかった子供たちは、しばらくエルヴィスの言葉の内容を理解する事が出来ずに固まっていた。
いつも拙作を読んで下さり、誠にありがとうございます。
短編作『僕の隣の席が40歳のおっさんだった件』を書いてみました。
URL : https://ncode.syosetu.com/n9343ip/
本作とは違い、現代社会での高校生のお話です。
こんなタイトルをしておきながらコメディ要素はほぼありませんが、こちらも一読頂ければ幸いに思います。




