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第16話 「疾風のサイラス」


 レクター=バーネット男爵が率いるシュアープ兵458名が町を発って2ヶ月近くが過ぎた。一行はボーグナイン領へ向けての移動中、街道沿いで陣を張っている最中だ。日が暮れる前にテントを張る者、炊き出しをする者、見回りをする者、夜営の為に仮眠を取る者など、自らに割り当てられた仕事をこなしていく。


 この中でサイラスは見回りをする者だ。周囲の警戒、という訳ではない。兵たちの士気やコンディションを確認する為だ。

 野営の準備を行う兵士たちの中に、よく見知った顔を見つけた。小隊長のブローノと、その幼馴染みの若者だ。確か、ジェフという名前だったか。


「ふわぁぁ~~っ」


「ジェフ、たるんでるっスよ」


「隊長だからってカッコつけんなよブローノ。お前だって今朝、寝過ごしてたじゃねぇか。……昨日貸した小説でも読んでたんだろ?」


「いいいや、そんなこと……」


 少し気になった為、気配を隠しながら近寄り、聞き耳を立てる。この手の隠密技術はサイラスの得意技だ。

 孤児の頃は盗みの役に立ったし、冒険者時代にも重宝した。……『魔人戦争』の際の暗殺にも。


 気を取り直して2人の会話に集中して聞いてみれば、ジェフがブローノに貸した小説というのは官能小説だったらしい。

 本来なら軍規違反で小説は没収、場合によっては何らかの処罰を与えるのが正しいのだが……。


(ま、そのくらいは大目に見てやるか)


 気持ちは分からなくもないし、こんなことで士気を下げるような事は得策でもないと考える。

 ただし十分にからかった後で、自分にも貸して貰おうとだけ心に決めた。


「しっかし出発の時は緊張したけど、戦地に着くまでは平和なモンっスね~」


「まったくだ。あ~、早くボーグナインに着かねぇかなぁ」


「ジェフ。そりゃ、ちょっと不謹慎っスよ」


「んだよ? また隊長ヅラしてお説教か?」


「その通りっス。いいっスか――」


 ここに至るまでの旅路はおおよそ順調だった。険しい道を避けて街道を通り、軍としてみれば小規模でも、数百人の兵を見れば野生動物や野盗は寄り付かない。魔物は大軍が相手であっても容赦なく襲い掛かってくるが、幸い小規模の魔物の群れに数回遭遇したのみで、むしろ訓練代わりにちょうど良かったくらいだ。

 このような旅を続けて1ヶ月以上が経つ。更にボーグナインへの到着まであと1週間はかかるとあっては、緊張感を保てないのも無理も無いだろう。

 しかしサイラスが(少し気を引き締めてやるか)と考えた時、ジェフの失言にブローノの表情が変わった。


 ブローノは、「今こうしている時にも戦地の友軍は戦い、死んでいっている。そして戦地に着けば、次は自分たちの番である」と説く。

 ちょうどよい機会とでも考えたのか、自分の小隊の隊員たちを集め、更に自論を説いた。

 戦場では待機が6で準備が3、戦闘は残りの1である。しかし、その1の間に数百・数千の兵士が死ぬ。だから、1の時の為に心身のコンディションを整えなければならないし、1を軽んじるような発言は決して許されない、と。


(中々、隊長らしいことを言うようになったじゃねぇか。まぁ口下手なりに、だがな)


 ブローノの姿に笑みを(こぼ)したサイラスは、その場を後にする。

 「気を引き締めてやろう」というのも本来ならば特段必要は無かった。ボーグナインへ到着するまでにまだ1週間はかかるのだ。今それをする意味は特にない。どちらかと言えば、からかい半分だったのだ。


 ブローノの演説は口下手で稚拙(ちせつ)なものだったが、その考えや気持ちは彼の部下たちにもきっと伝わった事だろう。……いや正直、伝わらなかったかも知れないが、そこはどうでもいいのだ。ブローノの成長が見て取れたサイラスは、上機嫌でレクターのテントへ向かった。




「で、兵たちの様子はどうだい?」


「さすがに少しダレてきちゃいるが、まぁ問題ねぇだろ。まだボーグナインまで距離があるし、目的地に着く直前にお前が演説の1つでも()れば、気も引き締まるんじゃねぇ?」


 確かにサイラスの言う通りではあるし到着前の演説は予定していたが、その他力本願な物言いにレクターは軽い溜息をつく。


「それより、そっちは何かあったんだろ? 顔に出てるぜ?」


「……まったく、君には敵わないな」


 少し顔を合わせただけで自身の懸念を察せられたレクターは再度呆れる。

 サイラスは粗暴な言動とは裏腹に、物事をよく観察する術に長けている。それが付き合いの長い知己(ちき)の間柄であれば下手な隠し事など出来ないのだろう。


「先行している部隊から報告があった。この先の駐屯(ちゅうとん)予定のラドン村に異変がある、と。……日中にもかかわらず、人の気配が無いらしい」


「そりゃ、良くねぇな。先行部隊は?」


「報告の1人以外は村から離れた位置で待機しているよ。そう命令してたからね」


 街道の中継地点として機能しているラドン村は、定住している住人が少ない為に村としているが、その規模は町に近い。旅人や行商人などが行き来する為、人の出入りも激しく、彼らを主な収入源としている為に農作業などをしている村民は少数だ。だがその分、旅人や彼らを対象とした露店などがある筈である。人の気配が無いというのは確かに妙だ。

 ラドン村へは3日後に本隊が到着する予定であり、そこから報告がやってくるまで急いでも丸一日くらいのタイムラグが発生する。


「急いだ方がいいかもな。ラドン村を迂回は出来ねぇんだろ?」


「あぁ、ウォーラム商会との補給の予定地点だからね。……頼めるかい?」


「んだよ、お前ぇが大将なんだから命令すりゃいいんだぜ? ……ってか、最初からそのつもりで話したんだろうが」


 サイラスの軽口にレクターは苦笑いで答える。

 ラドン村で補給を受けなければ、ボーグナインに到着して早々に食料が枯渇(こかつ)する。最初から十分な量の食料を運ぶ選択肢もあったが、それでは食事の大半が保存食に頼る事となり、士気の低下は免れない。それに物資の量が増えれば行軍速度も低下する。もちろん、現地の町村で徴発(ちょうはつ)するという手段もあるのだが、レクターはそれを良しとしなかった。


 つまり、ラドン村でウォーラム商会からの補給を受ける事は絶対に変更できないし、もし補給を受けられない様な事が起きれば、シュアープの部隊は戦地に到着してすぐに物資不足に陥る事を意味しているのだ。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」


「あ、隊長っ。メシ出来ましたよ? ……どこか行くんっスか?」


「……お仕事だよ。オレの分はいらねぇ」


「お、オイラも一緒に行くっス! 絶対役に立つっス!」


 レクターのテントから外に出たサイラスに、たまたま居合わせたブローノが声をかけてきた。出鼻を挫かれたサイラスは少し呆れるが、ブローノは食事をせずに出発するサイラスについていくという。……随分と慕われているものである。

 その様子を見たレクターはテントから出て、話に加わる。


「サイラスには少し、頼み事をしてね。これは彼にしか出来ないし、誰も彼については行けない仕事だよ」


「あ……、領主様……」


「ってワケだ。悪いな、ブローノ」


 そう言ったサイラスはその場で身を屈め、ジャンプするような姿勢を取る。そして足に魔力を集中させ、靴に仕込まれた魔法陣が輝きだした。


「た、隊長?」


「危ねぇから少し離れてろ。んじゃ、行ってくる」


 そう言った瞬間、”バシュンッ!”と弾けるような音がブローノの鼓膜を叩いた。驚きに一瞬目を(つぶ)り、再び目を開けた時にはそこにサイラスの姿は無かった。レクターの方を見れば、彼は笑顔で上空を指差す。そちらに目をやればまるで点のように小さくなったサイラスが、部隊の進行予定の方角へ高速で飛んで行くのが見えた。


「りょ、領主様……。あれは……?」


「見るのは初めてかい? 靴に仕込んだ風の魔法陣で空気を蹴って、空中を自在に跳び回る。サイラスのオリジナル技だよ。その姿から『疾風のサイラス』なんて呼ばれた事もあったね。……あぁ、真似をしようなんて思わない方がいいよ。空中で姿勢を制御して跳び回るのは、見た目以上に至難の業だ。昔、真似をしようとした者の中には首の骨を折って死んだ者もいたよ」


 その言葉を聞いたブローノは戦慄すると同時に、サイラスへの尊敬を更に大きなものへと変えていった。




(ラドン村が見えたな。……先行部隊はどこだ?)


 出発から約1時間でサイラスはラドン村の上空までやってきていた。

 上空を高速で移動できるこの魔法を使えば、馬を使うよりもよっぽど速く移動する事が出来る。唯一の問題点があるとすれば、使えるのがサイラスだけという事か。


 サイラスは先行部隊と合流するべく、ラドン村周辺の地形を観察する。異変を察知した先行部隊はラドン村には入らず、周辺に潜伏している筈だ。自身たちは発見され辛く、ラドン村を観察できる場所……。


(あそこの丘がクセェな)


 上空から広域を見渡すことの出来るサイラスは、ラドン村を監視するのに良さそうな丘を発見する。おあつらえ向きに木々も(しげ)っており、潜伏するのにちょうど良さそうだ。

 当たりをつけたサイラスは丘の上に降り立ち、「ふぅ……」と一息つく。この魔法は結構神経を使うのだ。特に着地の際は勢いを誤ると地面に高速で激突してしまいかねない。


 気を取り直して周囲の様子を探る。注意深く観察すれば、地面に馬の足跡があった。数も先行部隊のそれとおおよそ一致する。

 足跡を辿(たど)って進むと、先行部隊が野営をしている姿を発見した。


「よぉ。お勤めご苦労さん」


「へ、兵士長っ⁉ 何でここにっ⁉ いや、それより早すぎませんかっ⁉」


 突然現れたサイラスに先行部隊の隊長が驚きの声を上げる。連絡に戻った兵が()ったのが昨日の事。本体からの増援が来るとしても明日以降の筈だと考えていたのだから無理もない。


「んなコトより、状況は? 人の気配が無いって話だが?」


「は、はいっ。ラドン村に到着した所、仲間の1人が異変に気付いた為、入村を保留しました。その後、村を見渡す事の出来るここに移動して村を観察しましたが、数時間経っても誰も姿を見せない事から異変を確信し、連絡に兵を1名本隊に戻しました。その後も監視を続けていますが……」


 部隊長の報告は、おおよそ先ほどレクターから聞いた事と同じであった。ただし、その先が異なる。


 連絡に兵を戻した後も村への監視を続けた結果、数人の男が村内を徘徊しているのを発見したらしい。しかしレクターからの命令を優先した結果、村内には立ち入らず、丘の上からの監視に徹したという事だ。


「まぁ、上出来だ。その男たちは何者だと思う? お前の感想でいいから言ってみろ」


「はっ。まず、武器を携帯していた事から村民には見えませんでした。それと断定は出来ませんが、旅に適した服装にも見えず、旅人とも思えませんでした。これらの事と村の異変から考えて、盗賊の類に村が占領されたのではないかと……」


 他の隊員にも意見を聞いてみるが、部隊長とほぼ同じ意見だ。サイラスも特に異論はない。

 村人が消えただけなら魔物に襲われたとか、疫病で全滅した可能性なども出てくるが、武装した怪しい男が複数目撃されたとあっては異変との関連を疑うのも自然だろう。ならば無法者の集団に村が占領されたと考えるのが、最も可能性としては高そうだ。


 こうなると軍を預かる身としてはどうするのが最善だろうか?

 恐らく、村を占領する無法者の数は数十人くらい、多くても百人を少し超える程度と推察できる。本隊が到着すればロクに戦闘訓練をした事もない無法者など物の数ではないだろう。いや、数の差を確認したら戦わずして逃げ出すかもしれない。

 それに本隊が到着するまで後3日、それまでの間に無法者たちが村から移動するかもしれない。


 ならば冷酷かもしれないが、監視の兵をここに残して自分は1度本隊に戻り、本隊と共に無法者どもに対処するのが無難か。ひょっとして……、いや恐らくいるであろう、村民や旅人の生き残りを見捨てる形になるのは気が引けるが。


「仕方ねぇな。オレは一旦本隊に戻るから、オメェらは監視を続けて……、ん? ありゃあ……、馬車か?」


 サイラスが心を鬼にして苦渋の決断をした時、視界の端、遠方に灯りが見えた。

 それは、シュアープ軍とは別方向の街道からラドン村へと移動する馬車だった。先ほど日が落ちて暗くなっている為に馬車にランタンを点けていて、遠目からでもよく目立つ。


「行商人か何かでしょうか? ……不味いですね、ラドン村に向かってますよ」


 サイラスの言葉に反応して双眼鏡を取り出し、同じく馬車の姿を認めた部隊長がそう呟く。

 そうしてサイラスたちが注目しているうちに、馬車はラドン村に到着する。村内に入った馬車の前に1人の男が現れ、行く手を遮った。その数十秒後、立ち止まった馬車を次々に現れた男たちが取り囲む。遠目でハッキリしないが、10人くらいだろうか。


「これは、盗賊で確定ですね。……本隊の到着を待つのが最善かと思いますが?」


 部隊長の言う通り、村の異変は盗賊の仕業で確定した。その後の対策案も、先ほどサイラスが考えたものと同様だ。ならば迷う必要など無い、ハズだった。


 双眼鏡を借り受けたサイラスの視界は馬車の行く末を見守っていた。御者の男は引きずり降ろされ、馬車の中に盗賊たちが押し入る。そして中から出てきたのは、お腹を膨らませた妊婦と幼い男の子だった。男の子は、恐らく母親であろう妊婦を守ろうと前に立つ。

 サイラスの目に映った男の子がユーキと重なる。遠目だがユーキより更に幼く見えるし、顔立ちも全く似ていない。だが無謀であろうと立ち向かうその姿は、誘拐事件の際のユーキの姿を彷彿(ほうふつ)とさせた。


「オメェら、命令だ。何があってもこの場で待機、本隊が到着するまで動くんじゃねぇぞ」


「は? へ、兵士長……?」


 疑問の声を上げる部隊長に返事をする事もなく、サイラスは砂煙を上げてその場から消えた。向かう先はもちろん、馬車の元だ。

 空中を跳ぶサイラスは(やっぱオレに指揮官とか向いてねぇよなぁ)と考えていた。


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