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第7話 「願いと現実」


「この世の……、全てを、知る……?」


「いんやぁ、改めて口にするとこっ恥ずかしいねぇ」


 エメロンの復唱にエルヴィスが照れる。が、それ以外の子供たちの反応は薄い。

 エルヴィスの語った、「願い」の内容を計りかねている、というのが大半だ。


「それって、何でも知ってるってコト?」


 アレクが言ったそれは、ただ言い方を変えただけのものだ。

 だが、アレクの言葉を切っ掛けに子供たちが口々に意見を放ち始める。


「そういう事じゃないっスか? この人の言っている事が本当ならっスけど」


「なら証明させればいいんじゃない? 知ってるハズの無い事を答えられたら、ホントってコトじゃない?」


「なら……、そうですっ! 姉さまとお兄さまの将来を聞いてみるのはどうでしょうっ⁉」


「それ、ミーアが知りたいだけじゃねぇか。だいたい何年かかんだよっ? ……それより、クララの好きなヤツを聞くとか」


「なんでよっ! バカッ! 自分のを聞きなさいよっ!」


 ギャイギャイと非常に(かしま)しい。そんな子供たちの様子を、エルヴィスは楽しむように眺めていた。


 だがその時、突然ユーキが立ち上がり、凄まじい勢いでエルヴィスに詰め寄った。ユーキはそのままの勢いでエルヴィスの胸倉を掴み上げ、()き出しの歯と血走った眼をエルヴィスに突き付ける。

 あまりに唐突な出来事に、反応できる者は誰もいなかった。


「テメェ……っ! 全部知ってたってのかっ⁉ 親父が死ぬ事をっ‼ アレクたちの親父さんが死ぬ事をよっ‼」


 そうだ、その通りだ。本当にエルヴィスがこの世の全てを知っていたのなら、ユーキたちの父親が戦争で死ぬ事を知っていた事になる。……それは見殺しにしたと、そう取られても仕方のない事だ。


 ユーキの剣幕(けんまく)に先程まで騒いでいた子供たちは押し黙り、張り詰めた空気が場を支配する。

 誰も、一言も発せない。動く事も出来ない。なぜならユーキの怒りには正当性があるのだと、この場の全員が共感していたのだから。

 だからエルヴィスもユーキに抵抗はしない。ただその椅子から立ち上がるだけで、首の締め付けから逃れる事が出来るというのに。


「……ふぅ。「勿体(もったい)ぶるのは悪いクセ」、だったねぇ? 本当に君の言う通りだよ」


「質問に答えやがれ……っ! 親父たちが死ぬのを知っていたのか、知らなかったのかっ!」


「誤解させた事は謝るよ。本当にすまない。だが、僕はサイラス君たちが死ぬ事を知らなかった」


「それじゃあっ、さっきと言ってる事が違うじゃねぇかっ‼ テメェは全てを知ってんだろぉがっ⁉」


 謝罪をするエルヴィスだったが、ユーキの怒りは収まらない。

 胸倉を掴む手に更に力が入り、エルヴィスの首がギリギリと締め上げられる。


 だがその時ユーキの腕に、エメロンの手がそっと置かれた。


「ユーキ、それじゃあエルヴィス先生が喋れないよ。まず、エルヴィス先生の話を聞こう」


「エメ、ロン……」


「大丈夫。僕も……、いや僕たちもエルヴィス先生の話には納得いっていない。もし、最後まで聞いても納得いかないなら、僕たち全員でエルヴィス先生にお仕置きをしよう」


 エメロンの言葉にユーキの目頭(めがしら)が熱くなる。

 それは先程アレクが言った、「ボクたちが一緒にいる」。その言葉を思い起こさせたから。それが嘘でも気休めでもない事を実感できたから。


 ユーキはゆっくりと腕を降ろし、エルヴィスの襟首(えりくび)から手を放す。

 怒りが収まった訳ではない。ただ、自分が独りでは無い事を教えてくれた親友たちがいるから……。彼らもまた、自分の怒りを理解して共有してくれていると信じられるから……。だから、一旦矛を収めたのだ。


「やぁれやれ。助かったよ、エメロン君」


「僕の気持ちは、さっき言った通りです。エルヴィス先生の説明に、ユーキやアレクたちが納得できなければ……、覚悟をしておいてください」


「おぉ、怖い。そぉれじゃあ、お仕置きされない為にもぉ、包み隠さず話そうじゃあないか」


 エメロンの脅しとも取れる文句にも動じず、エルヴィスは相変わらず飄々(ひょうひょう)としたものだ。

 しかし思い返してみればエルヴィスは、勿体(もったい)ぶるし秘密にする事もあるが、嘘を()いた事は恐らく無い。そのエルヴィスが、こうもはっきりと「包み隠さず答える」と断言したのだ。聞いてみる価値はあるだろう。


「それで……、「何でも知っている」のに、ユーキのパパが死ぬのを知らなかったって事っスが……」


「そぉれが誤解だねぇ。確かに僕は「この世の全てを知る」事を願った。でぇも、全てを知っているワケじゃあない」


「……なにかの謎かけかしら?」


「オッサン、いい加減にしろよ? ユーキじゃなくてもブチ切れんぞ?」


 この()に及んでも相変わらずの勿体(もったい)ぶった物言いに、ロドニーが青筋を立てる。

 確かにロドニーは短気で粗暴ではあるが、この場ではユーキやアレク、ミーアに気を遣って抑えていた。だが、それもいい加減に限界だ。そしてその気持ちは他の面々も同様だった。


「やぁれやれ、まるで僕1人が悪者だねぇ。わかったよ、端的(たんてき)に言おう。僕は「この世の全てを知る」事を願ったけど、その願いの全てを叶える事は出来なかった。その願いは僕の……、いや、人間の能力の限界を超えていたんだ」


「能力の、限界ですか? あの、私にはいまいち分からないのですが……」


「そうだねぇ……、例えばミーア君。君の頭の中にアレク君の記憶と感情、人格と言える全てが入っているのを想像してごらん」


「姉さまの……、人格が私の中に、ですか?」


 普通の関係であるならば、その様な事を想像するのは不可能だ。だが、ミーアとアレクは姉妹だ。生まれた時からアレクとは一緒にいたし、誰よりも大好きな姉の事は何でも知っている自信がある。

 実際には姉妹とはいえ、他人の人格が自分の頭に入るなどという事はあり得ない。だが、ミーアは何となく出来ている様な気がした。だが……、


「それが出来たなら、次はユーキ君、エメロン君、ロドニー君ヴィーノ君クララ君……」


「ま、待ってくださいっ! そんなの無理ですっ!」


「だろう? たった数人の人格だって無理に決まってる。それが世界中。更に過去や未来の人の人格も……。それだけじゃあない。虫や動物、魔物や植物まで……。まだあるよぉ? 全ての物質やエネルギー、果てには、ありとあらゆる因果まで……。それら全てを網羅(もうら)して、始めて「全てを知る」事が出来たと言えるのさぁ」


 それは、まさしく想像を絶していた。

 子供たちは、ただ呆然とエルヴィスの説明に聞き入っていた。内容は殆ど理解できてはいない。ただ、なるほど人間には不可能だ。それだけは全員が理解できた。


「それじゃ……、エルヴィス先生の願いは叶わなかったの?」


「全く叶わなかったワケじゃあないんだなぁ、これが。僕が願いで得た能力には3つの制限があるんだ」


「制限?」


「そう、僕の小さな脳ミソでも耐えられるようにねぇ。1つ、「未来を知る事は出来ない」。2つ、「事象についてのみ知る事が出来る」。3つ、「あくまで知る事が出来るだけ」。この制限の中でなら、僕は何でも知る事が出来る」


「……1つ目はともかく、2つ目と3つ目は意味が分かんねぇんだけど。ちゃんと説明しろよ」


 エルヴィスの語る3つの制限。その説明はユーキの指摘する通り、後半になるほどに難解になっていった。この説明だけで理解できる者は、たとえ子供でなくても殆どいないだろう。

 ユーキの指摘を受け、エルヴィスは「もぉちろん」と答え、それぞれの内容を詳しく説明してゆく。


 1つ目の「未来を知る事は出来ない」。

 これは言葉の通りだ。エルヴィスの能力で得られる情報は過去のものに限定される。


 2つ目の「事象についてのみ知る事が出来る」。

 これは別の言い方をすれば、「実際に在るもの以外を知る事は出来ない」という事だ。つまり、他人の知識や感情などの頭の中身を知る事が出来ず、また『正義』や『愛』などの概念を知る事も出来ない。形の無いものを知る事は出来ないのだ。


 3つ目の「あくまで知る事が出来るだけ」。

 これは「知っている」ではなく「知る事が出来る」という事だ。つまりエルヴィスは、上記の制限内の情報を「あらかじめ全て知っている」訳ではなく、「知ろうとした時に初めて答えを知る事が出来る」というものだ。


 これら3つの制限は、全てエルヴィスの精神を守る為に設定されたものだ。

 未来の可能性は多岐(たき)に渡る。ゆえに、全てを知る事は出来ない。

 人の精神や概念は曖昧で1つの答えでは指し示せない。ゆえに、これらを知る為には、それらに関わる全てを知る必要がある。

 上記を除いても、それでも情報は膨大だ。ゆえに、能動的に使用する必要のある能力に設定した。


「……要するにエルヴィス先生は、「未来は知らない」し、「人の考えも読めない」。おまけに「何でも知ってるワケじゃない」ってコト?」


「そぉいう言われ方をすると、まるで無能と言われてる様で傷つくねぇ」


「茶化してんじゃねぇよ。それが……、親父が死ぬのを知らなかった理由か?」


 ユーキの問い……、いや、確認にエルヴィスは頷く。

 確かにこの3つの制限があるのなら、エルヴィスはサイラスの死を予見する事は出来なかっただろう。何なら、1つ目の「未来を知る事は出来ない」という制限だけでも、説明としては事足りた。

 だが、エルヴィスは3つの制限全てを話した。もちろん、まだ何かを秘密にしている可能性は否定できないが、先ほど言った「包み隠さず話す」という言葉は信用してもいいだろう。


「そうか……! それで、「どういう形で叶うのかは分からない」……、ですか?」


「やぁっぱり、エメロン君は優秀だねぇ」


「突然何ですか? エメロンさんまでエルヴィス先生の「悪いクセ」が感染(うつ)ったんじゃないですか?」


 話が繋がらないエメロンの発言に、ミーアが辛辣(しんらつ)に嫌味を言う。だが、エメロンの言葉の意味を理解しているのはエルヴィスだけだ。ミーアのこのような物言いも、仕方のない事だった。


「ご、ゴメン……。さっきエルヴィス先生が、アレクの願い事をどういう形で叶うのかは分からないって言ってたよね? そしてエルヴィス先生は「全てを知る」事を願ったけど、それは一部しか叶わなかった。だったら……」


「ボクの願い事は叶わないかもしれない……?」


「多分……、全く叶わないって事はないんじゃないかな? さっき、エルヴィス先生もそんなような事を言ってたし」


「そぉだねぇ。さっきも言ったけど、「戦争を無くす」という願いがされた前例は無い。だからそう願っても、本当に戦争が無くなるかは誰にも分からない。……神以外には、ね」


 エメロンの推測をエルヴィスが肯定する。

 それを聞いていたユーキには、それは何とも分の悪い賭けのように思えた。


 もし、願い事が思った通りに叶わなかったら?しかもそれで、大きなデメリットを(こうむ)る事になったら?願いを取り消す事は出来ると言っていたが、デメリットだけが残る事になる可能性は?さっき、『死者蘇生』についても願った者は不幸になったと言っていたではないか。


 元々、宗教や神に対して好印象を持っていなかったユーキの猜疑心(さいぎしん)は徐々に高まっていった。


「なぁ、アレク。()しといた方がいいんじゃねぇか? 思った通りにならねぇかも知れねぇし、リングの()()も分かんねぇだろ?」


「ううん、やるっ。これ以外に戦争を無くす方法なんて思いつかないし……。それにリングの場所ならエルヴィス先生に聞けばいいんじゃない?」


 アレクに言われてハッとなる。

 考えてみれば簡単な事だった。先の説明が事実なら、エルヴィスには簡単にリングの()()を知る事が出来る筈だ。こんな事は誰だって思いつく。


 あまりの自分の迂闊(うかつ)さに気恥しくなるユーキだったが、それはユーキの考えが足らなかっただけが理由ではない。

 ユーキは、神に願いを叶えて貰う事に否定的だった為、肯定的な材料を無意識に排除していたのだ。


「で、でもよ……。何年かかるか分かんねぇぞ?」


「そうだね……。それに、危ない目に遭うかも知れないし、場所が分かってもそんなに簡単には行かないと思うな……」


 ユーキの否定的な意見に賛同したのはエメロンだった。

 確かに、シュアープは王国内だけで見ても治安の良い町だという話だし、リングが誰かの所有物になっていれば交渉も必要になるだろう。場所が分かっていても、危険と困難を乗り越えて願いを叶えても、それが自分の思い通りになるとは限らない。


 だが、それらの事を理解してもアレクの意思が変わることはなかった。


「やっぱりボク、リングを集めて神様にお願いを叶えて貰うっ。だって、ボクの父さんは戦争を終わらせる為に戦ったんだ。だったらボクも……」


「んなコト言ったって、1人じゃ無理があんだろ? 俺たちゃ子供だし、旅費だって必要だろ?」


 意思を硬くするアレクに、ユーキは(なお)も困難な現実を突きつける。

 後2ヶ月ほどで誕生日が来るが、現在アレクは9歳。そんな子供が1人で大陸中を旅するなど危険すぎる。それにこんな子供では、旅費を稼ぐ手段だって限られる。そもそもアレクに働く事が出来るのか?


「それはそうよねぇ……。アレクくんは女の子なんだし、1人旅なんて危ないと思う」


「だったら、私だって父さまの娘ですっ。私も姉さまと一緒にリング探しの旅に出ますっ」


「いや、そーいう問題じゃねぇだろ。ガキ1人が、ガキ2人になって何が変わんだよ?」


「ロドニーの言う通りっスねぇ。だいたい、ミーアはアレクと違って見た目からして女の子してるっスから、余計危ないっスよ」


「アンタ達、子供のクセに心配性ねぇ。あんまり細かい事気にしてたら、将来ハゲるわよ?」


 アレクとユーキのやり取りに、それぞれが自分の意見を好き勝手に発言する。

 整理するとバーネット姉妹が、リング探し賛成派……、というよりも、自分で旅に出ようとしている。

 他の子供たちは、どちらかと言えば否定的な意見が多いようだ。……リゼットは何を考えているのかはよく分からない。


 何を考えているのかよく分からないと言えばエルヴィスもだが……。


「まぁまぁ、急いで結論を出さなくてもいいんじゃあないかなぁ? そぉれよりも、そろそろ日が暮れちゃうよぉ? 僕が家まで送ってあげるから、とりあえず今日は解散した方がいいんじゃあないかなぁ?」


 そう言われて窓を見れば日が傾き始め、空には赤みが差していた。

 他の面々はともかく、子供だけでの外出を禁止されているバーネット姉妹の家族は心配しているかも知れない。……シュアープの町中でもこうなのに、旅に出る許可など出る訳がないだろうに、とユーキはそう思った。


「そうだね。アレクたちのお母さんも心配してるかも知れないし、今日は帰ろうか?」


「そうですね……っ。姉さまっ、父さまの約束っ!」


「あっ、そーだっ! 色々あって忘れてたっ! ユーキ、はいっコレっ!」


「ん? 何だ? 手紙?」


 解散しようという話になった時、唐突にアレクから手渡されたのは封の開いた封筒だった。

 ミーアとの話の流れから、それが2人の父・レクターと関係するものだという事が想像がつくが、それが自分に何の関係があるのかはユーキには分からないまま、友人たちが帰宅するのを見送った。


 その日の晩、アレクから渡された手紙を読んだユーキは、疑問・驚き・後悔など様々な感情が渦巻いた。

 ただ全て読み終えた後、「明日、学校でアレクに会ったら文句を言ってやる」とだけ決心をして、就寝(しゅうしん)するのだった。


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