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第19話 「雷の降る戦場」


 ラドン村を発って5日後、ボーグナイン領に入ったシュアープ軍は、エストレーラ王国軍の本陣のあるグリーズ砦へ到着していた。

 グリーズ砦……。それは本来、クライテリオン帝国がエストレーラ王国側への警戒と監視の為に建造した砦だった。その砦を帝国と戦う為に王国が利用するという、なんとも皮肉な状態であった。


「まったく、今頃ノコノコと……。これほどまでに参戦が遅れた理由を聞かせて頂きたいですな。『降雷』殿?」


「ですから書状でも申しました通り、兵の編成、物資の調達、そして距離的な問題のせいです。それよりも、我々が鹵獲(ろかく)した人形兵器ですが……」


「あんなものっ! 我が方でも何十体と捕獲しておるっ!」


 シュアープ軍到着の報告の為に、サイラスとブローノの2名を引き連れて司令官に挨拶に来たレクターは、王国ボーグナイン方面軍総司令・ブレスト=フェルベークに怒鳴り散らされていた。


「何なんっスか、アレ?」


「黙ってろ」


 小声で呟くブローノに、サイラスが短く注意する。とはいえ、ブローノが呆れる気持ちもよく分かる。

 そもそもシュアープ軍の行程は予定通りだったのだ。その内容も書状で送達済みだ。それを着いてから遅いと言われても困るし、身が無い話を切り上げて話題を変えれば金切り声を上げて怒鳴り散らす。……はたして、本当にこの男が総司令なのだろうか。


「ところで、ボーグナイン伯爵はどちらに?」


「伯爵なら家族と共に王都に避難しておる。そのような事も知らんとは……。どうやら男爵は現状を全く理解せずに参じたらしいな」


 戦場となっている領地の領主が見当たらない事に疑問を感じたレクターだったが、ブレストの返答に言葉を無くす。

 元はと言えば、帝国貴族だったボーグナイン伯爵が安易に王国に救援を求めた事が、この戦争の原因なのだ。天災が原因であった事や、帝国と聖王国の戦争の事など、同情の余地があるとはいえ、自領が戦地になるや否や領民を見捨てて自分と家族だけ避難とは……。

 レクターは面識のないボーグナイン伯爵に対しての怒りで、軽い立ち(くら)みを起こしていた。


「ブレスト司令、そろそろ午後の軍議の時間になりますが」


「フンっ! シュアープ軍は明朝、ボーグナイン南西部に陣取る帝国軍の殲滅(せんめつ)に当たれっ! 今晩だけは砦に滞在することを認めてやるっ! 『降雷』の武勇、ハッタリでは無いことを見せてみるがいいっ!」


 背後に控えた秘書官の声にそう叫びながら吐き捨てたブレストは、共も連れずに部屋を出た。

 呆気にとられた3人に、軍議の時間を知らせた秘書官である金髪の青年が案内を申し出る。


「大変失礼致しました。お部屋までご案内させて頂きます」


 慇懃(いんぎん)な装いで挨拶をする秘書官に、レクターは記憶の隅に引っ掛かりを覚えた。


「君は、どこかで会った事があったかな?」


「直接お目にかかるのは初めてです。申し遅れました。私はブレスト司令の秘書官を務めさせて頂いております、フレデリック=リッジウェイと申します」


 リッジウェイの名前を聞いたレクターは驚きに目を見開く。そしてその反応は隣を歩くサイラスも同様であった。

 1人だけ事情が呑み込めないブローノはたまらず問いかける。


「何っスか? 何か驚く所、あったっスか?」


「……リッジウェイという姓は、私の妻の旧姓と同じですね?」


「バーネット男爵の奥方のエリザベス=バーネット様は、私の父の妹……、つまり叔母に当たります」


「これは失礼を致しました。リッジウェイ侯爵はご健勝であられるでしょうか?」


 フレデリックの正体が判明した途端、レクターは腰を低くして敬語で話し出す。

 貴族社会に疎いブローノはその行為に疑問を抱いた。義叔父と義甥であるなら義叔父の方が格が上ではないか。しかも相手はレクターの半分ほどの年しか経ていない若者だ。なのになぜ、レクターが格下のように振る舞うのか、と。


「領主様、何で急に敬語使ってるんっスか?」


「はぁ、後で教えてやるからオメェはちょっと黙ってろ。……部下が失礼をしました。何卒(なにとぞ)ご容赦を」


「お2人共、どうぞ(かしこ)まらないで下さい。確かに私は侯爵家の直系ではありますが、私自身は爵位も何もない、見ての通りの若輩です」


「しかし、そういうわけには……」


「それに私は、お2人に憧れていたのですよ。『降雷』と『疾風』の武勇伝は幼い頃、叔母から何度も聞きました。こうしてお目に掛かれて光栄です」


 先程からブローノの余計な一言が多い。今後の経験になるだろうと思って同席させたのだが、その前の事前知識が不十分だったようだ。フレデリックはさらりと不問にしたが、同じことをブレスト司令に言えば最悪、手打ちにされてもおかしくない。


「是非、お2人からも直接、武勇伝を聞いてみたいものです。あと、祖父なら健康そのものですよ。父が「これでは私に爵位が回ってくる事は無さそうだ」と冗談を言うくらいです」


「グレゴリー殿が言いそうなセリフですね。目に浮かぶようです。武勇伝については、機会があれば」


 そう言って話すうちにレクターたちは用意された部屋に着く。もちろん部屋に泊まるのはレクターだけだ。

 サイラスを含め、他の兵たちは砦の周囲にテントを張る事になっている。長旅のため疲れの出ている兵も多く、もう少ししっかりした場所で休ませてやりたいという思いはあるものの、それをするだけの力を持たないレクターは己を不甲斐なく思うのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そして4日後、グリーズ砦を発ったシュアープ軍はボーグナイン南西部に陣取る友軍と合流していた。

 元々陣取っていた友軍は劣勢で損耗は激しく、大量の負傷兵を抱えていた。その最大の要因は人形兵器である。


「人形兵器が1000体か。ずいぶんとまぁ、沢山こさえやがったなぁ」


「面目次第もありません。我が軍も奮闘したものの、通常の戦術では効果が薄く……」


 南西部方面の指揮官が頭を下げる。

 元々ここには5000以上の兵が配置されていたと聞く。対して帝国軍は人形兵器が1000、人間の兵士が500の合わせて1500ほどだ。3分の1以下の戦力を相手に劣勢を(きっ)しているとあっては、忸怩(じくじ)たる思いだろう。


「やっぱ、お前さんに頼る事になりそうだな。覚悟はいいか?」


「覚悟なんて、シュアープを発った時からとっくにできているよ。それより、私は君にも頼る気なんだけどね」


 レクターとサイラスのやり取りを指揮官は(いぶか)しげに見やる。

 彼らが引き連れてきたシュアープ軍約400人は、聞けば殆どが初陣の新兵だそうではないか。3対1でも劣勢だというのに数で劣り、しかも新兵では歯が立つまい。

 この2人が『魔人戦争』の英雄だという事は聞いているが、たった2人で1000体の人形兵器相手に何が出来るというのか?


「敵軍からは攻めてくる事は無く、こちらが陣形を組むとそれに呼応して人形兵器を展開する、で間違いないですか?」


「え、えぇ。常に見張りを立てているようで、軍を動かせば必ず対応してきます」


 自身の疑念を悟られないように指揮官は慌てて取り繕う。

 指揮官の返答にレクターとサイラスの2人は、顔を見合わせて頷いた。


 そしてその2時間後、見晴らしの良い平野で見合う王国軍と帝国軍の姿があった。




「情報の通り、こっちが動いたらすぐに部隊を展開してきたな。レクター、ここなら問題ないか?」


「うん、見晴らしがよくて障害物もない。理想的な地形だね」


 王国軍はシュアープ兵400と南西部の兵士600の計1000。対する帝国軍は人形兵器500と人間の兵士100の計600。

 兵数だけならば王国軍の方が圧倒的に有利だ。しかし、帝国軍の主力は明らかに人形兵器である。単純に比べられるものではないが、人形兵器1体を止める為には、雑兵ならば5人以上が必要だろう。


「隊長ぉ~。カカシ野郎があんなにいるなんて聞いてないっスよ~。ほら、ジェフも何か言うっスよ」


「いい加減ハラくくれって。お前、そんなでも小隊長だろーが」


「ジェフはカカシ野郎と模擬戦してないからそんなコト言えるんっス!」


 そろそろ動くか、とサイラスが考えていた時ブローノとジェフがやってきた。どうやらブローノは大量の人形兵器を前にして尻込みをしているようだ。


 サイラスが鹵獲(ろかく)した3体の人形兵器、その内の1体は動力切れで停止した為、完全に無傷の状態だった。その為、魔石を補充して再起動して、少数の人間だけではあるが模擬戦を行ったのだ。もちろん弾丸は空にして安全にも配慮をしたが、やはりというべきか1対1で人形兵器に有効な傷を与える者はシュアープ兵の中に居なかった。ブローノも、その中の1人である。


「お前らなぁ……。もうちょっと緊張感を持てよ。あと、勝手に持ち場を離れんな」


「あ、報告を兼ねてるんで心配無用っス。全隊、配置完了っス。言われた通り、サングラスと耳栓の装備も完了……って、あれ? 隊長、その石なんっスか?」


「それ、誘雷石ですよね? そんなにいっぱい、何に使うんですか?」


「ジェフは知ってたか。そういやお前さん、実家は農家だったな」


 誘雷石……。それは読んで字のごとく、雷を誘引する性質を持った石である。

 農家、特に木になる果実などを育てている場所では、作物に落雷の被害が出ないように毎年設置される。それ以外にも町などで被害が出ないように設置がされているのだが、まぁ業者以外にはあまり馴染みはないだろう。


「ま、見てりゃ分かるさ。んじゃレクター、そろそろ行ってくるわ」


「大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」


 それだけ言ってサイラスは足元に魔法陣の光を輝かせ上空に跳び立った。そしてそのまま帝国軍の方へと進んでゆく。

 単独で敵地へ向かったサイラスを、ブローノとジェフは呆然と見守るのであった。


「さて、無駄だとは思うが一応レクターの頼みだからな……。帝国軍に告げるっ‼ これより大規模な魔法による攻撃を行うっ‼ 命の惜しい者は速やかに降伏、もしくは撤退すべしっ‼」


「何だあれ、人が飛んでるぞ……?」


 帝国軍の陣地の上空に到達したサイラスは、あらん限りの大声で降伏勧告をする。少しでも人的被害を減らそうというレクターの頼みだ。

 突然の叫び声を聞いた帝国兵は空を見上げて、皆サイラスに注目をする。帝国兵たちの視線を確認したサイラスは、もう一度同じ内容を叫んだ。


「人が空を飛ぶとは面妖な……。敵は1人だっ! 撃ち落とせいっ‼」


「し、しかし、大規模攻撃を行うと……」


「ハッタリに決まっておるだろうがっ! さっさと人形共に攻撃指示をせんかっ!」


 しかしサイラスの予想通り、帝国軍は1人たりとも降伏も撤退もしないようだ。まぁ、この状況ならば当然と言える。

 無数の弾丸がサイラスに向けて飛び交う。だが、サイラスのいる場所は遥か上空である。数十mの距離がある上、鉄砲は上空を狙うようには出来ていない。殆どの弾は避けるまでも無く、ただ偶発的な流れ弾にだけ気を付けておけばよかった。


「そりゃあ、こうなるよなっと!」


 勧告が無駄に終わったと知ると、サイラスは投石を始めた。3つ、4つと次々に石を投げる。


「ぬぅっ! 投石などと、野蛮人めっ! これのどこが大規模攻撃かっ⁉」


 上空からの投石、人体に直撃すればタダでは済まない。とはいえ、ただの投石だ。命中精度は低く、人形兵器はもちろん、人間であっても盾を構えれば効果は薄い。ましてや1人で行う投石を大規模攻撃などと、大言壮語も(はなは)だしかった。

 数十回、目標を定めるでも無く、あちらこちらに投石を繰り返していたサイラスは、王国軍の方へ飛んで帰る。しかも帰還する最中もポロポロと石を落としているではないか。これを見た帝国軍の兵士たちは笑いを(こら)えるのに必死だった。


「何しに来たんだ、あれは?」


「銃弾を喰らって逃げ帰ったんだろ?」


「石をポロポロ落として逃げ帰るたぁ、まるで脱糞しながら逃げるロバだなっ!」


「ぶはっ! 脱糞ロバか、そりゃあいいっ!」


 あまりにサイラスの姿が情けなく映ったのか、帝国兵たちはたった1人の敵兵を追い返しただけで大勝を得たかのような盛り上がりだった。

 サイラスはそんな帝国兵の姿を振り返ることもなく自陣へ帰還し、着地した。


「降伏は……、受け入れては貰えなかったようだね」


「ったりめーだろ。オメェは甘すぎんだよ。ホラ、さっさとしねぇとヤツら勢いづいて動き出すぞ?」


「そう、だね……」


 サイラスに急かされたレクターは一歩、前に出て杖を構える。

 サイラスの行動と2人の会話の内容が理解できないブローノは、自身の疑問を尋ねる事とした。


「隊長? 何してきたんっスか? 挑発っスか? これから何するんっスか?」


「見てりゃ分かるっつったろ。それより、それ以上前に出るんじゃねぇぞ。命が惜しけりゃな。あと、サングラスと耳栓を忘れんな」


 ブローノの疑問には答えず、「前には出るな」とだけ注意をする。その注意自体も疑問なのだが、一番の疑問はなぜ、シュアープ軍の大将であるレクターが最前列に立っているのかだ。

 そのレクターはというと、目を閉じて呼吸を整え、神経を集中させている。


「はぁ……、ふぅ……」


 そしてゆっくりと目を開ける。視界に移るのは帝国軍だ。

 遠目に映る帝国軍は大量の人形兵器に囲まれて、人間の兵が慌ただしく動いている。彼らの姿を確認したレクターはもう一度目を閉じて、そして意を決して目を開けた。


 それと同時に、自身の内の魔力を集中させ、手にした杖に送る。杖からは強烈な光の魔法陣が浮かび、その先端からは青白い光が走った。青白い光が走る度に”ジジジ”とか”バリッ!”といった音が聞こえる。そしてレクターは、掛け声とともにありったけの魔力を杖に向けて放出した――。


「っっはあぁぁーーっっ‼」


 次の瞬間、その場の全ての視界は青白い光に埋め尽くされた。それと同時に、鼓膜を破らん限りの爆音が鳴り響く。それはサングラスと耳栓を着けてもなお、回復までに時間を要する程のものであった。


 やがて数分経って、ようやく視力と聴力が回復したブローノが見たものは、大地が焼け焦げ、人形兵器は全滅し、そして全身焼け爛れた死体と化した帝国兵の姿。まさしく、地獄と呼んで差し支えのない光景だった。


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