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第4話 「あの日食べたパスタの味を僕は一生忘れない」


 エメロン=ウォーラムはあまり自己主張をしない子供だった。

 それはエメロンの生まれ育った環境に問題があったからかもしれない。


 エメロンの父親は商人をしており裕福ではあったが、あまり家に居る事はない。

 母は家に寄り付かない父の浮気を疑い、2年前に大喧嘩をして、その末に父は母を家から追い出した。

 家の事は家政婦がやってくれているが、常に他人が居る家の中にエメロンは息苦しさを感じていた。


 しかしエメロンは不満を口にしない。

 だってもし家を追い出されたら、行く場所などないのだから。


 家の外で友達に出会った。ロドニーとヴィーノだ。

 何かをする時は、いつもロドニーが提案してヴィーノがそれに賛成する。

 2人はよくエメロンをバカにするような事を言ったり、時には小突いてきたりもするがエメロンは何も言い返さず、やり返さない。

 2人は本気で言ったり、殴ったりしてきているワケではない。ただ少し、ふざけているだけだ。

 でももしエメロンが言い返したら、本気のケンカになってしまうかもしれない。

 そしたら仲間外れに……仲間から追い出されるかもしれない。


 だから、エメロンは自分の考えをあまり言わない。

 だから、エメロンは自分の感情をあまり表に出さない。


 こうしてエメロン=ウォーラムという少年は、「追い出される」という事を過敏に恐れるようになった。




△▼△▼△▼△▼△




「……ぅ、ぅん。……ここ、どこ?」


「あっ、起きたっ! ユーキーっ! エメロンが目を覚ましたよーっ!」


「ぁ……」


 独り言のつもりで呟いた言葉に、見知らぬ男の子が反応する。そしてエメロンの返事を待つ事もなく、部屋を出て行った。

 周りを見渡すが見覚えのない部屋だ。部屋の隅には大きめの箱がいくつも山積みになっている。

 その部屋のベッドの上で上体を起こしたエメロンは、自身の記憶を探っていた。


(確か……。ロドニーたちとクララの帽子を()って、そしたら男の子が現れて、それから……)


 ケンカになりそうになった所までは思い出したが、その先が思い出せない。

 というのも仕方のない話だ。エメロンは男の子の突進を受けた際に頭を打ち、気絶してしまっていたのだ。


「よぉ、身体は大丈夫か?」


 思考に(ふけ)るエメロンへ、自分と同い年くらいの少年が声をかける。

 見れば、先ほどの男の子とクララもそこにいる。


「う、うん……」


「ゴメンね。さっきは夢中でさ」


 少年への返事をすると、突然男の子が謝ってくる。

 それでようやくエメロンは、自分が気を失った原因を思い出した。


 しかしエメロンには謝罪の理由がわからない。

 あの時、自分たちはクララの帽子を()ってからかっていた。いじめていたのだ。それを咎めた男の子は正しい事をしたのだ。

 男の子は正義、自分たちは悪なのに、男の子が自分に対して謝罪をしている。

 それに居心地の悪さを感じ、何も言えないでいると今度は少年が話しかけてきた。


「エメロン、でいいんだよな? 俺はユーキ。こっちはアレクだ。んで、クララとは知り合いってコトでいいんだよな?」


「う、うん……」


「……お前さ、クララに何か言うことはねぇのか?」


 ユーキからそう言われてハッとなり、エメロンはクララに向き直り頭を下げる。


「クララ、ゴメンっ。僕は、その……」


「ううん、もういいよ」


 エメロンが謝るとクララはすぐに許してくれた。

 しかしエメロンの心は晴れない。


 クララがあっさりと謝罪を受け入れたのは、すでに自分を見限っているからではないだろうか? もっとしっかりと謝罪をしなければとエメロンは考えるが……。


 2度としないと誓うか? しかし、またロドニーたちに言われたら? 拒否するのか? ロドニーたちに命令されたと言い訳するか? ロドニーたちを、友達を裏切るのか?

 拒否すれば、裏切れば、きっと仲間に入れてもらえなくなる。仲間外れにされる。追い出される……。


 思考はグルグル回り、全くまとまらない。

 早く、早く何かを言わなければ……と、エメロンの焦りはどんどん募っていく。


「そういえばユーキ、おナベはいいの?」


 会話が止まり、重い空気になりかけたところにアレクが尋ねる。

 鍋とは何だろうか? 料理でもしていたのだろうか?


「いっけねぇっ! おいエメロン、お前も昼メシ食ってけよ」


「え? い、いや、僕は……」


「エメロン、一緒にいこ?」


 突然の昼食の誘いにエメロンが戸惑っているとクララが手を引いてくる。

 その手を振り払うような強い自己をエメロンは持っていなかった。




 食卓に着くとユーキがパスタを皿に盛りつけ、配膳をする。そして4人は「いただきます」をしてからフォークを手に取り、パスタを口にするが……。


「「「「…………」」」」


 4人とも一言も発する事なく、黙々と食事を進める。

 その空気に耐え切れず、最初に沈黙を破ったのはユーキだった。


「……誰かなんか言えよ」


「ユーキ、不味い……」


「んなこたぁ、わかってんだよっ! フォローとか、慰めとか……。なんかそういうのがあんだろうがよ!」


 アレクの言う通り、ユーキの作ったパスタは確かに不味かった。

 所々で麵と麵がくっついていたし、麺の外側はグニャグニャに伸びていたのに、一部では芯が残っていた。幸いだったのは、ソースは出来合いの物で普通に美味しかった事だろう。


「ぷっ」


 突然、隣に座るクララが小さく吹き出したかと思えば、口を手で押さえてクスクスと笑っている。

 それを見たユーキが不満を漏らしながら問いかけた。


「何がおかしいんだよ?」


「だって、あなたたち2人がまるで兄弟みたいだから。今日が初対面って本当?」


「本当だよっ。なのにユーキってば、あーだこーだ指図してくるんだもん。こーゆうの、ずーずーしいって言うんだよね」


「図々しいのはテメーだっ!」


「ぷっ」


 今、吹き出したのはクララではない。確かにエメロンの口から空気が漏れだしたのだ。

 その時エメロンは何が起きたのか理解ができなかった。自分が笑うような要素なんてないはずだ。


 何故か知らない家に居て、何故か知らない男の子たちと知り合って、何故か不味いパスタを口にして、何故か男の子たちの言い争いが始まって、何故か2人とも……クララまでが楽しげで……。

 何故? 何が? 何で? いくつもの「何」が頭の中を飛び回るが、それすらも何故か可笑しくて可笑しくて……。


 気が付けばエメロンは笑いを堪えきれずに大笑いをしていた。それにつられて他の3人も笑い出す。

 苦しい……お腹が痛い。だんだん息も苦しくなってきた。でも、それらすら可笑しく感じてしまう。あぁ……ついには苦しさのあまりに涙まで出てきた……。


(そういえば、こんなに笑ったのはいつ以来だっけ……)


 口の中に残る不快な食感が、何故かエメロンにはとても良い意味で印象的だった――。


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