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第5話 「怪しい家庭教師」


「魔法の家庭教師? アレクの親父さん、お前を技師か学者にでもするつもりか?」


「わかんないけど、ユーキと一緒に勉強しなさいって」


「俺も? まったく意味が分かんねぇ」


 聖誕祭から1ヶ月ほど経ったある日、腕の骨折もほぼ完治したアレクがそんな事を言い出した。


 このブラムゼル大陸において、魔法を勉強するというのはあまり一般的ではない。

 それらを勉強するのは、生活に役立つ道具を造る技師か、歴史や文化・自然や神秘なんかを研究する学者か、そのどちらかだ。断じて貴族令嬢が学ぶようなものではない。

 戦闘用の魔法も存在するが、そちらは軍隊などで学ぶものだ。ますます貴族令嬢には似つかわしくない。


「ユーキだけ? オレたちは?」


「ロドニーも勉強したいの? なら、父さんに聞いてみるね。他のみんなは?」


「オイラはパスっス。普段の勉強だけで十分っス」


「わたしも遠慮しとく。最近、ウチの手伝いが忙しいし」


「……なら、オレもやめとくかなぁ」


 ヴィーノ、クララが不参加を示し、それに続いてロドニーも手の平を返す。ユーキはそんなロドニーを半目で見つめた後、エメロンにも意見を聞いた。


「俺もクララの親父さんに料理を教えて貰いたいんだがなぁ。エメロンはどうする?」


「僕は、一緒に受けたい。あ、いや、無理にとは言わないけど……」


「うんっ。それじゃ3人で一緒に勉強しようっ!」


 遠慮がちに言うエメロンに、アレクはすでに決定したかのように高らかに宣言した。


(まだ、アレクの親父さんに許可を貰ったワケじゃねぇんだけど……。ま、いいか)


 楽しそうにしているアレクに水を差す事もないだろう、と考えたユーキは黙っている事にした。

 それよりも、せっかく魔法を教わるのなら料理に活かすことを考えた方が良い。コンロや保冷庫、ミキサーなど、料理に役立てる為の魔法の道具は数多い。魔法を勉強する事で、それらのより有効な活用法が思いつくかもしれない。

 そんな事を考えるユーキは、立派な料理バカに育ちつつあった。




 その日の晩、友人たちと別れ帰宅したユーキは夕食の準備をしていた。最近はユーキが食事を作る事も多い。

 ユーキが料理をすると言い出した当初、サイラスは「オメェが料理ぃ? 食えるモン作れんのかぁ?」などと挑発してきた。事実、最初の頃は料理の出来はヒドイもので、その度に煽ってくる父親を見返したい一心で、ロドニーの父や兄、クララの父に加え、隣近所のマーサおばさんにまで料理を教えて貰い、最近ではマトモに食べられる物を作れるようになってきた。


「……芋が余ってるな。よし、シチューとポテトサラダにするか」


「ごめぇんくださーい」


 本日の献立を決めたユーキの耳に来客の声が届く。

 ユーキが手に持った芋をテーブルに置いて玄関に向かうと、そこには大きめの背嚢(はいのう)を背負った男が居た。

 男は旅装のような服装で、歳は20代中頃だろうか。身体の線は細く眼鏡をかけていて、優男と言った風貌だ。

 見覚えの無い男の訪問にユーキが戸惑っていると、男は自分から話し始める。


「サイラス=アルトウッドの家はここで間違いないかなぁ?」


「……はい、そうですけど。父に用事ですか? 父はまだ仕事から帰っていませんけど……」


「な~ら、家の中で待たせて貰うとしようかなぁ」


「あ、ちょっと!」


 そう言うと男は当たり前のように家の中に入る。あまりの出来事に意表を突かれたユーキは止める間も無かった。

 男はまるで勝手知ったるかの如く、スタスタと客間に入り、荷物を置いて椅子に座る。


「…………あの」


「あぁ、僕の事ならお構いなく。ユーキ君」


「な、なんで、俺の名前……」


「君のお父さんとは知り合いでねぇ。今日ここに来たのも、お父さんに呼ばれて来たんだなぁ、これが」


 胡散臭い……。それがユーキが彼に抱いた第一印象だった。

 胡散臭いといえば、父・サイラスの事も胡散臭いと常日頃から思ってはいるが、この男のそれは種類が違う。

 すでに料理どころではない。この男から目を話せば何をしでかすか分からない。そうユーキが考え、その場に立ち尽くしていた時、玄関から人の気配がした。


「よぉ、帰ったぞ~」


「お、親父っ!」


「やぁ、おかえり。久しぶりだねぇ、サイラス君」


「げっ! エルヴィスっ⁉ なんでウチに居んだよっ!」


「ご挨拶だねぇ。僕を呼びつけたのは、他ならぬ君じゃあないか」


 サイラスの反応から、この男……エルヴィスがサイラスの知り合いというのは嘘では無いだろう事が分かる。とはいえ、歓迎しているようには見えないが。


「…………。ユーキ、今日はオメェがメシ作んだろ? ここはいいから、メシ作ってろ」


「……わかった。その人の分は?」


「いらねぇよっ!」


「サイラス君。まぁた、君は……」


「……ちっ、三人分だ」


 この場はサイラスに任せ、ユーキは夕食の調理にかかる。

 しかしエルヴィスは一体何者なのだろうか?あのような父を目にするのは初めてだ。普段ユーキをからかってばかりいるサイラスがやり込められているのは胸がすくものがあるが、2人の年齢差を考えてもあのやり取りは少々違和感を感じる。あれではまるで、エルヴィスの方が年長者のような振る舞いだ。サイラスは40前、エルヴィスは恐らく20代なのだ。

 それに、サイラスの反応にも疑念を感じる。まるでエルヴィスに弱みでも握られているような……。

 そんな1人でいくら考えても結論の出ない事を考えながら、ユーキは料理を進める。


 調理を開始して1時間程して完成した夕食を客間へと持っていくと、仏頂面のサイラスと胡散臭い笑顔を見せるエルヴィスがテーブルを挟んで静かに待っていた。

 ユーキは配膳を済まして、自身もテーブルに着く。


「やぁ、なかなか良い匂いだねぇ。まだ小さいのに大したもんだ。……しかし、味の方はまだ精進が必要かなぁ」


「…………」


「タダ飯食って、偉そうに文句かよ?」


「いやいや、素直な感想だよ。この歳でここまで出来れば上出来だよぉ。将来君のお嫁さんになる人は幸せ者だねぇ」


「ふんっ。……だとよ。よかったな、ユーキ」


 3人で囲む食卓は少し居心地が悪かった。

 エルヴィスに対する距離感が掴めないし、サイラスも少し不機嫌に見える。決して怒っている訳では無さそうなのだが、ユーキへの絡み方も普段と違いキレが無い。

 ユーキは自分の立ち位置をハッキリさせる為にも疑問を問いかけた。


「2人は……。親父とエルヴィスさんは、どういう関係なんだ?」


「それはねぇ……」


「ただの古い知り合いだ」


 答えようとするエルヴィスに被せるようにサイラスが答える。

 実は何の回答にもなっていないのだが、続くサイラスのセリフにユーキの疑問はかき消された。


「コイツは、アレクの嬢ちゃんに家庭教師をさせる為にオレが呼んだんだ。……オメェも一緒にな」


「え……っ? この人が?」


 昼間に耳にした魔法の家庭教師。それが目の前に居る怪しい男、エルヴィスだというのだ。


 ユーキの頭には次々と疑問が沸く。

 このエルヴィスは一体何者なのか?なぜ父が関わっているのか?なぜ自分も一緒に魔法を勉強しなければいけないのか?

 しかし、それらの疑問を口にしようとした時、目に映るサイラスの表情がますます苦々しいものに変わっていく。


「それとな、ユーキ……。これからしばらく、コイツがウチに居候することになった……」


「え? え? はぁっ? ……じょ、ジョーダン……だろ?」


「これからよろしくねぇ、ユーキ君♪」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ただいま……」


 時間は少し遡り子供たちが解散した後、エメロンは自宅に帰ってきていた。帰宅したエメロンを玄関で迎えたのは、父・ブライアンだった。

 しかしブライアンはエメロンを出迎える為に玄関まで来たのではない。これから外出する様子で、手荷物を家政婦から受け取っていた。


「父さん、どこかに出かけるの?」


「……エメロンか。帝国で仕事だ。2、3ヶ月留守にする」


 エメロンと目も合わさずにそれだけを言うと、ブライアンは脇目も振らず家を後にした。


「……いってらっしゃい」


 父はすでにおらず、家政婦も次の仕事の為に去った後の誰も居ない玄関に、エメロンの呟いた小さな声だけが、寂しく響いた。


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