第25話 「約束」
「レクターっ!」
「話は後だ。さっさと片づけて、集合地点に移動しよう」
「……おうっ!」
再会の挨拶もそこそこに、レクターを加えたサイラスたちは戦闘を再開する。
一部始終を見ていたジークムントであったが、レクターの戦い方は不思議なものだった。
サイラスのように正面から近づく訳でも、高速で動く訳でもない。決して人形兵器の正面には立たず、一定の距離を保っているのだが、人形兵器が味方を攻撃しようとすれば、いつの間にか手にした石を投げ、その標的を自分に向ける。そして自身は、その射線から逃れるというのを繰り返していた。
そしてレクターが人形兵器の注目を集めているうちに、サイラスが1体、兵士たちがもう1体の眼を破壊して無効化した。最後に残った1体も、いつの間にか背後に立ったレクターが電撃を浴びせて破壊する。
「助かったぜ、お前が来なきゃ全滅してたかも知れねぇ」
「それは良かった。……負傷者は?」
「……ダメです。2人とも……」
レクターの来る前に、人形兵器の銃弾に倒れた2人の兵士は既に事切れていた。
サイラスは己の不甲斐なさを呪う。2人は自分の立てた迂闊な作戦の為に死んだのだ、と。
「兵士長……。あなたの責任では……」
「わかってる。遺品を回収して、すぐに移動だ」
サイラスは決して非情な人間ではない。むしろ人情に溢れていると言ってもよい。しかし、非情な態度を取れなければ『魔人戦争』は生き残れなかった。そうでなければ、この場を生き残れない。だから後悔も懺悔も、今は後回しだ。
サイラスが部下に遺品回収を命令している間、レクターはジークムントの安否を確認していた。それはサイラスの考えと同様に、レクターもジークムントの存在がシュアープ全軍の存亡よりも重要だと考えていたからだ。
「殿下、ご無事で」
「……サイラスのお蔭でな。敵兵のお蔭で無事だというのも、奇妙な話だがな」
改めて口にすれば確かに奇妙なものである。しかし、本来攻撃してくる筈のない人形兵器が攻撃してきて、マリアは堂々とジークムントを殺す命令を受けたと言っていた。今や、ジークムントにとっての敵味方は逆転していたのかも知れない。
「殿下、我々は……」
「良い、皆まで言うな。貴様らの目的の為にも、余が死んでは困るのだろう?」
「それは……」
レクターの先手を打つジークムントは非常に聡い。
確かにレクターはジークムントを、戦争を終結させるための手札として使おうと考えている。その為には死なれては困るのは事実だ。しかしそれは、ジークムントの人格を無視したり、手駒として扱うといった考えではない。
しかし、そんな言い訳を今する事に何の意味があるのだろうか。
「いえ、準備がよろしければ移動しましょう。お辛ければ、誰かに運ばせますが?」
「いらん。余よりもサイラスの方が限界ではないのか? ……置いて行くのは許さんぞ?」
どさくさに紛れて逃走されては面倒だと考えて提案したレクターだったが、ジークムントの言葉を聞いて、目を見開き、キョトンとする。
サイラスの口ぶりから、良好な関係を築いていると感じてはいた。だが、まさか敵国の皇太子からこんなセリフが出てくるとは……。
「ふ、ご心配なく。サイラスはあの程度で音を上げるほど、ヤワな男ではありません」
思わず笑みが零れてしまう。大人びた皇太子の見せた顔が一瞬、年相応に見えたから。
きっと大丈夫だ。賢いこの子は、きっと全て理解している。理解した上で、自分たちから逃げ出すような事は無いだろう。無二の親友、サイラスのおかげで。
「時間がありません。では、参りましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「部隊ごとに集まって点呼を取るっス! 人員の確認が最優先っス!」
「物資はどうする? 全然足りないぞ⁉」
「グリーズ砦まで3日で着くっ! それまで持てばいいっ!」
陣地の西側、集合地点は集まった数百人のシュアープ兵でごった返していた。ブローノを含む小隊長たちが、準備の不十分な出立に向けて慌ただしく怒号を発している。
その統制は、お世辞にも纏まっているとは言い難い。彼らの指揮官であるレクターもサイラスもこの場にはおらず、突然「陣地を放棄してグリーズ砦まで撤退する」と指示されれば仕方のない事とも言えよう。おまけに兵の半数以上は、夕飯に仕込まれた毒によって体調不良を訴えている。
間もなくレクターの指示した15分が経つが、万全には程遠い。なにより当のレクターがこの場に居ない。当然この状況では予定時間が来ても、出発など出来はしない。ならば逆にその時間を利用して、少しでも準備を整えようと、未到着の仲間を探そうと躍起になっていた。
しかし、そこにレクターたちが到着する。
「待たせたね。状況はどうだい?」
「領主様っ! 隊長もっ! 心配したっスよ~っ!」
レクターとサイラスの姿を確認し、心底安堵したブローノは、一も二もなく2人に駆け寄る。が、同時に不安をも感じ、足が止まった。
レクターたちが合流したという事は、間もなく出発するのだ。合流できていない仲間たちを置いて……。
「ブローノ君、状況を報告してくれ。出来るだけ詳しく、ね」
「りょ、了解っス……」
ブローノの表情が曇った理由をレクターは察する。しかし判断を誤る訳にはいかない。その為にも正確な情報が必要だ。感情を押し殺しながら話すブローノの報告は想定内のものだった。
帝国軍はシュアープの陣地を取り囲み、その総数は不明だが少なくとも千以上。陣地内まで侵入している者まで居る事を考えると、その倍以上かも知れない。そして、グリーズ砦へ向かう方角には百体以上の人形兵器が広がっている。
「なるほど。兵員たちの集結具合は? 出発の準備はどの程度進んでいる?」
「正確じゃないっスが、集合してるのは300人ほど……。物資の積み込みも心許ないっスが、3日くらいなら何とか……」
「わかった。……上出来だ」
上出来……。レクターの、その言葉にブローノは焦りを覚えた。シュアープ軍の総数は約400。その7割強がロクに準備もせずに僅か十数分で終結できたのだ。確かに上出来とも言える。だが、残りの100名は未だに陣内に残っているのだ。
「では、出発する。まだ少し誘雷石は残っていたな? サイラス、いけるか?」
「ムリとか言ってらんねぇだろ。いくぜ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっス! まだ……」
残っている兵が多数いるのだ。今出発するということは、彼らを見捨てるという事に他ならない。ブローノの主張はサイラスもレクターも、口にされずとも痛い程に理解していた。
だが、既に問答をしている時間は無い。この場に集結している事実はとうに帝国軍にもバレているだろう。ならばすぐにも包囲は縮められ、ますます脱出は困難となるのは間違いない。確実に、そして最小の被害で脱出する為には、今すぐにでも出発する必要があった。
「諦めろ。文句は後で聞いてやる。残ってる誘雷石を持ってこい」
「……了解……っス」
追い縋るブローノを一蹴し、誘雷石を取りに行かせる。ブローノはこれ以上は無駄だと悟り、歯を噛みしめつつも指示に従った。
「私は少し皆を見て回る。ブローノ君が帰る頃には戻るから、サイラスは少しでも身体を休めててくれ」
そう言ってレクターもサイラスの元を離れる。ブローノを待つ間、恐らく数分程度であろうが、時間が空いた。僅かな空き時間を持て余していた時、ジークムントがサイラスに話しかけてきた。
「サイラス。お前、まだ戦うつもりか?」
「よぉ、ジーク。こんな事に巻き込んじまって、お前さんにゃ悪い事したな」
サイラスは拉致されてしまったせいで、敵陣の中で自軍に襲われる羽目に遭ったジークムントへと詫びる。だが、それはジークムントからすれば逆であった。この襲撃は恐らく、皇位継承権に関わる帝国の内輪揉めであり、ならば巻き込まれたのは寧ろ、サイラスたちシュアープ兵だ。
しかしジークムントが……、帝国の皇族が敵兵に対して詫びる事など許されない。だから自分に許される言葉を探して、続きの言葉を紡ぐ。
「貴様、既に限界であろう? 隠しているようだが、立っているのも辛かろう?」
「何だ? 敵のオレを心配してくれてんのか? まさか皇太子殿下直々にその様なお言葉を頂けるとは、光栄の至りだね」
「茶化すな。まさかとは思うが貴様、死ぬ気ではあるまいな?」
「ぷっ、くっくっく……」
ジークムントの言う通り、サイラスの身体は度重なる戦闘による負傷と疲労により限界であった。
しかし「自分を心配しているのか?」と、冗談半分で言ったのだが否定の言葉は帰ってこない。その様子が面白くて笑いが込み上げてきた。相手を気遣う優しさを持っているのに、カッコをつけて素直に言葉に出来ない。まるで、どこかのバカ息子のようだ。
「何が可笑しい。無礼であるぞ」
「いや、悪ぃ。オレは死なねぇよ。町にゃガキも待ってるしな」
「ガキ? 息子か? ふむ……、貴様の息子か。さぞや人を食った性格をしておるのだろうな。しかし、興味が湧いたぞ。戦争が終わったら、余の前に連れてくるがよい」
その存在自体、知ったばかりだというのに、ジークムントのユーキへの評価は散々であった。これは全てサイラスが悪い。
しかしジークムントが放った言葉にサイラスは首を捻った。
「いやお前、皇族だろ。戦争が終わっても王国の、しかも平民が会えるワケねぇだろ」
「然様な事、どうとでもなる」
「それにジークとウチのガキじゃ、合わねぇと思うんだが……」
「それもどうでも良い。貴様はただ了承すれば良いのだ。報酬も出す。それならば文句も無かろう?」
渋るサイラスに、ジークムントは強引に約束を取り付けようとする。
しかしその時、誘雷石を取りに行っていたブローノが帰ってきた。それとほぼ同時に、先の宣言通りレクターも帰還する。
「隊長、誘雷石はこれで全部っス」
「これだけか。こりゃ、今後はレクターの魔法にゃ頼れねぇな」
「そうだね……。包囲を突破した後に戦闘が起こったら、白兵戦で何とかするしかないね」
ブローノから受け取った誘雷石は両手で抱える事が出来る程度の数しかなかった。これでは包囲を突破する際に使用すれば、1つも残る事はないだろう。
グリーズ砦までの道程は3日。待ち伏せは無いと思いたいが、追撃はまず間違いなくあるだろう。その時にレクターの魔法が使えれば心強かったのだが。
「その時はオイラたちに任せるっス! オイラたちだって、ずっと隊長と領主様に頼りっぱなしじゃ情けないっスから!」
「おう、その意気でジークの事も頼んだぜ」
「任せるっス! 指一本触れさせないっス!」
「サイラスっ! 余を無視するなっ。先の件、約束しろ」
「わかったわかった。ちゃんと会わせてやっから、いい子で待ってろ」
ブローノとレクターの到着で、話から置いて行かれたジークムントが抗議する。口調は尊大だが、その内容は年相応に可愛らしくも思えた。
しかし準備が整った以上、ゆっくりと話している時間は無い。サイラスはジークムントを適当にあしらい、レクターに向き直った。
「んじゃあ、行ってくるが……。もしもの時は、分かってるよな?」
「あぁ……。そうならない事を祈っているよ」
2人は短い言葉で確認をする。傍にいるブローノとジークムントは不穏なものを感じるが、その言葉の持つ意味までは分からない。そして意味を問い質す間も無く、サイラスは行く手を阻む敵部隊へと身体を向けた。
「よし、行くぜ……っ!」
足へ魔力を集め、魔法陣が光を放つ。次の瞬間”バシュンッ!”という破裂音と共に、サイラスは空へと跳び立った。




