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第2話 「レクター=バーネット男爵」


「……とうとう、この日が来ちまったか。エメロン……、死ぬ時は一緒だぜ……」


「ゆ、ユーキ、縁起でもない事、言わないでよ……」


「2人とも、歩くの遅いよー!」


 あれから約1週間後、バーネット男爵邸に訪問する日がやって来た。

 ユーキとエメロンは気持ちも足取りも重く、逆にアレクは軽い足取りで2人を急かす。


 ユーキは冗談めかして言っているが、あながち冗談でも済まされない。

 最近知った事で忘れがちになるが、アレクは貴族なのだ。そのアレクに重傷を負わせ、命の危険にまで晒した……。過失の全てが2人にあるとまでは言えないが、最悪、死罪を言い渡されたとしても不思議ではない。アレクの様子から、そんな事にはならないと信じてはいるが……。


 少しでも味方を増やそうとロドニーたちも誘ったのだが断られたのも、憂鬱(ゆううつ)になる原因だ。

 仕事の手伝いや習い事があると言ったクララとヴィーノはまだしも、ロドニーは「面倒だ」の一言である。

 なんて友達甲斐のないヤツらだ、もし死刑になったら化けて出てやる。などと、ユーキがくだらない事を考えている間に目的地に到着した。……到着してしまった。


「ただいまーっ」


「ま、待ってアレク、まだ心の準備が……」


 制止しようとするエメロンの言葉を聞きもせず、アレクは玄関を開け放つ。

 程なくして中から青年が現れた。アレクの兄・ヘンリーである。


「おかえり、アレク。キミたちもよく来てくれたね。身体は大丈夫かい?」


「はっ、はいっ! そ、その節はどうも……」


「はは。そんな(かしこ)まらなくていいよ。さ、中に入って」


「……お、お邪魔します」


 ヘンリーは、にこやかに2人を迎え入れる。

 その態度に少しだけ安心するが、まだ油断は出来ない。アレクの父・バーネット男爵がどのような人物なのか分からないのだ。

 不安を拭いきれないまま、ヘンリーの案内で客間へと通される。


「悪いけど、父さんの仕事が終わるまでここで待ってて貰えるかな? すぐに終わると思うから」


「母さんは?」


「母さんはミーアを連れて夕飯の買い出しに行ってるよ。じゃあ、僕も仕事に戻るね」


 3人の前に飲み物を置いたヘンリーはそう言って部屋を出た。

 なんというか、本当にこの一家は貴族なのだろうか?ヘンリーとアレクには貴族的な威厳は感じられないし、家も一軒家、客間も華美な雰囲気は全くない。極めつけは男爵夫人が夕飯の買い出しときたものだ。


「ねぇ、アレクのお父さんって本当に男爵……、貴族なんだよね?」


「うん? そうだよ?」


「……信じられねぇ」


 たまらずエメロンが確認をするが、アレクはあっさり肯定する。それを聞いてもにわかには信じ難い。

 果たして妖精とこの一家、どちらの方が特異な存在なのか。


 その後、3人はアレクの家族について雑談をしつつ男爵を待った。

 バーネット男爵は元々平民で、昔の戦争で活躍して貴族に取り上げられた事。

 兄・ヘンリーはアレクの8歳年上で、学校を卒業した後は父親の仕事を手伝っている事。

 2歳年下のミーアという妹がいる事。

 王都に母方の祖父母が居るらしいが、昔に1度会ったきりでアレクはよく覚えていない事などを知る事が出来た。


(男爵が元平民ってなら多少は納得……か?)


 そうユーキが納得しかけた時、部屋の扉が開いた。


「やぁ、待たせてしまったね」


「ゴメンね。思ったより時間がかかっちゃったよ」


 入ってきたのは、薄茶色の髪をした40歳前後くらいの男性とヘンリーだった。

 ユーキとエメロンは慌てて席を立ち、頭を下げる。


「ゆ、ユーキ=アルトウッドですっ! ほ、本日は……」


「いやいや、そんなに(かしこ)まらなくてもいいよ。エメロン君だったね? 君も楽にしてくれていいよ」


「は、はい……」


 突然頭を下げて自己紹介を始めたユーキに、アレクはポカンとしている。

 バーネット男爵に促されて席に座り直すが、2人の緊張は解けていない。

 テーブルを挟んで向かいの席に着いたバーネット男爵は穏やかに笑みを浮かべてはいるが、その真意は分からない。突然、「死刑」と言われるかも知れないのだ。


「では改めて、アレクの父・レクター=バーネットだ。2人の事はいつもアレクから聞いているよ」


 そう言いながらユーキに向けられているレクターの視線には、何か別の意味を感じる。

 レクターは、アレクから魔物騒動の顛末を聞いているはずだ。ひょっとすると「そもそもお前がアレクとケンカをしなければ、こんな事件は起きなかったのだ」と考えているのかもしれない。そしてそれは、ある意味真実だと言える。

 そう考えたユーキの全身からは冷汗が噴き出していた。


「……ふぅ。まず最初に言っておくけど、今回の件で君たちを罰しようとは私は考えてはいない。ただ真実を知りたいんだ。これでも領主だからね。町に危険があるのなら取り除かないといけないんだ。それが子供たちの安全に関わる事なら、なおさらね」


「「…………」」


「だからそんなに緊張しないで、起きた事を話して欲しいんだ」


 そうして事件の説明が始まった。

 エメロンとの相談で、説明の内容は真実を包み隠さず述べる事にしていた。アレクが既に他の家族に説明していたらしいし、そこに矛盾があれば不信感を与えるだろう。……事実を信じて貰えるかは難しいだろうが。


 なおリゼットはこの場には同席しておらず、アレクの鞄の中だ。リゼットを見せれば信憑性は増すが、本人がそれを拒否し、アレクとエメロンも同意した為だ。


 そして一通りの説明が終わる。


「ふむ……。妖精に階段、それに妖精の国か……」


「リゼットは20人もいないから、国じゃないって言ってたけどね」


「……あのっ、信じられないかも知れませんけど、本当の事なんです!」


「確かに、にわかには信じがたいが……。ここは君たちの話を信じる事にしよう」


 それはユーキにとって意外な結論だった。

 父・サイラスもケイティ先生も……、ロドニーたちだって、リゼットを実際に目にするまでは信じてはくれなかったのだ。一体何が信じる根拠になったというのか。

 そんな疑問を他所(よそ)に、レクターとヘンリーが話を進める。


「父さん、じゃあ対策については……」


「うん、階段というのが存在する事を前提に考えよう。もちろん、そうでない場合も考慮しつつね。後の問題は……、ユーキ君が言っていた、アレクの放った光か……」


 レクターがそう言って、全員の視線がアレクに集まる。

 魔物に止めを刺した光。その存在はユーキの証言のみで、それを放った当人のアレクは全く記憶に無かった。


「ユーキ君、確認するけど魔法……『一般魔法』ではなかったんだね?」


「違う……と思います。魔法陣もなかったし……」


 レクターの確認をユーキが肯定する。

 魔法……。このブラムゼル大陸では『一般魔法』や『戦闘魔法』と呼ばれるそれには魔法陣が必要だ。そもそも『戦闘魔法』ならともかく、『一般魔法』にあんな攻撃力は無い筈だ。

 あの時、アレクの周囲に魔法陣は無かった。アレクが突き出した右手から、まるでエネルギーの束が光になって放出されたようで……。


「手を突き出して……、こんな感じ?」


「……っ⁉ よせっ‼」


 おもむろに左手を出したアレクに、ユーキは慌てて制止する。

 魔物の頭部を消し飛ばした威力の光を、部屋の中で放てばどうなるか……。想像しただけでゾッとする。

 それにあの時、アレクは後方に吹っ飛んだ。右腕の骨折だって、あの光の反動の可能性が高い。


 寸での所でアレクを止める事の出来たユーキが安堵していると、その様子を見ていたレクターが言い放った。


「アレク、今後それをするのは禁止だ」


「え~……」


「えー、じゃありません。父さんが良いって言うまでしちゃいけないよ。いいね?」


 優しくも強い口調で咎められたアレクは渋々といった表情で「はぁ~い」と頷いた。

 それを確認したレクターは佇まいを直し、おもむろにユーキとエメロンに頭を下げた。


「ユーキ君、エメロン君。改めてお礼を言うよ。アレクが無事に帰ってこれたのは君たちのおかげだ」


「兄として、僕からもお礼を言うよ。妹を助けてくれてありがとう」


「ふ、2人ともやめて下さいっ。俺たちはそんな……。…………?」


 レクターに続いて頭を下げるヘンリーに、ユーキとエメロンは戸惑う。慌てて2人を止めさせようとするが、その時何か違和感を覚えた。

 しかし違和感を探ろうとした時、玄関から人の声が聞こえてくる。


「ただいまー。あら、もうお話は終わっちゃった? ユーキ君とエメロン君よね? 初めまして、アレクの母のエリザベス=バーネットです」


「は、初めまして。ユーキ=アルトウッドです」


「え、エメロン=ウォーラムです……」


 現れたのはアレクの母を名乗る、美しいブロンドの女性だった。

 大きな買い物袋を持った彼女の側には、淡いクリーム色の髪と、蒼い瞳をした小さな女の子が立っている。


「あら、まだ小さいのに随分礼儀正しいのね。ほら、ミーアも自己紹介なさい」


「ミリアリア=バーネットですっ。ねーさまのいもうとで5さいですっ」


 そう言ってミーアがペコリと可愛らしく頭を下げたのだが……。『ねーさま』……?『にーさま』の間違いだろうか……?

 幼い子の言う事だ。言い間違えたのかも知れない。

 そうユーキは納得しかけていたのだが、エメロンは確認の為の言葉を放つ。


「えっと、姉さまっていうのは一体……?」


「…………? ねーさまはねーさまですよ?」


 エメロンの質問が理解できないのか、ミーアは可愛らしくコテンと首をかしげる。そして「ほら」と言わんばかりに、アレクに向けて指をさす。

 ここに至ってようやく、ユーキとエメロンは理解し始めた。自分たちがとんでもない勘違いをしていた事実に。


「……あ、ぁア、アレク……。お、ぉおおお前…………」


「ん? 何?」


「お前、女だったのかよぉぉぉ———っっ‼」


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