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第53話 「意気地なしは忘れ物をしたまま旅に出る」


 ユーキに攻勢をかけるフランの動きは速く、力強かった。

 突き、払い、叩きつける――。


 一撃を受ける度に手が痺れる。

 それらの猛攻を受けるユーキは……。


(ちっ……。隙だらけだぜ、フラン)


 一手ずつ丁寧に受け流しながら、ユーキは冷静にフランの動きを見定めていた。


 フランの動きは明らかに精彩を欠いている。

 あんなに力んでいては態勢も崩れてしまい、次の一手が遅くなる。相手の攻撃にも対応できまい。


 今の瞬間も、その前にも、反撃のチャンスはいくらでもあった。

 だが……。


「どうしたユーキっ! 手を抜く事は許さんぞっ!」


「……っ。っらあぁっ!」


 メルクリオの指摘に反応するように、ユーキがフランの棍を大きく打ち払う。

 そして、ユーキは覚悟を決めて木剣を振りかぶった――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「んじゃあな。王子様と会うの、意外と楽しかったぜ」


「意外と、とは心外だな。私は毎回、心待ちにしていたというのに」


「男同士でそういうのはキメェからよせよ」


「ふっ……はははっ。そうだな、確かに」


 フランとの模擬戦を終え、しばらくの会話の後に別れの時がやってきた。

 2人はまるで古くからの友人同士のように気安い言葉を交わす。


「メル~、さびしいの~っ」


「私もだよ。王都に戻ったら、また顔を見せに来てくれ」


「つってもなぁ、俺は平民だし。仕事じゃなきゃ、そんな気軽に王宮にゃ入れねぇよ」


 忘れがちだが、ユーキは仕事としてメルクリオに会いに来ているのだ。

 だが、その仕事も今日で終わりだ。もう王城に入る大儀名分はない。


 至極当然なユーキの言葉に、メルクリオは珍しく悪童のような顔をしてから言葉を返した。


「ユーキは冷たいな。どうやら仕事でなければ私とは会ってくれないらしい。私は友人だと思っていたのだがな?」


「ぼくはメルとともだちなの~っ。だから、またメルに会いにくるのっ」


「あっ、テメっ……。俺だけ悪者かよっ?」


 また1つ、笑い声が零れる。

 だが、楽しい時間もそろそろ終わりだ。


「息災でな。我が友、ユーキよ」


「おう……。いや、メルもな。俺も、ダチっつっていいか?」


「もちろんだ」


 いつもの「王子様」という呼び名を飲み込み、初めてメルクリオを愛称で呼んだユーキ。そして身分違いも(わきま)えずにメルクリオを友と呼ぶ。

 だが、それを咎める者は誰もいない。


 そして握手を交わした後、ユーキとベルは去ってしまった。


「行って……しまわれましたね」


「ああ……」


 メルクリオの背後に控えるフランが、どこか名残惜しそうに言った。

 それにメルクリオは短く答える。


 ユーキとフランの模擬戦の結果は、フランの勝利に終わった。

 攻勢に出たユーキの動きにフランは翻弄(ほんろう)され、態勢を崩したところで……ユーキが足を挫いた。

 そして、立場を入れ替えたフランの攻撃を躱す事ができなかったユーキは敗北した。


「フランは……ユーキが手を抜いたと思うか?」


「当然でしょう。あんな見え透いた手を使うとは思いませんでしたが」


 武芸の心得がないメルクリオは半信半疑ではあったが、実際に手を合わしたフランはそう断言した。


 フランは、この2ヵ月で何度もユーキと手合わせをしてきたのだ。互いの実力も手札も知り尽くしている。

 そしてユーキの実力は明らかにフランより上だ。

 戦績は当然のようにユーキが勝ち越しているし、何より日を重ねるごとに安定感が増していく。ここ一月(ひとつき)でのフランの白星は、先ほどの1つだけだ。


「私を解雇なさいますか?」


 まるで何でもないかのようにフランが尋ねる。

 対戦相手のユーキがわざと負けたのであれば、フランの実力を示したとは言えなくなる。ならば先の約束の通り、フランを解雇するのが(すじ)だ。


 だがメルクリオは即答せず、フランも動じる事なく待ち続ける。

 そしてようやく口を開いたメルクリオから出た言葉は、フランの疑問への回答ではなかった。


「……ユーキの気持ちには気付いているんだろう?」


「あいにく、私はそこまで鈍感ではありません」


 ユーキの気持ち……ユーキが、フランの事を好きだという事など、言葉にしていないだけで誰の目にも明らかだ。それは当人であるフランも例外ではない。

 先日の決闘騒動の話だけではない。普段のフランへの言動や憧憬(どうけい)の眼差しを見れば、好意を抱いているのなど明白だ。


 先ほどの模擬戦も、ただフランの進退を(おもんぱか)ってという理由だけでワザと負けたわけではない。


「殿下は、その為に私を解雇すると?」


 近衛を辞め、メイドの仕事も失えばフランは自由だ。すでにボーグナインは伯爵の地位も失い、貴族でもない。

 そうなれば……そうなってしまえばユーキと共に旅に出る事もできるだろう。


 ユーキであれば、大事な幼馴染であるフランを任せる事ができる。いや《《譲ってもよい》》と、メルクリオは考えてしまった。


 だが結果はフランには真意を見抜かれ、ユーキはワザと敗北した。

 メルクリオの目論見は、見事に空振りだ。


「いつから気付いていたんだ?」


「模擬戦の最中です。挙動不審なユーキ様を見て、頭が冷えました」


「挙動不審とは、酷い言われようだな」


 あんまりな表現に、つい乾いた笑いが漏れてしまう。それにつられてか、フランも微笑みを零す。


 この笑顔を見れば、フランもユーキの事を憎からず思っているのだと確信できる。

 だから……もう一度、確認しなければならない。


 強引に決めた模擬戦の結果などではなく、言葉でちゃんと――。


「なぁ、フラン」


「はい」


「君は、どうしたい?」


 「何を」とは言わない。言わなくても通じている。


 フランを縛るものは今や自分だけだ。もう十分だろう。

 10年以上も、フランはずっと縛られ続けてきたのだから。


 そう自分に《《言い訳》》をしながら、メルクリオはフランの返事を固唾を飲んで待った。


「殿下は、お引き留めになってくださらないので?」


「私が、か……?」


 予想もしていなかった言葉に戸惑ってしまう。

 フランは人質として王都に来てメイドになったのだ。しかし今やボーグナイン伯爵家は爵位を剥奪された。

 もはや、フランにとってメルクリオに仕え続ける意味などないはずだ。


 そんな事を考えているうちに、フランは先程の質問の答えを口にした。


「私は――――」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 2日後の早朝……。

 エステリアの宿の前で、荷車の荷物を点検するユーキたちの姿があった。


「よっし、忘れモンはねぇか?」


「ダイジョーブだって。ユーキ、それ何回目さ?」


「こういうのはな、やり過ぎなくらいで丁度いいんだよ」


 ユーキとアレクが毎度おなじみのやり取りを行う(かたわ)らで、カリーチェがエメロンから杖を受け取る。


「これ、本当にもらっちゃっていいの?」


「うん、カリーチェなら問題なく扱えるだろうしね。僕はしばらく入院だし、その間に新しい魔法陣でも考えとくよ」


 そんなやり取りを横目で見ながら、ユーキは心中複雑だった。

 新しい魔法陣を考えても、エメロンの目はもう――。


「そーいや、カリーチェの名前ってホントは『カリイチエ』ってゆーんだよね? 呼び直した方がいい?」


「別にどっちでもいいわよ。もう慣れちゃったし」


「じゃ、今までどーりカリーチェって呼ぶねっ」


 ユーキが考え事をしている横で、アレクがエメロンたちの間に割り込む。


 カリーチェの本名……。本当は「狩井 千絵」という名前らしいのだが、最初に名乗った際に聞き間違えてしまったらしい。

 変わった名前だとは思っていたが、本名の方がよほどヘンテコだ。


 本人が言うには「異世界からやって来た」らしいが……。


「しっかし、シュアーブの時と比べると寂しい見送りっスねぇ」


「あら、そちらがどの程度の規模かは存じませんけど、ワタクシたちが見送りに来ているのですから見劣りはしなくってよ? ねぇ、アレク?」


「うんっ。ジュリアもわざわざ来てくれてありがとっ」


「し、親友の見送りなのですから……と、当然ですわっ」


 ヴィーノの言う通り、人数という意味ではシュアーブを出発した時とは比べるべくもない。今回、見送りに来てくれたのはたった4人なのだから。

 しかしジュリアも、照れるくらいなら言わなければいいものを……。


「お義兄様、お姉様のためにもなるべく早く帰ってきてくださいましね?」


「おにーさまぁ? ユーキ……またっスか?」


「またって何だよ? 言っとくけど、ヴィーノが想像してるような事なんて何にもねぇからな?」


 呆れたような顔でこちらを見てくるが、本当にジュリアとの間には何もないのだ。

 ただ、言い訳をするのは藪蛇(やぶへび)だ。ここには、ジュリアがユーキを義兄と呼ぶ事になってしまった原因の人物もいるのだから。


「ほらっ、お姉様もお義兄様とご挨拶なさいませ」


 ジュリアにそう言われながら背中を押されて前に出たのはフランだ。

 別れは2日前に済ませたと思っていたのだが、見送りにまで来てくれたのだ。


「お、おう。わざわざ悪ぃな、フラン」


「……いえ」


 なぜだか気まずい雰囲気が流れる。

 すでに別れを済ませたと思っていたのに、すぐさま再会してしまったという気まずさがあるのは事実だが……。

 どうにもフランの様子もおかしい。どこか不機嫌そうにも見えるが……。


「そっ、そういや王子様は元気か? いや、2日しか経ってねぇし元気に決まってっか」


「ユーキ様、その殿下より伝言があります」


「で、伝言?」


 何だろうか? 全く心当たりがない。

 激励とか、旅の無事を祈る言葉とかだろうか? しかし2日前にすでに言ってもらった気もするが……。

 もしやフランの機嫌が悪い事に関係が? まさか模擬戦でワザと負けたのがバレて、メイドをクビになったのでは?


 必死に心当たりを探すユーキを余所にフランは中々続きを口にしない。

 ()れたユーキが()かそうとした瞬間、フランの口がようやく開いた。


「これが、最後のチャンス……だ、そうです」


「は? 意味わっかんねぇぞ? ちゃんと教えてくれよ」


 そんな言葉だけを伝えられても分かるわけがない。

 言葉の意味を尋ねるが、相変わらずフランは不機嫌そうにこちらを睨むだけだ。


 子供のように僅かに頬を膨らませる姿が意外とかわいい……などと思っている場合ではない。


「おい、フラン」


「……聞けばカリーチェ様は旅慣れてはいないそうですね。アレクサンドラ様と2人でフォローし続けるのも大変では?」


 先の言葉の意味も答えないまま、フランが質問を投げてくる。


 確かに不安がないわけではない。

 アレクは無鉄砲で奔放だし、カリーチェも魔法の腕前は一流だが素人だ。おまけに頼れるエメロンもリタイアしてしまった。

 せめて1人くらい、しっかり者の仲間がいてくれれば……。


 そう考えた矢先に、正面のフランの姿が映る。

 落ち着いたしっかり者であり、元近衛を務めた槍の腕前は確かなものだ。メイドをしていたのだから家事もお手の物だろうし、何より他のメンバーとは女同士という事で、ユーキには立ち入りにくい問題などにも対処できるだろう。


 もしフランが同行してくれれば、これほど心強いものはない。

 もしそうなったら、これからの旅はどれほど楽しいものになるだろう?


 それにもし一緒に旅をする事になれば、この先ユーキにも《《チャンス》》が生まれるのだから。


「いや、何も問題はねぇよ。アレクも素人じゃねぇし、カリーチェもすぐに慣れるだろ」


 だが反射的に口から出たのは本心とは逆の、そんな言葉だった。

 考えて言った言葉ではない。言い訳なら、「フランとメルクリオを引き離すなんてできない」と後から思いつく。

 この時のユーキの感情は、全く別のものだった。


 恐怖……。怖かったのだ。

 「一緒に来て欲しい」と、自分の欲望を言葉にして、それを拒否されるのが。


 そこまで「強欲」にはなれない。思っても口には出せない。言っても、フランを困らせるだけだ。

 いや、自分が傷つくだけだ。


「そう、ですか……」


 この時、ユーキはフランの顔を見る事ができなかった。

 もし見ていたなら、その表情から何かを感じ取っていたかも知れない。


 この時、ユーキはフランの口元を見ていなかった。

 もし見ていれば、その口が「意気地なし」と呟いたのに気づけたかも知れない。


 だが、時間切れだ。


「ユーキー、まだ出発しないのー?」


「悪ぃっ、今行くっ。じゃあな、王子様によろしくな」


「はい。どうか、ご無事で」


 最後に見たフランの顔は、穏やかな笑顔だった。

 まるで膝枕をしてくれた時に向けられた時のような。琥珀の瞳が、優し気にユーキを包んでくれるような。


「んじゃ行くか。ジュリアも、馬サンキューな」


「ユーキ、バシャーモ号だよっ」


「お前それ、『馬車』から取ったのか? 引くのは荷車だぞ?」


 そんなくだらない挨拶をして、いよいよ出発だ。

 最後に言葉を交わすのは……。


「じゃあね、エメロンっ。帝都でまた会おうねっ」


「うん。ユーキ、アレクの事、頼んだよ」


「……あぁ。親友の頼みだからな、しょうがねぇ」


 エメロンのリタイアの事実は、まだユーキしか知らない。

 そしてエメロンの過去(つみ)は、誰も知らない。


「いい加減に出発するわよっ!」


「しゅっぱつしんこーなのーっ!」


「あっ。リゼットっ、ベルっ! まだ出てくるんじゃねぇっ!」


 色んなものを置き忘れたまま、ユーキたち『インヴォーカーズ』は新たな旅へ向けて歩き出した。


 そして、その姿が見えなくなるまで眺め続けた4人も帰路へと着く。


「行っちゃったっスねぇ。んじゃ、オイラたちも病院に戻るっスか」


「お送りいたします。足を怪我されているヴィーノ様と、目の見えないエメロン様だけでは大変でしょう」


「いいんっスか? 助かるっス」


「ご迷惑をお掛けします」


「そういえばお姉様。大きな荷物を宿に預けていませんでした? あれは何なんでしたの?」


「あれは、もういいのです」


「?」


「……意気地なしは、私もでしょうか」


「何かおっしゃいました?」


「いいえ。さ、参りましょう。エメロン様、お手を」


「あ、エメロン、ズルいっス」


「仕方ありませんから、ヴィーノ様にはワタクシの肩に手を置く事を許して差し上げますわっ」


 残された4人の間にも、和やかな空気が流れる。

 だが1人、エメロンの胸中だけは罪悪感と自己嫌悪だけが渦巻いていた。


 エメロンは、それを隠したまま暗闇の中を歩く――。


 ここまで拙作を読んで頂き、誠にありがとうございました。

 以上で第4章は終了となります。


 そして重要なお知らせがあります。

 本作は全13章構成の予定なのですが、改稿を行おうと思いますのでここで一旦の終了とさせて頂きます。

 同時に本作は「完結済」とさせて頂き、改稿が進みましたら新たに【改稿版】を投稿する予定です。


 非常に中途半端な状態での休載となる事を深くお詫び申し上げます。

 【改稿版】の投稿の暁には、また拝読して頂ければ嬉しく思います。

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