表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/159

第12話 「アレクのおねがい」


 エルヴィスが課した的当ての試験から1週間後、バーネット家ではアレクの誕生日パーティーが開かれていた。

 なお、アレクの兄・ヘンリーは仕事で不在、母のエリザベスも子供たちに気を遣って席を外している。この場にいる大人は、空気を読まないエルヴィスだけである。


「いやぁ、おめでたいねぇ。これでアレク君も10歳かい?」


「何でエルヴィス先生もいるんですか? せっかく母さまが気を遣ってくれたのに……」


「そうよね。子供の誕生日パーティーに紛れ込むなんて、コイツには常識がないのかしら?」


 アレクに祝辞(しゅくじ)を述べるエルヴィスに、ミーアとリゼットは辛辣(しんらつ)だ。

 確かに子供だけの集まりに、1人だけ大人のエルヴィスがいる事には若干の違和感は感じるが、そこまで言われなければいけないのだろうか?あと、リゼットも年齢不詳ではなかったろうかと、そんな事を子供の男性陣4人は思っていた。


「ま、まぁ、いいじゃねぇか。オッサンも知らねぇ仲じゃねぇし……」


「そうっスよね? 料理だって、アレクのママとユーキが用意したのが沢山あるワケっスし……」


「ロドニー君、ヴィーノ君……。いやぁ、君たちは優しいねぇ。それに比べて、教え子たちのなぁんて冷たい事だろう」


 その言葉にエメロンは苦笑いをする。

 付き合いの長い生徒たちは、エルヴィスがこの程度でヘコむ事なんて事は無いと知っている。ミーアの冷たい態度も今に始まった事でもない。このやり取りはいつものコミュニケーションなのだ。


「そういえば、少し前に魔法の試験をしたんでしょ? 一応、みんな合格したって聞いたけど……」


「あぁ、そういやクララには詳しく話してなかったな」


「ユーキとエメロンの魔法、凄かったんだよっ。……ボクはちょっと失敗しちゃったけど」


 1週間前に行われた魔法の試験。たまたまタイミングが合わなかったクララには合格の報告のみで、その内容までは詳しくは話していなかった。

 アレクは当時の親友たちの活躍を思い出し、興奮気味に話す。


「でも、アレクくんも合格したんでしょ? あとミーアちゃんも。……?」


 試験の詳細を知らないクララがアレクを(なぐさ)め、忘れてはいけないとミーアの名前も出す。しかしミーアの名前が出た瞬間、その場の全員の顔が渋面(じゅうめん)に変わった。

 誰も一言も発さず、ミーアに視線が集中する。だが、ミーア自身も顔を(うつむ)かせて喋る気配を見せない。


「みんな、どうしたの? ミーアちゃんに何かあったの?」


「クララ……。ミーアは試験で火事を起こしたんだとよ」


「ロドニーさんっ、火事にはなってませんっ。未遂(みすい)ですっ! 訂正してくださいっ!」


 ミーアはそう言って抗議をするが、今回ばかりはアレクもユーキも、ミーアを(かば)う事はしない。

 そう、的当ての試験でミーアが使った魔法は、よりにもよって火を起こす魔法だった。


 2年前にユーキとミーアが誘拐された事件で、ユーキが使った「火を起こす魔法陣が描かれたリストバンド」。去年のミーアの誕生日に、ユーキは「同じ物が欲しいですっ」という、強いリクエストをミーア本人から貰った。せっかくなので、自分の物よりも少し良い生地を使ってプレゼントしたのだが、「同じ物が良かったのに……」と言われた時は泣きそうになった。


 とにかく、そんな経緯でミーアの手には「火を起こす魔法陣が描かれたリストバンド」が着けられていた。というか、現在もミーアの右手にはそのリストバンドが巻かれている。

 試験の時、ミーアはそれで的を狙ったのである。


 父親のレクターも魔力が多かったらしく、血のせいかミーアも魔力量は多い。(エメロンの方が多いらしいが)

 そしてアレクと同様に、魔力の制御も上手くはない。

 そのミーアが、遠距離にある小さな的を火の魔法で狙う……。当然の(ごと)く、結果は悲惨なものとなった。


 的は遠く、火が届かない。出力を上げて、より遠くへ。届いたが、的に当たらない。出力を上げて、より広範囲へ。

 全てを力技で行い、確かに的はミーアが放った炎に包まれた。的を吊るした木も、その周辺の草も……。


 放った魔法は精霊の干渉で減衰(げんすい)し、やがて消えるが、ミーアの魔法は簡単には消えはしない。更に、元は魔法であっても燃え広がった炎は既に魔法ではない。そうなってしまえば精霊の力では消えないのだ。


 このままでは大惨事になる、と大慌てでエメロンの水の魔法で消火作業をしたのだった。


「ミーアちゃん……」


「ま、待ってくださいっ! アレは出題が悪かったと思うんですっ!」


「それはちょっと……、ムリがあんじゃねぇか?」


「ロドニーさんは関係ないんだから黙っててくださいっ!」


 ミーアの主張はもう滅茶苦茶だ。

 確かにあの方法で、制御の未熟なミーアの魔法でも合格する事は出来た。だが、他にも方法くらいあったはずだ。というか、試験に合格する為に火事を起こすなんてあって良い筈がない。


 それを出題が悪かったなどという責任転嫁をし、ロドニーには八つ当たりをする……。

 これは少しお仕置きが必要だ。と、同時に考えたアレクとユーキは互いの表情を確認して頷いた。


「ミーア。ちゃんと謝れない子はボク嫌いだな」


「……ぅ。……姉さま」


「そうだな。それに町中で火事が起きちまったら大変だ。せっかくプレゼントしたリストバンドだけど、没収した方がいいかもなぁ?」


「そんなっ⁉ お兄さまっ、それだけはどうかっ‼」


 2人の言葉、特にユーキのセリフは効果抜群だ。


「だったら、ちゃんと謝れる?」


「はい……、ごめんなさい」


「ボクじゃなくて、試験を考えたエルヴィス先生と、火を消してくれたエメロン、それとロドニーにだよ」


「……うぅぅ」


 アレクには素直に謝るミーアだったが、エルヴィス・エメロン・ロドニーに謝るように(うな)すと、(うな)り声を上げてぐずって、今にも泣きそうだ。

 ミーアがユーキ以外の男性陣を良く思ってはいないのは感じていたが、彼らに謝るのがそこまで嫌なのか……。


 このままでは埒が明かないと感じたアレクはユーキを肘で小突き、ミーアに聞こえないように小声で話し始めた。


(ユーキ……)


(もう良くねぇ? ミーアも泣きそうだしよ……)


(ダメだよっ。ボクとミーアの為だと思って……、お願いだよっ)


「ふぅ、しょうがねぇなぁ……」


 小声で話す2人以外、続いた沈黙がユーキの声で破られる。

 呆れるような、諦めたような「しょうがない」という言葉に、ミーアは許しが貰えたのか、と顔を上げた。だが、続けたユーキのセリフにミーアは絶叫した。


「謝れねぇなら、しょうがねぇ。謝れねぇってコトは、反省してねぇってコトだからな。反省しねぇヤツは同じ事を繰り返す。ミーア、リストバンドは没収だ」


「イヤァァッ‼ お兄さまっ! ゆる、許してくださいっ!」


 ミーアの右手を掴んだユーキが、リストバンドに指を掛ける。決して力は入れていない。怪我をさせる訳にはいかないし、ミーアも力ずくで逃げようとはしていないから。

 だが、とうとう(せき)を切ったようにミーアが大粒の涙をポロポロと流し、ユーキに許しを懇願(こんがん)する。


 罪悪感という名の針が、ユーキの胸に突き刺さる。だが、ここで引き下がる訳にはいかない。他ならぬ、アレクの頼みなのだ。


「……っ、だったら分かってるよな、ミーア?」


「ごべっ、ごべんなざいぃぃっっ‼ ヴェルヴィスびぇんびへぃ、ベベロンざん、ヴォドニーざぁん、ごべんなざいぃぃっ‼」


 涙を(ぬぐ)い、鼻を(すす)りながら、叫びを上げて謝るミーア。まさかリストバンドを没収すると言っただけでこんなになってしまうなんて、ユーキも誰も思ってはいなかった。いや、呆れたような表情を浮かべる面々の中、アレクだけが満足そうな笑みを浮かべていた。


「よしよし、頑張ったな。没収なんてしねぇから……」


「うううぅぅぅ~~~っっ」


 顔をユーキの胸に(こす)りつけながらミーアが(うな)る。シャツが涙と鼻水で濡れて気持ちが悪い。が、ミーアを突き放すような事は出来ず、ただ頭を()でてやる事しかユーキに手段は無かった。




「ゴメンね、アレクくん。せっかくの誕生日だったのに、わたしが余計なコトを聞いちゃったから……」


「クララは何も悪くないよっ。悪いコトをしたのはミーアだし、ユーキのおかげでちゃんと謝ったし。ね、ユーキ?」


「あ、あぁ……。まぁ、な……」


 しばらくして泣き疲れたミーアをベッドに運び、ようやく落ち着いた所でクララが謝罪した。

 気にする事は無いとアレクはクララに伝え、ユーキにも同意を求めるが、ユーキはカピカピになった自身のシャツを見て曖昧に答えた。


「ったく、みみっちぃヤツだよな。泣いた女の子に胸を貸す、なんて男のロマンじゃねぇか」


「テメェは他人事だと思って……」


「そうだよねっ。あーあ、なんでミーアはユーキに泣きついちゃったんだろ? ボクじゃ、頼りないかなぁ?」


「そ、そんな事は無いと思うよ? ははは……」


 ロドニーの言葉にユーキは不満を示すが、同時にアレクがロドニーに同調する。さらに姉の自分ではなく、ユーキに抱きついたミーアに不満を漏らす。エメロンがフォローをするが、アレクは不服なようだ。


「まぁ、ミーア君には悪いけどぉ、パーティーの続きといこうじゃあないかぁ。せっかくの料理を無駄にするのも勿体ないしねぇ」


「正論っスけど……、そういう所が嫌われる原因じゃないっスかね……」


「まったくよね。あ、ユーキ、アタシにも飲み物ちょーだいっ」


「リゼット……。お前もエルヴィス先生と変わんねぇよ……」


 こうして一時中断していた、アレクの誕生日パーティーが再開された。

 他愛のない雑談や、学校の課題、これからの遊びの予定、それに進路などの話題も挙がる。


「オレとクララは家業の手伝いだろ? 他のみんなはどうすんだ?」


「俺は保留。孤児院に行ったばっかで、まだ先のコトを考えてる余裕がねぇよ」


「オイラは学校を卒業したら、王都の高等学校に進学するつもりっス」


「へぇ~、そうなんだ……。わたしは町から出た事ないから、ちょっと羨ましいかも……」


 ロドニーとクララは、学校の卒業後も家の仕事を手伝う予定だ。ヴィーノも、昔から役人になるつもりだと言っていたので、進学する事には納得だ。対してユーキは、自分の進路が決まっていない。


 だが、ユーキは深刻には考えていなかった。

 ここ数ヵ月は色々あり過ぎたし、学校の卒業まではまだ4年もある。孤児院には卒業までしか居られないが、その間の衣食住は保障されているし、結局手放さなかった家もある。

 それに、ユーキは独りではない。仲間たちがいるし、頼りになる大人もいる。もちろん頼りっきりになるつもりは毛頭ないが「きっと大丈夫だ」と、そう思うのに十分な根拠がユーキにはあった。


「エメロンとアレクは卒業したらどうするか考えてんのか?」


「僕は、まだ……」


「家の仕事を継がないの? 最近知ったけどエメロンの家、けっこう大きな商会なんでしょ?」


 ユーキが、エメロンとアレクに話題を振るが、エメロンは未だ進路が決まっていないようだ。それを聞いたクララが疑問を投げる。

 エメロンの家が商売をしているのはどこかで聞いた気がするが、商会と呼べるほどの規模だとは初耳だ。けっこう長い付き合いだというのに、エメロンはあまり家の事を話したがらない。


「……うん。父さんは僕に仕事を継がせる気は無いみたいだし……」


「もしかして、悪いコト聞いちゃった?」


「ううん、大丈夫だよ」


 そう言ってエメロンは笑顔を向けるが、どう見ても作り笑いだ。

 今後、あまりエメロンに家や家族の話題は振らない方が良さそうだと、その場の全員の意見が一致した。


「まぁ、きぃっとエメロン君なら、どんな職場でも引く手数多(あまた)さぁ」


「そうかぁ? エメロンはあんま覇気がねぇし、そこまでべた褒めすんのが分かんねぇけど」


「ロドニー君、確かにエメロン君に覇気は無いかも知れないけど、それ以外の能力は凄いよぉ? 特に記憶力は特筆ものだねぇ。複雑な魔法陣だって一目見ただけで模写(もしゃ)できたからねぇ」


「そ、そんな事ないですよ……」


 沈みかけた空気の中、エルヴィスがエメロンを持ち上げる。ロドニーは否定をするが、アレクとユーキは知っている。エメロンは意外と凄いのだ。

 エルヴィスの言う通り、記憶力は凄いし、魔力が高いのに制御も上手い。意外と運動神経も良く、体力もある。知識も豊富で、頭の回転も速い。本当に、覇気が無い事くらいしかエメロンに欠点など無いのだ。


「そんなコトあるってっ。エメロンは凄いんだよっ」


「そうだな。もしエメロンに覇気と度胸があったら、物語の主人公にだって負けやしねぇよ」


「ちょっと2人共やめてよっ。持ち上げ過ぎだってっ」


 エルヴィスの意見に同意するアレクとユーキに、エメロンは慌てて制止する。その様子を見たロドニー、ヴィーノ、クララの3人は少し(いぶか)しげだ。

 エメロンが勉強が出来るのは知っている。地の頭が良いのか、6人の中で成績が最も良い。

 しかし運動神経は、真ん中からやや下くらいではないだろうか?明らかにロドニーやユーキの方が運動は得意だ。

 魔法についてはサッパリだが、覇気が無い事は断言できる。

 3人はこれらの共通認識から、エメロンは「頭が良いが、それ以外は並以下」という評価だった。


「何かやりたい事とか、なりたい職業は無いんっスか? 勉強は出来るんだから、その気になれば官僚とかにもなれるかもっスよ?」


「……ねぇ、ユーキ。官僚って、何する人?」


「俺に聞くなよ……。俺も知らねぇよ」


「まぁ、簡単に言うと、国の色んな事を決める偉い人たちの事っスよ」


 勉強が出来ればなれるというものでも無いだろうが、成績の悪い者がなれるものでもないだろう。あくまで一例として、ヴィーノは官僚を挙げた。


「う~ん、ピンとこないなぁ。別に僕、偉くなりたい訳じゃないし……。それより、少し考えてる事があるんだ」


「え、なになに? やっぱり頭を使う仕事? それとも魔法関係の仕事かしら?」


「ちょっとそういうのとは違うけど……。その前に、アレクはどうするつもりか聞いていい?」


 エメロンは官僚には興味を惹かれないようで、高い地位を目指す訳でもないようだ。ただ、何かを考えてはいるらしい。

 クララが興味深げに探るが、エメロンはまず、アレクの進路を尋ねた。


「んだよ、勿体つけてんじゃねぇよっ」


「まぁ、いいじゃねぇか。アレク、お前進路とか考えてんのか?」


「貴族令嬢の進路って言ったら、政略結婚とかっスか? アレクには縁が無さそうっスねぇ」


「あら、分からないわよ? もしかしたら許婚(いいなずけ)なんていたりして……」


 それぞれが好き勝手に物を言う。

 もちろんアレクに許婚(いいなずけ)など存在しないし、成り上がりの辺境男爵の令嬢に政略結婚の話などやっては来ないだろう。バーネット家の方から持ち掛ければ可能性もあるが、アレクの両親を見れば、娘を政略結婚の道具に使うような人たちには見えはしない。


「ん~、進路とか仕事とかは考えてないけど、学校を卒業したらやりたいコトがあるんだ」


「やりたい事?」


 この時、ユーキは忘れていた。ユーキだけでなく、ロドニー、ヴィーノ、クララの3人も……。

 今年の初め、慰霊祭の日に、ユーキの家でアレクが何を宣言したのかを……。


「それで、エルヴィス先生に頼みがあるんだけど……、先生のリング、ボクにくれない?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ