第12話 「取るに足らない日常」
「残すリングも、あと1つ……。ようやくここまで来たな」
長い旅の道程を思い返し、ローランドは感慨に耽る。
国を追われ、辺境で身をやつし、祖国平定のために仲間たちと共に歩んだ道……。多くの苦難と別れ、戦いの日々もようやく結実し、終わりを迎えようとしていた。
「ローランドは平和になったらどうするの? やっぱり、玉座に着く気?」
隣に立つアーリエから不意に尋ねられる。
帝国の内乱を終えようと戦いに明け暮れる日々で、その後を考える余裕など無かった。出来る事なら、平和になったら辺境に戻りゆっくりと暮らしたいとも考えるが……、現実はそうもいかないだろう。
きっと自分の望みは叶わない……。そう諦めにも似た気持ちのローランドだったが、仲間たちにこんな弱気を見せる訳にはいかず、同じ質問を仲間たちに振った。
「……考えてなかったな。そういう君たちはどうする気だい?」
「わ、私はアンタが皇帝になるって言うなら、仕えてあげてもいいわよっ」
「あ、アーリエがそうするなら、僕もっ!」
「オレは実家に帰って漁師を継がねぇとな」
仲間たちが次々に、内乱が終わった後の将来を語る。皆、ちゃんと今後の事を考えていたのだ。
故郷に帰る者、旅を続ける者、新天地を目指す者……。そんな中で、戦いの終わった後もローランドに付いてくるという者たちは決して少なくなかった。
(……情けない所を見せる訳にはいかないな。なら、私の取るべき道は――)
この時、ローランドは初めて決意をした。
今まではただ内乱を鎮めようと、只々必死だった。しかし内乱を鎮めても、それだけでは平和にはならない。国のトップが善政を行わなければ、また新たな内乱が起きる。なら、誰がトップとなる?仲間たちは何を求めている?
するべき事、出来る事、したい事。それらを1つに束ね合わせれば、答えは1つだ――。
「みんな、聞いてくれ」
ローランドが改めてそう言うと、仲間たちは何かを悟り静かになる。
それを確認したローランドは頷き、感謝を述べて高らかに宣言した。
「この内乱を平定した後、私は第21代クライテリオン帝国皇帝となる事を、ここに誓うっ!」
覚悟を言葉にしたローランドの右手には6つの指輪が握りしめられていた――。
『英雄王ローランドと7つのリング』
第7章より一部抜粋
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「では『象形魔法』で出来る事と、出来ない事。ユーキ君はわかるかなぁ?」
「いや、わっかんねーよ。ってか、出来ねぇコトってあんのか?」
「おにーさま、少しはかんがえましょうよ」
エルヴィスによる魔法の授業が始まって既に1年以上、ユーキはいつの間にかエルヴィスに対する敬語を止めていた。同じく1年以上に渡る同居の間、全く家事をせずに、だらしのない姿を見せ続けた結果かも知れない。
そして誘拐事件から少しして、本人の希望によりミーアもエルヴィスの授業に参加する事になっていた。
「つってもなぁ……。世の中のモンは大体『一般魔法』で動いてんだろ? 戦いなんかで使うのも『戦闘魔法』、つまり『象形魔法』だ。なら出来ねぇコトって、それこそ時間を止めるだとか、未来を予知するとかくらいしか思いつかねーよ」
「やぁれやれ、ユーキ君までアレク君みたいな事を……。君はよくお世話になってる筈なんだけどねぇ? ヒントは『神聖魔法』だよぉ」
「……治療、ですか?」
「エメロン君、せぇ~かい!」
ヒントを得たエメロンが正解を言い当てる。そして、それを見たミーアが不機嫌そうにエメロンを睨んだ。
ミーアのエメロンに対する風当たりは相変わらず厳しい。ただ正解を答えただけなのに、エメロンが不憫でならない。
「『象形魔法』じゃあ、あんまり複雑な事は出来ない。いや、現実的ではないと言った方が正しいかなぁ? もし『象形魔法』で傷を治療しようとするなら、対象の体格、体質、傷の位置と形状、それをどう塞ぎ治療するか、最低でもこれらの情報を魔法陣に描く必要があるねぇ。そしてこの魔法陣は使い捨てになる」
「それって、まったく同じ傷じゃないと使えないってコト?」
「そのとぉ~りだよぉ、アレク君」
「うげ……。そりゃ、使い物にならねぇわ」
エルヴィスの授業を通じて、今まで無意識に使っていた『一般魔法』や『戦闘魔法』にもルールが存在する事をユーキたちは知った。
これらの『象形魔法』は、使用する際には魔法陣に魔力を流すだけだ。だが、その魔法陣の作成には多大な労力がかかる。基本的には起こす現象を決定する『起動系』と、その方向性を決める『制御系』の2つだけなのだが、これが意外に複雑だ。
ただ火を出すだけの魔法陣でも、この2つの配置やバランスを考えないと使用者に多大な負担がかかる。『一般魔法』ならば、かなり簡略化も出来るのだが……。
もし治療の為の魔法陣を描くとしたら、一体どのくらい巨大で複雑な魔法陣が必要なのか。
「その治療が出来るのが『神聖魔法』という訳だぁねぇ。ブライ教徒に神の御業と呼ばれる所以だねぇ、これが」
「ふ~ん……」
「少し早いけどぉキリもいいし、今日はここまでにしようかぁ。次の授業は3日後だぁね」
そう言ってエルヴィスは授業を切り上げ、ソファでくつろぎ始めた。今日は座学の日だったので場所はユーキの家だ。
授業が早めに終わったので、アレクとミーアの迎えが来るまでにはまだ時間がある。誘拐事件以降、2人の外出には大人が付き添うようになったのだ。まあ、仕方のない事だろう。
「ねえねえ、『ローランド』の新刊、もう読んだ?」
「あぁ? あー、アレクのお気に入りな。まだ4巻の途中だよ。今、何巻だ?」
「7巻だよ。僕は一応、最新巻まで読んだけど」
時間の余った子供たちは雑談を始める。
アレクが話題に挙げたのは『英雄王ローランドと7つのリング』という名の小説で、昔の『英雄王伝説』という小説を現代風にリメイクたものだ。内容は聖歴616年から778年までの間で実際に起きた、クライテリオン帝国で起きた内乱を終息に導いた英雄王ローランドの活躍を実話を元に書いたものらしい。
大昔の出来事の為、確認は不可能だが事実そのままではなく、誇張や脚色が加えられているとユーキは考えている。改訂版の『英雄王ローランドと7つのリング』の方はそれが顕著だ。特に――。
「とうとうリングが7つ集まったね! ローランドはなんて願うんだろ?」
「ねーさま。おにーさまは、まだとちゅうなのに先のてんかいを言うのは……」
「気にしなくていいぜ、ミーア。俺は原作の方を読んだ事あるし」
原作版と改訂版で最も大きな違いがアレクの話題に挙げた、そして改訂版のタイトルにも入っている『7つのリング』の存在だ。
7つ集めた者はどんな願いでも叶う……。そのリングを集めて、長い戦乱に終止符を打つ――。というのが、改訂版の大まかなシナリオだ。
ユーキはこの改変が好きではなかった。原作のストーリーを大きく変更する事になる上に、いかにもご都合主義で安っぽく非現実的だ。
しかしアレクは改訂版の方がお気に入りのようで……。
「ねぇ、みんなはリングが実在したら、どんなコト願う? ボクはローランドみたいな英雄になりたいっ!」
「わたしはステキなレディーになりたいですっ」
「ユーキとエメロンは?」
「もしも」の空想に夢を膨らませるアレクとミーア。古今東西、男の子はこういう話が大好きなのである。……バーネット姉妹は女の子なのだが。
「う~ん、「戦争が早く終わりますように」かな? ほら帝国との戦争の影響、シュアーブにも出るかもってケイティ先生が言ってたでしょ?」
ボーグナイン地方を巡る、エストレーラ王国とクライテリオン帝国の戦争が始まって半年が経過しようとしていた。
戦地から遠く離れたシュアーブの町には、まだ子供たちにまで実感が及ぶ事は少ないが、既に多くの影響が出ているのは事実だ。いや、半年前にミーアとユーキが誘拐されたのだって、大人たちがわざわざ教えないだけで間違いなく戦争の影響なのだ。
「こりゃ、アレクよりエメロンのが英雄だな。ローランドだって戦争を止めようと活躍したんだぜ?」
「むぅ~っ。そーいうユーキはどうなのさっ」
「俺? 俺は願い事なんてねぇな。誰かの力で願いを叶えるなんて納得できねぇし。そもそも、いくら何でも夢見過ぎだ。願い叶えるリングなんて実在しねぇんだから、地に足つけて真面目に生きろ」
どうやら男の子の中にも、この手の話が好きではない者もいるらしい。というか、ユーキは色々と達観し過ぎである。男の子ならもっと夢を見ても良い筈だ。
しかしそんな子供たちの話に混じって、大人の声が響いた。
「いやいや~ぁ。実在しないなんてとぉんでもない。ちゃぁんとリングは在るよぉ、ホラここに」
その声の主は、ソファに横になったエルヴィスだった。
リングは在ると、そう言ったエルヴィスは自身の腕を掲げ、袖の捲れたその腕には1つの、黄色の薄汚れた腕輪がついていた。
「寝言は寝て言えよ、エルヴィス先生。大体、本に出てくるリングは指輪だぜ?」
「いやいやっ、ホントっ。これが本物のリングなんだよぉ~っ」
「う~ん、信じてあげたいけど……」
「ねーさま、しんじるひつようはありませんよ? どーせまたホラですから」
子供たちの反応は散々だ。一体この男、子供たちに対してどのように過ごせばこのような反応が返ってくるのか。唯一、口を出さないエメロンもエルヴィスを同情的な眼差しで見つめている。
「それが本物だって、証拠はあるのかよ?」
「証拠? う~ん……、そうだねぇ。アレク君、このハンマーで思いっきりリングを叩いてみてくれるかなぁ?」
そう言ってエルヴィスは腕輪を外し、床の上に置く。
どこから出したのか、ずっしりと重いハンマーを手渡されたアレクはキョトンとしながら尋ねる。
「いいの?」
「お、おい……」
「いいのいいの。さ、思いっきりやっちゃって」
「いや、止め――」
「それじゃ、えい……っ、やぁぁーーーっ‼」
途中でユーキがアレクを止めようと口を挟むが、ことごとく無視されてアレクの持つハンマーがリングを叩く。
大きく”ガインッ‼”と音を立てるが、リングは割れたり欠けたりはおろか、傷一つ無かった。
「おーっ⁉ よぉし、もう一回……」
「やめろぉーっ! 床に穴が開くっ!」
「エルヴィス先生、これってただ頑丈なだけじゃないんですか? あ、内側に文字が彫って……。ス、スぺ……」
再度ハンマーを振りかぶろうとするアレクをユーキが制止する。
そんな2人を無視するようにエメロンはリングを手に取り、じっくり観察しながらエルヴィスに問う。
「『スペルビア』。謙虚に生きなさいっていう戒めの言葉だぁよ」
「アレクっ! こういうのにはな、コイツを使うんだ!」
「おーっ! 鉄ヤスリっ⁉」
「さすがおにーさまですっ!」
「まぁったく、この子たちは……」
エメロンとエルヴィスの会話を無視して盛り上がるユーキとバーネット姉妹。
なお、いくらヤスリを掛けてもリングが削れる事は無かった。




