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第18話 「サイラスの弱点」


「それで、何か申し開きはあるかい兵士長?」


「何もねぇよ。独断専行、どんな処罰も受ける所存ですぜ男爵閣下」


 3日後、ラドン村で本隊と合流したサイラスはレクターから詰問(きつもん)を受けていた。しかしそこはお互い見知った仲。レクターはサイラスを処罰するつもりなど無いし、サイラスもそれが分かっているのか開き直った態度だ。


「はぁ……、今後はこういったことは(つつし)んで貰いたいね。君は指揮官なんだから」


「それだがよぉ、やっぱオレには向いてねぇぜ。これを機に降格しねぇか?」


「出来る訳がないだろう。もうすぐ戦地に着くし、後任の適任者もいない。軽々しく責任逃れをするのは止めてくれ」


 サイラスのあんまりな提案にレクターは頭を抱える。その性格はともかく、能力においてサイラス以上の適任者などいないのだ。そもそもシュアープ軍に戦争の経験者が少なすぎる。実に全体の8割強が初陣なのだ。治安の良いシュアープの弊害かも知れない。


「それで、ラドン村の被害は死者が3名、重軽傷者が12名か。思ったより被害が少なかったのは幸いだね」


「あぁ、例の人形兵器に太刀打ち出来なかったから、早々に降伏したらしいからな」


 脱走兵たちとの戦いの後、サイラスはラドン村の最も大きな宿屋に手足を縛られ監禁されていた村民を解放した。涙ながらに感謝を述べる村民たちから事情を聞いたが、サイラスが訪れる2日前にハーゲンたちが現れ、瞬く間に占領されたらしい。


「アレか。戦場で大量に配備されていると厄介だね。何か対策案は?」


「オレが相手した奴は1時間ほどで停止した。燃料切れまで時間を稼ぐか、弾切れを狙うのが現実的だな。もっとも、補給が無いって事が前提だが……」


「最低でも1時間か……」


 停止した人形兵器を調査した所、動力は魔石を使用していた。本来、魔石に溜めておける魔力というのは大した量ではない。多くの場合『戦闘魔法』には使用されず、家具などの生活に必要な『一般魔法』でのみ使用される。そのため魔石は大量に流通しており、その価値も決して高くはない。

 つまり弾丸にしても同様ではあるが、補給は十分にあると考えるべきだろう。


「言っとくが、オレ1人で何十体も相手すんのは無理だぞ? 1体倒すだけでナイフの刃がボロボロになっちまったし、時間がかかりすぎらぁ。正直、『降雷のレクター』に頼るしかねぇな」


「サイラス、その呼び方は好きじゃないんだが?」


「何言ってんだ。オメェが先に言いふらしたんだろーが。ブローノが「疾風、疾風」ってうるせーんだよ」


「言いふらしたなんて人聞きが悪いな。少し親友を自慢しただけだよ」


 そうして2人は身の無い話を交えながらも報告と検討、対策などを進めてゆく。特に重要なのは、逃亡したハーゲンたちの捜索と近隣の町村への注意喚起、そしてラドン村の護衛にどれだけの兵を割くか、である。


「これについちゃ、面目もねぇな」


「仕方ないよ、いくらサイラスでも1人じゃ出来ない事もある。脱走兵の捜索と警戒、防衛に50人程を置こう」


「ちょっと過剰……、でもねぇか。まだヤツらにゃ、2体の人形兵器があるしな」


 1人で5体もの人形兵器を相手にしたサイラスだが、これはサイラスが異常なのだ。普通は降り注ぐ弾丸を躱すことなど出来ないし、それを搔い潜って接近して鉄製のボディを破壊するなど常人の(わざ)ではないのだ。


「決める事はこのくらいか? 明日ウォーラム商会からの補給を受けて、明後日ラドン村を出発だな?」


「隊長っ! あ、今大事な話し中っスか?」


「いや、もう終わったよ」


 サイラスが最後の確認をしようとした時、部屋にブローノが入ってきた。レクターは気にしていないようだが、ブローノの無礼ぶりも大したものである。


「んだよ? 急ぎの用か?」


「ローレンって子供が……、あ、こらっ!」


「サイラス様っ! オレの兄弟が生まれたんだっ! 見に来てくれよっ!」


 ブローノの話の途中で足元から子供がするりと入ってくる。この子供はローレンという名の行商人一家の長男だ。

 危機をサイラスに救われたという事で、感謝してくる……、のはいいのだが、一家揃って「様」付けで呼んでくるのは困りものだ。


「ローレン、「様」は止めろって言ってんだろ。オレはただの平民の兵士だぞ」


「カンケーねーよ。サイラス様はオレたちの恩人だし、何よりカッコよくてスッゲーんだからっ!」


「お? お前、分かってるっスね。隊長はスッゲーんっス! なんせ『疾風』って呼ばれてたくらいなんっスから!」


 行商人一家の中でもローレンの心酔ぶりは特に強い。まぁ、サイラスの超人的な戦いぶりを見れば年相応とも言えるか。ただ、10にも満たない少年と意気投合するブローノは少し自重しろと言いたい。

 特に『疾風』などという昔の二つ名を言い広める姿に、サイラスはレクターを(にら)みつけた。


「なぁ、いいだろ? 父ちゃんと母ちゃんもサイラス様に見せたいって言ってんだよ」


「はぁ、わかったよ。……レクター、今晩は酒に付き合って貰うぞ?」


「はは、いい酒を用意しておくよ」


 そう言ってにレクターと晩酌の約束を取り付け、ローレンに手を引かれながら診療所へと向かう。

 幸い、脱走兵たちによる犠牲者の中に医者は含まれておらず、ローレンの母は予定通り入院して先程、子供を産んだらしい。

 軽く事情は聞いたが、無茶な話だ。護衛すら雇っていない事には呆れたが、妊婦連れと知ると誰も引き受けてくれなかったらしい。


(そりゃそうだ。冒険者だろうと誰だろうと、妊婦抱えて旅なんてしたくねぇ。誰だって命の責任なんて取りたかぁねぇ。オレだって断るぜ)


 たとえ「何が起ころうと責任は問わない」と言われようと、そういう問題ではない。自分の判断や行動が原因で妊婦や、お腹の子供に何かがあれば一生のトラウマものだ。まともな神経の持ち主なら決して引き受けはしないだろう。そういう意味では行商人一家は、誰1人まともでは無かったとも言えるが。


「おぉ、これはサイラス様! よくぞ、おいで下さいました! さぁ、是非家内と子供たちに顔を見せて下され」


 診療所に着くなり、ローレンの父親がサイラスを、まるで貴族か何かを出迎えるように挨拶する。先程、ローレンの心酔ぶりが特に強いと言ったがそれは間違いだ。この一家の心酔ぶりが少々異常だ。

 サイラスは溜息を吐き、もはや訂正する事を諦めて病室に足を向けた。そこにはベッドに横たわるローレンの母親とベビーベッドに寝かされた2人の赤ん坊の姿があった。


「まぁ、サイラス様。来て下さったんですね」


「あぁ、その、ご苦労さんだったな。双子か? 大変だったろ?」


「サイラス様が守って下さった命と思えば……。ぜひ抱いて下さいませんか? サイラス様のように強い子に育つように……」


 感謝の気持ちが重い。正直に言えば、サイラスは一刻も早くこの場から去りたかった。

 しかしもちろん、そのような事を言う訳にはいかず、サイラスは顔をしかめながら赤ん坊を1人ずつ抱いた。そして赤ん坊をベッドに戻すと、すかさず立ち去ろうとする。


「母子ともに元気そうで何よりだ。んじゃ、オレも仕事があっからお(いとま)するぜ」


「あの、サイラス様。厚かましいのですがお願いがございます。この子たちの名前に、命の恩人であるサイラス様の名前を頂く事を、お許し願えないでしょうか?」


「…………は?」


 なんと生まれた赤ん坊の名前を、それぞれサイと、ラスと名付けようというのだ。

 勘弁してくれ。と、そこまで喉に出た言葉を必死に飲み込む。彼らは善人なのだ。その彼らの懇願(こんがん)を、ただ恥ずかしいというだけの理由で無下には出来ない。もしそうしてしまえば、まるで自分が悪者のようではないか。

 サイラスは顔を引きつらせながらも、必死に笑顔を作りセリフを吐く。


「も、もちろんいいぜ。む、むしろ光栄だねっ。まさか、自分の名前を継ぐ子が出来るなんてなぁーっ!」


 完全に棒読みである。戦闘においては百戦錬磨のサイラスも、褒め殺しの精神攻撃に対しては耐性ゼロであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 2日後、補給を終えてラドン村を出立するシュアープ軍と、それを見送るラドン村の村民たちとウォーラム商会の輸送隊の姿があった。


「会長自ら補給に来てくださって、おまけに見送りまでして頂けるとは。感謝の言葉が尽きません」


「いえ、私もシュアープに居を構える者の1人としては当然の事でしょう」


 レクターが挨拶をしているのはウォーラム商会の会長・ブライアン=ウォーラムだ。

 彼は戦争で物価が高騰している中、大量の武器・食料・医療品などをシュアープ軍に格安で提供し、更に遠く離れたラドン村まで輸送隊の指揮を執ってきてくれたのだ。レクター自らが挨拶をするのも当然というものだろう。


「ときに、会長のご子息が私の娘と懇意(こんい)にして下さっているのはご存知ですか?」


「エメロンが? 初耳ですな。愚息がご令嬢に失礼をしておらねば良いのですが」


 そう、ブライアンはエメロンの父親だ。子供たちの関係を初耳だ、などと言ってはいるが、それはこちらに気を遣っての嘘かも知れない。

 なぜなら、補給物資の対価は驚くほどの格安だったのだ。それは本人の言う通り、シュアープに住む者としての矜持(きょうじ)からかも知れないし、男爵と友誼(ゆうぎ)を結ぼうという打算かも知れない。そしてもしかすると、子供たちの関係があったからかも知れないと、そう考えるのはレクターの考えすぎだろうか?


 3つの理由の全てが正しいかも知れないし、全て的外れかも知れない。

 ただ、レクターはブライアン=ウォーラムという男を好意的に解釈していた。

 

「はは、失礼などと。娘からは優秀なお子様だと聞いております。子供たちの父親同士、戦争が終わった後にでもゆっくり話してみたいものです」


「もちろん、機会が訪れれば是非に」


 明確ではないが、再会の約束をして2人は別れた。

 自身の馬車に乗り込んだレクターの元へサイラスが訪れ、出発の確認をする。


「いつでも出れるぜ。……あれがウォーラム商会の会長か? レクター、あんま油断すんなよ?」


「エメロン君のお父上だよ? 君も知ってるだろう?」


 レクターとブライアンのやり取りを遠目で見ていたサイラスが注意を促す。

 このレクターという男は人を見る目がないのに、人を好意的に捉えすぎる傾向がある。エメロンの事はサイラスも知ってはいるし良い子だというのは分かるが、それが父親も良い人間だという事にはならない。ましてや相手は商人だ。利益を得る為に海千山千、中には非合法な手段を取る者もいる連中だ。


「ま、油断も何も、取りあえずは戦争を終わらせねぇとな。どうせそれまでは会う事もねぇだろ?」


「そうだね。……サイラス、君の見送りも来ているよ? ほら」


 そう言ってレクターの指差す方を見てみると、馬車の窓の向こうにローレンと、その父が手を振っていた。さすがに母と双子は見当たらない。


「サイラス様ーーーっ‼ ご武運をーーーっ‼」


「サイラス様ーーーっ‼ 頑張ってーーーっ‼」


「行かなくていいのかい? 少しくらいなら……」


「いい……。オレ、あの一家苦手だわ……」


 げんなりした顔でそう言うサイラス。そんな親友の姿を「困ったヤツだな」というような顔で見ながら、レクターは出発の指示を出した。


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