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第13話 「とある日の兵士長」


「ふわぁぁぁ~っふ」


「隊長っ、おはようございますっス。……眠そうっスね」


「おう、ブローノ。徹夜明けだ。……ふわぁぁぁ」


 朝の兵舎でサイラスに挨拶をしたのは、シュアーブにやってきた時からの部下であるブローノだった。

 彼は当初、冒険者上がりでいきなり部隊長として就任したサイラスを良く思っていなかった。事あるごとに食って掛かり、仕舞いにはサイラスに決闘を申し込むまでに至ったのだが、その結果コテンパンにのされてしまいそれ以降は従順になるという、何かのテンプレのような経緯を辿っていた。


 現在でも変わらずサイラスの部下なのだが、少し前にサイラスが兵士長に昇進し、その後ブローノ自身が小隊長となったのだが、それからも変わらずサイラスを隊長と呼び続けている。


「少し仮眠でも取ったらどうっスか? 午前は訓練指導っスよね? オイラが代わりにやっとくっスよ」


「オメェ、調子のいいこと言って楽してぇだけだろ?」


「ぃぃいいやいやいやっ! 滅相もねぇっスよ! オイラは純粋に隊長の体調を心配して……今、上手いこと言ったと思いません?」


「思わねぇよ、タコ。バカなコト言ってねぇで、さっさと訓練に行くぞ」


 そう言って2人は連れ立って訓練場へ向かう。

 雑談をしながら歩くが、その話題は帝国との戦争だ。開戦してから8か月。シュアーブは、戦地であるボーグナインから離れている為に直接の被害は無いが、避難民の増加、物価の高騰、治安の悪化などと確実に悪影響を受けている。


「末の弟が言ってましたけど、学校の登下校も集団でするようになったらしいっスね」


「なんだ? んなコト、ウチのガキからは聞いてねぇぞ?」


「だって隊長、最近あんまり家に帰ってないでしょ? 息子さん、寂しがってんじゃねぇですか? まだ10歳でしょ?」


「けっ、ウチのガキはそんなタマじゃねぇし、もう11だ。大体、ウチににゃ、もう1人……」


 エルヴィスという同居人がいる。そう言いかけた時、目的地である訓練場の方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「テメェっ‼ もう一度言ってみやがれっ‼」


「冒険者ってのは耳が悪くても問題ないのか? いや、悪いのは頭の方かぁ?」


「んだとぉっ⁉」


 今日の訓練は兵士と冒険者の合同訓練だ。

 帝国との開戦から悪化を続ける町の治安維持のため、冒険者にも深夜の見回りなどの依頼を始めてから半年以上になる。今後の事を考え、冒険者との連携を強めるべく合同訓練を企画したのだが……。どうやら現状は連携どころではないようだ。


「おいっ! やめるっス!」


「あ……、ブローノ小隊長。それに兵士長も……」


「何があったっスか⁉ ワケを話すっス!」


 ブローノが部下から事情を聞けば、治安維持を冒険者に頼るのを嫌った一部の兵士がつっかかったらしい。

 そういう兵士が一定数いるのはサイラスも認知している。冒険者といえば、ならず者や食い詰め者、社会に馴染めない者たちの集団だというイメージを持つ者も多い。全員がそうだとは言い切れないが、そういった者が多くいるのも事実だ。そういうイメージが強い者が、現状を快く思わないのも分からないではない。


 しかし、サイラスの立場はそれを許す訳にはいかない。今は兵士のみで何とかなっても、これ以上治安が悪化すれば、もしくは出兵命令が出されてしまえば、兵士のみでの治安維持は困難を極めるだろう。冒険者の協力と、連携の強化は必要不可欠だ。


「ならよ、今日の合同訓練は兵士と冒険者に別れて模擬戦でもすっかぁ? オメェらもそういうの、好きだろ?」


 兵士長であるサイラスの一声で訓練メニューが変更され、模擬戦を行う事となった。

 1対1、少数対少数、全員参加の総力戦など3時間以上の間、兵士と冒険者の両陣営は(しのぎ)を削る事となった。最初の方こそ、勝敗が着く度に野次や罵倒も飛んでいたが、スコアも何もない模擬戦を続ける内に次第に目先の勝利を喜び、敗北を悔しがるだけとなり、最終的には互いの健闘を称え合うまでになった。

 その様子を椅子に座って眺めていたサイラスは、やや呆れるように言う。


「けっ、コイツら思った以上の単純さだな」


「隊長、聞こえるっスよ。そういや、隊長は参加しないんっスか?」


「バーカ。何でオレがそんなクソ面倒くせぇこと……」


 そこまで言った時、赤毛の冒険者と目が合った。知り合いではない。今日、初めて見る顔だ。

 しかし、その冒険者は確かにサイラスの顔を見て”ニヤリ”といやらしい笑みを浮かべた。そう、何かを思いついたかのように。


「おい、あそこの兵士長様は模擬戦に参加してねーんじゃねぇかぁー? あー、是非とも手合わせ願いたいよなぁ~。」


 棒読みでわざとらしく、その場の全員に聞こえるように大声で言い放つ。

 そして彼の意図を察した、別の冒険者も口を開く。


「そーだよなー。上の人間ってのは、下のモンに手本を見せねぇとなー。じゃねぇと下のモンはついてこねぇよなー」


「そういやー、最近兵士長は訓練に参加しねぇよなー。タマにゃ、見本を見せて欲しいよなー」


 冒険者たちにつられてか、兵士たちまで棒読みの大声を出してくる。

 声の主は1人、2人とどんどん増えていく。まったく、短時間で随分と連帯感が増したものである。


「けっ、誰がんな安い挑発に乗るかよ」


「最近運動不足じゃないのー⁉」


「ちったぁ動けーっ! このデブーっ!」


「デっ……⁉ 今言ったの誰だコルァーーーっ‼」


 この後、最後の模擬戦が開催された。組み合わせはサイラス対シュアーブ兵・冒険者連合軍。

 この戦いが終わった時、ちょうど昼飯時となっていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「いてて……。ヒデェっスよ、何でオイラまで……」


「オメェだけ不参加が良かったかぁ? 昼飯奢ってやるから機嫌直せよ」


 合同訓練を終えたサイラスは、ブローノと共に町の見回りをしていた。

 ブローノは目の周りにできたアザを(さす)りながら愚痴を(こぼ)す。ちなみにサイラスは無傷である。


「まったく、どうなってんスか隊長の身体は? サルだってあんな動き出来ねぇっスよ」


「オレがサルなら、オメェらは赤子だな。正に赤子の手を(ひね)るってなモンよ。……お、ここだ。ここの弁当が結構イケるんだよ」


「らっしゃい! お、サイラスさんじゃねぇか、最近よく来るね。今ならテーブルが空いてるぜ?」


 サイラスがやってきたのは町の大通りに面した弁当屋だ。

 最近は忙しく、家に帰る事も出来ない日も多いので食事を外食や弁当で済ませる事も多い。その中で見つけたこの店は忙しい時は持ち帰りで、ゆっくりしたい時は店内でと融通が利き、使い勝手が良かった。それに味の方も悪くない。


 ちなみに店主の娘とユーキが同級生らしく、なぜか料理に興味を持ったユーキがちょくちょく料理を教わりに来ているらしいが、その時にサイラスがこの店を利用する事は無い。……一応、これでも息子に気を遣っているのである。


 サイラスとブローノの2人は、店内での飲食用のテーブルに着き、注文を済ませる。

 雑談をしながら待つ事10分程度で、注文の料理が店主の手により運ばれた。


「大将、最近の調子はどうだ?」


「ん? あぁ、最近はメキメキ上達してるぜ。あの調子なら将来クララを嫁にやって、ウチを継いで貰ってもいいな。サイラスさん、どうだい?」


「ユーキの話じゃねぇよ……。治安とか景気とか、そういうのが聞きたかったんだよ」


 こういう合間にも元冒険者のサイラスは情報収集を欠かさない……のだが、言葉が足りなかったのか欲しい情報とは別の情報が入ってくる。ユーキの料理の上達具合など教えて貰わなくとも知っている。……女性関係の方は少し気になるが。


「あー、そっちだったか。……正直、あんまり良くねぇなぁ。ウチにも無銭飲食や物乞いみてぇのが何人か来たし、物価、特に食料品の値段が上がってるなぁ。そろそろ値上げしねぇとウチもやっていけねぇわ。まったく、戦争とか嫌だねぇ」


「そうか……。んじゃ、この店が潰れねぇように売り上げに貢献するとするか」


「やめてくれよ、縁起でもねぇ。……なぁサイラスさん。この町は大丈夫だよな? 戦場になったりしねぇよな?」


「何言ってんだ。戦場はボーグナインだぜ? 店や家族が心配なのぁ分かるが、考えすぎだ。シュアーブが戦場になる事なんかねぇよ、安心しな」


 話すうちに不安を漏らす店主をサイラスは元気づけた。

 サイラスの言う事は決してただの気休めではない。仮に帝国軍がボーグナインから更に侵略してきたとしてもシュアーブが狙われる事など決して無いだろう。

 シュアーブは帝国の国境とは離れた位置にあるし、戦略的に重要な土地でもない。シュアーブを攻め落とすくらいなら、王都を攻めた方がリスクが少ないくらいなのだ。


 この事は軍事に明るい者で無くとも容易に想像がつくだろう。たとえ、弁当屋の店主でも。しかし、店主の不安を拭いきる事は出来なかった。戦争とはそれほど人を不安にさせるのだ。物価の高騰や治安の悪化という影響が目に見える程に大きくなれば、なおさらに。


「店長、不安そうだったっスね。オイラ、戦争で大変なのは軍人だけだと思ってたっス……」


「そいつが分かりゃ上出来だ。メシ食ったら冒険者ギルド、町の宿泊所と馬車の停留所、スラム、庁舎まで回ってから兵舎に戻るぞ」


「う、ウっス!」


 思ったよりもハードなスケジュールに一瞬どもるブローノ。そういえばサイラスは昨晩徹夜だったと言っていた筈だ。そろそろ40になると言っていたのに、その体力は一体どこから出ているのか。ブローノはげんなりするとともに、サイラスへの尊敬をますます強めるのだった。




 スラムまでの巡回を終えて庁舎を目指して歩いていたブローノは、行く先々で住人たちから話を聞いていたサイラスに感心していた。

 治安に関わる事から、生活の不安、果てには仕事とは全く関係の無さそうな事まで。それは今までブローノが巡回していた時には得られなかった情報ばかりだ。


「スラムって、オイラたちみたいな公務員はもっと毛嫌いされてるモンだと思ってたっスよ」


「オメェ、今までの見回りはホントに「見て回った」だけだな?」


「いや、そういうわけじゃぁ……」


 ブローノだって住人から情報を仕入れようと努力はしていた。道行く人、テントを張るスラムの住人などに「不審な人物を見かけなかったか?」と。しかし皆口を揃えて「見ていない」と返すだけだった。当然だろう。尋ねた相手が善良ならば、明らかな不審人物を見ればとっくに通報するだろうし、悪人なら、そもそも答える訳が無い。

 そして、そのやり取りだけで会話は終了してしまっては、それ以上の情報を得る事は出来ない。


「まだまだだな、ブローノ君」


「ウっス……」


 気落ちするブローノにサイラスは慰めの言葉や、アドバイスを授けたりはしない。人のやり方はそれぞれだし、他人があれこれ口を出しても上手くいかないと考えているからだ。ましてや慰めなど甘えが増長するだけだ。なにより自分のキャラではない。

 「頑張れ」「努力しろ」なども言わない。どう頑張るか、努力するかも自分次第だ。どこまでやれば満足するかも、だ。ただ足りていない事だけは指摘する。決して強制はしないが「可愛がっている部下に、より良く成長して貰いたい」という願望はサイラスにだってあるのだから。


 そうして話しながら歩いて庁舎にたどり着いた時、サイラスたちに声をかける者が現れた。


「あっ、ブローノっ! 兵士長もっ! いいところにっ!」


「あぁん? 誰だ?」


 相手は20歳くらいの若い男。身体はがっしりしているが、戦闘をする者の筋肉の付き方ではない。自分を兵士長と呼ぶという事は、兵士か庁舎の役人だと思うが……。

 そう考えた時、隣のブローノが教えてくれた。


「予備兵のジェフっスよ。オイラの幼馴染の。農家の三男で、訓練や任務の無い日は実家の手伝いをしてるっス。今日は非番のハズっスけど……」


「聞いて下さいよっ! 庁舎の役人がヒドくて……」


 ジェフの話によると、最近農家に対する窃盗被害が急増しているらしい。これはジェフの実家だけではなく町全体での事で、中には4半期の成果が丸々全滅した家もあるらしい。

 このままでは生活が出来ない。そう考えたシュアーブの農家たちは、対策の要望を嘆願書としてジェフに持たせたらしい。しかし庁舎にやってきたものの、受付の事務員に門前払いされたというわけだ。


「アイツ、「そんな事は言われなくても分かってる」ってばっかりで、嘆願書すら受け取ってくれなかったんですよっ! こっちは明日食う物に困ってる家だってあるってのに……っ!」


「ジェフ、わかったから少し落ち着くっス」


「落ち着いてられねぇよっ! 犯人は分かってるんだ。絶対スラムの奴らだ! あんな奴ら、町から追い出しましょうよっ‼」


 興奮するジェフはスラムの住人を犯人と決めつけ、過激な事をサイラスに提案する。

 確かにスラムの件はサイラスにとっても悩みの種ではあるが、そのような提案を許可する事は出来ない。スラムの住人だって全員が悪人という訳ではないのだ。


「軽はずみなコトを言うんじゃねぇ。テメェも非常勤とはいえ兵士だろうが」


「だって……」


「コイツはオレが間違いなく領主に届けてやる。ひとまずそれで納得しろ。行くぞ、ブローノ」


「う、ウっス……っ」


 サイラスはそう言って嘆願書を奪い取り、ブローノを連れて庁舎へ向かう。

 そしてそのまま領主の執務室へ向かい、レクターに報告書と共に嘆願書を手渡した。


「ご苦労様。……冒険者との連携は何とかなりそうだね。問題はやっぱり、物価と治安か……」


「領主様、何とかならねぇっスか? 町のみんなも不安がってるし、被害も出てるっス」


 報告書に目を通したレクターにブローノが意見をする。今日、自身の目で見た住人たちの声に思う所があるのだろう。

 しかしブローノの意見にレクターは軽く首を振り、溜め息交じりに答えた。


「私も何とかしたいのは同じ気持ちだよ。だが、今は起きた出来事に対処するしかないね。……窃盗事件については夜間の見回りを強化しよう」


「根本的な解決には、戦争が終わらねぇとなぁ……」


「……その事だが、サイラス。とうとう出兵命令が出た。準備期間が必要だと言って、なんとか引き延ばしてきたが……。出発は2か月後、冬が明けたらすぐだ」


「……っ‼ とうとう来やがったか……っ! 物資の確保は問題ねぇのか?」


 半年以上、戦争の為に準備をしてきたが、いざその日が決まれば短く感じてしまう。訓練や装備の調達はともかく、糧食や馬の確保はこれからだ。急がなければならないが、あまりに強引に調達すれば町の物価や治安も悪化する。これは慎重になってなり過ぎる事は無い、というのは『魔人戦争』の際の教訓だ。


「あぁ、ウォーラム商会と契約済みだ。君は兵の訓練とメンタルケアに集中してくれ」


「わかった、こっちの事は任せとけ。ブローノ、兵舎に戻るぞっ!」


「う、ウっスっ!」


 執務室から出ていく2人を見送ったレクターは椅子に静かに腰を下ろし、深い溜息を吐いた。

 3年前、サイラスをシュアープの兵士に勧誘したのはレクターだ。冒険者を続けていたならば、再び戦争に駆り出される事など無かっただろう。

 レクターの心は今、恩人であり親友でもあるサイラスを戦争に巻き込んだ罪悪感に(さいな)まれていた。


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