第3話 「ケンカで始まる引っ越し初日」
(さて、加勢するとは言ったがどうすっかな……)
思わず飛び出したユーキは考えた。
女の子は戦力には考えられず3対2。いや、男の子だって明らかに年下だしアテになるかは怪しい。流石に1人で3人を相手するのは、かなりキツイ。
ここはまず穏便に事を収められないかを試してみる。
「なぁ、ここは一旦引いちゃくれねぇか?」
「あぁ? お前、何なんだよ?」
「ただの通りすがりだよ。な、別にいいだろ? ケンカなんかしたって何の得にもなりゃしねぇ」
「別にいいぜ。そこのチビが謝るってんならな」
それを聞いたユーキは内心舌打ちをする。
同じようなやり取りを先ほどしていたのだ。男の子がこの状況で謝るワケがない。
「何度も言わせるな! お前たちこそ、この子に謝れっ!」
案の定これだ。
これでは、男の子に形だけでも謝るように説得するのも難しいだろう。
「な? お前こそ関係ないんだから引っ込んでろよ」
「それができるなら最初から首突っ込んだりしてねぇよ。おい、後ろの2人もコイツと同じ考えか?」
「あ、あったり前っスっ! お前もヒドイ目に合いたくなかったら、ロドニーに逆らわない方が身のためっスよっ!」
「い、いや、僕は……」
体格のいい少年・ロドニーの説得が難しいと考えたユーキは、他の2人に矛先を変えた。
すると2人の反応には動揺が見える。特に気の弱そうな少年の反応は顕著だ。これなら、きっとロドニーを何とかすれば2人は引き下がるに違いないだろう。
そう考えたユーキは男の子に話しかける。
「なぁ、お前……」
「アレク」
「ん?」
「ボクの名前はアレク。キミは?」
「了解だ、アレク。俺はユーキだ。んでアレク、俺があのデカいやつを相手すっから、他の2人の注意を引いて時間稼ぎをしてくれ。頼めるか?」
突然の自己紹介に少し戸惑うが、ユーキはアレクに作戦を伝える。
それは作戦と呼べる様な立派なものではなかったが、状況を考えれば仕方のない事だろう。
年下のアレクに2人の相手を任せるのは気が引けるが、自分が速攻でロドニーを倒せば2人はきっと引き下がる。逆の配役も考えたが、この役目はきっとアレクには不可能だろうし、仮にユーキが2人を倒してもきっとロドニーは引き下がらないだろう。
アレクはユーキの作戦にすかさず「うん、わかった」と返事をした。
懸念があるとすれば、ロドニーたちがどう出てくるかだが。
「オイ、聞いたかよ? コイツらやる気だぜ? しかもチビは1人でお前ら2人を相手するってよ」
「へ、へへ……。なめられたモンっスね」
「…………」
ロドニーたち3人の反応を窺ったユーキは安堵する。
当然、ユーキとアレクの会話はロドニーたちにも筒抜けだ。しかしこちらの作戦に対応してくる様子はなく、それどころか後ろの2人には動揺すら伺える。
これなら上手くすれば……と、ユーキが考えた時だった。
「うわあぁぁーーーっ‼」
突然、アレクが雄叫びを上げて突撃した。
これにはその場にいた全員が面を食らい、身体と思考の動きが一瞬止まる。
そしてアレクは気弱そうな少年に飛び掛かり、そのまま揉みくちゃになりながら2人は地面を転がった。
「バ、バカ……っ!」
思わずユーキが呟く。
ユーキがアレクに頼んだのは時間稼ぎだ。突っ込めとか、ましてや倒せなんて指示はしていない。しかし、今更そんな事を言っている場合ではない。
ユーキは意識を切り替え、ロドニーを見る。ロドニーの視線は未だアレクの方へ向いていた。
(……っ! 今しかねぇっ!)
ロドニーに向かって大きく踏み込み、その横っ面目掛けて全力の左ストレートを放つ。
拳はロドニーの右頬を捉えて顔を大きく跳ね上げた。
(手ごたえありっ! これで、トドメだっ!)
そのまま右拳をロドニーの顎目掛けて下から上方へ打ち上げる。……が、拳は目標には当たらず宙を舞う。
一撃目でロドニーの体勢が予想以上に崩れ、足をもつれさせた為だ。
そしてロドニーはこちらを振り向き、ユーキを睨みながらパンチを放ってきた。ユーキは体勢が崩れたまま、歯を噛みしめ腹に目一杯の力を込める。
「ぐ、はぉ……っ」
ロドニーの拳がユーキの右脇腹にめり込む。
お互いにダメージを受けた2人は1歩、2歩と後ずさり、距離を取った。
「てんめぇ、よくもやってくれたな……!」
(クソっ、俺とした事が焦りすぎちまった。……ダメージは五分五分ってトコか)
不意を突いたユーキだったが、結果はパンチ一発づつの交換に終わった。
体格に勝るロドニーのパンチは重く、やはり正面からの殴り合いは分が悪い。とはいえ、あまり時間を掛けてはいられない。
ユーキは意を決して距離を詰める。
「ギッタギタにしてやるっ!」
それを見たロドニーも前に出て右ストレートを放ってくる。
(遅ぇっ!)
ロドニーのパンチは重いが、速さはそれほどでもない。ユーキはパンチを躱しつつ、ロドニーの肩越しに拳を放つ。
ユーキの拳は見事に命中し、先ほどの流れをなぞる様にアッパーを放つ。……が、ユーキの右腕がロドニーの手でがっしりと捕まえられてしまった。
「それはさっき見たんだよっ! このワンパターン野郎がっ‼」
(マ、マズイっ‼)
このまま腕を捻って体重をかけられれば良くて脱臼、悪ければ骨折しかねない。そうでなくてもパワーで勝るロドニーと掴み合いでの勝ち目は薄い。
万事休すか、とユーキが諦めかけた時だった。
「誰かぁーーっ‼ 助けてぇーーっ‼」
突然、帽子を奪われてイジメられていた女の子が叫び声をあげた。
「げ……。や、ヤバいっスよ……」
「クララ……。てめえっ!」
「誰かぁーーっ‼」
アレクと取っ組み合いになっていた少年は明らかに狼狽し、ロドニーはユーキの腕を放してクララと呼ばれた女の子に詰め寄ろうとするが、クララは構わず大声で叫ぶ。
一体どこから出しているのか、と問いたくなるような大声だ。このままでは誰かしらがやってくるのも時間の問題だろう。
「お、オイラ知ーらない!」
「あ! おいコラっ、ヴィーノっ! ……クソっ、テメェら覚えてろよっ!」
ヴィーノと呼ばれた少年が逃げ出し、それを追うようにロドニーがまるで悪役のような捨て台詞を吐いて走り去る。
窮地を脱したユーキは呆然とロドニーを見送りながら思った。
(馬鹿か俺は……。最初から周りに助けを呼べば良かったんじゃないか……)
自分の思慮の浅さを反省しつつ、アレクの元へ向かう。
「アレク、大丈夫か?」
「あ、うん。ありがとっ」
尻餅をついてあちこち擦り剝いてはいるが、大きなケガは無さそうだ。
手を差し出し、立ち上がるのを手助けすると律儀に感謝を述べてくる。
「お前さんもサンキューな。おかげで助かったぜ」
「あ……。う、ううん」
女の子……確かクララと呼ばれていたか。
クララは、先ほどの大声を出していたのと同一人物とは思えない程のしおらしさで返事を返した。
周りの様子を窺うが、どうやら近くに人はいなかったのか、クララの助けを求める声に応える者は現れそうにない。
事態が収まった事を再確認したユーキは大きく溜息を吐いた。
「さて、一息ついたトコでコイツをどうすっかな……」
そう言ったユーキたち3人の視線の先には、気を失って大の字に寝転ぶ気弱そうな少年の姿があった。