第3話 「碧空の誓い」
バーネット家にユーキとエメロンが訪問してから1週間。今日は聖誕祭であり、シュアーブの町は朝から賑わっていた。
学校も休みなので、皆で待ち合わせをして祭りを楽しむ予定だ。
朝食を食べ終えたアレクは、逸る心のままに家を出ようとしていた。お小遣いも持った。リゼットもしっかり鞄の定位置に入っている。準備は万端だ。
いざ、と扉に手を掛けた時、アレクを呼び止める声が聞こえた。
「ねーさま、まって。わたしもいくっ」
「ミーア?」
それはアレクの妹のミーアだった。
少年のような格好のアレクとは違い、可愛らしいフリフリの服に身を包んだミーアがやってくる。
「ミーアは、今日は母さんと一緒にいるって言ってなかった?」
「いいのっ。だってエメロンさんとユーキさんもいっしょなんでしょ?」
以前にユーキとエメロンが訪問して以来、ミーアは2人のことを随分と気にしているようだった。より正確に言えば警戒している、と言った方が正しいかも知れない。姉の事が大好きなミーアは、自分の知らない人間がアレクと仲良くしているのが気に入らないのだ。
そんな自分の気持ちも理解出来ていないミーアは、(ねーさまはわたしがまもらなきゃ!)などと意気込んでいた。
だからミーアは、アレクに付いていく為に少々強引な手段も取る。
「どーしてもダメっていうならリゼットのこと、かーさまにいっちゃうよ?」
「そ、それはダメだよっ」
「アレク、別にミーアが一緒でもいーんじゃない?」
先週、部屋でリゼットと会話していた所をミーアに見つかってしまっていたのだ。
それ以来、リゼットの存在はミーアも知る所となった訳だが、ミーアはそれを交渉……いや、脅迫の材料としてきたのだ。
実は、既に父・レクターには話してしまっているのだが、この事実をアレクは知らない。
「もう、しかたないな。みんなに迷惑かけちゃダメだよ?」
「うんっ。ねーさま、だいすきっ」
アレクは渋々といった感じで了承する。
なんだかんだいっても、アレクも妹には甘かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「みんな、お待たせーっ」
「ようやく全員そろったな。……ん、ミーアも一緒か?」
「ユーキさん、おひさしぶりです」
待ち合わせ場所である町の中央広場に着くと、すでに他のメンバーは到着していたようだ。
ユーキに可愛らしく挨拶をするミーアの猫かぶりは大したもので、悪感情など微塵も感じさせない。内心では、粗暴な男子が姉に近寄るな、などと考えていたりするのだが……。
「この子、誰っスか?」
「アレクの妹だよ。確か、ミリアリアちゃんだったよね」
「はいっ。ミリアリア=バーネットですっ。ミーアとよんでくださいっ」
ヴィーノの質問にエメロンが答え、ミーアが自己紹介ををする。その可愛らしい年下の女の子の仕草に全員の目尻が下がる。
5歳にして自分の武器を遠慮なく振るうその姿は、見る者が見れば末恐ろしく感じる事だろう。……この場にそれに気づいている者は1人として居ないが。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか。まずは教会に来ている楽団を見に行こうと思うけど、ミーアちゃんもそれでいい?」
「はいっ。がくだんたのしみですっ、クララさんっ」
「ふふっ。じゃあ行きましょ、ミーアちゃん」
そうして移動しようと動き出した時、アレクの鞄の中から不満の声が漏れた。
「む~……っ。みんなアタシの事、忘れてない?」
「ん? リゼット、いたのか」
「いたわよっ! いて悪いっ⁉ どーせアタシなんか……」
「わ、わかった。悪かった。謝るから、こんな場所で出てくんなっ」
鞄から身体を乗り出すリゼットに、ユーキが慌てて謝る。
人目の多い広場では誰に見られるか分かったものではない。まったく、大人に見られてはいけないと言ったのはリゼット自身ではなかったのか。
慌てるユーキと不貞腐れるリゼットのやり取りを、アレクたちは笑いながら見ていた。
それから2時間後、楽団の演奏を聞き終えた子供たちは、昼食を摂るためユーキの家にやってきた。
今日はサイラスも仕事でおらず、ここでならリゼットも人目を気にする必要も無い。
それぞれが屋台で買ってきた食べ物をテーブルに広げ、みんなで楽しく昼食を摂る。
「ゴメン。ボク、トイレ行ってくる」
「場所、分かるか?」
「突き当りを右、でしょ? ダイジョーブっ」
「……しっかし、あのアレクが女だったなんて、気付かないモンっスね」
トイレに席を立ったアレクが部屋を出た後、ヴィーノが呟いた。
クララとミーア、女性陣の2人がヴィーノを見る目が白い事にユーキは気付くが、ここは黙っていた方が賢明だと考える。……「トイレ」という単語で性別を連想する、というのも分からなくもないが、なぜ口に出してしまうのか。
しかし、リゼットはそんな空気を読まず「アタシは最初から気付いてたけどねっ」と言っていた。
アレクが女の子であることは、ユーキたちがそれを知った翌日に全員に周知した。
別にアレクは皆を騙そうとしていたとかいう訳ではなく、ただ単にアレクという男でも通用する愛称(本名はアレクサンドラらしい)と、男の子のような服装と言動から、周りが勝手に勘違いをしていただけだった。
とはいえ簡単に信じられる筈もなく、特にロドニーとヴィーノの疑いは強かった。……実はユーキも本心では、やはり男ではないかと考えていた程だ。
しかし、言葉で言っても信じられないなら証拠を見せようとして、アレクが突然服を脱ぎ始めた時は本気で焦ったものだ。
結局その場は全員で阻止して、クララだけが確認をする、という事で丸く収まった。
少年たちは固唾を飲んで結果を待ち、確認を終えて帰ってきたクララの答えは「ついてなかった」との事だった。
あれから1週間……。たまに忘れそうになるが、ようやくアレクが女だという事を飲み込めてきていた。
「しっかしアレク。オメェ、もう少し女らしいカッコとかしねぇの?」
「ふぇ? 何で?」
トイレから帰ってきたアレクに、ロドニーがそう言った。
突然脈絡もなく、という訳ではない。前々から皆で言っていたのだ。「女の子らしい格好をしていれば、男の子と勘違いしなかったのに」と。
皆がアレクの反応を興味深く観察するが、返事をしたのはミーアだった。
「ロドニーさん、むだですよ。とーさまやにーさまがいくらいっても、ねーさまはきかないんだから」
「お母さんは? 何も言わないの?」
「かーさまは、べつにいいじゃないっていってます」
「アレクくんは女の子の恰好はイヤ? わたしは似合うと思うんだけど……」
「う~ん、ボクはカッコいい方がいいなー。スカートとか動きにくそうだし」
どうやらアレクの服装に関しては、アレクの父や兄が何度も言い聞かせようとしているらしい。しかし今のアレクの姿を見れば、その結果が芳しくない事は明らかだ。
そんなアレクにクララが女の子の恰好を勧めるが、あまり乗り気ではなさそうだ。クララは似合うと言っているが、ユーキには女の子の服装をしたアレクの姿は想像できない。……無理やりイメージしてみるが、違和感しか感じない。
「まぁ、いいじゃねぇか。この格好でこそ、アレクって感じもするし。それより皆、飯食ったならそろそろ行こうぜ。午後は出店とかを見るんだろ?」
「う~ん、もったいないと思うんだけどなぁ……」
最後までクララは食い下がろうとしていたが、ユーキが少し強引に話を終える。
まだ聖誕祭は終わっていないのに、おしゃべりして解散ではそれこそ勿体無いだろう。
昼食を終えた子供たちはその後、路上にあふれた出店やパフォーマンスなどを楽しみ、最初の集合地点の中央広場に戻ってきた。ここで子供たちにとっての、本日最後のイベントが行われる予定だ。
「お、もう始まってるな」
「わたし、『がんとばし』はじめてです」
「ねぇ、『がんとばし』って何? アタシにも教えなさいよ」
「『願飛ばし』な。願い事を書いた紙を、魔法の風で飛ばすんだよ」
広場の各所にはペンと紙が用意されたテーブルが複数あり、そしてテーブルに囲まれた中央には大きな魔法陣の描かれた台座が用意してあった。
既に多くの人が訪れており、テーブルや台座の周りには人だかりが出来ている。
そして訪れた人が台座に手をつくと魔法陣から強風が吹き、願い事が書かれた紙を上空まで吹き飛ばしていく。
「願い事を神様の元へ届けて叶えて貰おうって、そういう祭事らしいよ」
「ふ~ん、そんなのでホントに叶うの?」
「リゼット……。お前、妖精のクセに夢がない事を言うんじゃねぇよ」
リゼットの質問にユーキが軽く答え、エメロンが補足した。が、リゼットは身も蓋もない事を言う。
こういった催しは気持ちが大事なのだ。本当に叶うかどうかではなく、願いを叶える為に努力をする理由付けだ。願い事というよりは誓いという方がしっくりくると、そうユーキは考える。
だから、ユーキの書く願い事は決まっていた。
『魔物を倒せるくらい強くなる』
あの時、自分は無力だった。
あの時、アレクが魔物を倒せなければ死んでいた。
自分も、エメロンも、もちろんアレクも――。
だから、今度は自分が皆を守る。今度なんて日が来ないのが1番だが。
そんなユーキの想いを乗せた紙は、勢いよく碧空へと飛び立った――。




