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第11話 「続・父親会談+α」


 アレクの誕生日の前日、サイラスはレクターに呼び出されていた。互いに忙しい身だというのに……。待ち合わせ場所は以前に利用したバーだ。


 ユーキから聞いた話では、翌日はアレクの誕生日だという事だが、レクターの明日の予定は仕事で埋まっている筈だ。男2人でバーで過ごす余裕があるのなら娘の誕生日を祝ってやれば良いものを、そう考えながらサイラスは約束の店に入る。


「やぁ、遅かったねぇ」


「……なんでテメェがここにいやがる、エルヴィス?」


 店内には既にレクターの姿があった。そして、その対面に座るエルヴィスの姿も。

 予期しない人物に、サイラスの眉間にシワが寄る。


「私が呼んだんだ。エルヴィス先生の意見も聞きたくてね」


「そぉーゆーことぉ」


「ちっ……、それでクソ忙しい中、バーに呼び出した訳か?」


「うん、エルヴィス先生を庁舎に呼ぶと、何かと目立つからね」


 レクターの話を聞いたサイラスは一応の納得をする。

 確かに領主のレクターが、職員でも何でもないエルヴィスを庁舎に呼びつけて長話でもすれば、何かと噂になってもおかしくはない。それにエルヴィスの意見を聞きたいという考えも分からなくはない。エルヴィスを心底嫌っているサイラスだが、彼が持つその知識量だけは認めざるを得ないところだ。


 エルヴィスの参加について、まだ完全に納得した訳ではないが、子供のように駄々をこねても時間の無駄だし、この男にからかう隙を与えるだけだ。そう諦めたサイラスは席に着き、本題に入った。


「まずは例の誘拐犯3人組だな。ヤツらはただの素人だ。他国や他領の工作員とかじゃない。下調べも適当だし、戦闘技術も皆無。おまけに、金額指定すら無しの脅迫状。オツムの方も空っぽだな」


「散々な言われようだねぇ」


「妖精の方は?」


 レクターの発した言葉にサイラスは眉を寄せる。

 言いたい事は分かる。一般的に妖精は存在しない生き物だ。その妖精を捕まえて売れば、それこそ身代金どころではない大金が手に入る可能性もある。レクターは、誘拐犯たちの狙いがその妖精だったのではないかと聞いているのだ。

 しかし、この場にはエルヴィスがいる。彼の前で妖精の話をする事に抵抗を感じたサイラスは口を(つぐ)んだ。


「僕の事なら気にしなくていいよぉ? アレク君と一緒にいる妖精の事なら知ってるからさぁ」


 エルヴィスの言葉に、サイラスの視線を感じたレクターは静かに頷く。

 確かにこの男は1年近く、アレクたちに家庭教師をしている。なにかの拍子に妖精の存在に気付いたとしても不思議ではない。


 それにサイラスは、エルヴィスの事を嫌ってはいるが決して悪人ではない事も知っている。そもそも既に知っているなら、ここで隠す事に何の意味も無い事に気付いたサイラスは報告を続けた。


「そっちも関係ねぇな。カマをかけてみたが反応なし。妖精の「よ」の字も出なかったぜ。ありゃ、タダの身代金目当てだな」


「……そうか。なら、ひとまずは治安の強化が急務か」


「少ぉし、いいかい?」


 報告を聞いたレクターが少しだけ安堵の声を漏らし、今後の対策を考える。その時、エルヴィスから声がかかった。

 サイラスは眉を寄せて嫌悪感を示すが、レクターが「何です、先生?」と続きを促す。


「君たちの懸念は理解できるよぉ? 子供たちが誘拐されたんだものねぇ。今回は関係なかったけど、次は妖精目当てで誘拐されるかもしれない。いや妖精が目当てなら、子供はいらないと言って殺されるかもぉ?」


「……何が言いてぇんだよ?」


「君たちの危機感が足りないと言ってるのさ。妖精の存在は、人によっては百万の命にすら優先することだってある。なのに子供たちの隠し方はお粗末だ。君たち2人以外にも知っている人が居るんじゃないかい?」


 脅しにも似たエルヴィスの物言いに2人は眉間にシワを寄せる。いくらなんでも百万の命は大げさだ。しかし、後に続いた言葉には反論のしようもない。

 サイラスが妖精を目にしたのは昨年の聖誕祭だ。遠目から子供たちの監視をしていた所、アレクの鞄の中から妖精が現れた。あの時、他の人間が見ていないと何故言い切れる?あのような機会が他に無いと何故言い切れるのだ?


「では、どうするのが良いと? 子供たちから妖精を引き離しますか?」


 必要があるのなら強硬策も辞さない。レクターはそう考えるが、なるべくならその様な手段は取りたくはない。

 妖精が現れてから1年弱。今さら引き離すのは気が引けるし、何より妖精の危険性について測りかねているというのも事実だ。暴行や誘拐くらいは想定していたが、百万の命など想像の範囲外だ。エルヴィスの言い様に素直に納得できないのは、今回の誘拐事件に妖精が関係しなかったというのも大きい。


「そぉれはアレク君が悲しむだろうねぇ。だから、こぉんなのはどうかなぁ?」


「……ハンカチ?」


 判断をつけかねているレクターに対し、エルヴィスが取り出したものはハンカチに見える一切れの布だった。


「さぁて、お立合い。種も仕掛けもないこのハンカチ、グラスに被せますと、ほぉ~ら不思議っ」


 大仰に手振りを加えて、わざとらしい演技でテーブル上のグラスにハンカチを被せるエルヴィス。

 すると、そこにはグラスもハンカチも、まるで無かったかのように視界から消えてみせた。

 少し驚いたサイラスとレクターの2人だが、すぐに落ち着きを取り戻してグラスのあった場所に手を伸ばし、見えないグラスとハンカチをその手に取る。そしてハンカチを念入りに観察した。


「なんだこりゃ? 魔法か? 魔法陣は……、ねぇな」


「明日はアレク君の誕生日でしょぉ? これをアレク君にプレゼントすれば、きっと妖精の姿を隠すのに使ってくれるんじゃあないかなぁ? まぁきっと、ユーキ君かエメロン君あたりが提案するさぁ」


「しかし……、これでは羽の邪魔になりませんか? 穴を空けても、羽だけが見える事になりそうですし」


「問題ないよぉ。そもそも、彼らは羽で飛んでるワケじゃあないからねぇ。ほとんど飾りみたいなもんさぁ」


 確かにそれなら、フードのように頭から被れば顔以外は見えなくなるし、咄嗟に顔を隠す事も出来そうだ。

 しかしずいぶんと妖精に詳しいエルヴィスに、サイラスは情報の出所を尋ねそうになったが、その衝動をぐっとこらえた。どうせ尋ねてもまともな答えは返ってこないだろうし、時間の無駄だ。


「しかし、いいんですか? 貴重な物では?」


「気にしなくてもいいんだよぉ。僕にとっても可愛い教え子たちの為だものねぇ」


「そういえば、エルヴィス先生。子供たちの授業の方はどうですか?」


 教え子という単語にレクターが反応を示し、授業の様子を尋ねる。

 レクターはもちろん、サイラスにとっても気になるところだ。自身の子の魔法の習得具合も気になるが、目下の注目はアレクの『根源魔法』だ。

 『魔人戦争』で魔族と戦った2人にとって、『根源魔法』に思う所が無い訳ではない。

 しかし残念ながら、エルヴィスの回答は2人にとって期待外れなものだった。


「エメロン君はいいねぇ。魔力が高いのに、制御もいい。おまけに物覚えが良くて、一度見た魔法陣なら自分で描く事も出来る。技術者としても研究者としても、もちろん兵士や冒険者としても、あの子ほどの才能はちょっとお目にかかれないねぇ」


「あの、ウチの子は……?」


「アレク君? う~ん、あの子は例えるなら火薬庫? 本人が素直でいい子だから今は安全だけど、反抗期とかになったら町1つ吹き飛ぶかもねぇ」


 エメロンへの絶賛に対し、アレクの評価は酷いものだった。

 しかし万が一、エルヴィスの言うような事が実際に起きれば笑い事ではない。


「おいおい……。それを何とかするのがテメェの仕事だろうが」


「だぁから、今はアレク君に魔力の制御を教えるのに専念してるんだよ。結果はあんまり芳しくないけどねぇ。あ、あとユーキ君はアレク君とは別の方向で危なっかしいねぇ。自分の魔法で火傷を負ったらしいじゃあないか? せぇっかく、手首から魔法を発動できるくらい器用なのに、なぁんて不器用な子だろぉねぇ?」


 本来、『象形魔法』の発動には「手の末端」である、手の平や指先から魔力を放出するのが一般的だ。「末端までの途中」である手首から魔法を放つことは例えるなら、「走るのと変わらない速度で、後ろ向きにスキップする」というような芸当が必要だ。

 それが出来る器用さがあるのに、実際に行った不器用なやり方にエルヴィスは呆れるように言った。


 魔力の低いユーキは、魔法を自身から遠くへは飛ばせない。その結果、自身の出した炎によって自分自身の身体をも焼く事になった。

 後から話を聞けば理解の出来る行動ではある。その行動で誘拐犯は躊躇(ちゅうちょ)して時間を稼ぐ事が出来たし、深夜に燃える木はミーアを捜索する目印になり、サイラスが駆けつける事が出来た。結果は狙った以上の効果があったと言えるだろう。


 しかし、たとえその結果をあらかじめ知っていたとしても、自分を焼くことの出来る人間がどれだけいるのだろう?ましてユーキはまだ10歳の子供だ。エルヴィスの指摘する、ユーキの危うさとはそこにあった。


「アレク君は、言えば分かってくれるからねぇ。僕が禁止して以来『戦闘魔法』はもちろん、『根源魔法』も使っている素振(そぶ)りは無いからね。でも、ユーキ君は違う。彼はきっと、自分が必要だと判断したなら多少のリスクは背負い込む。そのリスクを負うのが自分だけなら、きっとなおさらねぇ」


「ふんっ、ユーキの事は別に気にする必要ねぇぜ。アイツは、テメェのケツくれぇはテメェで拭く。それが出来ねぇ程のリスクを抱えるほどマヌケじゃねぇよ」


「おや、珍しい。サイラス君が親バカを見せるとはねぇ」


「ちげーよ。それが出来なきゃ、俺の息子失格だって話だ」


 サイラスはそう言うが、それを聞いたレクターの口元は緩む。

 このセリフは、サイラスがユーキの事を信頼しているから出せるのだ。サイラスは決して他人を過大評価するタイプではないし、自分の息子を失格と言って見捨てるような冷血漢でもない。


 例の誘拐犯との一件に関しては、確かにサイラスが駆けつけなければ詰んでいた状況だが、そもそも他に取れる手段が無かったに等しい。あの場面で自らの負傷と引き換えに時間稼ぎをしたと見れば、リスクに見合ったリターンだと言えなくもないだろう。逼迫(ひっぱく)した状況での時間という価値は、日常のそれとは比べ物にならないのだから。


「それより、アレク嬢ちゃんの『根源魔法』だ。そっちは本当に大丈夫なのか?」


「正直、何とも言えないねぇ。『根源魔法』は他の魔法とは違って魔法陣や詠唱の類が無いから、使おうと思ってなくても使っちゃう可能性があるんだよねぇ、これが。もし、何かの拍子に感情の昂ったアレク君が魔法を発動させたら……」


「……町が吹き飛ぶ、という事態は避けて頂きたいものですね」


「だぁから、魔力の制御を練習してるんだよぉ。制御が上手くなれば、そうそう滅多な事は起きないよぉ」


「……そう願うぜ」


 ユーキの話題もそこそこに、アレクの『根源魔法』について語る。しかしこれもエルヴィスの授業に任せるしか手段はなさそうだ。なるべくアレクが反抗期を迎えるまでに成果を上げて貰える事を期待する。


 結局この件について語れる事は無いと判断したレクターは、大きく息を吸い込んでから話題を変えた。

 今回サイラスとエルヴィスを呼んだ、最も重要な話題に……。


「さて、今から話すのは口外無用にして貰いたい。エルヴィス先生もよろしいですね?」


「もぉちろん」


「……クライテリオン帝国がエストレーラ王国に対して宣戦を布告した。3日前のことだ」


「おいっ、急すぎやしねぇかっ⁉ 先週の話じゃ、もう少し余裕がありそうだったろっ⁉」


 サイラスが動揺を隠せず声を荒げる。エルヴィスは無反応だ。

 レクターは軽く首を左右に振りながらサイラスの疑問に答える。


「辺境の下級貴族に与える情報は後回しにされていたらしい。先週の話は、約2週間遅れの情報だったよ……。しかし開戦の情報は流石に迅速に伝達されたらしい。……自分の無力が恨めしいよ」


「……クソっ! どこも上層部なんてのは似たり寄ったりかよ!」


「サイラス、兵たちの再編成と訓練を急いでくれ。戦場が膠着、もしくは劣勢になれば、私にも出兵要請が出る可能性は高い」


「『魔人戦争』での活躍が仇になったな……。わかった、そっちは任せとけ」


 レクターは『魔人戦争』での功績を認められ叙爵(じょしゃく)された貴族だ。ならば、新たな戦争が起きれば出兵要請が出るのも当然の流れである。少なくとも、そう主張する上級貴族や軍人は多いだろう。

 しかし命令が出たからといって、「はい、そうですか」と素直に出兵する訳にはいかない。シュアーブの兵は治安維持組織の意味合いが強い。戦場に出る為にはそれなりの訓練が必要なのだ。


「なら、私はなるべく時間稼ぎをするとしよう。エルヴィス先生、先生にも知恵をお借り――」


「やぁーだね」


 レクターがセリフを最後まで言い切る前にエルヴィスは拒否をした。

 レクターとサイラスはキョトンとした表情になり、一瞬動きが止まる。


「先生、今なんと……?」


「やだって言ったのさぁ。僕は戦争に加担するのは御免だね」


 子供たちの話題から一転、まるで興味を失ったかのようにテーブルに頬杖をついたエルヴィスは更に強く拒絶した。

 レクターはこの時、これから起きるであろう難局を乗り切る為の、重要なピースを取り(こぼ)した。そんな予感がした。


初めての評価を頂きましたっ!


 あらすじで「ブクマ、評価はいりません」と書いたのですが、いざ評価を頂くと、喜びで天にも昇る気分です。(しかも、★5の高評価を頂きました)

喜びのあまり、後書きに書いてしまいました。


 自分の作品を楽しんで読んで下さっている方が1人でもいる、という事は最高に励みになります。

 今後も読者の方の期待を裏切らないような作品作りを心掛けたく存じます。


 なお、「ブクマ、評価はいりません」という方針は、読者の方に僅かでも負担を減らしたいという趣旨ですので、今後も変更の予定はございません。

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