第15話 「父と、父の父と、父の子と」
「ずぅいぶん遅い帰宅だねぇ。出発は明日だろう? ユーキ君はもう寝ちゃったよぉ?」
「ちっ、そう言うテメェはまだ起きてたのかよ」
「そりゃあ、旅立つ息子を見送らないとねぇ」
「誰が息子だ。気色ワリィ」
出立の前夜、いや既に夜明け前の時刻にサイラスの帰宅を出迎えたのはエルヴィスだった。
サイラスを息子と呼ぶエルヴィス。2人の関係を知る者は、このシュアーブの町では他には旧知の仲であるレクターだけだ。見た目が20代のエルヴィスが、中年のサイラスを息子と呼ぶのは違和感どころの話ではない。
「ユーキ君も頑張って起きてたんだけどねぇ。やぁれやれ、なぁんてヒドイ父親に育ったんだろう」
「育ての親が悪かったんだろうな」
「まぁさか、愛する息子にそぉんな風に言われるなんて、なぁんて親不孝者だろうねぇ、これが」
エルヴィスの嫌味にサイラスは皮肉で返す。
物心がついた時、既に孤児だったサイラスに食事を与え、教育を施したのはエルヴィスだ。彼のおかげで今のサイラスはある。認めたくはないが、それは動かしがたい事実だ。
ならばその事実をせいぜい有効に使おう。使える物は何でも使うのが冒険者の流儀だ。もっとも、エルヴィスには何の痛痒も与えていないようだが。
「出掛ける前に聞いとくが……、ガキどもの授業は順調なのか?」
「まぁずまず、と言った所かなぁ? エメロン君は問題無し。ユーキ君は……まぁ、色々試行錯誤してるみたいだねぇ。アレク君も、自爆しない程度には魔法を扱えるようになってきたし……。ミーア君は……、あまり授業に真剣とは言えないねぇ。あの子は魔法に対する関心はあまり無いように見えるし、アレク君たちと一緒に居るのが目的じゃあないかなぁ?」
相変わらずエルヴィスの評価はエメロンが高く、他の生徒には手厳しい。特にミーアに関しては諦めているようにすら聞こえる。
しかしサイラスの目下の関心事である、ユーキとアレクの評価がいまいちハッキリしない。これからしばらく留守にするサイラスは気がかりを晴らそうと、再度エルヴィスに尋ねた。
「ユーキとアレクの嬢ちゃんは具体的にどうなんだ?」
「アレク君の魔力制御は良くなってきてるよ。ただ、まだ僕の見てない所で『戦闘魔法』を使うのは危険だねぇ。『根源魔法』はもっと危ないし、もうしばらく指導が必要だねぇ」
1年近く前に聞いた時も同じような事を言っていた気がするのだが……。本当に進歩しているのだろうか?
そしてサイラスはユーキ・アレクの順で尋ねたのに、エルヴィスはアレクの状況を先に答えた。気にし過ぎのような気もするが……。サイラスは嫌な予感がしていた。
「んで、ユーキは?」
「…………」
「おいっ、どうなんだよ? ハッキリ言えよっ」
「あの子、倫理観は大丈夫かい? こないだ、油を撒いて空中で着火しようとしたよ?」
聞いた瞬間、血の気が引いた。
ユーキの魔力が低い事は知っている。そのせいで魔法の有効射程が短い事も。
確かに油に火を着けて撒けば、射程もいくらか増すだろうし、生物相手ならば有効でもあるだろう。しかし同時に危険度も跳ね上がる。家屋に着けば全焼しかねないし、草木に着いても大火事になりかねない。対象に対しても、過剰な火力は生殺の加減が利かないし、何よりも誤って自分に火が着けば火だるまだ。
あまりに危険すぎる。決して子供が扱うようなものではない。いや、大人であってもそのような危険行為をする者は、後先を考えない無謀者か、結果を想像できない愚か者、もしくは自分に絶対の自信を持つ自信家のいずれかだ。
「おいっ! テメェ、子供に何教えてんだっ!」
「そぉんな事を教える訳ないでしょお? ユーキ君が自分で考えてやったんだよぉ。もちろん僕は、ちゃぁんと止めたさぁ」
「……ホントかよ?」
「ホントホントぉ。危ないから止めなさいって言ったら、今は2種類の魔法の同時発動を練習してるよぉ」
「同時発動? 高等技術だぜ?」
一般的に『象形魔法』の発動は手の末端から魔力を放つ。訓練などによりそれ以外の場所から放つ者もいるが、そのような者は少数派だ。何故なら分かりやすいメリットが少ないからだ。
そして更なる高難易度として複数の魔法陣を使用した同時発動があるが、こちらは更に使い手が少ない。単純に難易度が高すぎる為だ。いくら練習をしても、出来ない者は一生出来ない。素質のある者が訓練してようやく可能な、言葉通りの高等技術なのだ。
「そっちは何とか出来そうだよ。ユーキ君は魔力操作「だけ」なら天才的だからねぇ。……でも、以前も言ったと思うけど、あの子は必要だと感じたらどんな危険な手段だろうと取る子だよ。もちろん、僕の目が届くうちは注意するけどねぇ」
「……エルヴィス。……いや、親父」
改めて聞かされる我が子の危険性。今までは一緒に住んでいたから、何かあっても自分が何とか出来ると、そう思っていた。同じ町にいれば、以前のような誘拐事件に遭っても間に合うと……。しかし明日からは一緒には居られない。何かあっても、自分が助けに行く事は出来ない。
だからサイラスは目の前の男に、いや父に、我が子の無事を頼むしかなかった。
「テメェにだけは頼みたくはなかったが……、オレが留守の間、ユーキを頼んだぜ」
「……ざぁんねんだけど、僕はあと1年程でこの町から離れようと思う。それまでの間なら見ていてあげるけど……。まぁ、なるべく早く帰ってくるんだねぇ。あんまり遅いと、僕が攫っちゃうかもよぉ?」
「ふんっ、騙したり無理やり攫おうってんならブチ殺すが、ユーキがテメェの頭で考えてお前についてくってんなら文句は言わねぇよ。……あと1年で移動するってのは、やっぱりその見た目が理由か? 今更だが、テメェ一体何モンだ?」
エルヴィスは、サイラスが出会ってから30年以上外見が変わっていない。これは異常だ。
長寿で知られるエルフ族ならば、30年見た目が変化しない事もあるのかも知れないが、エルヴィスにエルフのような金髪、長い耳といった身体的特徴は無い。
エルヴィスと共に過ごした幼い頃、同じ町に3年以上滞在した事は無かった。これも、変化しない容姿を隠す為のものである事は容易に想像がついた。
「……妖精。の、なりそこない。……なぁんてねぇ」
「テメェ、マジメに答える気あんのか?」
「さぁてねぇ? ……それよりも、寝た子が起きたようだぁよ?」
サイラスの質問におどけて答えるエルヴィスに凄んで見せるが効果は無い。
そして話し声が大きすぎたのか、ユーキの部屋から気配がした。
「親父、帰ってきてたのか」
「起こしちまったか。まだ早ぇから寝てろ」
「今日出発だろ? 朝飯と弁当作ってやるから、仮眠でも取って待ってろよ。兵士長が寝不足と空腹で倒れちゃ、カッコ悪ぃぜ?」
寝巻のまま姿を見せたユーキはそう言って、サイラスの返事も待たずキッチンへと向かう。
「まぁったく、口は悪いのに孝行息子だねぇ。僕の息子にも見習って貰いたいくらいだよ、これが」
「オレの育て方が良かったからだな。テメェの息子が孝行しねぇのはテメェが悪い」
ああ言えば、こう言い合う2人。外見はともかく、その内面は似た者親子の2人であった。
それからしばらく、ユーキの作った朝食を食べ終わり一息をついた頃、日が完全に昇って空は明るくなっていた。
「んじゃあ、そろそろ行くか」
「親父、ホラ弁当。あと、こっちの袋に日持ちのするモン入れといたからよ」
出発の準備を終えたサイラスが立ち上がると、ユーキが弁当と袋を手渡してくる。袋の中は、干し肉やナッツ、穀物を固くなるまで焼しめたものなどが小袋に分けて入っていた。まるで主夫のような11歳である。
「お、おう。サンキュ。……ユーキ、オレが居ねぇ間あんま無茶すんなよ?」
「いや、それ俺のセリフだろ? 親父こそ無茶して周りに迷惑かけんなよ? もう歳なんだからさ」
「ぬかせ。オレはどっかのガキと違って、ケガばっかして周りに迷惑かける事なんざぁしねぇよ」
互いに互いを罵りながら心配する2人。こちらの2人もやはり似た者親子であった。
エルヴィスはそんな2人を見て笑みを浮かべながら、自らの思い付きをサイラスに提案する。
「サイラス君。ユーキ君が大人になったら、3人で一緒にお酒を飲まないかい?」
「あ? なんだよ急に。大体テメェ、酒飲めんのか? 一度も見た事ねぇぞ?」
「いや、何となくそんな気になってね。どうだい?」
急にそんな事を言い出したエルヴィス。
ユーキにはその理由が分からない。なぜ今、数年後の約束を言い出したのか?なぜ、飲まない酒を飲む約束をするのか?なぜ、エルヴィスの口調が普段と違って聞こえるのか?その真意の分からないユーキは口を挟む事が出来なかった。
しかしサイラスはユーキとは違い、疑問に感じる事は無かった。だから口の端を”ニィッ”と持ち上げ、エルヴィスに答える。
「いいぜ。潰れるまで飲ませてやる」
「おぉっと、それは怖いねぇ。……「約束」だよ?」
「あぁ、「約束」だ。それじゃ、行ってくる」
荷物を背負い、玄関から発つサイラス。
立ち去る父の背に、ユーキは最後の声を掛けた。
「親父っ! ちゃんと無事に帰って来いよっ!」
「ったりめーだろっ!」
一度だけ振り向いてそう言ったサイラスの顔は、自信に満ちた満面の笑みだった。
そしてユーキは父の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと玄関で見送っていた。
いつも拙作を読んで頂き、誠にありがとうございます。
次話から28話まで、しばらくサイラス視点の話が続き、ユーキたちは登場しません。
「オッサンの話なんて興味ない」という方は、読み飛ばして頂いてもストーリーの把握には問題ございませんので、29話から続きをお読み下さい。




