表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/159

第4話 「父親会談」


 時間は遡り、ユーキとエメロンがバーネット男爵邸に訪問した日の晩、シュアーブの町にある、とあるバーにサイラスは赴いた。

 入店したサイラスは店内を見回し、友人の姿を見つけるとテーブルの向かいに腰かける。


「よぉ、待たせちまったか?」


「いや、私も今さっき来た所だよ」


 そう言う友人・レクターのセリフに苦笑いが込み上げる。きっとこの男は、1時間待っていたとしても同じ言葉を言っただろうから。

 そんな事を思いながらサイラスはウェイターに酒を注文して、2人は会話を始めた。


「んで、忙しい領主様がしがない一兵卒に何の話よ?」


「嫌味はよしてくれ。ひょっとしたら、私と君の立場は逆だったかもしれないんだから」


「はんっ、ジョーダンきついぜ。オレが貴族ってガラかよ。その話は昔、散々したろ?」


 2人は今から19年前、聖歴1338年に起きた『魔人戦争』で共に戦った戦友だった。

 レクターはその時の戦功が認められ、男爵位を叙爵(じょしゃく)された。……のだが、その戦争でレクターと同等か、あるいはそれ以上の戦果をサイラスは挙げていた。

 しかしサイラスは自分の手柄をレクターに譲り、僅かな褒賞を受け取って冒険者となった。

 それは2人だけでなく、それ以外の人間の思惑があった上での事なのだが……、サイラスの言う通り、既に終わった話だ。


「……そうだね。話を戻そう。……最近、クライテリオンがキナ臭い」


「帝国が? ヤツら2年前まで聖王国とやりあってたじゃねぇか。まだそんな余裕があんのかよ?」


 クライテリオン帝国とラフィネ聖王国。ここ、エストレーラ王国もそうだが、ヒト族を基盤とする国々は、かつて一丸となって『魔人戦争』を戦った。

 しかし開戦から2年後、魔族から送られた和平の使者にヒト族は終戦派と抗戦派の2つに割れた。その終戦派の筆頭がクライテリオン帝国であり、抗戦派の筆頭がラフィネ聖王国だった。

 真っ二つに割れた意見は纏まらず、その1年後に帝国が強引に魔族と終戦協定を結んだのだ。


 その事から帝国と聖王国の関係は悪化していき、関税の強化、輸出入や入国の規制、亡命者や犯罪者の引き渡し拒否などが行われるようになっていった。


 そして『魔人戦争』の終結から2年後、帝国にあった1つの村が盗賊に焼き払われた。盗賊たちは聖王国に逃げ込み、帝国は引き渡しを要求したが聖王国はこれを拒否。その後、逆に聖王国の村を襲った盗賊が帝国に逃げ、帝国がこれを匿うという事態が起きた。……以後2年近くにわたって同じような事件が繰り返される事となった。


 そしてついに聖歴1345年にラフィネ聖王国がクライテリオン帝国に宣戦を布告した。

 聖歴1355年に休戦するまでに、実に10年にも及んだこの戦争は、『10年戦争』と呼ばれている。


「帝国の詳しい内情は分からないけど、彼らはボーグナイン地方の返還を要求してきている」


「……マジか」


 ボーグナイン地方……。その名を聞いてサイラスは事態の難しさを理解する。

 元々帝国領だったこの地域は『10年戦争』の最中、大雨による洪水に見舞われ大きな被害を受けた。

 しかし戦争中であった帝国に被災地を支援する余裕は無く、ボーグナイン地方の領主はエストレーラ王国に助けを求めてきたのである。王国はこれに応え、ボーグナイン地方に大量の支援物資を送り、その見返りとして王国への帰属を求めた。

 帝国はこのボーグナイン地方を返せと言ってきたのである。


「王都のお偉いさん方はなんつってる?」


「まだ意見が纏まってはいないけど、拒否するべきだというのが大方の意見だ」


「……だろうなぁ」


 当然といえば当然の話だ。

 送った支援物資もタダではない。さらに復興のために大量の人員も送った筈だ。これらが無駄になるなど看過できる筈がない。

 とはいえ帝国側から見ても、戦争中に自領を掠め取られた形だ。正式に返還要求をしてきた以上、黙って引き下がる事は無いだろう。


「サイラス、君はどう見る?」


「どうっつわれてもなぁ……。ここからボーグナインまでは大分距離があるし、出来る事はねぇだろ。しばらくは様子見しかねぇんじゃね?」


「……そうか。……そうだね」


「ちょっと気負い過ぎじゃねぇか? ……そういや今日、ウチのガキと会ったんだろ?」


「ん? あぁ、ユーキ君だね。礼儀正しい、良い子じゃないか。とても君の息子とは思えないね」


 これ以上は下級貴族と一兵士が話していてもしょうがない事だ。そう考えたサイラスはおもむろに話題を変えた。

 子供の話題になった事に、レクターは顔を綻ばせながら軽口を叩く。


「言ってくれるぜ。そう言うオメェだって人の事言えねぇだろうが。アレクサンドラちゃんだったか? ずいぶんお転婆らしいじゃねぇか」


「ははは、これは一本取られたね。で、何でユーキ君はアレクを男の子だと勘違いしていたんだい? 当然、君は知っていたんだろう?」


「そりゃ、その方が面白れぇからよ。ホントの事知った時は、さぞ間抜け面してたろ?」


「まったく……。君のような親を持つユーキ君の苦労が(うかが)えるよ」


 2人とも先程までの緊張した様子とは違い、リラックスした表情で酒を飲み、会話が弾む。

 お互いの子供の様子、性格や出来事、将来など……。そして当然、先週の事件の内容にも触れる事になった。


「森の調査はしたんだろう? 結果は?」


「ああ。成果は何もねぇがな。妖精はもちろん、階段も魔物も見当たらねぇ」


 事件が起きてすぐに、シュアーブの兵士たちは冒険者も雇って西の森の調査を行った。

 元々それほど広くもない森だ。町からも近く、1日あれば隅々まで調べる事が出来る。しかし3日もかけて調査をしたが、怪しいものは何も発見出来なかった。

 この結果を見て客観的に考えれば、子供たちの証言の信憑性は低いと言わざるを得ない。


「だが、お前さんはガキどもの話を信じる事にしたってワケだ。根拠は? 妖精だぜ?」


「確証はないよ。総合的に見た上での判断だ。勘と言ってもいいね」


「カンかよ……」


「あえて言うなら、ユーキ君もエメロン君もあの年頃にしては聡明だ。嘘の言い訳をするなら、妖精なんて言い出さないと思う」


 レクターの言い分に、サイラスはいまいち納得がいかない。

 息子の出来を褒められて悪い気はしないが、つい「そうかぁ? あんなモンだろ?」と口に出る。……誰が見てもユーキは大人びていると思うのだが。


「君はもっと、自分の息子を正当に評価した方がいいと思うけどね。あと昨日、末の娘のミーアも妖精を見たらしい」


「ホントか? 言っちゃ悪いが、口裏を合わせてるってこたぁねぇか?」


「たぶんね。これも確証とは言えないが、やけに話す内容が具体的だったからね。アレクと3人で、たくさんお話をしたって言ってたよ」


「だったら何で、俺たちに妖精を見せないんだ? そうすりゃ、話の信憑性も増すってモンだろうによ」


「さぁね……。ひょっとすると、おとぎ話のように大人には見えないのかもしれないよ」


 レクターの言う通り、おとぎ話の妖精は純真な子供の前にのみ現れ、大人の目には映らないという描写が多い。

 だが、そんな事があり得るのだろうか?あったとするなら、子供と大人の線引きはどこにあるというのか?子供が大人になった瞬間、目の前の妖精が突然見えなくなるというのか?……全くバカバカしい話だ。


「……まぁ、それは置いとくとしてよ。ガキどもの話が事実だとして、対策は?」


「リゼットと呼ばれる妖精は、恐らく今もアレクと一緒に居る。だからアレクの監視と……、後は見回りの強化かな? 後は……」


「まだ何かあんのかよ?」


 少しうんざりした様子でサイラスが尋ねる。

 アレクの監視と見回りの強化。まぁ、妥当だといえるが、自分の仕事が増える事は避けられなさそうだ。

 そんなサイラスの反応を他所(よそ)に、レクターは少し声を落として言う。


「アレクが魔物を倒したという『力』だ」


「魔法陣も使わず7歳の子供が魔物を一撃、か。……たぶん『精霊魔法』か『根源魔法』、だな」


「……どちらにしても放置は出来ない。領主としても、父親としてもね……。サイラス、頼みがある」


 古い友人・レクターの真剣な表情にサイラスは嫌な予感がする。

 戦友でもあるレクターの娘の一大事であれば、その頼みを無下にするつもりはないが、サイラスは魔法の造詣に深くは無い。

 しかし、魔法に詳しい人物には心当たりがあった。出来れば2度と会いたくはない、そう思っていたアイツ――。


「エルヴィス=イグノランス氏に連絡を取って欲しい。彼に、アレクの家庭教師をお願いしたいと思う」


 サイラスの予感は的中した。

 この世で唯一といってもいい、サイラスが苦手とする人物。十数年ぶりに耳にした養父の名に、サイラスは深く大きい溜息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ