第29話 「ハッピーバースデー」
「ユーキ、12歳の誕生日おめでとーっ!」
「おう、ありがとよ」
聖歴1359年の年末。ユーキは12歳の誕生日を迎え、自宅で友人たちから祝福の言葉を受けていた。
集まったメンバーはアレク・ミーア・エメロン・ロドニー・ヴィーノ・クララと、
「ここなら姿を隠す必要もないし、文字通り羽を伸ばせるわねっ」
そしてフードを脱いだリゼットの7人である。まぁ、いつものメンバーと言えよう。
リゼットの脱いだフード、それはアレクの8歳の誕生日にレクターからプレゼントされた、「透明になる布」である。
最初は手品のような道具として、みんなに披露したのだが、エメロンがリゼットの姿を隠すのに使えるのでは、と提案したため、アレクからリゼットへとプレゼントされたのである。
寸分違わず、エルヴィスの目論見通りであった。
「エルヴィス先生は? いないの?」
「外食してくるって言って出かけたよ。もしかしたら気を遣ってくれてんのかもな」
「そういう気遣いが出来る人には見えませんけど」
エルヴィスの不在をユーキが知らせるが、続く言葉に対するミーアの反応が辛辣だ。とはいえ、それに反論する者はこの中には居ないのだが。
「ま、それはともかく、せっかく用意したんだ。遠慮なく食ってくれ」
そう言ってユーキはテーブルに沢山の料理を並べる。大人数でも好きな物を食べやすいように、鶏の唐揚げ・ポテトフライ・サンドイッチなど、少量で小分けに食べれるものばかりだ。
「ってか、オメェよぉ……。自分の誕生パーティーの準備を、自分でするって違和感とか感じねぇの?」
「ロドニー、言ってもムダっスよ。ユーキのコレは、もう筋金入りっスから」
「んだよ、文句あんならテメェらは食わなくてもいいんだぜ?」
ユーキが並べた料理の数々は、全てユーキ自身が料理したものだった。
去年まではクララの父親や、隣に住むマーサおばさんに用意して貰っていたが、今年こそは自分で用意しようと意気込んでいたのである。せっかくの自分の誕生日なのだから、その程度の我儘は許して貰ってもいいだろう。そう考えるユーキは、やはりどこかズレている。
「ちょっと、揚げ物ばっかりじゃない! サンドイッチもアタシには大きすぎるし、ちょっとは配慮しなさいよっ!」
文句を言い始めたのはリゼットである。確かに彼女のサイズではサンドイッチは大き過ぎて食べ難いし、唐揚げなどにかぶりつけば顔中油まみれになってしまうだろう。
しかし、それを聞いたユーキは余裕たっぷりの顔で皿を一枚取り出した。
「ふふん、抜かりはねぇよ。ちゃんとリゼットの分も用意してるって」
「わぁ、かわいい~」
自信たっぷりのユーキが持ってきた皿には、既にテーブルに置かれている料理を4、5分の1くらいのサイズにした、まるでミニチュアのような料理が盛られていた。流石に唐揚げなどは衣が大きくなり、多少不格好ではあるが、それでも頑張ってよく作ったものである。
そして何故か、リゼット用の料理を目にしたクララが感想を零す。
「へぇ、良く出来てるね。そういえばリゼットって普段の食事はどうしてるの?」
「そういえば、ボクたちと一緒に食べるコトもあるけど、いつもってワケじゃないよね?」
リゼット用の料理を見たエメロンが疑問を口にするが、それに続くアレクも同様の疑問を持ったようだ。というか、「アレクはリゼットと一緒に暮らしているハズなのに、なんで知らないのか」と思ったのはユーキだけでは無いだろう。
「ふふ~ん、アタシはアンタ達とは身体の造りが違うのよっ。食事をしなくても健康に問題はないんだからっ」
「なんだ、そのトンデモ生物……」
自信満々に胸を張ったリゼットの答えは、おおよそ生物とは思えないようなものだった。食事をする機能があるのに、それを必要とはしない。その荒唐無稽ぶりは、さすがは妖精とでも言ったところか。
「それより早く食おうぜ、もう腹ペコだぜ」
「そだな。せっかく用意したのに冷めちまうし」
ロドニーの催促により、パーティーが開始される。まぁパーティーと言っても、食事をしながら談笑するだけなのだが。
「こらミーア、フルーツサンドばっか食ってねぇでちゃんとした飯も食え」
「ご、ごめんなさいお兄さま。その、美味しくってつい……」
「そんなやり取りしてると、ホントに兄妹みたいっスね」
デザートみたいなのばかりを食べているミーアに注意をしていると、ヴィーノが茶々を入れてくる。
ユーキとしては、自分の作った料理を食べて欲しいという気持ちから出た言葉だったのだが、周囲からはそんな風に映るのか。
「アレクくんは2人を見て嫉妬とかしないの?」
「どっちにだよ? ユーキか? ミーアか?」
「嫉妬……? なんで?」
「はは。そういう所、アレクらしいよね」
そんなユーキたちのやり取りを見て、クララはアレクに疑問を投げるが、どうやら空振りのようだ。
ロドニーの言う通り、ユーキとミーアのどちらかに嫉妬をしてもおかしくはないとも思うのだが、そこはエメロンの言う通り、アレクらしさと言ったところか。
そんな風にパーティーを楽しんで幾らか時間の経った時、アレクが不意に疑問の言葉を放った。
「父さん、いつになったら帰ってくるんだろ?」
それは誰かに問いかけたものではなく、ほとんど独り言に近かった。答えが返ってくるなどとは期待しておらず、ちょっとした会話の隙間に、自然と口から零れたものだった。
しかし期待していなかった答えは、予想外にユーキの口から返ってきた。
「戦争終わったらしいし、もうすぐ帰ってくるんじゃねぇ?」
「えっ⁉ 戦争、終わったのっ⁉」
「今朝の新聞に載ってたぜ。なぁ、ヴィーノ?」
「確かにそう載ってたっスね。でも、もうすぐ帰るってのは気が早いっスよ? 正式な条約の取り決めはまだこれからって話しっスから、まだしばらく現地に駐留する可能性もあるっスよ?」
新聞の見出しに大きく載っていた「終戦協定締結」の文字に、ユーキはシュアープ軍がすぐに帰ってくるものと考えていた。
しかしヴィーノによれば、正式な条約が結ばれるまでは終戦協定は「取り合えず」の状態らしい。もし、何かが起これば再び戦争状態になる事も有り得るので、それまではお互いに簡単に兵を退く事は出来ないのではないか、という事のようだ。
「あれ、そんなモンなのか? 悪ぃ、ぬか喜びさせちまったかもな」
「ううん、家に帰ったら兄さんに聞いてみるよ。兄さんなら詳しく知ってるかもしれないし」
アレクの兄・ヘンリーは、不在のレクターに代わって領主代行を執り行っている。まだ若いのに大したものだ。
確かにヘンリーならば、シュアープ軍の動向を詳しく知っていてもおかしくはない。ただ仮に知っていたとしても、身内とはいえ子供のアレクたちにその内容を教えてくれるとは限らないが。
「でも戦争が終わったなら良かったです。お兄さまもおじ様の事、心配だったんじゃないですか?」
「親父? 心配なんかコレっぽちもしてねぇよ。この10ヶ月、親父が居なくても何にも不便なかったし、大体あの親父がくたばるとか想像できねぇ」
「あー、何かユーキのパパは凄いらしいっスね。兄ちゃんがいつも言ってたっスよ」
「兄ちゃん? ヴィーノの兄貴、ウチの親父と知り合いなのか?」
詳しく話を聞けば、ヴィーノの兄・ブローノは兵隊をやっていて、サイラスの部下だという事だ。何と世間の狭い事か。
しかもブローノはサイラスを信奉しており、事あるごとにヴィーノたち家族にサイラスの自慢話をするそうだ。一体あのいい加減な父親の、どこにそんな魅力があるというのか。
「んじゃあ、オレたちの中で家族が戦争に行ってんのはユーキとアレク・ミーアの親父と、ヴィーノの兄貴か。3人とも、早く帰ってくるといいな」
「ロドニー……、お前……」
「初めて会った時じゃ、考えられないセリフだよね」
「その時の事は知りませんけど、お兄さまと姉さまに同感です」
「ぐっ、なんでだよっ⁉」
せっかく気を遣ったのに、アレクとミーアの反応で台無しである。しかしロドニーの突っ込みの後、子供たちの間にひと際大きな笑い声が響いた。
そして更に時間が経ち、ユーキが皆から誕生日プレゼントを受け取り、その後しばらくして解散した。
まだ日は高いが、シュアープの治安の低下を警戒して夜間に子供が出歩くのは自粛する事になっている。アレクとミーアは母親のエリザベスが迎えに来て、他のメンバーは各自解散となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「姉さま、お兄さまへのプレゼント、喜んで貰えて良かったですね」
「へぇ、何をプレゼントしたの?」
「包丁だよっ。ちょっと高いのを、みんなでお金を出し合ってプレゼントしたんだよっ」
無事に帰宅したバーネット親子は、母の作る夕食を楽しみにしながら談笑していた。話題は今日の出来事である。とはいっても、年末近いこの時期は学校も休みであり、今日起きた事と言えばユーキの誕生日パーティーしかないのだが。
ユーキへのプレゼントは、前回のアレクの誕生日プレゼントと同様に、みんなの予算を合わせて1つのプレゼントをする事にしていた。発案はアレクだが、プレゼントの選定はヴィーノである。何とかという工房製の、抗菌の『一般魔法』が描かれた優れものらしい。
実際、結構な値が張るもので、包丁を受け取ったユーキは驚きのあまりに言葉を失っていた。
「あの時のユーキの顔、すっごく驚いてたよねっ?」
「私は、その後の戸惑ったようなお顔が可愛かったですっ」
「2人とも、ユーキ君がホントに好きねぇ。いっそのこと、お婿さんに貰っちゃう?」
「えっ、ミーアとユーキが結婚っ⁉」
「姉さまとお兄さまが婚約ですかっ⁉」
エリザベスのちょっとした冗談に対する2人の姉妹の反応は、予想したものとは少し違った。どうやら娘たちはユーキの事は好きだが、自分が結婚したいとは全く思ってもいないようだ。恥じらう様子は欠片もなく、ただ喜色を浮かべて自分の姉妹とユーキとの結婚を想像したようだ。
「お母さん、あなた達の将来がちょっと心配よ」
不安が過ぎったのは事実だが、まぁそれほど深刻になる必要もないだろう。まだアレクは9歳、ミーアは8歳の子供なのだ。結婚の話など、まだまだ先の話だ。
ユーキとの関係は少し複雑な心境だが、それも成長と共に解決すると信じよう。
「あっ、そうだっ! 母さん、戦争が終わったんだってっ! 父さん、いつ帰ってくるかな?」
「そうねぇ、ボーグナインまでは2ヶ月くらい掛かるけど、早ければアレクの誕生日までに帰ってくるかもね」
「兄さまなら詳しく知ってるでしょうか?」
ミーアがそう尋ねた時、玄関の扉が乱暴に開かれる音がした。普段、バーネット家の扉がこんな風に開けられる事などは無い。
3人が大きな音に驚き戸惑っている間に、扉を開けた何者かが駆け寄る足音が聞こえる。「まさか強盗か⁉」と、エリザベスがそう考え身構えた時、3人の居るキッチンへの扉が開け放たれた。
「ヘンリー……?」
乱暴に入室してきたのはエリザベスの息子であり、アレクとミーアの兄・ヘンリーだった。
強盗ではない事に安堵したエリザベスだったが、ヘンリーの様子がおかしい。こんな風に乱暴な振る舞いをするような子ではないし、そもそも領主代行をしているヘンリーの帰りはもっと遅くなる筈だ。
「はっ……はっ……はっ……」
「兄さま? とりあえず、お水を……」
激しく息を切らすヘンリーにミーアが水を渡そうとするが、ヘンリーはそれを手で制する。
「兄さん、どうしたのさ?」
「はぁ……、はぁ……、みん、な。落ち、落ち着いて……」
「ヘンリー、あなたが落ち着きなさい」
息も整わないままに喋ろうとするヘンリーだが、呼吸が乱れて上手く喋れない。相当急いで走ってきたのだろう。
3人は訳も分からず、ただヘンリーの呼吸が整うのを待つ。そして数十秒経って、ようやくヘンリーが大きく息を吐いた。
「…………みんな、落ち着いて聞いてくれ」
「……いいわ、話して」
この時、エリザベスだけはヘンリーの話す内容を予想して覚悟を決めていた。
温厚なヘンリーの、この取り乱しようはただ事では無い。恐らく、とんでもない事が起きたのだろう。それも、きっと悪い意味で。
エリザベスのその予感は的中した。
「……父さんが、……戦死した」
それはエリザベスが予想する中での最悪の内容だった。
そしてアレクとミーアには、全く予想外の最悪の報告だった。




