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第28話 「Ground Zero」


「それで、状況は?」


「後方から人形兵器が襲ってきたっス。暗いせいで正確な数は不明っスけど、少なくとも数十体はいるっス。現在は後方で警備をしてた部隊が交戦中っス」


 耳を傾ければ、銃声などの戦闘音が遠くから響く。音の響き方から、数百mは離れている様に聞こえる。警備の兵も疲れているだろうに、早期に敵を発見してくれたようだ。


「被害は?」


「……5人やられたっス。今の時点では、っスが……」


 殆ど不休で丸一日行軍をして、仲間の死と、疲れに晒されながら敵襲を受けたにしては少ない被害だとも言えるが、それはレクターたちにとって何の慰めにもならない。

 レクターを含むシュアープ兵たちの想いは1つ、「これ以上の犠牲を出したくない」だった。


「準備が出来次第、出発する。君も準備に取り掛かってくれ」


「了解っス。5分もかからんっスよ」


「それと、これを預かってくれ」


 レクターはそう言って、先ほどまで自分が書いていた紙を折り畳み、封筒に入れてブローノに渡した。


「何っスか、コレ?」


「まだ書きかけなんだけどね。……私は時間を稼ぎに後方へ回る」


「ちょ、ちょっと待って欲しいっス! 領主様が時間稼ぎっスか⁉ んじゃあ、誰が指揮を()るんっスか⁉」


 ブローノの疑問は(もっと)もな事だった。兵士長であるサイラスはもう居ない。その上で軍団長とも言えるレクターまでが指揮を手放してしまえば、一体誰が全体指揮を()るというのか。


「それはブローノ君、君にお願いしたい」


「お、オイラっスか⁉ ムチャ言わんでくださいっス!」


「無茶を承知で頼む。これが、一番被害が少なくて済む最善の選択だ」


 レクターの指示に抗議するブローノだったが、すぐに考え直す。

 帝国の人形兵器は強力だ。一般の兵が1対1で倒せる相手ではない。しかしレクターは既に、1人で数体の人形兵器を倒した実績がある。たとえ広範囲の魔法が使えなくても、現状で人形兵器に対抗できる唯一の人材と言って過言では無かった。


「領主様……。大丈夫っスよね?」


「あぁ、もちろんだ。以後の指揮は君に任せる。最優先すべき事はジークムント殿下の身の安全と、グリーズ砦への到着だ」


「……了解っス」


 必要最低限の指示だけを伝えてレクターは後方へと向かった。不安げに見送るブローノを残して。


 移動して僅か数分。レクターの目には、人形兵器の銃撃から必死に身を隠す兵と、銃弾を受けて地に伏す兵の姿が映った。

 人形兵器の数は見えるだけでも20以上。恐らく、その倍は居るものと思われる。それらが放つ銃弾から、ある者は金属製の大盾に身を隠し、ある者は木を盾にして、何とか戦線を維持しようと奮闘していた。


「男爵様っ⁉ ここは危険ですっ! お下がりくださいっ!」


 レクターの存在に気付いた兵が驚きの声を上げる。しかしレクターはそれを意に介さず、逆に兵に撤退指示を出した。


「他の兵はすでに撤退準備を開始している。間もなく動く筈だ。君たちも撤退を開始してくれ」


「しかしっ! それではカカシ共に追いつかれますっ!」


「ここは私が引き受ける。君たちは撤退しろ」


「しかしっ‼」


「これは命令だ。従わないなら厳罰に処すぞ?」


 殿(しんがり)を支えていた兵に対して撤退を指示するレクター。戦力的なものか、レクターの身を案じてか、兵たちは異議を唱えるが、レクターは有無を言わさない。

 生存している兵たちの数は50ほど。すでに10人以上の兵たちが犠牲になっているのが目に映る。これ以上の犠牲者を出す訳にはいかない。

 そう決意を込めたレクターの強い言葉が兵の言葉を詰まらせ、撤退を開始させた。


「よし……。では、彼らが安全な場所まで退くまで時間を稼ぐか」


 そう呟いたレクターは木の陰から飛び出す。その姿を捉えた人形兵器は足を止め、レクターに銃撃を浴びせる、が弾丸が命中する事は無く、その間に別の木の陰へと隠れる。


 人形兵器は攻撃の際に必ず足を止める。それに偏差射撃(へんさしゃげき)は行えないようで、動き回っていればそうそう当たる事は無い。そして周囲は遮蔽物(しゃへいぶつ)の多い森だ。

 これだけの情報と条件が揃っていれば、レクター1人でも回避に徹すれば多少の時間稼ぎは不可能ではない。が……。


「敵は1人を置いて撤退したぞっ!」


「どうせ1人じゃ何も出来ん! 無視して追撃するぞっ!」


 それは相手が物を考える事の無い人形兵器のみだった場合だ。人間が相手であった場合、レクターの企みが時間稼ぎである事など容易に想像がつく。ならば、たった1人など無視をして追撃するという判断も下せよう。


 しかし物を考えるというのなら、それはレクターも同様だ。


「そう易々(やすやす)と通す訳にはいかないなっ」


”バチィィンッ‼”


 「無視する」という命令を受けた人形兵器は、レクターが目の前に現れても命令通り無視をする。攻撃してこないのが分かっていれば、人形兵器に近づいて杖を直接当てる事など造作も無い。

 レクターは、予想外の攻勢に戸惑った帝国兵が次の指示を出す前に、続けざまに4体の人形兵器を行動不能にした。


「なんだっ⁉ あの武器はっ⁉」


「人形兵器が一撃でっ⁉ くっ……、距離を取って包囲しろっ! 囲めば回避は不可能だっ!」


「……やっぱりこうなるか」


 帝国兵の指示により、人形兵器がレクターを中心に扇状に広がってゆく。その間に逃げる事は可能だったが、レクターはそれを選択しない。レクターの目的は、シュアープ軍が撤退するまでの時間稼ぎなのだ。今、逃げては意味がない。


 そうしている間に包囲網が完成した。

 ……サイラスならば、この状況からでも銃撃を回避して反撃する事も出来たであろう。攻撃範囲外の上空へ退避して撤退するのも容易い事だろう。しかしレクターにサイラスのような高速移動は不可能だし、長年のデスクワークと加齢により、全盛期のような動きも望めない。


「もう少し時間を稼ぎたかったけど……、ここまでかな」


「撃――」

「うおおぉぉぉっっ‼」


 レクターが覚悟を決めて、帝国兵が攻撃指示を出そうとした……、まさにその時、雄叫びを上げて突進してくる4人の兵が現れた。

 彼らは盾を構えて人形兵器に突撃し、2体を横倒しにする事に成功した。車輪で作られた人形兵器の脚では、自力で起き上がる事は出来ない。


 突然現れて人形兵器に攻撃をしたのは、先ほど撤退した筈のシュアープ兵たちだった。


「君たちは……、なぜ戻ってきたっ⁉」


「いやぁ、撤退中の本隊に娘婿(むすめむこ)が居ましてね」


「オレの甥も居てるんですよ」


「男爵様の考えは分かってるつもりですぜ」


「オッサンばっかりで恐縮ですが、お供しようかと」


 怒りにも似た怒声を発するレクターに対して各々が一言ずつ、軽口を叩く。が、その表情には死出の旅への覚悟が完了している事が(うかが)える。

 しかしレクターは、ハッキリと言葉に出して確認をせずにはいられなかった。


「……死ぬ事に、なりますよ?」


「野暮なコト言いっこなしですぜ。みんな、そのつもりでさぁ」


「それより敬語なんて止めて下さいよ。いくら年上でも男爵様から敬語使われちゃ、(おそ)れ多くて」


「とにかく時間を稼ぎゃいいんでしょ? ……と、敵が動き出しやがったな」


「私らが盾になりますから、男爵様は後ろへ下がって下さい」


 彼らの決意は固かった。そもそも、今からでは引き返す事も難しいだろう。

 人形兵器の銃撃が再開され、4人は盾で急所を隠しながらレクターを守るように囲んだ。


「みんな、すまない……」


「だから、野暮は言いなさんなって」


「最後の1人が倒れるまで男爵様に傷1つ、つけさせませんよ」




 その後しばらくして、4人の兵の最後の1人が膝をついた。たった4人で実に10分以上もの間、宣言の通りレクターを守り通したのだ。


「ぐっ、すいま、せん……。オレ、もここまで、みたい、す……」


「十分だよ……、ロバート。ロドリゴも、スティーブも、フィリップも良くやってくれた……。ありがとう」


「へ、へ……、ご武、運……を……」


 レクターを最後まで守った男、ロバートが意識を手放し、地に伏す。その身体には、盾で守り切れなかった弾痕(だんこん)が無数に刻まれている。恐らくは数分以内に、その魂は天に召される事だろう。

 ロドリゴとスティーブも先程、ロバートと同様に倒れた。フィリップは頭部に銃弾を受けた為、即死だろう。


「ったく、どうなってんだコイツら? やぁっと倒れやがったぜ」


「……おい、後続の部隊が追い付いてきたぞ。どうすんだよ、本隊がまだ先だって知られたらドヤされるぞ?」


 帝国兵の声に、1人となったレクターが遠くを見れば、確かに帝国軍の軍旗(ぐんき)を掲げた部隊が迫っている。木々が障害となり、その規模はハッキリとは分からないが100以上はいそうな雰囲気だ。距離も近く、既に2、300mの距離まで迫っている。


「く、くくく……」


「な、なんだコイツ……。笑ってんぞ?」


「仲間がみんな死んで、おまけに増援まで現れたってんで、おかしくなったんだろ」


 突然笑い出したレクターを不気味がる帝国兵。それに対して、もう1人の帝国兵が、絶望から気が触れたものと結論付けた。

 言われてみれば納得だ。帝国兵から見れば、レクターには一片の希望も残されてはいない。もはや生き残る為には、投降するしか手段は残されてはいないのだ。それすら確実に生き延びる事が出来るとは限らない。


「……本当にありがとう。君たちのおかげで、皆はグリーズ砦まで逃げ延びられる」


「何ブツブツ言ってんだ? 本当におかしくなっちまったのか?」


「300mなら、既に射程圏内だ。……私たちの、勝ちだっ!」


 顔を上げ、目を見開き、手に持った杖を掲げる。杖には既に全力の魔力を送っている。後は放つだけだ。杖の先端からは、まるで魔力が溢れるように放電を放っている。


 これを見た帝国兵は驚き、焦った。

 『降雷』と呼ばれる大規模攻撃魔法の使い手の話は聞いてはいた。しかし、目の前の男がそれだとは思いもしなかった。先ほど人形兵器を倒した際は、杖を直接当てていた為、雷には一切気付いてはいなかったのだ。

 それに帝国兵たちからしてみれば、その様な強力な魔法が使えるならさっさと使えば良いのだ。出し惜しみする理由など思い当たらない。


 しかし今更その様な事を考えても意味は無い。

 帝国兵は、自身が生き延びる為に最善の……、しかし遅すぎる判断を下した。


「ソイツを撃ち殺――っ‼」

「――遅いっ!」


 帝国兵が人形兵器に指示を出し終える直前、レクターの杖から巨大な、(まばゆ)いばかりの魔法陣が浮き上がった。

 本来、魔法陣の放つ光というのは余剰魔力がもたらす光である。レクターの全てを込めた雷の魔法は、その余剰分だけで一般人の全魔力と匹敵する程の力を持っていた。


 視界が白く染まる――。

 鼓膜が破れ、耳鳴りだけが残る――。

 全身が痺れ、感覚が消える――。


 一瞬の間に全てが起こり、そして全てが終わる――。


 半径数百mを包む雷の爆心地で、レクターはその刹那(せつな)


(サイラス、すまない。ヘンリー、アレク、ミーア、どうか幸せに。エリザベス、愛――)


 親友への謝罪、子供たちへの祈り、そして妻への愛を語るその途中で、レクターの意識は永遠に途絶えた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「がっ、……いっつ。……生きてんのか、オレ?」


 シュアープ軍の駐屯地があった場所、そこから北西に数百mの地点にある森で目を覚ました男がいた。

 その男は瀕死の重傷で、背中、脇腹、右脚に銃弾を受けており、右腕と両脚は骨折、左肩には鋭利な突起物による刺し傷があった。


「……動け、ねぇな。……こりゃ、生きてて運が良かった……、とは言えねぇよなぁ?」


 自身のあまりの惨状に、軽口を叩くくらいしか現実に抵抗する手段が無い。

 移動するどころか、寝返りだって打てない状態だ。このままでは遠からず衰弱死してしまうだろう。


「……それとも凍死が先か? ……いや、獣に襲われるって可能性も」


 自分の死の可能性を軽々しく口にする男、サイラス。

 あの時「合図」をしたサイラスは、レクターの雷の魔法が放たれる直前に風の魔法で脱出していた。生き残る自信があった訳ではない。殆ど無意識に風の魔法を使っていたのだ。


 結果はこの通り、無残な姿である。

 衰弱死か凍死か、それとも獣に食い殺されるかは分からないが、このままでは遠からず死の運命からは逃れられないだろう。こんな事になるのなら、大人しくレクターの魔法で死んでいた方が楽に()けたのではなかろうか?


 その様なことを考えていた時、サイラスの五感に何者かが近寄ってくる気配が感じられた。


 王国兵なら助かる。

 帝国兵でも、捕虜としてなら助かるだろうか?

 獣であった場合は……、肉食獣でない事を祈ろう。


 そんな事を考えている間にも気配の主は近づいてくる。

 サイラスは五感を尖らせ、気配の正体を探る。次第に”ザッ、ザッ”と足音が聞こえてきた。この足音は、人間だ。


「おぉ~いっ!」


 人間ならば助かる可能性が出てきた。

 恐らくは足音の主は帝国兵だろうが、まさか敵兵とはいえ瀕死で身動き出来ない相手を殺す事は無いだろう。上手く交渉すれば治療をして貰えるかも知れない。


 相手はサイラスの声に気付いたらしく、足音がどんどん近づいてくる。

 やがて足音は数m程度の距離までやってきた。身体がロクに動かないサイラスは相手の姿が見えないが、間違いなくすぐ側に居るはずだ。


「おーい、助けてくれ。死にそうなんだ」


「あぁら、また逢いましょうとは言ったけれど、またすぐにお別れする事になりそうね?」


 助けを()うサイラスに、足音の主が返事を返す。しかし、その色気のある女性の声は一瞬でサイラスを絶望の(ふち)へと叩き落とした。


「…………クソったれ」


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