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第23話 「目抜きのマリア」


筆者「ここまで、過去の伝説的な犯罪者や、一風変わった犯罪者などを犯罪心理学者のビルさんに紹介してもらいましたが、最近の犯罪者でビルさんの記憶に残ったものと言えばどのようなものがあるでしょう?」


ビル「最近ですか? そうですねぇ~。(少し考え込む) では、『目抜きのマリア』なんてどうですか?」


筆者「『目抜きのマリア』ですか? 初耳ですが、有名なんですか?」


ビル「マリア=ヴェーベルンという名前なんですが……、エストレーラ王国ではあまり知られていないみたいですね。でもクライテリオン帝国の、特に帝都では知らない者はいない程の連続殺人犯ですよ」


筆者「殺人犯で「目抜き」ってコトは……、ひょっとして目をくり抜く、とか?」


ビル「まんまですよねぇ。まぁ、分かり易さは大事ってコトで。(笑) ただ彼女の場合、その凄惨(せいさん)な殺し方以外にも特徴があって……、まず、とんでもない美人なんですよ」


筆者「ほぉっ⁉(非常に食いつく)」


ビル「なんでも逮捕当時は帝国大学の学生だったらしいですが、毎日のようにモデルのスカウトを受けていたとかなんとか……」


筆者「そんな美人が、何で連続殺人を?」


ビル「彼女は随分(ずいぶん)と恋多く、そして嫉妬深い女性だったようでして……」


筆者「痴情(ちじょう)のもつれとか?」


ビル「いやいや、そんな可愛いモンじゃあ無いですよ。何でも彼女は、自分の惚れた男の視線を独り占めしたかったそうで……」


筆者「……まさか、それで目を? まるでホラー小説ですねぇ」


ビル「更に彼女には逸話(いつわ)がありまして。マリア=ヴェーベルンの逮捕時には多くの憲兵や冒険者が駆り出されたのですが……」


筆者「憲兵と冒険者が共同で? 珍しいですね」


ビル「えぇ。その際ですが、70人余りの人員がマリア=ヴェーベルンたった1人に殺害されたという事実があるんですよ」



『犯罪者はなぜ罪を犯すのか?』

第5章 犯罪心理学者ビル=テイラー氏との対談 より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




「りょ、領主様っ⁉ 無事っスかっ⁉」


「あぁ、ブローノ君。君も無事そうで何よりだ」


 サイラスの指示でレクターへの報告に走ったブローノだったが、異変を知らせるという意味では1歩遅かったようだ。

 レクターの目に前には変形し、焼け焦げて(ただ)れて、残骸と化した2体の人形兵器が転がっていた。レクターの身体に傷1つ見当たらないのは、流石に『魔人戦争』の英雄といったところか。


「これ、領主様の雷の魔法っスよね? 誘雷石なしで大丈夫なんっスか?」


「杖を直接当てて”バチンっ”とね。それより、サイラスは? 状況はどうなっている?」


「隊長はジークくんのトコに向かったっス。それと、居合わせた2名が警鐘(けいしょう)を鳴らして回ってるハズっス。全体の状況はオイラも判らないっスけど……」


 ブローノは人形兵器の残骸を見下ろして口ごもる。シュアープ軍の大将であるレクターのテントまで敵が入り込んでいるのだ。もはや防衛機能はその役割を果たしてはいないのだろう。


「……この陣地は放棄する。全軍に陣の西側に集合するように伝えてくれ。15分後にグリーズ砦に向けて出発する。以後、変更はない」


「15分って……。遅れたり、負傷して動けない人はどうするんっスか?」


「置いて行く」


 レクターの下した決断は非情なものだった。敵襲は既に起きている。しかも陣地の中枢(ちゅうすう)まで。その状況で置いていかれた者たちがどうなるのか……。考えるまでもなかった。


「そんなっ……! みんなで力を合わせればきっと……!」


「命令に変更はない。1人でも多く、集合できるように……頼む……」


 (すが)るブローノだったが、レクターの返答に変更はなかった。続くレクターの絞るような声で、ようやくブローノも理解する。恐らく抗戦する事での勝ち目は、薄いのだと。


 よくよく考えてみれば当然の予想だ。レクターの魔法は誘雷石の不足の為に満足に使えないし、そもそも乱戦には不向きだ。サイラスも1人で何十体も人形兵器を相手するのは無理だと言っていた。そしてその2人以外は、自分も含めて殆どが実戦経験の乏しい兵が数百人いるだけだ。たとえ、敵の戦力が人形兵器100体程度であったとしても勝利するのは難しいだろう。


「わ、分かりましたっス……。領主様はどうするっスか?」


「私はサイラスの元へ向かう。敵の狙いはきっと皇太子殿下だ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジークムントのテント内にいた人形兵器は1体だけだった。高速振動するナイフで難なくそれを倒したサイラスはジークムントを抱えてテントを出る。

 周囲では銃声と怒声が鳴り響いていた。既に陣地のあちこちで戦闘が発生しており、サイラスはそれを避けてレクターのテントの方へ向かう。


「悪ぃな。今、オメェを帝国のヤツらに返す訳にはいかねぇんだ。もう少し囚われの皇子様になっててくんな」


「ふんっ、不本意であるが仕方あるまい。だが、これからどうするつもりだ? 既に陣内まで入り込まれているぞ? この分では恐らく包囲もされておるだろうな」


「それをウチの大将に決めてもらわねぇとな。多分、一点突破の撤退戦ってコトになんじゃねぇか?」


「……それしかあるまいな」


 サイラスとジークムント、そしてこの場には居ないがレクターの意見は一致していた。それは他に取り得る選択肢が殆ど無い事を意味していた。同時に、帝国軍がシュアープ軍の動きを予想しやすいという事も……。

 帝国軍がシュアープ軍の兵力、物資、動きを正確に予測して行動していた場合、シュアープ軍の全滅も有り得る。そして人形兵器に攻撃をされた以上、ジークムントの生命もシュアープ軍と一蓮托生(いちれんたくしょう)であった。


「人形兵器と戦う場合、光学センサーのレンズを狙うとよい。装甲よりも脆く、センサーを破壊された人形どもは無効化できよう」


「いいのか? んなコト、敵に教えちまって」


「構わん。どうせ、じきに知れ渡る弱点だ」


 自身の生存確率を上げるため、ジークムントは人形兵器の弱点を教えた。

 確かにジークムントの言う通り、研究が進めばその内暴かれる弱点ではあるだろう。秘密という程のものでは無いかも知れない。しかし、今、この時にそれを知る事が出来るという事は、撤退戦を行うに当たって大きなアドバンテージになる事に違いない。


「ジーク、ありがとよ」


「ふんっ、礼など不要だ。それより、逃げはせんから余を降ろせ。自分で走る」


 弱点を教えたのは自分が生き残る為だ。決して、敵兵の事などを気に掛けた訳ではない。自分で走ると言ったのも、その方が結果的に自己の保身に繋がると考えたからだ。決してサイラスの脚の具合を気にしたとかではない。

 その様な言い訳じみた事を考えてしまう程、ジークムントはサイラスに傾倒(けいとう)してしまっていた。




「兵士長っ! ご無事で⁉」


「おう、オメェらもな。その恰好、やっぱり撤退指示が出たか?」


 ジークムントを降ろしてからすぐ、10人のシュアープ兵から声をかけられた。彼らは装備を身に着けており、内3人はその手に大きな荷物を持っている。


「えぇ、陣地の西に集合ということです。あまり時間がありません。急いで……ん? ……おん、な?」


 サイラスと話している最中、兵士は視界の奥に1人の人物を確認した。

 それは言葉の通りの女。青味がかった黒髪でウェーブのかかった長髪。細身で長身の身体を真っ黒なイブニングドレスで包んでいる。年齢は20代半ばくらいだろうか。モデルか女優でも通用しそうな美女が歩いてくる。

 戦場で目にするには、あまりにも異質な存在だ。その女が少し離れた位置で立ち止まり、口を開いた。


「あら? もしかして貴方、サイラス=アルトウッド?」


「……兵士長、知り合いですか?」


「……いや」


 突如サイラスの名前を口にした女。しかし、当のサイラスには女が誰か分からなかった。確かにどこかで見た覚えはあるのだが……。

 ただ、その女の放つ異様な雰囲気がサイラスたちの警戒心を否応なく引き上げた。


「何者かは分からねぇが、ヘタに近づくなよ。ジーク、もう少し下がってろ」


「もしかして、覚えていないのかしら? 私は一日だって忘れてないのに、冷たい男」


「スマンが物忘れが激しくてな。良けりゃ、あんたの事を教えてくれると嬉しいんだが?」


「ふふっ、いいのよぉ? すぐに思い出させてアゲルから。¶◆〓∃※▲♯……」


「何言って……⁉」


 女が謎の言葉を(つむ)いだ瞬間、周囲の空気が急速に冷えた。悪寒とかではない。物理的にだ。気温がどんどん下がり、息を白く変えていく。


「コイツは……っ!」


「イクわよ? §■≒▲‰¶■……」


 更に謎の言葉を発すると、女の足元が凍った。凍結した地面は凄まじい勢いでサイラスたちに伸びてくる。そして、その上をまるでアイススケートのように女が高速で滑って来た。


「ぐぉっ⁉」


「……カー……ラ…………」


 驚きと滑る地面に、サイラスたちは対応が遅れた。辛うじて迎撃姿勢が取れたサイラスを避けて、ほぼ無防備の兵たちに女が襲い掛かる。女はいつの間にか手にしたアイスピックを、3人の兵たちの顔に目掛けて、2回ずつ突き立てた。

 そのまま大きくサイラスたちから距離を取るように滑り、停止した女の左手には6つの目玉が握られていた。


 目を抜かれた3人は既に動かない。目をくり抜く際に突き立てられたピックは、ついでと言わんばかりに目の奥深くまで突き立てられ、中には脳まで抉られた者も居たのだ。


「テメェ……っ!」


「あらぁ? ついうっかり。彼らの眼には興味なかったのだけれど、クセって怖いわねぇ」


 そう言って、女は悪びれもせずに手にした目玉を地面に落とし、その足で踏みつけた。

 その異常行動、瞬く間に仲間を3人も失った事、そしてそれを為したのが、戦場にあまりにも不似合いな1人の女である事実に7人の兵たちは恐怖した。


「テメェっ、『目抜きのマリア』かっ! 何でこんな場所にいやがるっ⁉」


「ほぉら、すぐ思い出したでしょう? 貴方に逢うため、と言いたいトコロだけど、そこの皇子様を殺せって命令されてるのよねぇ」


「兵士長、この女は一体……?」


 女の名前を呼んだサイラスに、兵士の1人が震えながら尋ねる。考えて放った質問ではなかった。ただ目の前の女が恐ろしくて堪らない。その為の逃避行動か、もしくはただの時間稼ぎだったのかも知れない。


「コイツはマリア=ヴェーベルン。5年くらい前に帝国で暴れて『目抜きのマリア』って呼ばれた連続殺人鬼だ。被害者の目玉を持ち帰ってコレクションするってぇ最低のサイコ野郎だよ。変なコトを呟いたら気を付けろ、コイツは『精霊魔法』を使う。さっきの氷のヤツだ」


「コレクションだなんて人聞きの悪い。私はただ、愛する男たちの視線を独り占めしたいだけなの。だから、どうでもいい人間の眼はいらないわ」


「……そ、そんな凶悪犯がなんでここに?」


 幸いというべきか、マリアは会話の最中に動く事は無かった。会話そのものを楽しんでいるようにも見える。サイラス以外と会話しているようには見えないが。

 恐らくマリアにとって7人、いや殺された3人も眼中には無いのだろう。


「当時、冒険者をやってたオレがとっ捕まえたハズだったんだがな……。もう一度聞くぞ? 何で帝国の牢屋にいるハズのテメェがこんな場所にいやがるっ? それと……、テメェの脚は5年前にぶった斬ってやったハズだがなっ⁉」


「恩赦ってヤツよぉ。軍に協力すれば外に出られるって言うから、ね? 脚の事なら義足よ、思い出してくれて嬉しいわぁ」


 そう言ってマリアはスカートをたくし上げ、その右脚を見せる。

 平時であれば生唾を飲み込むような仕草だが……、戦地で義足、しかもそれをしているのが殺人鬼とくれば、興奮などどこにも無い。むしろ寒気すらする。


 そして「恩赦」……。そう言われてサイラスはラドン村を占拠していた盗賊団を思い出した。そういえばヤツらも帝国軍から恩赦を受けて、脱走したと言っていた。しかし、よりによって『目抜きのマリア』を牢から出すとは……。


 マリアは、今までサイラスが敵対した人物の中でもトップクラスの危険人物である。それは精神性はもちろん、単純な戦闘能力も含めてだ。『精霊魔法』だけが脅威なのではない。マリアの真の恐ろしさは一瞬で3人の目玉をくり抜いた、その体術である。近接戦におけるその戦闘力はサイラスと同等か、それ以上かもしれない。


「お前らはジークを連れて集合場所に向かえ。オレはこの女と遊んでから行く」


「し、しかし……っ」


「オメェらじゃ、足手纏(あしでまと)いだ! すぐに追いつくからさっさと行けっ!」


 突き放すようなサイラスの物言いだったが、恐らくこの状況で取れる最善の手段であろう。

 実際、マリアを相手にするには彼らは実力不足であるし、最優先するべきはジークムントの確保だ。それにサイラス1人ならば、いざとなれば空を跳んで逃げる事だって出来る。もはや彼らが残るメリットよりも、デメリットの方が圧倒的に上回っていた。だが……。


「あら、ダメよ? ■шЮ▼◆Ц▼……」


 マリアがまたしても呪文を唱え、冷気が辺りを包む。”パキパキパキ……”と音を立てて、逃走経路を阻むように氷の壁が立ち塞がった。


「言ったじゃない、皇子様を殺せって命令を受けたって。逃がしはしないわ」


「けっ、テメェが人の命令で動くタマかよっ?」


「だぁって貴方、皇子様を逃がしたら自分も逃げるつもりでしょう? せっかく、こうして逢えたんだもの。そんなの哀しいじゃない?」


「バレてたか。なら、やり合うしかねぇか」


 退路を断たれた以上、マリアを倒すしかない。そう覚悟を決めたサイラスはナイフを両手に持ち、身体を低く構えた。

 それに対しマリアは、構える事もなく手にしたアイスピックを(いじ)りながら恍惚(こうこつ)の笑みを浮かべた。


「えぇ、今度は最後まで殺り合いましょう。きっとステキな時間になるわ」


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