第10話 「3年間の成果(前編)」
「いやぁ、ユーキ君。たった1週間で随分とボロボロだねぇ? 孤児院に行ったのは失敗だったかなぁ?」
「うるっせぇよ。失敗かどうかなんて、まだ分かんねぇだろ」
孤児院に行ってから1週間。ユーキは、レックスたち3人から様々な嫌がらせを受けていた。
ある時は服に虫を仕込まれ、ある時はトイレに閉じ込められ、ある時は水を浴びせられ、ある時は風呂のお湯が水になり、ある時は食事に大量のタバスコを振りかけられ、そしてまたある時は暴力を受けた。
……ハッキリ言って、嫌がらせの域はとうに超えている。
今日はエルヴィスが行う魔法の授業の日だ。
ユーキが孤児院に行き、ユーキの家に住む事が出来なくなったエルヴィスは現在、アレクの家に居候している。その為、座学の日はバーネット家で授業を行うように変更された。もっとも、今日は実技の授業なので町の外の街道沿いまで出てきているが。
「そんなの、ぶっ飛ばしちゃえばいいじゃないっ。全員、ユーキよりも年下なんでしょ?」
既にエルヴィスに存在を知られ、他人の姿のない町の外である為に、身を隠す必要のないリゼットは自由に飛び、そんな事を言い出す。
「んなコト出来るかよ。だいたい、内2人は女の子だぞ?」
「アレクのコトは殴ったクセに……」
「いや、あれは……」
暴力で解決しようと過激な事を言うリゼットを窘めるが、アレクとのケンカの件を持ち出されれば返す言葉が出ない。それはそうだ。アレクを殴っても良くて、カーラとシンディを殴ってはいけない正当な論理などありはしない。
もちろん、アレクだって殴って良い訳がない。その事が分かっているからユーキは返事に困った。
「ユーキはボクを殴ったのに、他の子は殴れないの?」
「う……、そ、それは……」
「姉さま。それはお兄さまが、姉さまを特別だと思っているからですよ」
「特別? そうなの?」
返事に詰まるユーキに、アレクが追い打ちをかける。その瞳には悪意の欠片も感じられない。ただ疑問をそのまま口にしているだけだ。
だが、それがユーキには一番効く。
バーネット姉妹への対応に困るユーキを見かねたエメロンは、助け舟を出す為にさりげなく話題を変えた。
「まぁ、それはともかく、3人の内の2人はミーアと同じクラスなんでしょ? どんな子たち?」
エメロンの言う通り、レックスとカーラは学校でミーアと同じクラスの筈だ。彼らの事を知ろうとするならば、ミーアに聞くのが手っ取り早い。
ちなみにアレクはレックスと同じ9歳だが、学年が決定する数日前がアレクの誕生日なのでクラスが違う。もしアレクがあと数日、生まれるのが遅ければ、ユーキたちとクラスメイトにはなる事にはならなかった。
「2人とも、普通の子たちですよ? いきなり乱暴をするような子たちではないと思うんですけど……。すいませんっ、お兄さまを疑ってるワケじゃないんですっ」
「いや、いいって。わかってっから」
「ユーキ、アンタが何かしたんじゃないの?」
「してねぇよっ! 初対面で自己紹介したら、いきなり蹴られてビンタだぞっ⁉」
ミーアの評価では2人に特に問題は無く、クラスでも周りに迷惑をかけるような子たちでは無いそうだ。それを聞いたリゼットはとんでもない嫌疑をユーキにかけた。
必死に抵抗をするユーキだったが、そもそもユーキが本当に何かをしでかしたと考えている者はいない。
「エルヴィス先生は何か分かりませんか?」
「あっ、そうだねエメロンっ。エルヴィス先生なら何でも知ってるもんねっ」
「アレク君。前にも言ったけど、僕は人の心の中を知る事は出来ないんだよぉ。まぁ、実際に起きた事を知って、それを基に彼らの考えを予想する事くらいは出来るけどぉ……、こぉれは教えてあげないんだなぁ、これが」
「えーっ、なんでーっ⁉」
エルヴィスの能力を使えば、起きた事実であれば何でも知る事が出来る。レックスたち3人の過去の出来事を知る事が出来れば、なぜユーキに対してあれだけの敵意を向けているのかも分かるだろう。
だがエルヴィスは、そうする事が可能であると断言しながらも、それを教える事を拒否した。
「なんでよっ! ケチっ!」
「そうですよっ。ウチに来てから家事もせずにぐーたらしてるんですから、こんな時くらい役に立ってくださいっ」
「ミーア君、そぉれはいくら何でも辛辣過ぎやしないかぁい?」
出来るのに教えない、そう言ったエルヴィスに女性陣は非難轟々である。特にミーアは情け容赦がない。
しかし、口々に文句を言う女性陣に対して、ユーキとエメロンは宥めにかかった。
「みんな待ってよ。きっとエルヴィス先生にも考えがあるんだよ」
「そうだな。「何でも人に頼ってちゃ、立派な大人になれません」ってケイティ先生も言ってたしな。大体そういうコトだろ?」
「概ね、正解だねぇ。特に、僕の能力は反則みたいなものだからねぇ。こんなのに頼ってちゃあ、ロクな大人になれないよぉ?」
「あっ、なるほど……。すごい説得力があります」
限定的とはいえ、「何でも知る事が出来る」能力。それは本人が語る通り、反則と言って差し支えないだろう。なにせ神の力の一端なのだ。
そんな力に頼る事を子供の時から慣れてしまえば、自分で考える能力が育たない。そのまま大人になってしまえば、それはきっとロクな大人ではないだろう。
その話を聞いたミーアは、いち早く納得する。「ロクな大人になれない」と言ったエルヴィス本人を見つめて……。
「ん~? よく分かんないけど、ユーキとエメロンがそう言うなら教えてもらわない方がいいってコト、だよね?」
「使えるモンは何でも使えばいいのに。ま、好きにすればいいけど~」
アレクはよく分かっていないまま、ユーキとエメロンへの信頼感から納得する。
リゼットは納得してはいないが、そもそもどうでも良さそうだ。
なぜか、男性陣と女性陣の温度差が激しい。
「はぁいはい。おしゃべりはそのくらいにして、そぉろそろ授業を始めるよぉ? いい加減にしないと、喋ってるだけで日が暮れちゃうからねぇ?」
エルヴィスの合図を皮切りに、おしゃべりを中止して授業に取り組む。
「エルヴィス先生、今日は何をするんですか?」
「……もうすぐ君たちに魔法を教えて3年になるねぇ。だから、今日は君たちの成果を見せて貰う事にしようかぁ。特にアレク君のをねぇ」
「ボク?」
成果を見せる……。有り体に言えばテストをするというのだ。
アレクを特に注目すると宣言したエルヴィスに、アレクは首を傾げる。それはアレクだけでなく、他の4人も同様だ。
それを見たエルヴィスは、自分が魔法の家庭教師をする事になった経緯を説明する事にした。
「そぉもそも、僕が君たちに魔法を教える事になったのはサイラス君とレクター君……、ユーキ君とアレク君のお父さんに頼まれたからなんだなぁ」
「そりゃ……、知ってるけどよ」
「なぁぜ頼まれたか、もかい?」
エルヴィスが家庭教師になったのは2人の父親たちの意思である。その事自体は随分前、エルヴィスと出会った前後の頃から知っていた。だが、父親たちがなぜアレクとユーキに魔法を教えようとしたのかは謎のままだ。
答えを知らないユーキは、エルヴィスの問いに首を左右に振った。
「問題はアレク君なんだなぁ、これが。アレク君の魔力の強さはハッキリ言って異常だねぇ。君がもし、全力で魔法を使えば町や村くらい簡単に吹き飛ばせるだろうねぇ。もしかすると小さな国くらいでもいけるかも?」
「ジョーダン……っ、じゃあ、ねぇんだよな?」
「もぉちろん。更に加えて、アレク君は魔力の制御が壊滅的にヘタクソだぁ。それだけならぁ、『戦闘魔法』の魔法陣から遠ざければいいだけだけどぉ……」
「アレクは、『根源魔法』が使える……」
「エメロン君、せぇ~かい」
エルヴィスの説明は、ある意味予想通りの……、だが予想以上のものだった。
アレクの魔力が高い事は、授業の最初の方で明かされていた。だが、その魔力で全力を出せば町や村、挙句に小国を吹き飛ばすなど想像の外だ。
更に『根源魔法』の存在が、アレクの危険性に拍車をかける。
『根源魔法』には他の魔法と違い、呪文や魔法陣を必要としない。エルヴィスの説明では、魔力と意思があるだけで発動できるのだ。もちろん、魔力の制御と魔法のイメージは必要だという事だが。
「もし、姉さまが「全部消えちゃえっ」っていう風になっちゃったら……」
「文字通り、全部消えちゃうんじゃあないかなぁ? そこの妖精さん以外はねぇ。影響の範囲は……、予想がつかないねぇ。シュアープは無事かも知れないし、ひょっとするとエストレーラ王国が地図から消えるかもぉ? どちらにしても今この場でそうなったら、僕たちはこの世とサヨナラだねぇ」
「そんなコト考えないよっ⁉」
「もしもの話だよ、アレク。エルヴィス先生、もしそうなったらアレク自身は……?」
「『根源魔法』か何かで、放出する以上の力で身体を守れば無事かもねぇ。そうでないなら、アレク君も一緒にあの世行きさぁ」
ミーアが最悪の想像を口にする。その予想結果は……、文字通り最悪だ。エルヴィスであっても、その被害規模は予測不能らしい。
だが、ここまで聞いた子供たちは、父親たちがなぜエルヴィスに魔法の家庭教師を依頼したのかを理解した。
「姉さまに魔力の制御を覚えさせようと父さま達がエルヴィス先生に依頼した、という事ですか?」
「確実性に欠けませんか? 他にもっと有効な方法は無かったんですか?」
「有効な方法ねぇ……。エメロン君、一番有効で手っ取り早い方法は、アレク君を死なせちゃう事なんだよ?」
「アンタ、極端にモノを言えばいいってもんじゃないでしょ。他にマトモな案は無かったのかって聞いてんのよっ」
「同じ事だよぉ。強制的に魔力を抑える方法も幾つかあるけどぉ、どれも副作用や後遺症なんかがあるし、命の危険も高いんだなぁ、これが。他の方法をとった場合、アレク君は20歳まで生きられないだろうねぇ」
エルヴィスから語られる話は、どれも絶望的なものばかりだ。
もし、アレクがその気になれば。もし癇癪でも起こしてしまえば、ヘタをすれば国家レベルの大災害を生む可能性がある。そして、それを確実に起こさせない方法が、アレクを死なせる事だとは……。
父親のレクターが一縷の望みを懸けてエルヴィスに託したのも、恐らくは苦肉の策だったのだろう。
「アレクの事は分かりました。じゃあ、ユーキは? 確かユーキも最初から魔法を勉強する予定だったよね?」
「ん……、ああ。そういや、そうだったな。エルヴィス先生、俺も何か理由があんのか?」
「いいんや? 君はただ、サイラス君の息子だから僕が興味あっただけだねぇ。都合よくアレク君と友達だったみたいだしぃ、これぞ神のお導きかぁもねぇ」
アレクの事に納得したエメロンが、続けてユーキが魔法を勉強する事になった理由を尋ねる。
それを聞いたユーキは(もしかすると俺にもアレクみたいなスゲェ力が……?)などと一瞬期待したが、エルヴィスの答えにガックリ肩を落とす。
「ま~ぁ、そういうワケだから、アレク君には魔力の制御がしっかり出来る事を証明して貰わないといけないんだなぁ」
「で……、具体的に何すんだよ?」
「ここは古典的に、的当てといこうじゃあないかぁ」
そう言ってエルヴィスは、背負っていたリュックから金属製の板を取り出した。




