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第22話 「コンスピラシー」


「んで、ジークの処遇はどうなった?」


 ジークムントを拉致してから既に2週間の時が経った。残暑もなりを潜め、季節はすっかり秋へと変化していた。

 自身の対面で、ジークムントを愛称で呼ぶサイラスを見たレクターは笑みを浮かべながら返す。


「「ジーク」か、随分と皇太子殿下と仲良くなったようだね?」


「茶化すなよ。んで?」


 そういうサイラスの顔は満更でもなかった。

 尊大な言葉遣いで若干ひねくれた物言いもするジークムントだが、我儘(わがまま)を言う事も無く、生まれのせいか思慮(しりょ)が深い。子供の割に成熟したその姿は歳が近い事もあり、ユーキに近いものがあった。

 だからという訳でもないが、サイラスはジークムントを気に掛けて手の空いた時にはよく相手をしていたのだ。「ジーク」という愛称はブローノが言っているのがうつったものだが、2週間もそのように共に過ごせば情も移ろうというものである。


 サイラスに促されたレクターが話す内容は、おおよそ予定通りのものだった。

 以前に決定した通り、レクターは秘書官のフレデリック伝いに王国上層部へ皇太子の身柄を拘束したことを報告した。もちろん、その処遇が穏便なものになるように根回しをしながら、だ。そして、その処遇の決定が今日、レクターの耳に(もたら)されたのだ。


「皇太子殿下の身柄は王都へ移送。その後、公式に発表して帝国に対して終戦、もしくは休戦を条件に殿下を返還する。と、こうなったよ」


「終戦か休戦? 上のヤツら、ずいぶん譲歩(じょうほ)するじゃねぇか?」


 何と言っても皇太子である。その身と引き換えとあれば、もっと多大な要求をしてもおかしくは無さそうである。

 ボーグナインの領有放棄、戦後賠償、不平等条約など、挙げればいくらでも例が出てきそうだ。もちろん、帝国側がすんなり呑むとは限らないが。


「もちろん帝国の出方次第では、もっと吹っ掛けるだろうけどね。元々上層部でも、休戦派と抗戦派で割れていたらしい。そこに皇太子拿捕(だほ)の報告は休戦派に追い風になったらしいよ?」


 休戦派にとっては、細かな条件に付いては意見が分かれるが、早期に戦争を終わらせたいという一点においては争点にはならない。

 一方で抗戦派は、一体どこまで抗戦するのかすら定まっていなかった。着地点すら定まらず、「今は未だその時ではない」とだけ主張を繰り返していた。

 そこに訪れた皇太子拿捕(だほ)の報。戦争に決着を付けかねないこの事件は、休戦派の発言に勢いを与えた。「いま戦争を終わらせずに、いつ終わらせるのか?」と。


「んじゃあ、この戦争ももうすぐ終わるな。今回はそんなに被害も出てねぇし、気分良く帰れそうだ」


「まだ終わった気になって貰っちゃ困るよ? ……気分良くと言えば、撃たれた脚の調子はどうだい? もう2週間ほどになるけど?」


 ジークムントを拉致した際に受けた銃弾は、サイラスの右太ももを貫通していた。

 サイラスは何でもないように過ごしていたが、常人であればしばらくは満足に歩く事も出来ないであろう重傷だ。


「あぁ、化膿(かのう)もしてねぇし、もう殆ど痛みもねぇよ」


 殆ど、という事は痛みはあるのだ。2週間経った今でもそう言うという事は、当時は相当の激痛であった筈だ。

 一切、泣き言を言わないサイラスのタフネスというか、やせ我慢にレクターは溜息を吐いた。


「ふぅ、君はウチの中核なんだから自重してくれよ? 今日、補給が届いたし、美味いものでも食べて安静にしててくれ」


「お、なら今日の晩メシは期待できそうだな」




 そんな話を終えて、レクターのテントを出たサイラスが駐屯地内を歩いていた時、見知った顔が怒鳴り声を上げていた。


「だからっ、これのどこが誘雷石なんだよっ⁉」


「いや、オレに言われても……」


 怒鳴っていたのはブローノの幼馴染で、予備兵でありながら出兵に志願したジェフという青年だ。

 ジェフは恐ろしい程の剣幕で、物資の整理をしているであろう青年につかみかかっている。


「おい、どうした? 揉め事は懲罰対象だぜ?」


「あ、兵士長っ。助けて下さいよ。オレは指示された場所に物資を運んでただけなのに……」


「兵士長っ! コレを見て下さいよっ!」


 仲裁に入ったサイラスの姿を確認したジェフは、足元に置かれた箱から石を取り出して手渡してきた。


「ん? 誘雷石じゃねぇか。これがどうした?」


「よく見て下さいよっ! 全然違うでしょうっ⁉」


「そ、そうか? そう言われりゃそんな気も……」


 とは言ってみたが正直、石の違いなど分かりはしない。改めてじっくり見ても、手触りに注意をしても、分からないものは分からない。

 そんな様子を見て苛立ったのか、ジェフはサイラスにも語気を荒くする。


「そんなに疑うなら、そいつに雷が落ちるか試しましょうよっ! 領主様の杖があれば出来るでしょうっ⁉」


「いや、そりゃ出来るが……」


「もし違ったらどうするんですっ⁉ ただの石をバラ撒いて、領主様が魔法を使ったら全滅ですよっ⁉」


 ジェフの強引な物言いに躊躇(ためら)うサイラスだったが、考えてみればジェフの言うことも(もっと)もだ。レクターが誘雷石を使わず全力で魔法を放てば自軍は全滅、それは誇張でも何でもない。そして、その誘雷石が偽物である疑惑があるというのなら、何を置いても真贋(しんがん)をハッキリさせる必要がある。


「分かった、お前の言う通りだ。レクターから杖を借りてくる。お前らは誘雷石の在庫のチェックを頼む」


 そう言ってサイラスはレクターのテントへ引き返した。

 その後サイラスたちは誘雷石のテストを行ったが、結果はジェフの言った通りだった。新たに搬入(はんにゅう)された誘雷石は全て良く似た偽物で、サイラスが杖から放った雷が引き寄せられる事は一切なかった。


 こうなると問題は2つ。誘雷石の在庫の問題と、なぜ偽物が搬入(はんにゅう)されたのか、だ。

 前者の問題については、レクターの魔法の使用を控えるしかない。この4ヶ月で最初に持ち込んだ誘雷石の在庫が少なくなった為に補充を要請したのだが、こうなっては仕方がない。

 後者の問題については更にお手上げだ。いつ、どのタイミングで偽物に変わったのか?誰が、何の目的で入れ替えたかが皆目見当がつかない。ただの手違い、横領、帝国の工作……。考えられる事などは無数にあるが、手掛かりは一切無しだ。


「取り敢えずこの事は他言無用だ。帝国の工作の可能性もあっからな。ジェフ、もしかしたらお前のおかげで命拾いしたかも知れねぇな。ありがとよ」


「いや、オレはそんなんじゃ……」


「隊長~っ。こんなトコに居たっスか。みんな、もう晩メシ食っちゃったっスよ?」


「そんな時間だったか? お前ら付き合わせて悪かったな。ブローノはもう食ったのか?」


「もちろん隊長を探してたからまだっス」


 誘雷石の件はひとまずはどうしようもない。そう結論付けたサイラスは、ジェフともう1人の兵士、そしてブローノと共に夕食を摂りに食事用テントに移動した。

 本日の献立は、バラ肉の野菜炒めに生野菜のドレッシング和え、それにパンとスープが付いていた。残念ながらバラ肉の野菜炒めは冷めてしまっていたが、戦場においては滅多に食べれないご馳走だ。


「へぇ~、今日はずいぶん豪勢っスね~」


「今日は補給があったからな。そのせいでこっちは大変だったんだぜ?」


「ジェフの方は何かあったんっスか?」


「まぁな、それよりさっさと食わねぇと……」


「……待てっ! 食うなっ!」


 雑談を交わしながら食事を始めようとするブローノとジェフ。しかし突然サイラスが声を張り上げてそれを止めた。


「ど、どうしたんっスか? いきなり大声出して……」


 突然、食事を制止された事に疑問を挟むブローノを無視して、サイラスは野菜炒めの匂いを嗅ぐ。食事を止められた3人は黙ってサイラスの行動を見守っていた。

 サイラスはバラ肉を一切れフォークに乗せ、口に含んだ。そして2、3回咀嚼(そしゃく)した後、肉を吐き出す。


「……毒だ」


「「「ど、毒……っ⁉」」」


「ま、マジっスか⁉」


「ジョーダンですよね⁉」


 予想もしなかったサイラスの発言に、3人は素直に信じる事が出来ない。サイラスのタチの悪い冗談だと思うのも仕方がないだろう。

 しかし、サイラスはゆっくりと首を振り断言した。


「そんなに強い毒じゃねぇ。たぶん、腹を下すくらいのモンだろう」


「それって、食材が痛んでただけじゃ?」


「昔、同じ毒を食らった事がある。独特のハーブ臭……、間違いねぇ」


「そ、そういや、みんな何処いった? まだ寝るには早いよ、な……?」


 ジェフの言葉に周りを見れば、食事用テント内にはサイラスたち4人しかいない。いくらサイラスたちが夕食に遅れたと言っても、数十人が入れるテントに4人しかいないのは、時間的にもやや不自然だ。

 この時、サイラスは猛烈に嫌な予感がした。このハーブ毒は腹痛を起こす程度の弱いものだが、即効性が高い。口にして1時間以内には症状が出るだろう。これが帝国の工作だとすれば……。


「ブローノはレクターに異変を報告しろっ! 敵の襲撃が予想されるってな! ジェフとお前は警鐘(けいしょう)を鳴らして回れっ! 寝てるヤツも叩き起こせっ!」


「え? え……っ?」


「返事はっ⁉」


「「りょ、了解っ!」」


「た、隊長は……?」


「オレは……」


 この状況でサイラスは素早く敵の襲撃を予想した。何かの間違いで食事に毒物が混入する、という事も絶対にあり得ない訳では無いが、誘雷石の件も踏まえれば何者かの工作である事が疑わしい。ならば、このタイミングで襲撃は起きる筈だ。

 毒まで使って500人足らずの部隊を襲撃する理由は何か?1人で戦局を覆すレクターか?いや、それよりも遥かに重要な存在が居るではないか。


「オレは囚われの皇子様の元へ、な」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その日の夕餉(ゆうげ)の後、しばらくして腹痛に襲われたジークムントだったが、その様な事は些事(さじ)であった。


 捕虜のジークムントに用意されたテント。そのすぐ外から銃声が響いたのである。テントの出入り口の僅かな隙間から外の様子を覗いたジークムントが目にしたものは、地に伏して動かない見張りと1体の人形兵器だった。その時、ジークムントと人形兵器の目が合った。


 真っ直ぐに自分へと向かって来る人形兵器に不穏なものを感じたジークムントは、咄嗟(とっさ)にテントの中へ戻り、クローゼットの中に隠れる事とした。クローゼットの中に入る直前、銃声が2回鳴り響く。幸い命中はしなかったが、確かにジークムントへ向けて発砲されたものだ。

 その後、人形兵器はテントの入り口の幕を引き破るようにして侵入してきて、テント内を動き回る。


(大丈夫だ……。動かなければ、人形兵器は余を見つけられん……)


 人形兵器は視覚と聴覚を備えているが、人間のような頭脳は有していない。完全にクローゼットの中に隠れた今、物音さえ立てなければ人形兵器に見つかる事は無い筈だ。

 ひとまずの安全を確保したジークムントは、頭に浮かんだ疑問の答えを探す。


(何故人形兵器がここに? ……いや、何故余を狙う?)


 人形兵器には、誤射を避けるために帝国軍の将校以上の要人の身体データがインプットされている筈だ。もちろんジークムントも例外ではない。なのに人形兵器はジークムントに対して発砲した。

 これが意味する事はただ1つ。帝国内の何者かがジークムントを亡き者にしようと、人形兵器からジークムントの身体データを削除したのだ。


(分かっていた事ではないか。帝国内部にも敵が居る事くらい……)


 そうだ、分かっていた。なのにジークムントは自分で驚くほどの動揺を感じていた。それは、敵にも(かかわ)らず気を張る必要の無い、サイラスたちとの2週間の生活が(もたら)した変化だったのかも知れない。


 不思議な気持ちだった。帝国で過ごした10余年よりも、敵兵に捕虜とされた2週間の方が心休まる気持ちになるなどと……。

 だから期待していたのかも知れない。自分の危機に、あの無礼な男が現れる事を――。


「おいっ、ジークっ! 生きてっか⁉」


 敵兵のクセに、平民のクセに、無教養で礼節すら無いクセに――。


「遅いぞっ! サイラスっ!」


 その男の姿を目にした瞬間、あらゆる不安が吹き飛んでしまっていた――。


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