第6話 「全てを知る者」
「ボク、リングを7つ集めて願いを叶えるっ‼」
「いきなり何言ってんだオメェ? オレにも分かるように言えよ」
「……? だから、リングを集めて願い事を叶えようって思うんだけど?」
「アレクくん、ゴメンなさい。わたしもちっとも分からない」
唐突なアレクの宣言の意味が分からずロドニーが説明を求めるが、内容が全く変わっていない。同じ事を2度言われても、理解できないのは当然だろう。
見かねたユーキがロドニーたちに説明を始める。
「アレクが言ってんのは、『英雄王ローランドと7つのリング』って小説に出てくる、7つ集めると何でも願いが叶うっていう、リングの話だよ」
「アレ、そんな話になってたんっスか? 原作と随分違うっスね?」
ヴィーノは『英雄王ローランドと7つのリング』の原作である、『英雄王伝説』しか読んでいないようで、軽く感想を漏らす。クララはこの手の冒険物の小説は読まず、ロドニーはそもそも小説を読まない。ユーキも改訂版の方は趣味に合わず、4巻までしか読んでいないのだが。
「って、小説の話かよっ⁉ マジメに聞いて損したぜ」
「いや、それが……」
落胆して、一気に興が削がれたロドニーにユーキが待ったをかける。……かけるが、ユーキにも確証はない。というか、8割方疑っている状態だ。
しかし、残りの2割……。アレクの手の中のリングが、叩いても削ってもビクともしなかった事が思い出され、歯切れを悪くする。
「エルヴィス先生、これホンモノなんだよね?」
「小説の中の物と、全くの同一かという意味なら答えはノーだぁね。小説のリングは指輪だし、集めただけで望みが叶ったからねぇ」
「……先生、ハッキリ言ってください。このリングを使って、願いを叶える事は出来るんですか?」
アレクの問いに、エルヴィスは迂遠に否定する様な文言で返す。しかしエメロンが要点だけを絞って、改めて問う。この質問の答えも「ノー」ならば、このリングはただの頑丈な腕輪だ。
エメロンの質問に、エルヴィスは溜息を吐いて答えた。
「エメロン君は誤魔化せないねぇ。答えはイエスだよぉ」
「ほらっ、やっぱりっ!」
「いや待ってくれっス。この人の言う事に信憑性はあるんっスか? オイラは、ちょっと信じられないっス」
「そうよね、いくら何でも突拍子がないっていうか……」
いくら子供とはいえ、何の根拠も無くこんな話を信じられる者は少ないだろう。
だがアレクには……、ユーキとエメロンとミーアには、僅かながら根拠といえるものがある。
「以前、そのリングを姉さまがハンマーで叩いてもヒビ1つ入りませんでした。その後、お兄さまがヤスリを掛けたのですが……」
「傷1つ付かなかった。見た目は陶器か何かみたいなのに、な」
ミーアとユーキが、その根拠を説明する。
もちろん、これが決定的な根拠にならない事は理解している。だがリングと同じく、叩かれても傷1つ付かなかった存在、リゼットがその薄い根拠を強化した。
『妖精』……、『不老不死』……。どちらも物語の中でしか存在しない存在だ。……少なくとも一般的には。だが『不老不死』はともかく、『妖精』は間違いなく目の前に存在している。その事実が、「夢物語など実在しない」という考えを否定する。
「つっても、そのオッサンの言う事がホントだって話しにゃあ、ならねーだろ」
ロドニーの言う事には一理ある。『妖精』の存在があったとしても、それが『願いが叶うリング』の存在を肯定する根拠にはならない。だが同時に、否定する根拠も無いのだ。
「一旦、そのリングが本物かどうかって話は置いておかないかな? アレクはリングを集めて何を願うつもり?」
エメロンがリングの真偽を一旦棚上げする事を提案し、アレクの真意を問う。
リングの真贋は、今いくら話し合っても結論は出ないだろう。そう考えたエメロンの選択は建設的と言える。
わずかな沈黙の間、一同はアレクに注目する。……しかし先に発言したのは、アレクではなかった。
「もし、レクター君……、アレク君のお父さんを生き返らせようと思っているのなら、お勧めはできないねぇ」
そう言ったのはエルヴィスだった。
その発言を聞いたユーキは、心がざわつく。
(そうだ……。何でも願いが叶うってのが本当なら、人を生き返らせる事だって……。もしそうなら、親父も……)
そう短絡的に考えてしまうのは、ユーキもまだ子供だからだろうか?それともユーキにとって、それだけサイラスの存在が大きかったという事だろうか?
恐らく両方とも正解というのが正しいだろう。だから、『死者の蘇生』という言葉だけに過剰に反応してしまった。
「お勧めできねぇって、なんでだよ?」
だから、ロドニーの疑問にハッとする。
確かにエルヴィスは「お勧めできない」と、そう言った。その言葉の真意は分からないが、想像だけならいくらでも出来る。
古今東西、『死者蘇生』を題材にした物語は数多に存在する。だが、それらの結末の多くは悲劇で終わる。
生き返る事が出来なかった物。生き返りはしたが、心や魂が無かった物。生き返ったモノが化け物になった物。生き返らせる代償に命が必要な物などだ。ひどい物になれば、大量の命を代償に捧げた末に、化け物が誕生して終わる作品もある。
ハッピーエンドで終わる物など、命の価値が軽いコメディか、ご都合主義全開の作品くらいだ。
「……人を生き返らせる事を願った者は今までに19人いるけどぉ、その殆どが不幸な結末に終わっているんだなぁ、これが。もぉちろん、死者の蘇生を願った事が理由でねぇ」
想像した以上に『死者蘇生』を願った者たちが多かったのは意外だが、エルヴィスの答えはユーキが想像した通りのものだった。
その具体的な内容までは分からないが、恐らくは物語の悲劇のような出来事が起きたのだろう。だが、それでは……。
「……死んだ人たちは生き返らなかったの? このリングじゃ願い事は叶わないの?」
そうだ。アレクが疑問に思う通り、彼らが『死者蘇生』を願い、生き返らなかったり、化け物が生まれてしまったというのなら、リングは偽物と言えるだろう。彼らの「願い」は、叶っていないのだから……。
だが、エルヴィスはゆっくりと首を左右に振った。
「……いいや。彼らの願いは叶い、死者は蘇ったよぉ。外見・性格・記憶も生前のままでねぇ」
「……それで、どうして不幸になるんですか? 私はお父さまが帰ってきたら嬉しいですけど……」
「彼らも最初はミーア君と同じように喜んだよぉ? でも、君たちには想像できないかも知れないけどぉ、死んだ人間が蘇るというのは異常な事なんだよぉ、これが。人は、自分の想像を超えた異常を簡単に受け入れる事は出来ない。……それを願った本人であってもねぇ」
エルヴィスの言う事は、ユーキには今一つ理解出来なかった。
死人が蘇るのが異常な事は理解できる。それを他人が受け入れられないのも、まだ分かる。だが、願った本人も受け入れられないというのは、どういう事だろう?
もし父親が、サイラスが生き返ったら……。自分は何を考え、何を思うだろう?自分も後悔するのか?何を思えばそうなってしまうのか?
そんな想像をしていた時、アレクが安堵の声を漏らした。
「あ~、よかった。願い事が叶わないのかと思っちゃった」
アレクの声は明るい。今の話を聞いても不安になっていないという事だろうか?エルヴィスの言う、「異常」を受け入れる自信があるのか?それとも、何も考えていないだけか?
アレクの真意を確かめる為、ユーキは確認をする必要がある。アレクが父親を生き返らせる為にリングを集めるというのなら……、自分もそれに同行しようと、そう考えていたのだから。
「アレクは……、今の話を聞いても、親父さんを生き返らせるつもりか?」
「え? ボク、父さんを生き返らせようなんて考えてないよ? そりゃあ、父さんが帰ってきたら嬉しいけど……」
ユーキの質問にアレクはキョトンとした表情で答える。
一同は唖然となり、思考が停止する。そんな中でいち早く発言したのは、考える前に言葉を放つロドニーだった。
「いや、んじゃあ今までの話は何だったんだよっ⁉」
「そんなコト言われても、ボク一度も父さんを生き返らせようなんて言ってないよ?」
思い返してみれば、確かにアレクは言ってはいない。だが、それならすぐに否定すればよかったのに……。
盛大に無駄な時間を過ごした一同は、ジト目でアレクを見つめた。
「それじゃ、アレクは何を願おうと思ったのよ? ハッキリ言いなさいっ。周りも余計なツッコミを入れないっ! いいわねっ?」
こういう時に仕切りたがりのリゼットの存在は助かる。これ以上の脱線話は誰も望んではいない。
「うん。ボクね、「世界から戦争が無くなりますように」ってお願いしようと思うんだ」
アレクの願いは随分と子供っぽく、抽象的で……、そして壮大だった。
「戦争を無くす」……。確かにそれが叶えば素晴らしい事だと思うが、果たしてそれは実現可能な願いなのだろうか?対象は物でも個人でもなく、国家……、いや世界だ。あまりにもスケールが大き過ぎる。
「……エルヴィス先生。「戦争を無くす」なんて、可能なんですか?」
「…………。」
アレクの願い事の実現性に疑問を感じたエメロンが、エルヴィスに問う。
エルヴィスは長い……、本当に長い沈黙の末に質問に答えた。
「……恐らくは可能、だと思うねぇ」
「やったっ!」
自分の願いが実現可能であると聞き、アレクは歓喜の声を上げる。しかし、エルヴィスは喜ぶアレクを窘めた。
「ちょぉっと待ったぁ。今まで願い事が叶わなかった事は、確かに無いよぉ? だけど、そんな願い事をした者は存在しない。だから……、その願い事が「どういう形」で叶うのかは分からない」
だがエルヴィスの語る内容は、またしても子供たちには理解のしにくい物だった。確かに「戦争を無くす」という願い事が「どういう形」で叶うのか、なんて想像がつかない。……と、いうよりもだ。
「リングを集めて、どうしたら願い事が叶うんっスか?」
「7つ集めたらリングが光って、強く願うと願い事が叶うんだよっ」
「アレク、それは小説の話だよ。さっきエルヴィス先生が、小説とは違うみたいな事を言ってなかった?」
そう、ヴィーノの質問の通り、リングを集めてどうすれば願い事が叶うのか?それを子供たちは知らない。それが分からなければ、具体的な想像が湧かないのも当然だろう。
先ほどの例の『死者蘇生』で考えれば、生き返った人物が目の前に現れるのか?死んだ場所で蘇るのか?遺体が起き上がるのか?それすらも分からない。
「……正確に言えばぁ、そのリングは願を叶える道具じゃないんだなぁ、これが。それは鍵だぁよ」
「カギ?」
「ブライ教の神、ブライア神の居る場所……。僕は『神の御座』と呼んでいる、その場所へ行く為のねぇ。リングは鍵、扉はイリテウム祭壇。2つ揃った時、『神の御座』への道が拓かれる……、んだなぁ、これが」
エルヴィスの語る話は突拍子も無く、胡散臭いものばかりだったが、ここに来てそれが最高潮に達した。
ブライア神……。このブラムゼル大陸を創ったと言われる、ブライ教の神……。
その姿は老人のようであり、幼子のようでもある。男である事もあれば、女である事もある。……つまり曖昧な偶像であるという事だ。
当然、ユーキはそんなものの存在を信じてはいなかったし、これからも信じる事は無いと、そう思っていた。だが……。
「神様が実在するってのかよ?」
「妖精だって、そこに居るじゃあないかぁ。神様が居たって不思議じゃあないだろぉ?」
そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。先程も散々した話だが、実在する証拠も否定する材料もどちらもない。ただ、リゼットが存在する以上、否定しきる事は逆に非現実的だとも言える。
ユーキは、若干恨めしい気持ちでリゼットを見つめた。
「……なによ?」
「いや、何でもねぇ。んで? そのブライアって神様に願い事を叶えて貰うってコトか?」
「そぉだねぇ。ちなみに、願い事は生涯に1度だけ。願い事を取り消して貰う事は出来ても、1人で2度も3度も願い事は出来ないからねぇ」
「…………何で、エルヴィス先生は、……そんなに詳しいんですか?」
エメロンの口にした疑問。それは考えてみれば当然の疑問だった。
リングの性質や用途。過去に『死者蘇生』を願った者の末路に、神の存在……。妖精の事だってそうだ。その不死性を知っていたのもそうだし、リゼットの家の事なども知っている口ぶりだった。
「それはね……、かつて僕も神に願い事を叶えて貰ったから……、なんだなぁ、これが」
「……本当、……ですか?」
エメロンを始め、子供たちは驚きに言葉が出ない。
だが、ユーキは妙に納得をしてもいた。
それはエルヴィスと父・サイラスの関係性。
エルヴィスはどうみても20代にしか見えないというのに、40代のサイラスに対してまるで年長者のような振る舞いだった。仮にもし、エルヴィスがブライア神に望みを叶えて貰って、それが年齢や外見に関わる事であるならば、エルヴィスは見た目通りの年齢ではない事が推測できる。
「ひょっとして……、『不老不死』でも願ったのか?」
「まぁさか、そぉんな俗な願い事はしてないよぉ? んん~……、いや? やっぱり僕が願ったことも俗っぽいかなぁ?」
「勿体ぶるのはエルヴィス先生の悪いクセだぜ? 言いたくねぇならそう言えよ」
「……いんや? 別に教えても構いやしないよぉ? そぉれじゃあ、僕の秘密を暴露しちゃおうかなぁ」
そう言ってエルヴィスは立ち上がり、大仰に両手を広げた。役者の才能は無さそうだが、道化の才能は持ち合わせているようだ。
十分に間を溜めて、子供たちはエルヴィスを見上げて固唾を飲む。先程「悪いクセ」と言われたばかりなのに、エルヴィスは精一杯の時間を使って勿体ぶった。
「僕がブライア神に叶えて貰った願い。……それは、「この世の全てを知る事」だ」




