第15話 「追憶のユーキと妖精」
時は移り、聖歴1366年・春———。
アレクから別れを切り出され、それを受け入れたユーキは自室のベッドに腰かけて過去を思い返していた。
10年前、シュアーブへの引っ越しから始まったアレクとの出会い。
ロドニーたちといざこざの末、仲良くなった事。
その1年後、アレクとケンカをして、エメロンと共に魔物と出くわしてピンチになった事。
(そういえば、結局あの後アレクに謝るのをすっかり忘れてたな……)
野犬との遭遇、そして魔物化から息の付く間もない死闘。全てを諦め、死を覚悟した後に起きたアレクの『力』による逆転。
そして魔物が倒れた後も大変だった。
アレクへの謝罪を忘れてしまっていたのも無理もない。
ユーキは頬に残る傷跡を左手でなぞりながら、その後の顛末を思い出す。
ユーキは左頬に大きな傷を受け満身創痍。
エメロンは大きなケガは無かったものの、右腕を噛まれ全身傷だらけで気絶。
アレクも身体を強く打ち、右足に噛み傷、右腕を骨折して気を失っていた。
今思い返しても、よく3人とも無事だったものだ。
ユーキは2人を起こして、何とか町へ帰還。
当然、父・サイラスからは事情を問い質された後、こっぴどく叱られた。今思えば父親があれほど怒ったのは、あれが最初で最後だったかもしれない。
父親の必死の形相を思い返したユーキは、思わず笑みが零れる。
当時は、決してマイペースを崩さなかった父親の怒鳴り声に恐怖を感じたものだったが、あれは自分に対する愛情ゆえだったのだろうと、今になれば分かる。
(その後、事情説明のためにアレクの家に行く事になったんだよな。その時、アレクのとんでもない秘密が――)
「なに1人でニヤけてんの? 気持ち悪いわよ」
「……なんだリゼット、いたのか」
「ふんだっ、いて悪い?」
突然話しかけてきた体長20cmほどの妖精リゼット。
彼女は魔物騒動の後もアレクに付き纏い、今もこうして行動を共にしている。
決して悪い奴ではないのだが、魔物騒動の原因の一端がリゼットにもあるのは明確だ。もちろん、それはアレクとケンカをする原因を作ったユーキ自身にも言えるし、何より9年も昔の事を今更どうこう言うつもりは無いが。
しかし、このお調子者のクセに意外と面倒見の良い妖精、リゼットは随分と機嫌が悪そうだ。
「別に悪かねぇが、随分と虫の居所が悪そうじゃねぇか?」
「当然じゃないっ! さっきのアレクの言い分は何よっ! ユーキはあっさり受け入れちゃうし!」
ユーキが、思った事をそのまま口にするとリゼットは憤慨し、まくし立てる。
どうやら先程のアレクとのやり取りを聞いていたようだ。
「まぁ、そう言うなよ。アレクの気持ちも分かんだろ?」
「だって……。ユーキはそれでいいの? 2人の目的はどうするの? 神様にお願いを叶えて貰うんじゃないの?」
「しょうがねぇさ。それに、俺たちの願いはアレクがきっと叶えてくれる」
6年前、アレクが宣言したユーキたちの目的。必ず叶えると決めた願い。それを、道半ばで退場する事になったユーキの心に無念はある。心配事も沢山ある。
しかしユーキは、アレクを信頼していた。きっと自分が居なくても目的を達成してくれると。それに、今の自分が一緒に行動しても足手纏いにしかならない。
だから、ユーキは多くを語らず受け入れた。
そう、仕方がない事だったのだ。
アレクは決してユーキとの別れを望んでいた訳ではないし、ユーキを嫌いだった訳でもない。少なくとも、ユーキはそう信じている。
しかし、それでもアレクは別れを口にした。そうせざるを得なかったのだ。
ユーキはそう納得をしていたが、そうは出来ない者がこの場にいた。
「しょうがないなんて、そんなんじゃアタシは納得出来ない! エメロンだって……!」
エメロンの名が出され、ユーキの胸がチクリと痛む。
しかしリゼットがいくら喚いても、過ぎた過去は戻らない。零れた水が盆に還る事は無いのだ。
だから、ユーキは同じ言葉を何度でも繰り返す。
「リゼット、お前が納得出来なくても、しょうがねぇもんはしょうがねぇのさ」
「~~~っ! もういいっ! アレクに直接文句を言ってくるっ!」
「お、おい……」
「ユーキのバカっ! 石頭っ! 唐変木っ!」
そう悪態を吐きながらリゼットは窓から外へと飛び出した。
それを見送ったユーキはベッドへ降ろした腰の体重を更に深くし、「やれやれ……」と呟いた。
1人になったユーキは再び過去の思い出に耽った。
仕方がない、過ぎた過去は戻らない。そんな事は分かっている。しかし、それでもユーキは思わずにはいられなかった。
6年前、自分が12歳になった時……。あの時に『あんな事』が起きなければ、と。
もし、そうであれば自分たちの歩む人生は全く違ったものになっていたであろうに、と———。




