第11話 「3年間の成果(後編)」
「ここは古典的に、的当てといこうじゃあないかぁ」
「マト当て? ボール遊びと魔法が何か関係あんのかよ?」
「ユーキ君。言葉は同じだけど、ボール遊びの方じゃあないよ。君たちの魔法を、この鉄板に当てて欲しいんだなぁ、これが」
的当てと聞いて、ユーキはボール遊びのマト当てと勘違いをする。それを察したエルヴィスが訂正をするが、どうやら行う内容はあまり変わりはないようだ。ただ、ボールではなく魔法を当てる。そして妨害する者はいない。違いと言えばそれくらいだ。
ただし、的の大きさはかなり違う。クラスメイト達とたまにするマト当ての的は、大人が隠れる事が出来るくらいの大きさだが、エルヴィスが取り出した鉄板の大きさはユーキの顔よりもひと回り小さい。
そしてエルヴィスは「少ぉし待っててね」と言ってスタスタと歩いていき、少し離れた場所にあった木の枝に鉄板を吊るした。目算なので正確ではないが、ここから鉄板までは30mくらいはある。
「いやぁ、天気が良くて風もない。こぉんな好条件なら楽勝かなぁ?」
「ふざっけんなよっ! あんな距離、みんなはともかく俺の魔法が届くワケねぇだろっ!」
「……私も、あんなに遠いと上手く当てる自身はありません」
戻ってきて早々、まるで煽るようなエルヴィスの言葉にユーキが文句を言う。
大気の精霊の影響を大きく受ける『象形魔法』では、その距離と共に威力が減衰していく。遠くまで魔法を放つには、多くの魔力を込めるしか手は無いのだ。
だがユーキの魔力は相変わらず少なく、その限界距離はせいぜい2~3mだ。30mの距離など届く訳がない。
魔力が多いと言われているアレクやエメロンはもちろん、平均的な魔力量よりも少しだけ高いミーアも距離の問題は無さそうだ。だが、ユーキの魔力は絶望的に少ないのである。
「なぁにも、魔法そのものを当てなくてもいいんだよぉ? この位置から魔法を使って的に当てる。これが出来れば合格としようじゃあないかぁ」
「……それならそうと早く言えよ。エメロン、下敷き持ってたろ? 少し貸してくれよ」
「え? うん、いいけど……」
「ユーキ、何とかなるの?」
「ま、少し待ってろって……」
テストのルールを聞いたユーキは、エメロンから下敷きを受け取り、自分の鞄から紙とペンを取り出した。そして淀む事なく、サラサラと紙に魔法陣を描いてゆく。
そして足元から小石を拾い、右手の平に魔法陣の紙、その上に小石を置いて、的に向けて狙いを定めた。
「よし、行けっ」
数秒後、的を捉えたユーキは小さく呟いて、魔力を放った。
先ほど描いた魔法陣が淡く光り、同時に手の平に乗せた小石が的に向かって一直線に飛んで行った。そして少し遅れて……。
”カーンッ”
小石が鉄板を叩く、高い音が鳴り響いた。
「やったぁっ! さっすがユーキっ! ねぇ、今のどうやったの? ボクにも教えてよっ」
「落ち着けって。ただ、石ころを風の魔法で飛ばしただけだっつーの。俺の魔法はすぐ消えても、石は魔法じゃねぇからな」
「謙遜しないで下さい。あんなに遠くて小さい的に当てるなんて、お兄さまにしか出来ません」
「アンタ、ホントに小器用よねぇ」
見事に的に当てたユーキを、アレクとミーアが褒め称える。……リゼットのは決して褒め言葉ではなかったが。一方でエメロンは驚きに言葉を失っていた。
ユーキの魔力制御が優れているのは知っていた。だがユーキが言った通り、撃ち出した小石は魔法ではない。撃ち出した後のコントロールなど不可能だ。
魔法陣だって、たった今即席で描いたものだ。緻密に計算されたものではない。
勘か、経験か、才能か……、とにかくユーキは、その場の在り合わせで小さな的に当てたのだ。ミーアの評価は、決して過大ではない。
「まぁったく、ずぅいぶんと簡単に当てたねぇ?」
「ま、当てるだけならな。エメロン、サンキュ。お前のおかげで合格できたぜ」
「う、うん……、いや、本当に凄いよ。僕にはとても真似できないよ」
エメロンの賛辞は心からのものだった。
「ユーキはスゴイ」。アレクが度々口にしているが、それはエメロンも同感だった。しかし今日、これほどユーキを凄いと思ったのは初めてではないだろうか?エメロンがユーキを凄いと思っていたのは、主にその精神性だったからだ。
ユーキは強者に屈さない。ユーキは仲間を見捨てない。ユーキは絶対に弱音を吐かない。エメロンは、そんなユーキを好きだったし尊敬していた。
だが、今見せた方法はエメロンには出来ない。出来る自信が無い。
そんなエメロンはこの時、確かにユーキの才能に「嫉妬」していた。
「それじゃあ、お次はエメロン君、いってみようかぁ?」
「は、はいっ」
ユーキに気を取られていたエメロンは、エルヴィスからの指名に戸惑いながらも気を取り直し、的を見つめる。
30m程の距離の的は非常に小さく見える。恐らくユーキのように一直線に魔法を飛ばしたのでは、一度で当てる事は難しいだろう。ならば、別の方法を取ればいい。
そう結論を出したエメロンは、鞄から1冊の本を取り出してページをめくった。
「エメロンはどうするのかな?」
「普通に魔法を撃つんじゃねぇ? エメロンなら魔力量も制御も、問題ねぇだろ」
「……むぅ」
単純にエメロンの手段を楽しむアレクに、エメロンへの信頼を言葉にするユーキ。それを見たミーアは何が不服なのかむくれている。彼らの声は当然エメロンの耳にも入っていた。
失敗したくない……。アレクに良い所を見せたい……。ユーキの信頼に応えたい……。ユーキに、負けたくない……。そんな気持ちがエメロンの心を支配する。
「……いきますっ!」
意を決したエメロンが、掛け声と共に開かれた本の、描かれた魔法陣に手を乗せ魔力を送る。魔法陣は眩い光を放ち、エメロンの前方の50㎝辺りから大量の水が放たれた。
その水流は、的へと向かって弧を描いて放たれる。が、どう見ても的まで届きそうにない。
「あぁ~っ! 勢いが足りないよっ、エメロンっ!」
「……まだだっ!」
アレクが落胆の声を上げるが、エメロンは諦めてはいない。
手から更に魔力を放出し、魔法陣へ……、そして水流へと伝える。すると水の流れが突然変わり、水流が重力に逆らい空中で、まるでヘビのようにウネウネと動き出した。
「……すっげぇ」
まるで演劇やサーカスの演目だ。出力が制限され、用途も限定的な『一般魔法』ではこうはいかない。魔力の少ないユーキには、制御の下手なアレクにはこうは出来ない。
遠くの中空を自在に舞う水のヘビに、アレクとユーキは目を奪われていた。
そして……、水のヘビの頭がとうとう的を飲み込んだ。
「す……っごいやっ、エメロンっ‼ すごくカッコよかった!」
「あぁ、ホントにな。こんな派手なコトされっと、俺のがショボく見えんじゃねぇか」
「見える、じゃなくて実際にショボいんじゃない?」
エメロンの魔法に素直に感嘆したユーキは、自分の魔法と比べて軽くやっかむ。しかし、この言葉に反応したのはリゼットだった。
それを聞いたエメロンは、申し訳ない気持ちになってしまう。
「あ……、ご、ゴメン……」
「バカ、ただの僻みだよ。エメロン、お前ホントスゲェよ。あと、リゼットは覚えてろよ」
「あ、ありがとう……。へへ……」
アレクとユーキの賛美に、エメロンは戸惑いながらも嬉しくなる。
それはそうだ、2人のこの反応が欲しくて頑張ったのだ。だって、ただ試験を合格するだけなら……。
「確かに凄かったですけど、少し演出過多じゃありませんか?」
「そうだねぇ。たぁだ的に当てるだけなら、あんなにクネクネ動かさなくても、水の勢いを調節するだけで出来ただろうからねぇ。たぁだ、これもエメロン君の成長の成果だと思おうじゃあないか」
そう、ただ的に当てるだけなら、エルヴィスの言う方法の方が簡単だった。なのに、水のヘビを空中で躍らせるなどという手段を取ったのはエメロンの見得だ。
それを指摘されたエメロンは、まるで悪い事をしてしまったかのような罪悪感を感じてしまう。
「もうっ、ミーアっ。そういう言い方しちゃダメだよっ。まったく、ユーキのコトは素直に褒めるのに、なんでエメロンは褒められないのさ?」
「……だって、姉さま」
「俺もアレクに同感だ。エメロンの魔法はスゲェし、俺にゃ真似できねぇ。それをミーアが文句言ってるの見てると、なんか寂しい気持ちになるな」
「お兄さま……。……むぅ。……エメロンさん、私が悪かったです。先程は申し訳ありませんでした」
「あ、いや、うん。いいんだよ。ミーアの言った事は間違ってないし……」
アレクとユーキの2人に諭されて、ミーアが謝罪をする。
2人が庇ってくれるのはとても嬉しい。……だが、このままではいけないとエメロンは考える。2人は友達だ。対等でありたい。だが、2人に庇われて守られた記憶はあっても、その逆の記憶は無い。
いつか……。2人がエメロンを気遣う必要が無くなるくらいに……、逆にエメロンが2人を守れるくらいに強くなりたい。そう、エメロンは考えた。
「さぁて、ユーキ君とエメロン君が合格した事だしぃ、そろそろ本命のアレク君の出番だよぉ」
「よぉしっ!」
「姉さま、頑張って下さいっ」
エルヴィスに指名されたアレクは、腕まくりをして気合を入れる。
だが、やる気十分のアレクと声援を送るミーアの2人とは裏腹に、ユーキとエメロンの2人は不安気に互いの顔を見合わしていた。
「あの、エルヴィス先生。その……、アレクも僕たちと同じ条件なんですか?」
「どういう意味ですか、エメロンさん?」
「アレクの場合、魔力量がバカ高いからな。ヘタに魔力を注ぎ込み過ぎるとアブねぇって話だよ」
ユーキとエメロンが危惧していたのは、アレクが魔力を暴走させはしないかという事だった。
なにせ、つい先程「町や村くらいなら簡単に吹き飛ばせる」と聞いたばかりである。不安になるのも致し方ない。
「もぉちろん、アレク君には特別に条件をつけさせてもらうよぉ。「的の鉄板を破壊しない」。こぉれがアレク君の合格条件だ」
「えぇっと、壊さなきゃいいんだよね? ……う~ん、上手く出来るかな?」
エルヴィスの条件を聞いた途端に先程のやる気はどこへやら、アレクは不安気な言葉を零した。
的に魔法を当てるだけなら、魔法の方向をコントロールするだけで良い。だが、鉄板を破壊しないという条件が付くと、アレクにとっては難易度が跳ね上がる。
当然、鉄板を破壊しないように魔力量を絞る必要があるが、絞り過ぎると的まで魔法が届かない。その出力の調整は、常人にとっては調整と呼ぶのもおこがましいが、アレクにとっては非常に困難な作業だった。
「アレク、『根源魔法』より『象形魔法』を使った方がいいんじゃねぇか?」
悩むアレクを見かねたユーキは、『根源魔法』ではなく『象形魔法』を使う事を提案した。
効果や範囲、出力や指向性などを全て術者の感覚で行う『根源魔法』よりも、魔法陣によってある程度が決定する『象形魔法』の方が、この試験に有利だと考えた為だ。
「ん~……、ううん、折角だし≪消滅の極光≫でやってみる。だって、この魔法のコントロールが出来なきゃいけないんだよね?」
≪消滅の極光≫とは……、アレクが初めて『根源魔法』を使用した時に放った光線の魔法名である。
もちろん、アレク自身が命名した。あまりにも「らしすぎる」その名前に、ユーキもエメロンも聞いた時は苦笑いをしたものだが、本人が気に入っている様なので良いだろう。
それはともかく、アレクはユーキの提案を拒否して『根源魔法』で挑む事を決意したようだ。
これはアレクが『根源魔法』を暴走させる事が無いという事を証明する為の試験なのだ。ならば、『根源魔法』で挑むのが筋というものだろう。
「うんうん、出題意図を汲み取ってくれると先生としては嬉しいねぇ。でぇも、ちゃんと合格しないと花マルはあげられないなぁ」
「……うんっ! きっと合格するから見ててよっ!」
元気よく返事をしたアレクは、決意を決めて的に正対する。そして静かに精神を集中させて、右手を前に、的に向けて魔力を集める。
(あっ、魔力が多すぎるよっ。少し減らさなきゃ……、あっ、今度は消えちゃった。もう一度集めて……。それから、魔法を撃つと反動もあるよね? 踏ん張るために、腕、肩、腰、脚も強化して……、メンドウだな。全身強化しちゃお。あっ、右手に集めた魔力が……)
魔力を集めて、減らして、また増やして……。途中で反動に気付き、要所を強化しようとして結局全身を強化する。そうこうしている内に、集めた魔力が霧散している事に気付いて、また右手に魔力を集める……。まるで転がるガラス玉のように、気を抜くと魔力が勝手に動いて安定しない。
周囲からは、アレクが微動だにせず精神を集中させているだけに見えるが、アレクの内心は精神の集中とは程遠い心理状態だった。
そんな、周りから見ると何の変化もない時間が数分間続いて、ようやく魔力の調整が終了した。
(よぉし、右手の魔力はこのくらいだよね? 踏ん張る為に全身も強化したし、あとは狙いをつけて的に当てるだけだ。……慎重に、……慎重に)
魔力の調整は完了したが、それでもまだ撃つ準備は整ってはいなかった。
狙いをつけて撃つだけ、という状態ではあるが、アレクではエメロンのように魔法を自在に操る事は出来はしない。一直線に飛ぶだけだ。
とはいえ、ユーキだって同じか、もっと難しい方法で見事に的に当てたのだ。アレクは(ボクだって……)と、強い対抗心を2人に燃やしていた。
「≪消滅の極光≫ーーっっ‼」
掛け声と共に、アレクは魔法を放った。右手から白光が放たれ、真っ直ぐに的へと向かう。だが――。
”メキィッ!”
アレクの魔法は的の鉄板ではなく、それを吊るした木の幹に直撃した。
魔法の衝撃で枝を揺らし、直撃した箇所は皮が毟れている。
「えへへ、失敗しちゃった」
「まあ、惜しかったじゃない。ユーキの魔法よりはよっぽど凄いんじゃない?」
「そうですよ、もう一度やれば絶対に当てれますっ! でもリゼット、お兄さまの魔法も凄いですよ?」
残念ながら的に当てる事の出来なかったアレクを、リゼットとミーアが慰める。だが、アレクは別に気落ちしてはいなかった。もちろん合格できなかったのは残念だが、魔力の制御は思った以上に上手くいった。
それにリゼットはそんな風に言うが、ユーキは凄いのだ。もちろんエメロンも同じくらい凄い。2人共、魔法もそれ以外も、凄くて尊敬できる自慢の親友なのだ。
そんな2人の様になりたい。その2人の凄さと、自分との差を確認できただけでアレクは満足だった。
「確かにミーアの言う通り、もう一度やれば成功しそうですけど……。エルヴィス先生、再試験ってアリですか?」
「いんや、必要ないんじゃあない? 時間はかかったけど魔力の制御はちゃあんと出来てたし、ほんのちょっと的から外れただけだしねぇ。文句なしの合格とはいかないけどぉ、まぁ魔力の制御に関しては及第点といった所じゃないかなぁ、これが」
何とか再試験で合格できれば、と考えたエメロンがエルヴィスに尋ねるが、エルヴィスは再試験の必要はなしと考えた。
そもそもは、アレクの魔力制御を確認する為の試験だったのだ。アレクの放った魔法は、威力や規模に問題は無かった。……自身の身体強化に関しては少々雑だったが、それも許容範囲といえる。命中精度が問題だった訳だが、これも見当外れの方向に飛んだという訳ではない。
エルヴィスの結論としては、アレクは魔力の制御は出来ている。というものだった。
もちろんヘタクソではあるが、無意識に魔法が暴発する可能性は極めて低い、と考えられた。
「及第点ってコトは……、一応合格ってコトでいいのか?」
「ま、そういう事でいいんじゃあないかなぁ? ってことで、試験は無事終了~。これで僕もお役御免ってワケだねぇ」
「えっ、私は?」
「一応」という言葉は付いたが、アレクも合格という事で一安心した。
そして3人が合格した所でエルヴィスが締めに掛かるが、そこでミーアが疑問の声を上げた。疑問に思ったのはミーアだけではない。エルヴィスを除いた全員が、ミーアを無視して試験を終了しようとするエルヴィスに疑問を抱いた。
「ミーアは試験をしねぇつもりか?」
「えぇ~、したいのかい?」
確認をするユーキに、エルヴィスはあからさまに不満気だ。
「仲間外れは良くないよ?」
「そうよっ。ケチ臭いコト言ってないでやればいいじゃないっ」
「はぁいはい。やればいいんでしょう、やればぁ」
そんな流れで試験の最期、大トリは最年少のミーアが行う事となったのだった。




