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第1話 「ケガの理由」


「ユーキ!」


 時は聖歴1357年、春———。

 魔物との騒動の翌朝、学校へ向かうユーキにエメロンが声をかけてきた。


「結構大ケガだったと思うけど、学校に行っても大丈夫なの?」


「大丈夫じゃねぇよ。でも「いつでも自分の出来る限りの事をしろ」ってのがウチの親の教えでよ。そう言うエメロンは大丈夫か?」


「うん。僕は大した事はなかったから」


 そうは言うがエメロンの傷だって決して軽いものでは無い。噛まれた右腕には包帯が巻かれているし、それ以外も全身の生傷が痛々しい。

 ユーキは頬に深い傷を負ったが、それ以外に目立った外傷はない。全身を襲う疲労感はどちらかと言えば、精神的なものによる所が大きい。


 魔物を倒して、リゼットと名乗る妖精が階段を消すのを見届けた後、町まで戻ってアレクを家まで送ったのだが、ボロボロの3人を見たアレクの兄・ヘンリーは激しく動揺した。が、「詳しい事情は後回しだ」と言うと、半ば強引に3人を病院まで連れて行ったのだ。

 そして診察と治療が終わり、アレクを家まで届けると今度はユーキとエメロンを家まで送ってくれた。

 非常に慌ただしくて疲れたが、その日のユーキの受難はまだ終わらなかった。


 自宅に帰り少しすると、父・サイラスが帰宅した。

 当たり前に大ケガの原因を問われるが、「不思議な階段」「妖精」「魔物」「アレクの放った光」……。こんなものを誤解無く説明できる自信は無いし、信じられる訳がない。

 結果、ユーキは「大きな犬に襲われた」と中途半端な嘘をついた。……正確には嘘ではなく、事実の大半を隠蔽(いんぺい)しただけだが。

 当然、サイラスはユーキの嘘をあっさり見抜く。「どこでだ?」と、場所を問われただけで返す答えを持たなかったからだ。

 サイラスは追及を続け、ユーキは口ごもる。

 次第にサイラスの語調は強くなり、やがてユーキは事実を話す。……が、予想通り信じては貰えなかった。


 あらかじめ分かっていた事ではあるが、事実を信じてくれないサイラスにユーキも苛立つ。

 一方でサイラスも引くことは出来なかった。一人息子が大ケガをしてきたのに、その理由を話そうとしない。あげくに妖精だのとデタラメを言ってくる。

 普段は適当な事ばかりを言う放任主義のサイラスも、流石に父親として看過できなかった。

 話は平行線をたどり、全く進展しない。そしてついにサイラスが限界を迎えた。


「クッソ……。親父のヤツ、ケガ人を思いっきり引っぱたきやがって……」


 ユーキは隣を歩くエメロンに聞こえないように、自身の右頬を撫でながら小さく呟いた。

 昨晩サイラスに叩かれた頬は既に痛みはない。当然、手加減はされている。

 しかし普段とは大違いの父の剣幕と叩かれた衝撃、そして話を信じて貰えない事に(いきどお)りとやるせなさを感じたユーキは自室に閉じこもった。サイラスもそれ以降は無理に追及はしてこず、今朝も顔を合わせていない。

 ユーキは気まずさを消化しきれず、1人で悪態をつくことしか出来なかった。


「でもユーキのケガ、目立っちゃうね」


「顔だからなぁ……。まぁ、しょうがねぇさ。傷は男の勲章ってな」


「ふふっ、何それ?」


「あれっ? そう言わねぇ? 名誉の負傷とかってヤツ」


 ユーキの頬に貼られたガーゼは確かに目立つ。医者からは、傷跡が残るかもと言われた。しかしユーキはその事を気にしていない。

 昨日の状況で命があっただけ運が良かったと思うし、父・サイラスの身体は全身傷跡だらけだ。先程のセリフもサイラスの受け売りである。

 再び父を思い出して少し複雑な気分になったユーキは、エメロンと雑談をしながら教会に着く。




「そのケガどうしたのっ⁉」


 教室に入った2人を、そう言って出迎えたのはクララだった。そしてロドニーやヴィーノ、他のクラスメイトたちに取り囲まれる。

 皆口々にケガの事を聞いてくるが、これではまともに答えようがない。

 ユーキが対応に困っていると、そこにアレクが現れた。


「みんな、おはよーっ!」


 右腕を三角巾で吊るしたアレクの姿にクラスメイトの視線が集中する。

 そしてユーキたちを取り囲んでいたクラスメイトの半数以上がアレクの元へと群がった。こちらはエメロンと2人いるというのに、これが人望の差だろうか……。しかし不思議と一昨日のような嫉妬心は芽生えてこない。

 その後、間もなくしてケイティ先生が現れた。


「皆さん、授業を始めますよ。席に着いて下さい。それから、ユーキくん、エメロンくん、アレクくんの3人は授業が終わったらお話があります」


 それだけ言って、何事もなくいつも通りに授業を始める。

 話というのは、間違いなくケガの件についてだろう。(どう誤魔化そうか……)とユーキは考えていたが、その考えは無駄に終わった。


 放課後の事情説明でアレクが起きた事を、ありのまま話してしまったからだ。

 仕方なくユーキも見たままを話し、エメロンもそれに(なら)うが、ケイティ先生は納得しがたい表情だ。


(当然、こうなるよなぁ……)


「はぁ……、お話は分かりました。ともかく、今後は危険な場所には近づかない様に気を付ける事。いいですね?」


 仕方がないと、そんな雰囲気でケイティ先生はそう締めて解散した。

 時刻は既にお昼過ぎ。3人が荷物の回収のために教室に戻ると、ロドニーたち3人が待っていた。


「お、やっと帰ってきたっスよ」


「なんだ、待っててくれたのか?」


「だって結局お話聞けなかったし、気になるもの」


「とりあえずメシ食おうぜ。待ちくたびれて腹ペコだぜ」


 合流した6人は教会横の広場へと移動する。そろそろ次の授業が始まる為、教室は使えないからだ。木陰に陣取り、それぞれ弁当を広げて少し遅めの昼食を始める。

 食事を摂りながら昨日の顛末(てんまつ)を説明するが、やはり簡単には信じて貰えない。


「妖精~? オメェら揃って夢でも見てたんじゃねぇの?」


「そうっスよね。おとぎ話じゃあるまいし……」


「ホントだよっ。ね、リゼット?」


「うんうん。全部ホントなのにね~」


 疑問を拭えないロドニーたちに対して、アレクが突然自分の鞄に向かって呼びかけた。

 5人が不思議に思う間もなく、鞄の中から返事と共に妖精が現れる。


「「「「…………」」」」


「……な、何でお前がいるんだよ」


 突然現れた妖精の姿に絶句する4人と、素直な疑問を呟くユーキ。5人とは対称的に自信満々に胸を張るアレクと、からかう様に6人の周囲を飛び回るリゼットの姿がそこにはあった。




 リゼットが現れ、皆しばらく言葉を失っていたが、その後の話は比較的スムーズだった。

 話を信じ難いものにしている、最大の要因である妖精が目の前に居るのだ。それ以外の話も信じざるを得ないだろう。

 リゼットの視点も含め、4人の話を繋ぎ合わせて説明を終える。


「……呆れた。あなたたち、よく無事だったわね」


「まぁな。それよりお前、何でココにいんだよ?」


「お前って失礼ねっ。アタシの名前はリゼット!」


「わかったよ……。んで、リゼットは何でココにいるんだ?」


「だってぇ、アレクが心配じゃない?」


 昨晩、魔物を倒した後に町へ帰る際、例の階段の前でリゼットと合流した。

 階段を降り、不思議な力で階段を消した後に姿が見えなくなったと思っていたが、呆れた事に昨晩からずっとアレクの鞄の中に居たらしい。


「何で今まで出てこなかったんだよ? ケイティ先生の説明ん時も出てきてくれりゃよかったのに」


「あのね、リゼットは女王さまから「なるべく大人には見つかっちゃいけません」って言われてるんだって」


「ほら、アタシって美少女じゃない? (さら)われたりしたら大変じゃない」


 ユーキの若干不満交じりの疑問にアレクが答え、リゼットが補足する。

 美少女云々(うんぬん)はともかく、確かに妖精の姿を目にすれば捕まえようとする者がいる可能性はある。子供相手であれば安全だ、と言い切る事も出来ないだろうが、大人であればその危険度が上がるのは納得できない話でもない。


「ん? それじゃ、アレクの家族にもリゼットは秘密か? 昨日は親と揉めたんじゃねぇか?」


「揉める……? 何で?」


「いやほら、事情を説明しても信じてもらえなかったろ?」


 ユーキは父との出来事を思い返し、アレクに尋ねる。

 リゼットの存在があるからロドニーたちも信じる事が出来たのだ。それが無いなら、父やケイティ先生と同様に信じる事は難しいだろう。

 だからアレクも親と揉めたのではないかと考えたのだが、どうやらそうでもなさそうだ。

 しかしユーキの思惑とは別に、アレクは何かを思い出したかのようにハッとなり、予想外の言葉を放った。


「あ、そうだ! 来週にユーキとエメロンをウチに連れてきなさいって母さんから言われてたんだっ」


「……え? 僕とユーキ?」


「うん。「あなたは信用できないから2人を連れてきなさい」ってさ。来週には父さんが帰ってくるから、その時に一緒にって」


「げ……、マジか……」


 こうしてユーキとエメロンは、このシュアーブの町の領主が住むバーネット男爵邸に三度目の訪問をする事が決定した。


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