第10話 「コスチュームプレイ」
「この決闘に私が勝てば、メイドのアリシアは無実。相違ないな?」
「ぶっふっふ……、もちろんですとも。貴女の方こそ、敗北した場合ワシの正室となって頂くお約束、今更反故には出来ませぬぞ?」
「ふっ……、異論ない」
決闘場に赴いた私は、侯弟に約束の確認を取り付ける。
下卑た笑いを漏らす薄汚いブタ……。大方、第一王女である私を娶って自分が次期国王に……、などと考えているのだろうが、誰がブタの嫁になどなるものか。
それに、女を食い物にするこのブタを許す訳にはいかない。決闘が終わった後、自分の身が破滅に向かう事を覚悟するがいい。
ふと観客席を見やれば、大量の民衆に混じってアリシアが祈っている姿が見えた。
アリシアはブタのメイドをしていた悲運の少女だ。もし私が気付く事が無ければ、無実の罪を着せられ奴隷に落とされていた事だろう。
「アリシア、心配せずとも良い。そなたの無実は必ず晴らして見せよう」
「コーネリア様……。私の事などより殿下の御身が……」
この場に及んでも自身の事よりも私の事を気に掛ける、器量の良い娘だ。
私はもう一度「心配するな」と声をかけ、ブタに向き直る。
「さぁっ! さっさと代理の闘士を出せっ! まさか、その様な醜い身体で戦う訳でもあるまい?」
「ぶふぅーっ! いつまでその様な態度でおれますかな? おいっ、ゴンザレス!」
ブタが鳴き声を上げながら虚勢を張り、呼び出したのは2mを優に超える大男だった。
ゴンザレスと呼ばれたクマのような大男は鉄の仮面を被り、その素顔は見えない。が、どうせ人に見せられないような醜い容姿なのだろう。
「女だてらに騎士などと……。身の程を教えてやるっ!」
そう言ってクマはその体躯に見合った大斧を抜き、私に突き付ける。
まったく、なぜ男という生き物はいつもこうなのか。女よりも強く、偉いと信じて疑わず、下らないプライドとエゴばかりが強大だ。
だから想像する事も出来ないのか。目の前の女が自分よりも遥かに高みにいるという事を。
だから理解する事も出来ないのか。私にとって、お前たちが家畜と同様の畜生に過ぎないという事を。
「御託は結構だ。王女自ら躾をして貰える事、光栄に思えっ!」
私はその言葉と共に、腰のレイピアを抜き放った。
『紅蓮の姫騎士』
第2部より一部抜粋
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「……お……お、親父?」
「だいたいオメェ、今日はメシ当番だろぉ? いつまで遊んでんだよ、オレぁもう腹ペコだぜぇ?」
「……お、親父ぃ」
突如現れたサイラスのセリフに、ユーキは安堵よりも情けない気持ちが湧いてくる。
サイラスには、今のこの状況が分からないのだろうか?そんなユーキの考えは、すぐに裏切られる事になる。
「コイツら片づけたら、すぐにメシの支度しろよ? ったく、こんな時間まで働かせやがって」
そう言ってサイラスは誘拐犯に向き直る。
サイラスの登場に思考が止まっていた誘拐犯の2人は、気を取り直して自らの腰に差したナイフを手に取って身構えた。
「たかが1人だ……っ! やっちまうぞっ!」
「お、おう!」
「ほー、やる気か。うんうん、やっぱ悪党ってのはそうじゃなきゃなぁ。これで思いっきりブン殴れるってモンだぜっ!」
そう言った次の瞬間、その場にいる全員の目からサイラスの姿が消えた。
いや、1人だけ例外がいた。誘拐犯の1人の男の目の前に、消えたサイラスの姿が突如現れた。
「こいつは、怖い思いをさせられたミリアリア嬢ちゃんの分っ‼」
「ぐっ、お……ぁ……」
男は迎撃する事も、防御する事も出来ずにサイラスの拳を鳩尾に喰らう。その一撃で男が地面に崩れ落ちる……、その寸前で、再びサイラスの姿が消えた。
そして慌てふためる暇すらも無く、最後の男の前にサイラスが姿を現した。
「そして、これがっ! 食事と睡眠を邪魔されたオレの分だぁぁっ‼」
「ぶぉっ……っ‼」
最後の誘拐犯も為す術なく、サイラスの拳を顔面に受けて後方へ吹き飛ぶ。
それから数秒の間、固まってしまったユーキは誘拐犯たちの様子を見るが誰一人、起き上がるどころか身動き一つしない。まさか死んではいないだろうか?
「ふぅー、スッキリしたぜ」
「……オイ、親父。俺の分は?」
「あぁ? オメェ殴ってたヤツなら最初にぶっ飛ばしたろ? んなコトよりさっさと帰ってメシ作れよ」
先程までは死すらも覚悟したというのに、サイラスにかかってはすっかりユーキも普段の調子に戻ってしまった。
ともあれ、危機は去った。ユーキは痛みにふらつく身体を起こし、ミーアに手を伸ばす。
「もう安心だ。ミーア、立てるか?」
「……ユーキさん、ユーキさんユーキさんユーキさん……!」
「お、おいミーア……。ぐへっ!」
抱きついてくるミーアに対して、ユーキの身体に彼女を支える力は残っていなかった。
そのままユーキを押し倒したミーアは、ユーキの胸に顔を埋めながら何度も、何度もユーキの名前を呼んでいた。
「ハァ、こりゃあメシはもう少しお預けだな……」
そう言ったサイラスが食事にありついたのは昼になってから、それもクララの家の弁当だったという話だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから1週間、ユーキは入院する事になってしまっていた。
右腕に軽度の、右手の平に重度の火傷。後頭部、肩、腕、背中にかけて無数の打撲と擦過傷。更にあばらと鎖骨を1本ずつ骨折していた。
本来であればもう少し長い、2~3週間の入院が予定されていたが、本人の強い希望で1週間の入院となった。なお、保護者のサイラスは「別にいいんじゃねぇ?」との事だった。
今日は退院の日。そして、アレクの誕生日だ。そう、ユーキはアレクの誕生日を祝う為に退院を早めたのだ。
入院中、エメロンやロドニーたちは見舞いに来てくれたが、そこにアレクとミーアの姿は無かった。あんな事があったばかりだ。一応、貴族令嬢である2人は外出に制限がかけられているらしい。
退院の手続きを済ませ、着替えなどの荷物を自宅に運ぶ。
これらの事も重傷を負った子供であるユーキには重労働だ。親であるサイラスは「自分で退院早めたんだろ? なら、自分で出来るっつぅこった」と言って、退院手続きすらユーキ任せだ。放任主義というより、育児放棄ではなかろうか?友人たちには、もちろん話していない。身内の恥だ。
ともあれ荷物をとりあえず部屋に放り、ユーキは自宅を後にする。目的地はもちろん、バーネット家だ。
「ごめんくださーいっ」
呼び鈴を鳴らして声をかける。すると程なくして扉が開いた。
「おにーさまっ! 会いたかったっ!」
「あづっ……。み、ミーア……?」
玄関から出てきたミーアに突然抱きつかれ、その衝撃が完治していない身体に響く。
そして、中からゾロゾロと友人たちが顔を出す。どうやら、ユーキが最後のようだ。
「ユーキ、退院おめでとうっ! あと、ミーアを助けてくれてありがとねっ!」
「……「おにーさまぁ」? おいヴィーノ、一体どういうこったよ?」
「オイラに聞かれても知らないっスよ」
「あはは……。まぁ色々あったって事じゃあないかな?」
「あ、わたし、まだエメロンさんのことはみとめてませんから」
「あ、あはは……」
入院生活から一転、仲間たちとの穏やかで騒がしい日常が帰ってきた。この時、ユーキはそう実感した。
そして貴族令嬢としては非常に慎ましやかな、アレクの誕生パーティーが行われた。
参加者は主役のアレク、友人のユーキを含むいつもの5人、妹のミーアと母親のエリザベスだ。リゼットも居るが、エリザベスに見つからないようにテーブルの下や鞄の陰などで体を隠している。
ユーキの両隣りにはアレクとミーアのバーネット姉妹が陣取り、ユーキは他のメンバーとあまり話す事が出来ないでいた。バーネット姉妹がユーキと会うのは1週間ぶりなので、他の面々が気を遣ったというのはある。
そして楽しい雰囲気でエリザベスの用意した食事で腹が満ちた頃、クララが切り出した。
「そろそろ時間じゃない?」
「時間? なんの?」
「うふふ、私たちからアレクくんへのお誕生日プレゼント♪」
そう言ったクララの表情は、知り合ってから見た中で1番の笑顔だった。
「それでユーキ、身体は大丈夫なのかよ?」
「ロドニー……、包帯だらけの姿を見てそれを言うっスか?」
「まったくだぜ。これが大丈夫に見えるなら、お前が病院に行った方がいいな」
現在の場所は先週にユーキとミーアが予約した写真屋だ。
今はアレクの着替えに女性陣が付き添い、男性陣は雑談をしながらそれを待っているという状況だ。
「……それにしても、アレクたち遅いね」
「ホントだぜ。着替えなんか5分で終わるだろ?」
「女の身だしなみには時間がかかるモンっスよ」
アレクたちが着替えに向かってから既に30分以上は経っている。
ヴィーノの言う通り、女性の身だしなみにかかる時間としては長いという程ではないのだが、まだ10歳程度の少年たちには理解の難しい話だった。
ちなみに、女性陣の中にはアレクの母・エリザベスも含まれている。
エリザベスの同行に異論がある訳ではないが、それでもその事を聞いたユーキは短い溜息を吐いた。別にエリザベスを嫌っている訳では無い。
昼間とはいえ、先週の誘拐騒ぎがあったばかりなので子供たちだけでの外出が心配なのは分かる。しかしパーティーの最中にいきなり尋ねられた、「ユーキ君はどっちが好み?」の言葉には肝が冷えた。一応、何の事か分からない風を装ってはみたが、あれは絶対に分かっている。分かった上で見逃してくれたのだ。
「しっかし、さっきのは傑作だったっスね。「ユーキ君はどっちが好み?」ってのは笑わせてもらったっスよ」
「確かになぁ。その返しが「犬より猫の方が好きです」だろ? いきなり何言ってんだ、お前?」
「う、うるせぇっ!」
なるべく早く忘れようと、そう考えた矢先にヴィーノが話題に持ち上げる。
どうやら全員にバレていたらしい。むしろ、それで誤魔化せると思っていたのか。あまりにヘタクソな誤魔化しに、ロドニーにすら揶揄われる始末だ。
「んで、実のトコどっち狙いよ?」
「はぁ? いやいやねーよ。アレクを女と思った事なんかねーし、ミーアにゃ嫌われてんだろ?」
「いや、なんか「おにーさま」なんて呼ばれてメッチャ懐かれてたっスよ?」
「ぼ、僕も興味あるな……」
「エメロン、お前まで……」
少年たちが恋バナに華を咲かせようとした時、店の奥から「お待たせーっ!」と元気良い声が響く。
ユーキが心底ホッとして振り返った先には、見知らぬ美少女騎士がいた。
ウィッグを付けた、腰まで伸びる長い金髪。赤と白を基調としたドレスアーマー。そして腰には細身のレイピア。その姿は演劇や小説で有名な『紅蓮の姫騎士』、その主人公である『姫騎士コーネリア』の意匠そのものだ。
頭には煌びやかなティアラ。大きく広がったフレアスカートの裾には真っ白なフリル。レイピアの柄と鞘にも華美な装飾が施されている。
口には薄っすらと紅が引かれ、軽く染まった頬が魅力的に映る。長いまつ毛の奥の、大きく見開かれた碧い瞳にまるで吸い込まれそうだ。
「「「「…………」」」」
「ん? どしたの、みんな?」
「ほら、言った通りでしょ? アレクくんの姿を見たら、きっとみんな驚くって」
「ふふふ、お母さんも張り切った甲斐があるわぁ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔、というものがあるなら男性陣の4人は4人共がその顔だったのだろう。4人は皆一様に思考が停止し、目の前にいるアレクに見惚れていた。
「おにーさま、ほうけていないでかんそうを言ってあげてくださいよ」
「……はっ。あ、いや、うん。ま、馬子にも衣装ってヤツだな」
「うんっ、ありがとう! ちょっと恥ずかしいけど、カッコいいよね」
ユーキの言葉の意味を正しく理解していないアレクは、賛美の言葉と勘違いをしたまま礼を言う。しかしその事を指摘する者はこの場には、少なくとも男性陣にその余裕は無い。少年たちの思考回路が正常に戻るまで、今しばらくの時間がかかった。
ようやくアレクの姿に見慣れた頃、写真の撮影が開始される。
一同は撮影室へ移動し、レイピアを構えたりしてポーズをとるアレクを写真屋の店主が手慣れた手つきで撮影する。
恥ずかしいと言っていたアレクだが、見得を切る様子はノリもよく、楽しんでいるようで何よりだ。クララの方も満足している様子で、アレクがポーズを取る度にきゃあきゃあと騒いでいる。ヴィーノの見立ても大したものだ。
「ね、せっかくだしみんなで写真に写ろうよ?」
「お、いいのか?」
「可愛いアレクくんと一緒に写真……。尊い……」
数枚の撮影をした後、アレクがそう提案した。
ロドニーは乗り気で、クララは意味の分からない事を口走っているが、断る者はいない。エリザベスとユーキの2名を除いて。
「私は遠慮しておくわ。貴方たちだけで写ってらっしゃい」
「俺も止めとく。なにも包帯だらけの姿を、誕生日の記念写真に撮る必要もねぇだろ」
「えーっ⁉ なんでっ? 別にいいじゃんっ」
エリザベスは子供たちへの配慮から、ユーキは自身の姿を鑑みて辞退をする。
これにはアレクも不満を漏らすが、その時ユーキの腕を引っ張ってカメラの前へ移動する者が現れた。
「なら、おにーさまはわたしといっしょに写りましょ?」
「お、おい。つつっ、ミーア、引っ張るなっ」
「あーっ! ミーア、ズルいっ!」
「あづっ⁉ おい、アレクっ⁉」
ミーアが強引にユーキの左腕を引っ張り、折れた骨に痛みが走る。それを見たアレクがユーキの右腕に飛びつき、痛みは激痛に変わった。
ユーキが抗議の声を上げるがその時”パシャリっ”とシャッターの切る音が聞こえる。
見れば、写真屋の店主がドヤ顔でこちらを見ていた。
その後はなし崩しに、ユーキを含めた子供たちの撮影会が行われた。
後日、出来上がった写真を受け取ると、数枚の写真には妖精の姿が写りこんでいたのだった。




