第8話 「プレゼント」
それから月日は流れ、春が訪れていた。
ユーキは10歳になり、学校に家事、料理や魔法の勉強と毎日忙しい日々を送っている。これはユーキが特別というわけではなく、ロドニーとクララも家の仕事の手伝いがあり、ヴィーノも家庭教師を雇っての勉強が忙しい。他のクラスメイトたちも似たり寄ったりで、多くの子は家の仕事や家事などを手伝っている。
「みんな! あったかくなってきたし、久しぶりに森に行かない?」
「ワリィな。今日はウチの仕事の手伝いだ」
「わたしもおんなじ。ごめんね」
「俺も、ロドニーんトコの親方に顔を見せに行こうと思ってんだわ」
「そっかぁ……。エメロンとヴィーノは?」
「オイラは習い事っス」
「ごめん、僕も家の用事が……」
放課後、いつもの6人で昼食を摂りながらアレクがみんなを遊びに誘うが、全員からことごとく断られてしまう。
「えーっ、みんなムリなの?」
「しょうがないわね、アタシが付き合ってあげる」
「リゼットだけかぁ。う~ん、でもしょうがないよね」
「ちょっと、付き合ってあげるって言ってるのに、なんで残念そうなのよっ⁉」
訂正しよう。6人に加えてもう1人、リゼットもこの場に居た。出会いからもうすぐ1年たつが、この妖精は一向に帰る気配がない。
一度ユーキが「お前、帰らなくていいのか?」と尋ねたが、今帰るときっと女王さまから、アレクたちが魔物に襲われた1件で怒られるから、ほとぼりが冷めるまで帰るつもりは無いらしい。
ちなみに、「ほとぼりが冷めるまでって、どのくらいだ?」と聞けば「ん~、10年くらい?」という返事が返ってきた。この妖精、いったい何歳なのだろうか?
「ゴメンゴメン。じゃあ、2人で行こうか。みんなっ、また明日っ」
「おう。今度、埋め合わせするよ」
そう挨拶を交わして7人は「一旦」解散した。
そしてユーキは1人、真っ直ぐに自宅へ向かう。家に到着すると、玄関の前に1人の少女が待っていた。
「おそいですよ、ユーキさん」
「お、もう着いてたのか。待たせて悪いな、ミーア。みんなも、もうすぐ来るよ。……ほら」
ユーキを待っていた少女はアレクの妹、ミーアだった。
ユーキが不満を漏らすミーアに軽く謝罪をしていると「みんな」もぞろぞろとやってきた。訪れた「みんな」は先程のメンバーから、アレクとリゼットを除いた面々だ。集合した6人はユーキの家に入り、客間でくつろぐ。
「さて、ぜんいんそろいましたね」
「えぇ、じゃあ始めましょうか。「アレクくんのお誕生日プレゼント」を決める会議をっ」
「お、おう……」
クララの宣言の通り、この集まりは「アレクの誕生日プレゼント」を決めようというものだ。
力の入るミーアとクララを他所に、男性陣のテンションは決して高くない。わざわざ嘘を吐いてまで、アレクにサプライズしようという提案に「何もそこまでしなくても」と思ったのは決してユーキだけでは無い筈だ。
このメンバーが知り合って2年弱が経つが、このように全員で集まってプレゼントを決めるのは初めてだ。今回の言い出しっぺはクララであり、それにいつもの如くロドニーが乗っかれば、自動的にヴィーノが、そしてエメロンまで賛成すると、ユーキが1人反対できる筈も無かった。そして気付けば、ミーアまで参加する始末である。
「キーホルダーなんかどうだ? 剣とか盾の形したやつ」
「ロドニー、マジメに考えて」
ロドニーの提案は一瞬で切り捨てられる。
ユーキは別に悪くないと思うのだが、クララ的には論外らしい。そういう男の子が好きそうなアイテムは、アレクも喜びそうなものだが……。
「じゃあ、魔力操作の練習になりそうなオモチャは? エルヴィス先生から貰ったオモチャ、アレクはまだクリアしてないんだろ?」
「いいかも知れないね。あのオモチャ、まだ半分くらいの所で躓いてるらしいし、もう少し難易度が低いのがあれば……」
ユーキの提案にエメロンが賛同する。
調べてみれば、あの手のオモチャは似たような物もあるらしい。小さな馬車の模型を走らせる物や、絵を浮かび上がらせる物など様々だ。
この会議が開かれる前まで、ユーキはこれをアレクへプレゼントしようと考えていたのだ。
「ユーキさんのあんも、ねーさまはよろこぶと思いますが、せっかくみんなであつまってるのですから、みんなで1つのプレゼントをしませんか?」
「みんなで1つ? それってみんなで予算を集めて1つの物をプレゼントするって事?」
「そうです。そうすれば、少し高いものでもプレゼントできると思いません?」
ミーアの提案に疑問を感じつつ周りを見ると、訝しげな男性陣とは違い、1人クララだけが頷いていた。
その様子を見たユーキは思い至る。これは最初からクララとミーアで仕組まれていたのだと。
こうなってしまってはクララとミーアの意見を聞かない事には話が先に進む事は無いだろう、そう考えたユーキは小さく溜め息を吐いて尋ねた。
「クララ、何か考えがあるんだろ?」
「……うん、服をプレゼントしない?」
ユーキがある程度見透かしているのを察したのか、クララは若干言い難そうにしながら答えた。
確かに服という選択肢を取るなら、全員の予算を集めようという考えに至った事も納得できる。1人の小遣いから服を買おうとすれば少し無理をする必要があるだろうし、それで買えるのは安物だけだ。しかし6人分の小遣いを合わせれば、そこそこ良い服が買えるかも知れない。
しかし、本当にそれだけだろうか?それだけの為に、クララはこんな事をするような子だっただろうか?何か違和感を感じる……。
そんなユーキの疑問の答えは、エメロンが晴らしてくれた。
「ひょっとして……、女物の……?」
静かにそう尋ねたエメロンに答える者はおらず、クララを見れば上目遣いになって頬を染めている。……恋する乙女か。
そして、しばらく無言の時が流れた。
「いやいやいや、ねーだろ。ぜってーねーっ! アレクに女装させて何が面白れぇんだよっ⁉」
「ロドニーさんっ! ねーさまは女ですっ! じょそーというのはてーせーして下さいっ!」
「いや、そーゆー意味じゃなくってだな……」
沈黙を破ったロドニーが全力で否定をすると、「女装」という言葉にミーアが噛みつく。
確かに女が女の恰好をしても女装とは言わないが、この件でロドニーを責めるのは酷だろう。
しかしこれが理由か……。
クララとミーアが共謀して、男性陣を巻き込んでまでやろうとした事が、アレクの女装とは……。
ユーキがジト目でクララを見れば、両手を合わせて必死に頭を下げる少女の姿があった。
「お願いっ! 1度でいいからアレクくんに可愛い格好をさせてみたいのっ‼ ね、みんなも見てみたくない⁉」
「そ、そりゃあ、見てみたくはあるけど……」
「でしょっ! ユーキくんはっ⁉ ユーキくんも見てみたいよねっ⁉ ねっ⁉」
ヤバい。クララのテンションがかつてない程の高さだ。
エメロンの「見てみたくはあるけど」という答えの「けど」は完全にスルーして、今度はユーキに矛先を向ける。
ユーキも本音を言えば、少し興味はある。しかしクララの主張は前提が間違っている。それを正す為に、ユーキは少し強い口調で言った。
「なぁクララ。お前、誰の誕生日の話をしてんだ? 女物の服をプレゼントされて、アレクは喜ぶのかよ?」
「ぁ……それ、は…………」
突然の冷や水を浴びせかけられ、クララが押し黙る。
先ほどまで暴走して騒いでいた少女は、ユーキの一言で俯いて静かになってしまった。しまいには「ゴメン……なさい……」と、謝りながら咽び泣いている。
「おい……、言い過ぎじゃねーか?」
「悪ぃ。でも、しょうがねーじゃねぇか」
「まぁ、そりゃあ、なぁ」
小声で話すユーキとロドニー。
ミーアの方を見てみれば、クララと結託した自分も怒られるとでも思っているのか、目を潤ませて震えている。ユーキは別に、怒ったつもりも説教をしたつもりも無いのだが……。
数十秒の間、気まずい時間が流れ「こりゃあ、もうプレゼントを決めるどころじゃねぇな」とユーキが諦めた時、それまで沈黙を貫いていた男が声を上げた。
「ちょっといいっスか?」
「ん? ヴィーノ、いたのか?」
「ひでぇっス!」
「ロドニー、それはいくらなんでもヴィーノがかわいそうだよ」
ヴィーノの発言に対して無体なセリフを吐くロドニーだったが、実はユーキは少しだけ期待していた。
メンバーの中では、ヴィーノは意外と気遣いも出来るしセンスもいい。過去の誕生日プレゼントでは、他の面々(ユーキも含む)のプレゼントは、少なからず送り主の趣味が窺えていたが、ヴィーノのプレゼントは送られる人間の好みに合わせた物ばかりだった。
昨年末のユーキの誕生日に、ヴィーノから送られた料理のレシピ集は非常に勉強になるもので、週に1度は読み返している。
「ヴィーノ、何だ? 言ってくれ」
「……アレクが喜ぶ女物の服、もしかしたら用意できるかも知れないっスよ」
ヴィーノのこの発言で、アレクの8歳の誕生日プレゼントは決定してしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その数日後、ユーキとミーアはプレゼントの用意のために待ち合わせをしていた。
「……なんでユーキさんだけなんですか? クララさんは?」
「しょうがねぇだろ。みんなにも都合があるんだよ」
開口一番、ミーアはユーキに不満を漏らす。どうもユーキはミーアにあまり良く思われていないようだ。理由はどうにもハッキリしないが……。
アレクやクララが一緒にいる時はそうでもないのだが、その2人がいない時の態度は随分トゲトゲしく感じる。ひょっとして男の子が苦手なのかも知れない。
とはいえ、みんなにも都合があるのも事実だし、アレクの誕生日まで猶予も少ない。プレゼントの用意は必要だが、年少の女の子であるミーア1人に任せる訳にもいかない。日程とそれぞれの都合を見合わせた結果、ユーキとミーアの2人でプレゼントの用意をする事になったのだ。
「それじゃあ行きますか、お姫様?」
「……カッコつけてるつもりですか? はずかしいのでやめて下さい」
カッコをつけたのではなく、ウケを狙ったのだが……。どうやらスベってしまったようだ。
ユーキは、アレクの妹であるミーアとも仲良くしたいと考えているのだが、どうも中々上手くいかない。せっかく恥ずかしいのを我慢して、芝居がかった仕草で差し出した手もスルーされてしまった。
「……なにしてるんです? グズグズするなら、おいて行きますよ?」
「へいへい……」
ユーキは頭を搔きながらミーアと共に、写真屋へ向かった。
ヴィーノの提案はユーキも納得のいくものではあったが、全員の予算を合わせても購入には少し値が高すぎる。そう反論したのだが、「どうせ普段着にはならないんだから、服はレンタルにして、記念に写真を取ればいいんじゃないっスか?」との意見を出されれば、ぐうの音も出なかった。
ユーキは利用した事が無いが、町の写真屋には衣装レンタルのサービスもあるらしい。
少しだけ気まずい雰囲気を感じながら、2人は写真屋で予約を終えた。
予約日時も問題なく、衣装の方もヴィーノの提案のイメージに近い物があった。
「さて、これでプレゼントの用意も完了だな。他に用事がなきゃ帰るか? 送ってくぞ?」
「けっこうです。ねーさまに見られたらどう言いわけするんですか?」
「……そういうワケにもいかねぇだろ。家の前までは行かねぇよ。それならいいだろ?」
「……それなら、まぁ」
ユーキに対するミーアの反応に愛想は全く感じられない。みんなでいる時はもっと愛想が良く、可愛らしい仕草をする子なのだが……。やはり自分は嫌われているのだろうか、とユーキが考えるのは自然であった。
しかし、もうすぐ日も落ちる。こんな時間に幼い女の子を1人にする事など、ユーキには出来なかった。
そして数十分後、バーネット家に向かって歩く途中で完全に日が暮れた。
「すっかり暗くなっちまったな」
「そうですね。……きゃあっ⁉」
あと1つ、曲がり角を行けばバーネット家が見えるという所で突然、ユーキのすぐ後ろを歩くミーアが叫び声を上げた。
何事かと振り返ると、ミーアの腕を掴む男の姿があった。掴んだのとは反対の手にはナイフが握られていて、ミーアの首に突き付けられている。
「声を出すな。大声を出せば命は無いぞ」
男は低い声でユーキに警告……いや、脅迫を行う。
「お前、何なんだっ! ……うっ!」
身構えたユーキの背後からもう1人、別の男が現れ、ユーキは腕を捻り上げられた。子供であるユーキの腕力では振りほどくのは……、無理だ。
そして更にもう1人の男が現れて、ユーキに再度の警告と、ユーキとミーアを拘束している2人の男に指示を出した。
「声を出すなっつったろ。おい、一旦ヤサに戻るぞ。ガキどもは縛り上げて猿ぐつわを噛ませておけ」
ミーアも捕まっており、ヘタな動きが出来ないユーキは無抵抗のまま拘束を受け入れた。
縛られて身体の自由を失った2人は荷車に乗せられ、上から布を掛けられたまま、どこかに運び去られてしまう。
こうしてこの日、ユーキとミーアは3人の男たちに誘拐されてしまった。




