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第52話 「最後の戦い」


 エストレーラ王国の王城・エスペランサ城で、メルクリオは自室の机に向かってペンを走らせていた。


「殿下、少しお休みになられては……」


「ん……もう少し……」


 後ろに控えるフランが気遣いの言葉をかけるが、メルクリオは集中して机から離れない。


 メルクリオが書いているのは、今回の事件の報告書だ。

 王宮内のパーティーの最中に起きた魔物の襲撃事件と、それと同時に起きた皇女暗殺未遂、そしてメルクリオ自身の誘拐事件。

 その当事者としての報告書を書いているのだ。


 普段は何の役割もないメルクリオは、この作業に没頭していた。

 国の保全に関わる重要な仕事だ。それに携われることが単純に嬉しかったのだ。


「もうすぐユーキ様たちがお見えになられますが……」


「もうそんな時間か?」


「はい。今日で最後なのですから、疲れたお顔を見せては心配をさせますよ?」


 フランにそう言われ、ようやくペンを置く。


 今日は、ユーキたちがメルクリオたちに会いに来る最後の日だ。

 メルクリオは、唯一の友人を万全で迎える為に机から身を離した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おう、王子様。先にお邪魔してるぜ」


「おじゃまなの~」


 客間に到着すると、すでにそこにはユーキとベルが待っていた。

 フランに湯浴みを(すす)められたのだが、どうやら時間を使い過ぎたようだ。


「すまない、待たせたか?」


「いいや、全くだぜ?」


 軽い挨拶を済ませ、ユーキの対面のソファに腰を下ろす。

 そして話の前に口を潤そうと、フランが用意したカップに口をつけた。


「ん……。フラン、茶葉を変えたか?」


 そう言った瞬間、ユーキが渋面(じゅうめん)を作って項垂(うなだ)れた。


「いいえ、殿下。その紅茶はユーキ様が()れたものです」


「ダメかぁ~……。上手(うま)くできたと思ったんだがな……」


「しゅぎょーがたりないの~っ」


 なるほどと合点(がてん)がいったメルクリオは軽く頷き、もう一度カップを口に運ぶ。

 改めて注意深く味わってみるが、確かにフランの()れた紅茶の方が美味(うま)い。


「しかし、ユーキの()れた茶も十分に美味(うま)いぞ」


「慰めはいらねぇよ。結局はフランの方が美味(うま)いんだろ?」


「私は、もう10年以上も殿下に仕えておりますので」


「2かげつでおいつこーなんて、ムシがいいの~っ」


「うるっせぃ!」


 ユーキたちとの最後の会談は、楽し気な雑談から始まった。

 今日でユーキやベルと会うのも最後になるのだと、そんな思いを振り払いながらメルクリオは笑う。


「しかしユーキ、勲章授与を辞退したというのは残念だな。それに騎士団の勧誘も断ったそうだな?」


 事件の後、ユーキの元へ王宮から手紙が届けられた。

 内容は、パーティーの魔物騒動の鎮圧に多大な貢献を与えた事、そしてメルクリオ王子誘拐の解決をした事の2つの功績に対して勲章を与えるとの事だった。おまけに王国騎士団への入隊の案内状まで同封されていた。


「どっちもガラじゃねぇよ。それに、俺たちは明後日には王都を離れるからな」


 騎士団などに入ってしまえば旅を続けられなくなる。論外だ。

 そして勲章というのも「もらっておしまい」というわけにはいかない。


大々的(だいだいてき)にユーキを英雄として祭り上げようという声もあったそうだぞ?」


「冗談じゃねぇよ。んなコトになったら旅どころじゃねぇって」


 結局、勲章を受け取るという事はそういうことだ。英雄になった途端、その英雄が街から消えてしまえば民衆は混乱するだろう。

 国としては、国民を安心させるために『英雄』が欲しいだけなのだから。


「とはいえ、人の口に戸は立てられんからな。一部では『烈火』と呼ばれているのを知ってるか?」


「なんだそれ?」


「ユーキ様の二つ名です。あの炎の魔法を見たパーティー参加者が呼び始めたそうですね」


「はぁっ? んなモン、聞いてねぇぞっ⁉」


「昔の有名な冒険者の方は、みんな二つ名を持っていますからね。それに(なら)ったのでしょう」


 人形兵器との決闘、そしてオオアギトヒトクイアリとの戦いは多くの観客が目撃していた。その時に使用した≪炎の剣≫を見た観客が、ユーキの事を『烈火』と名付けたらしい。


 勝手に恥ずかしい名前を付けないで欲しい……。

 しかし、どうせすぐに王都を()つのだ。リングを探して大陸中を回って帰って来るのは早くても2、3年後になる。その頃には誰も覚えてなどいないだろう。

 そんな風にユーキは考えて諦め始めたのだが……。


「そういえば、ギルド長の見舞いには行ったんだろう? 何か言っていなかったか?」


 そう言われて、ユーキはギルド長の見舞いに行った時の事を思い出す。

 誘拐犯に重傷を負わされて入院中のギルド長だったが幸い命に別状はなく、カラカラと笑いながら「そろそろ引退かのう?」などと言っていた。


 その為、今日はユーキとベルの2人だけで城に来た。

 ギルド長の同行がなくても入城できたのは信用されているという事だろうか?


 ともかく、思ったより元気そうなギルド長の姿に安心したが、別れ際に「これから大変な事もあるじゃろうが、誰かを恨むでないぞ」と意味深な事を言っていたのが気にかかる。


「なんか妙な含み笑いをしていると思ったけど、まさか……」


「たぶん、ユーキ様の事を吹聴(ふいちょう)されておられるかと。パーティーには各国の貴族やギルド関係者も出席されていましたし」


「ギルド長の入院となれば、彼らも見舞いに行っただろうな。少なくともギルド関係者は間違いない」


「ユーキ、ゆーめーじんなの~っ」


 冗談ではない。名を売って有名人になろうなんて考えてないし、ましてや恥ずかしい二つ名を広められるなんて断じてゴメンだ。

 冗談ではないが……時すでに遅く、撤回する手段のないユーキは諦めるしかなかった。


 諦めるしかないのは分かっているが、それでも不本意なのは違いない。

 その後もしばらくユーキは不満を隠さずに、自身についた二つ名への不満を零していた。


「なんだってそんなことに……。二つ名とかつけるなら、アレクにしろよ……」


 アレクだったら恥ずかしい二つ名も喜んで受け入れるだろうに。

 そんな風にいつまでも続く女々(めめ)しい愚痴を、呆れながら(たしな)めたのはフランだ。


「ユーキ様、いい加減に諦めて機嫌を直してください」


「おとこらしくないの~っ」


「ベルにゃ言われたくねぇよっ。……わぁったよ、王子様やフランと会うのも最後だってのに膨れっ面してんのも悪ぃしな」


 文句ばかりの別れの挨拶というのも印象が良くない。どうせなら良い思い出として今日を過ごしたいものだ。

 そう考えてのサッパリとした物言いだったが、ユーキの「最後」の言葉にメルクリオは反応した。


「ユーキ、王国には帰ってこないつもりか?」


「ん? あぁ、いや、言葉の(あや)だよ。やることやったら帰ってくるさ」


「それは、いつ頃だ?」


「なんとも言えねぇけど……早くて2、3年か? もっとかかるかも知れねぇけど」


「2、3年か……」


 先ほどまでの(ほが)らかな空気とは一転して、メルクリオの言葉には神妙な雰囲気が含まれる。

 だがユーキは深刻には考えていなかった。ただ「自分との別れを惜しんでくれているのだろう」と、そう思っただけだった。


 一国の王子が、ただの平民の自分などとの別れを惜しんでくれるのは、普通なら(おそ)れ多い事なのかも知れない。

 しかしそんな肩書とは関係なく、別れを惜しんでくれるような友人が新たにできた事を嬉しく思うだけだった。


 だがメルクリオの内心は、ただユーキとの別れを惜しんでいるだけではなかった。


「フラン、脚の具合はどうだ?」


「えっ? は、はい。もう、何ともありませんが……」


 メルクリオの急な質問に、フランは若干戸惑いながらも答えた。

 砦に向かう時の爆発で、フランは脚を負傷していた。しかし幸い大した事はなく、数日経った今は全く影響はない。


「ユーキ、出発は明後日だったな?」


「あ、あぁ。どうしたってんだよ一体?」


 ユーキには話が見えない。それはフランも同様だ。ベルは言うまでもないだろう。

 3人の疑問を無視してメルクリオは1度頷いた後、ゆっくりと口を開いた。


「今から模擬戦を行う。いいな、2人とも?」


「私は構いませんが……」


「ギルド長のじぃさんがいねぇけど、審判はどうすんだよ?」


「私がやる」


 神妙な顔つきで何を言うかと思えば、ただの模擬戦の提案だった。

 審判役をメルクリオが行うというのは問題ないだろう。フランとの模擬戦も慣れたものだし、今さらやり過ぎて怪我をするという可能性も低い。


 若干の拍子抜けをしたユーキだったが、メルクリオの言葉はここで終わらなかった。


「ルールはいつも通り。模擬戦用の武器を使い、殺傷用の魔法以外はアリだ。だがフランが負けた場合、私のメイドの任を解く」


「な……っ⁉」


 メルクリオの提示した最後の条件にユーキは激しく反発したが、それは受け入れられる事はなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「なんでフランを解雇すんだよっ⁉ 俺との模擬戦の結果次第って、関係ねぇだろうがっ⁉」


 いつもフランとの模擬戦を行う庭園に移動しても、それでもユーキの抗議は続いていた。

 それに対し、メルクリオは冷ややかな目を向けながら答える。


「フランは私を守る事ができなかった。近衛としては失格だ。私の側に仕えるなら、実力を示してもらう必要がある」


「近衛じゃなくてメイドとしてだろうが! フランはとっくに近衛は辞めてんだろっ!」


「ただのメイドなら、他に代わりはいくらでもいる」


 冷徹とも思えるメルクリオとは逆に、ユーキの頭は過熱する。

 フランの事を「ただのメイド」などと呼ぶ事が許せない。フランは近衛騎士を辞めてまでメルクリオの事を捜索したのだ。「代わり」なんて、どこにもいるものか。それもこれもメルクリオの事を好きだからだ。

 そんなフランを、決して「ただの」なんて呼ばせない。


「てめぇっ! ちょっと偉いからって調子に乗って……」

「ユーキ様、もうおやめください」


 王族だろうと関係ないと、言葉尻が荒くなり始めたのと同時にフランの制止が入った。


 また「殿下への不敬は許しません」だろうか? しかしそんな事で今さら止まれるものか。

 そう思ったユーキだったが、フランの表情はいつもの毅然(きぜん)としたものではなく、沈鬱(ちんうつ)としたものだった。


「全て、殿下の仰られる通りです。私は殿下の近くにいながら御身(おんみ)を危険に晒しました。そのような者に、近くに仕える資格はありません」


「フ、フラン……」


「しかし力を示せば引き続き御側(おそば)に仕えさせて頂けるとの事……。その温情だけで十分です」


 そう言い切ったフランが真っ直ぐにユーキを見据える。その目にはすでに暗い影はなかった。

 ただ見えるのは焦燥(しょうそう)……。何とかしてユーキを倒し、メルクリオに認めさせようとする焦りが浮かんでいた。


「もう準備はいいな? では、始めっ!」


「参りますっ!」


「……くそったれっ!」


 ユーキの、王都での最後の戦いは命のやり取りなどはない。互いに怪我をさせるつもりもない、そんな《《安全な戦い》》だった。


 しかしその戦いは、今までのどれよりも深刻なものに感じられた。


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