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第51話 「咎人は悪夢に許しを乞う」


 入院病棟の就寝は早い。


 魔法灯によって夜でも光を得た現代では深夜でも活動する人間は多いが、病院内では夜の10時にもなれば明かりを落とす。

 活動しているのは詰め所で仕事中の看護師のみだ。


 そんな病室の中の1つ、そこでは1人の青年が悪夢にうなされていた。


「ぅ…………うぅ……っ」


 青年の幼馴染・ヴィーノは(うめ)き声を上げる友人の異変に気付き、目を覚ます。


「エメロン、大丈夫っスか? 傷が痛むなら、看護師を呼ぶっスか?」


 ヴィーノは、うなされるエメロンを両目の負傷のせいだと思った。普通はそう思うだろう。エメロンは怪我をして入院しているのだから。

 だが、エメロンの苦痛の原因は傷ではない。


「ごめん……なさ……い……。ゆ……るし、て……」


 エメロンの謝罪と懇願(こんがん)にヴィーノは首をひねる。

 ヴィーノの記憶の中には答えはない。答えは、エメロンの見る悪夢の中にあった……。




△▼△▼△▼△▼△




 これは、アレクたちと旅に出る前日の晩の話だ。

 仲間たちと聖誕祭を楽しんで解散した後、自宅に戻ったエメロンは出発の最終点検を済ませていた。


 準備は万端。何もやり残しはない。

 そう思ってひと息ついた矢先に、エメロンは《《やり残し》》を思い出す。

 

「そうだ。明日には出発なんだから、挨拶くらいはしないと」


 それは父・ブライアンへの旅立ちの挨拶だった。


 正直、父子(おやこ)仲は良いとは言えない。

 父は商会の会長を務めており、大陸各地を飛び回る事も珍しくない。家にもほとんどいないし、エメロンに対する態度も冷たい。


 しかしそれでも実の父であり、エメロンを今まで養ってくれた恩もある。

 冒険者になった事を伝えた時も、特に反対などはされなかった。……興味がなかっただけかも知れないが。

 とにかく、数年がかりの旅に出るというのに挨拶の1つもしないのは不義理だ。


 そう思いながら、エメロンは父の書斎へと足を向けた。

 幸い、珍しく父は家にいる。エメロンの世話係であった家政婦もすでに最後の仕事を終え、この家には父とエメロンの2人だけ……のはずだった。


「それで……『神輪(しんりん)』はまだ見つからないのか?」


「いくつかは目星がついておりますぞ」


「いくつか、では意味がないのだろう? 全てを集める必要があったはずだ」


 書斎にたどり着き、ノックをしようとした手が止まる。父が、誰かと話しているのだ。


 こんな時間に誰と? なぜ応接室でなく書斎で?

 そんな疑問とは関係なしに、室内から会話が漏れ聞こえてくる。


 邪魔にならないように客が帰ってから改めて挨拶をしよう。そう思って(きびす)を返そうとした時、聞き捨てならない言葉がエメロンの耳に飛び込んだ。


「まったく、教団とやらもアテにはならんな。5年前の皇太子暗殺もしくじったしな。私が危険を冒してまで手を貸してやったというのに」


(皇太子……暗殺⁉)


 日常で聞く事は決してない不穏な言葉がエメロンの心を騒がせる。

 そして「5年前」といえば、『ボーグナイン紛争』のあった頃だ。この符号は、決して偶然ではない。


 エメロンの確信は、ブライアンの言葉によって肯定される事になる。


「毒に侵された部隊を、数百の人形兵器で囲みながらも皇太子を逃がすとはな」


「いっそ、致死毒を盛った方がよろしかったのでは?」


「責任を私に押し付けるつもりか? 私が毒を仕込んだ事が漏れれば、タダでは済まんのだぞ?」


「ですから、私どもが証拠の隠滅を手助けしたのでしょう? 買収された料理人には可哀想な事をしましたがな」


 毒を……仕込んだ……?

 父、さんが……? 部隊って……?


 あまりの衝撃に一瞬エメロンの思考は停止する。

 しかし間もなく動き出した頭は、すぐに答えを探り当てた。


 エメロンたちは、ヴィーノの兄・ブローノから幾度となく『ボーグナイン紛争』の話を耳にしていた。

 ユーキの父・サイラスの活躍。アレクの父・レクターの覚悟。散っていった数多くの戦友たちの戦い……。

 そしてその話の中には大量の人形兵器や、襲撃の際に食事に毒を盛られていた事も……。


 父は、ブライアンは、シュアープ軍に……。ユーキの父に、アレクの父に毒を盛ったのだ。

 話の内容から察するに、従軍料理人を父が買収して毒を盛らせ、その後は……。


 なぜそんな暴挙に出たのかは分からない。ただ分かっているのはシュアープの兵士の多くが死に、ユーキの父とアレクの父も帰らぬ人となってしまった事実だけだ。


「父さんっ‼」


 エメロンは気が付くと大声を出し、書斎への扉を開け放っていた。

 父を問い詰めてどうしようとか、そんな事は考えていなかった。


「エメロン……! 勝手に書斎には近づくなと……!」


「そんな事より父さんっ! 今の話は……っ!」


 ブライアンの(いか)めしい形相(ぎょうそう)がエメロンを(にら)む。

 だがエメロンもすでに幼い子供ではない。父の怒りを買うのは恐ろしいが、こんな話を聞き過ごす事なんてできない。


「これは困りましたなぁ、ウォーラム会長?」


 父子(おやこ)の間に割って入ったのは、先ほどまでブライアンと話していた男だ。

 真っ黒なローブを頭から被った長身の男の顔はよく見えない。ただ、その異様な雰囲気からは真っ当に生きてきた人間とは思えなかった。


「父さんっ! こんな怪しい男と一緒になって、何やってるんですっ⁉」


「エメロン、お前には関係な……っ」

「関係ない、とはすでに言えませんなぁ?」


 ブライアンのセリフに言葉に被せたローブの男は、隙間から覗く口元を嘲笑(あざわら)うかのように引き上げた。


「はてさて、どこまで聞かれたのやら。皇太子暗殺の件? それとも『神輪(しんりん)』まで? まさか……」

「フェネストラッ‼」


 今度は逆にブライアンがローブの男の名を呼んで、その言葉を中断させる。その表情には、フェネストラとは対照に余裕がない。

 まさか、まだこれ以上の話があるとでもいうのだろうか?


 だがフェネストラはあくまで鷹揚(おうよう)に、泰然(たいぜん)とフードを降ろした。

 長い金髪に深い翠の眼。細い(おもて)に……耳が長くピンと伸びていた。

 シュアープは元より、大陸内でも珍しいエルフ族だ。


「おやおや、私の顔まで見られてしまいましたなぁ? しかも名前まで……。これはいけませんなぁ」


 名前はともかく、顔は自分で晒しておきながらフェネストラはまるで他人事のようだ。

 その態度にエメロンは戦慄(せんりつ)を禁じえず、ブライアンへの追及も止まってしまっていた。


「さぁて、どうしましょうか? もちろん口外されるわけにはいきませんなぁ?」


「フェネストラ、お前……っ」


「口止めを? いやいや、信用できません。 それでは監禁でも? いえ、周辺住人に感づかれるかも? それに、一体いつまで?」


 両手を広げ、天井を仰いで、室内をクルクルと回転しながら話すその姿はまさしく道化だ。

 しかし笑いなど一切起きない。むしろ寒気すら覚える仕草だ。


 一歩も動く事ができないエメロンとブライアンを嘲笑(あざわら)うように、フェネストラは室内で1人、ダンスを踊る。

 そして、まるでダンスに誘うかのように、耳元で(ささや)くかのように、ブライアンの耳元へとその顔を寄せた。


「なら、どうする? 答えは1つしかありません。永遠の安寧(あんねい)を得る為には……」


「わ、私は……」


「恐れる事はありません。貴方は主神から名を(いただ)いているのですから。全てはブライア神の(おぼ)()しです」


 (かす)れたような小さな声が部屋中に響く。

 まるで(さと)すように。(いざな)うように。……洗脳するように。


「父さんから離れろっ!」


 異様な雰囲気を放つフェネストラをブライアンから引き離そうと、我に返ったエメロンが手を伸ばす。

 だがその手は届く事はなく、逆にエメロンの腕が掴まれた。……ブライアンの手によって。


「と……父、さん?」


 困惑するエメロンを尻目に、ブライアンは机から万年筆を手に取った。そのペン先の光がエメロンの目に反射する。


「エメロン……お前が、悪いのだ!」


 ただそれだけを言って、ブライアンは万年筆をエメロンに向けて振り下ろした。

 万年筆とは言っても、先端は鋭利な金属製だ。身体のどこに刺さっても重傷だし、当たり所によっては命の危険すらある。

 それを父のブライアンが、息子のエメロンに向けたのだ。


 しかしエメロンも黙ってやられはしない。

 幼い頃ならともかく、エメロンもすでに15歳だ。身体も大人に近づきつつある。

 それに2年もバルトスの下で修業をしてきたのだ。たとえ不意を突かれても、ブライアン程度の力量なら防ぐくらいは容易(たやす)い。


「父さんっ! やめるんだっ!」


「くっ、離せっ!」


 ブライアンの手首を押さえ、エメロンが叫ぶ。

 今の父は正常ではない。フェネストラという男に狂わされてしまっているのだ。

 まずは落ち着かせなければならない。


 そう考えたエメロンは懸命に叫び続けた。


「父さんっ、落ち着いて下さいっ!」


「お前は……っ、お前はまだ逆らうのかっ‼ カトライアのようにっ‼」


「お母、さん……?」


 カトライア=ウォーラム……。

 ブライアンの元妻であり、エメロンの母親だった女性だ。


 しかしカトライアはエメロンが5歳の頃に、ブライアンと喧嘩をして家を追い出されたはずだ。今、どうしているのかも分からない。

 そんな母の名を、なぜ今……?


「その目だっ! お前も私をそんな目で私を憐れむのかっ⁉ 言いつけも守れないクセにっ‼」


「ぼ、僕はそんな……っ」


 久しく聞く事のなかった母の名に意表を突かれ、そして「書斎に近付くな」という言いつけを守らなかった罪悪感に意識を向けてしまった。

 それが原因だろうか。それとも父に怪我をさせないようにと慎重になりすぎたのか。僅かにだが、エメロンは体勢を崩してしまう。


 決して、ブライアンがその隙を見抜いたというわけではない。ただの偶然だった。

 本当にただ、タイミングが奇跡的に悪く噛み合ってしまっただけだった。


「私にその目を……向けるなぁっ‼」


「うわっ⁉」


 ブライアンがエメロンを()し潰すかのように()し掛かる。

 鍛えてはいても、体格はブライアンの方がひと回り以上は大きい。体勢を崩していたエメロンには耐える事はできなかった。


 2人は絡まり合いながら床に倒れてしまう。


「ぐうっ!」


 受け身すら取れなかったエメロンは頭を強く打ってしまった。

 一瞬だが、脳震盪(のうしんとう)により視界が歪む。


 だが、それは本当に一瞬の事で……。

 しかし回復したエメロンが目にした光景は視界以上に、今後の人生を歪めてしまった。


「エ……っ。ごっ、ガフッ」


「……え?」


 名前を呼ばれた気がした。しかし聞こえてきたのは咳き込む音だけだ。

 ブライアンが、父が……血を吐いている。胸には不自然な突起が立っており、そこからも血が滲んでいる。

 そしてエメロンを見ている瞳がグルンと白目を()き、最後に1度痙攣(けいれん)して…………動かなくなった。


「とっ……」


「これは滑稽(こっけい)っ! しかし、これでもう何も心配する事はないですなぁ? ウォーラム会長?」


 それまで父子(おやこ)の争いを黙って見ていたフェネストラが、突然大声で笑い出した。整ったその顔が歪むほどに口角を上げて。


「さぁて、ご子息はどうしましょうか? え? エメロンは見逃して欲しい? う~ん、どうしましょうか? 私としては、永遠に口を閉じてもらった方が後腐れがないのですが」


 まるで誰かと話すかのように一人芝居を始めるフェネストラ。

 だが、エメロンの耳にはそんな雑音は入ってこなかった。


「確かに証拠は何もないし、こうなってはおいそれと言い触らす事もありませんかねぇ? ……わかりましたっ、そこまで言うなら見逃して差し上げましょうっ」


 たった1人の聴衆に見向きもされないまま、それでもフェネストラは芝居を続ける。

 フェネストラはまるで舞台役者のように、ただ1人の聴衆の耳に顔を近付けて……呪詛(じゅそ)を放った。


「命拾いしましたねぇ。しかし私を追おうなどと思わぬ事です。もしそうなれば今宵の事が明るみに出ますよ、親殺しのエメロン君」


「おっ……」


 親殺し――。

 違う。そんなつもりはなかった。そんな事はしていない。これは事故だったんだ。僕はそんな事はしていない。望んでいない。僕は父さんを止めようとしただけなんだ。こんな事になるなんて思ってもいなかった。まさか、あんなちっぽけな万年筆なんかで……。それに、そもそも襲ってきたのは父さんの方じゃないか。違う、父さんのせいにするつもりは――――。


 本当なら、ちゃんと身構えていれば父さんに押し負ける事なんてなかった。気を張ってさえいれば父さんを取り押さえる事も、万年筆を奪う事だってできたはずなんだ。すぐにそうしなかったのは父さんに怪我をさせまいと……。怪我……? 父さんは今、怪我どころか……。


 エメロンの目に、白目を()いたブライアンの顔が映る。

 苦悶(くもん)に歪む表情で、まるでエメロンを責めているかのように――。


 違う……。

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う――――。


「――――――――っ」


 長い……本当に長い苦悩の時間だった。

 すでにフェネストラの姿はない。他に誰もいない。父の亡骸(なきがら)しかない書斎の中でエメロンは叫び声を上げ――――。




△▼△▼△▼△▼△




「アあぁあァアあぁあぁァァぁっっ‼」


「エメロンっ、大丈夫っスかっ⁉ すぐに看護師がくるっスからっ!」


 深夜の病室で、エメロンは悪夢に叫び声を上げていた。

 ヴィーノは暴れるエメロンを必死に押さえ込む。


 しかし自身の絶叫のせいか、それともヴィーノの呼び掛けのおかげか、エメロンの意識は間もなくして戻った。


「ぁ……? ヴィー……ノ……?」


「目が覚めたっスか⁉ だ、大丈夫っスか? メチャクチャうなされてたっスよ。やっぱり、眼が痛むんっスか?」


 夢……を見ていた。

 《《あの時》》の夢を見るのは初めてだ。なぜ今さら見たのだろう? もうあれから2ヵ月以上が経つというのに。


 いや、夢ではない。実際に起きた事なのだから、あれは記憶だ。

 何かが切っ掛けで記憶が呼び起されたのだ。


 切っ掛けなんて1つしか考えられない。

 ユーキに、アレクに……。親友たちに《《真実》》を告白しようとしたからだ。


 エメロンの父が、ユーキとアレクの父たちを死に追いやった事を……。

 エメロンが、実の父を手に掛けてしまった事を……。


 自分の罪が……自分と父の2人の罪が、「簡単に楽にはさせない」と言わんばかりに責め立てにきたのだ。


「エメロン?」


「あ……いや、うん。少し、眼が痛くってね」


「いや、少しって感じじゃなかったっスよ」


 エメロンは、ヴィーノに本当の事を言う事はできなかった。

 そしてそれはこの後2日間の間も同様に続く。

 悪夢の記憶は、ユーキやアレクと顔を合わす度にエメロンの心を痛めつけ、言葉を飲み込む事を強要させた。


 視力を失ったエメロンの目には現在(いま)は映らない。

 映っているのはただ、絶望の過去(つみ)だけだった……。


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