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第9話 「ユーキの決断」


「って話があったんだよ」


 バーネット家での話を終えて帰宅したユーキは、夕食の席でエルヴィスに今日の出来事を報告をしていた。

 ちなみに本日の晩御飯は、魚のムニエルと野菜スープ、それにパンとサラダだ。


「ふぅ~ん、いい話じゃあないかぁ。それじゃあユーキ君は、アレク君の家にお世話になるのかい?」


「いや、その話は断った」


「おやぁ……? どうしてだい? こう言っては何だけどぉ、他のお友達の所に世話になるよりも良いと思うけどねぇ」


 エルヴィスの疑問は当然のものだった。

 バーネット家は下級とはいえ貴族だ。当主のレクターが亡くなったとはいえ、跡継(あとつ)ぎのヘンリーは成人しているし、生活が困窮(こんきゅう)する様な事にはならないだろう。

 バーネット一家の人となりも問題ない。ユーキは全員と面識があるし、その関係も良好だ。

 遺族年金の問題もクリアできる。というより、ユーキから聞いた話によればエリザベスとヘンリーは、ユーキを引き取る話をする為に遺族年金の話を持ち出した可能性が高い。


 今後、ユーキが身を置く環境としては破格の条件だと言えた。だが……。


「俺は1人じゃ何にも出来ねぇガキだけど、まだ出来る事をしてねぇからだよ。……「いつでも自分の出来る限りの事をしろ」って教えられて育ったもんでよ」


「バーネット家に厄介になるのは「出来る限り」じゃあないってコトかなぁ?」


「それじゃあ、人に頼ってるだけで自分は何もしてねぇだろ? アレクんチに行っても、俺に出来る事なんて何にもねぇよ」


 ユーキの語る理由は、他人には少し理解し(にく)いものであった。

 「出来る限り」というのが最高の結果や環境を求める、という意味であったのならバーネット家に世話になるのが最善だろう。しかしユーキは「自分が行動する」事が重要だと考えているようだ。

 なるほど、確かにそれならバーネット家でユーキの出来る仕事は少ないだろう。


「なら、ロドニー君かクララ君の所かなぁ? 彼らの所ならお店の手伝いも出来るだろうしねぇ」


 ロドニーの家は製麺屋、クララの家は弁当屋である。

 ユーキは2人の店で料理の勉強をさせて貰っていたし、軽い手伝いの経験もある。一緒に住む事になれば、本格的に仕事を覚える事にもなるだろうし、現時点でも足手纏いにはならない程度の実力はあるという自負がユーキにはあった。


 エルヴィスの予想は順当とも言えた。だが、ユーキはこれにも首を振る。


「いや、俺は孤児院に行こうと思ってる。俺と同じ境遇の子が3人いるらしいんだ。何か力になれるかも知れねぇし、俺は家事は一通りできるから、孤児院の手伝いだって出来る……、と思う」


「なんだか自信なさげだねぇ。それがユーキ君の言う、「いつでも自分の出来る限りの事をする」ってコトなのかなぁ?」


「……あぁ。きっと、こうするのが一番いいと思う」


 エルヴィスは理解した。ユーキの言う言葉の意味は全体主義的な思想だ。

 利己を求めてはいない。より高みを目指している訳でもない。己を全体の一部として考え、全体の利益を求めて、その中で「自分の出来る限りの事をする」……。あえて一言で言うのなら「滅私の全体主義」といったところか。

 そう考えるのならば孤児院という選択は、全体の支出が最も少なく、ユーキが活躍する場が多い可能性が高い。


「しかし、ずぅいぶんと極端な教えだねぇ。その言葉、サイラス君のセリフじゃあ無いね?」


「……母ちゃんだよ。知ろうと思えば知れんだろ?」


「僕だって、何でもかんでも手当たり次第に知ろうとするワケじゃあないさぁ。ちゃあんとプライバシーには配慮してるよぉ?」


 能力を使わずとも、ユーキへの教えがサイラスのものでない事はすぐに分かった。

 サイラスは、手を抜く事が出来るのなら極力サボる性格だ。こんな自己犠牲的で、自身に厳酷(げんこく)な考えを持つ筈がない。


「それでさ……、俺は孤児院に行くから、この家はエルヴィス先生が使ってくれて構わねぇよ」


 話を変えて、ユーキが家をエルヴィスに譲ろうという意思を伝える。

 確かにユーキが孤児院に行けば、この家に残るのはエルヴィス1人だ。所有権はともかく、家の管理をエルヴィスに任せるのは悪くない選択に思えた。


「……そぉれはムリがあるねぇ。エストレーラ王国の法律じゃあ、自国民以外が土地や建物を所有する事は出来ないし、外国人だけで住むと不法占拠と見なされる」


「え、そうなのか?」


「そぉなんだなぁ、これが」


 ユーキには初耳の情報がエルヴィスの口より語られる。

 これをユーキが知らなかったのは仕方がない。法律の内容など、大人であっても細かく知っている者は殆どいない。エルヴィスが知っていたのは、例の能力を使ったからだろう。


「んじゃあ、エルヴィス先生が王国民になればいいんじゃねぇ?」


 名案とばかりにユーキが言う。

 8歳の頃、ユーキはサイラスと共にシュアープに移住した。それ以前に住んでいたレゾールの町はクライテリオン帝国だ。

 当然、国籍変更の手続きをした筈だが、その時はサイラスが殆ど行っていた為、ユーキは手続きの詳細は知らない。とはいえ、サイラスに出来てエルヴィスに出来ないという事はないだろう。


 だが、事はそう簡単ではなかった。


「ざぁんねんだけど、僕は国籍を取る事は出来ない。エストレーラ王国だけじゃあなくて、あらゆる国でねぇ」


「……どういう意味だよ?」


「ある秘術のおかげでねぇ、僕は歳を取る事がない。もしこの事実が誰かにバレたらそりゃあもう、不老長寿を狙う(やから)から狙われる事になるだろうねぇ」


 それはユーキにとって、全くの予想外の答えという訳ではなかった。

 サイラスとエルヴィスの、まるで年齢が逆転していたかのような関係があったし、「全てを知る」能力の件もある。見た目通りの年齢ではない事は予測できたし、妖精が『不老不死』であるならば『不老長寿』があっても不思議ではない。


「俺には教えて良かったのかよ? 誰かに喋るかも知れねぇぞ?」


「君の事は信用してるし、そぉれに大体見当はついてたんじゃあないかい? サイラス君にも教えてなかったんだけど……。そこはまぁ、成り行きというかねぇ」


 ユーキは賢い子だ。「不老長寿の実在」という情報の危険性は十分に理解している。

 誰だって死にたくはないし、老いたくもない。エルヴィスの存在を知れば金持ちや権力者たちは、その力でエルヴィスを確保して『不老長寿』の秘密を聞き出そうとするだろう。

 エルヴィスの身を案じるのならば、この事は誰にも言うべきではない。それこそ、アレクやエメロンにも。


「そういや、親父とエルヴィス先生の関係って何だったんだよ? 昔に聞いた時は、はぐらかしただろ?」


「昔……、ねぇ。僕にとっては、ついこの間の事なんだけど。サイラス君は僕の養子だよ。子供の頃、孤児だったサイラス君を僕が引き取ったんだなぁ、これが」


「孤児? ……親父が?」


「おんやぁ? 知らなかったかい?」


 言葉だけは意外そうに言うエルヴィスだったが、その内心は別に意外でも何でもなかった。

 サイラスは、あまり自分の過去を語る性格ではない。嫌な過去や恥ずかしい過去はもちろん、人から賞賛(しょうさん)されるような武勇伝なども語りはしない。それが実の息子のユーキであれば尚更(なおさら)だろう。


「……なぁ、エルヴィス先生。親父の事、もっと教えてくれねぇか?」


「んん~? ……ふっふっふ、いいともぉ。文句を言う本人も居ないコトだしぃ、何だったら「能力」を使って、なぁんでも教えてあげようじゃあないかぁ」


 ユーキはただ純粋に、自分の父親の事を知りたくて尋ねただけだった。だがエルヴィスは少し考えた後、あくどい笑みを浮かべながら「何でも知る事の出来る能力」を使う事を宣言した。先程「プライバシーには配慮している」と言ったのは何だったのか?

 最初、キョトンとしたユーキだったが、すぐにエルヴィスと同じくあくどい笑みを浮かべ、思いつくままに次々とエルヴィスへ質問を投げ続けた。


 ユーキの質問は延々と続き、結局話が終わったのは翌朝、学校への登校時間が迫ってからであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから2ヵ月後、ブライ教会が開設した孤児院にユーキは居た。

 こんなに期間が空いてしまったのは、引っ越しの準備に思ったよりも手間取ってしまったからだ。


 住んでいた家は一旦放置し、必要な私物だけを持って引っ越した。

 家を売ろうかという案もあったのだが、サイラスの私物の中にいくつか処分に困る物があった為、倉庫代わりにユーキの所有物として保管する事としたのだ。


「ったく、1個で家が建つほどの価値のある宝石とか、1000年前の音楽家が書いた楽譜とか、プレミア価値の付いた運動靴とか……。何でガラクタに混じって、んなモンがあんだよ……」


 シュアープはハッキリ言って田舎町である。こんな品々を適正価格で買い取れる店など存在しない。行商なども訪れはするが、彼らに売っても買い叩かれるのが目に見えている。

 1度、信用の置けるヘンリーに預かって貰い、王都で売却依頼をして貰おうとした事もあったのだが、ヘンリーの返事は「お父さんの遺品なのだから大事に扱った方が良い」と断られた。

 ユーキにとっては、価値のある物もない物も、等しくガラクタに過ぎないのだが……。


「ユーキ君? 何をブツブツ言ってるんです? 早く自己紹介をして下さい」


「す、すみません。んっ、ゴホンッ……。ユーキ=アルトウッドです。キミたちよりも年上だけど、新参者なんで色々教えてくれ」


 誰にともなく文句を言っていたユーキを(とが)め、挨拶を(うなが)したのはケイティ先生だ。学校の授業に加え、ユーキはここでも彼女の世話になる事になる。もちろん彼女だけではなく、他にも教会関係者が孤児院の運営を行っている。


 そしてユーキが挨拶をしたのは、以前にケイティ先生から聞いた3人の戦災孤児だ。


 1人目は、逆立てた青髪と、挑戦的な目が特徴のレックス。9歳。

 2人目は、赤茶色の髪と、青い釣り目が特徴のカーラ。8歳。

 3人目は、ウェーブのかかった、薄緑色の髪と目が特徴のシンディ。最年少の5歳。


 1年前にシュアープ軍が町を出立した時に、彼ら3人は既に教会に住んでいた。彼らは父親以外に身寄りが無く、またユーキのように大人の同居人も居なかった為である。

 そして彼らの父親もサイラスと同じく帰らぬ人となってしまった為、そのまま教会が立ち上げた孤児院に入る流れとなっていたのだった。


 経緯はやや違うが、彼ら3人とユーキの立場は同じ戦災孤児だ。ユーキはその不安感や孤独感を痛い程に知っている。

 偉そうに言えたものではないが、自分を立ち直らせてくれた親友たちの役目を自分が果たせないか?ユーキはそんな気持ちで3人の前に立った。


「「「…………」」」


 だが、自己紹介を終えたユーキに対して3人は揃って口を閉ざす。

 緊張しているのだろうか?それとも2か月前の自分のように塞ぎ込んでいて、まだ父親の死から立ち直れていないのだろうか?


 そんな風に考えた時、レックスがユーキの目の前まで歩いてきて、右手を差し出した。

 (握手か?)そう考えたユーキは、迷わず自分も右手を出した。だが……。


”ガスッ!”

「い……っっ⁉」


 レックスは差し出された手を掴む事なく、ユーキの脚を思いっきり蹴り上げた。

 全くの無防備で(すね)を蹴られたユーキは、痛みに(うずくま)る。それを確認する事もなく、レックスは駆け足でその場を去って行った。


「レックス君っ⁉ こらっ、待ちなさい!」


 ケイティ先生がレックスを叱りながら追いかけるのが聞こえる。

 ユーキは何が起こっているのかも理解できないまま、自分の(すね)(さす)っていると、肩を”トントン”と叩かれた。しゃがんだまま前を見れば、そこにはカーラの顔があった。

 カーラが”ニコリ”と笑った……、と思った次の瞬間、真顔になったカーラがユーキの顔に思いっきりビンタをした。


”バチンッ!”

「ぶっ……!」


 ユーキの左頬が非常に良い音を鳴らす。遅れて、じんわりとした痛みが広がってゆく。

 カーラはユーキに見向きもせず、シンディの元へ行き、


「ほらっ、シンディも」


「う、うん……。べ、べぇ~」


 カーラに(うなが)され、シンディはユーキに向けて「あっかんべ」をしてきた。

 レックスとカーラの暴力行為に比べると、シンディのそれは可愛げのあるものと言える。だが間違いなくその行為にも2人と同じく、ユーキへの悪意が込められていた。


「シンディ、行こっ」


「うん、カーラちゃん」


 呆気にとられたままのユーキを放置して、カーラとシンディもその場から去っていく。この場に残されたのはユーキ1人となった。


 彼らは全員ユーキよりも年下だ。ユーキでさえサイラスの死を知った時は、不安感や喪失(そうしつ)感などに苦しんだのだ。2か月以上が経ったとはいえ、幼い彼らが乗り越えるには短い期間なのだろう。

 戦災孤児の年長者として、彼らには慈愛(じあい)の心で接して、いつか傷ついた心を癒してやりたい。そう考えていたユーキは今……。


「ク、クソガキども……」


 怒りと痛みに震えていた。


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